じゃあね、永遠にお別れだよ
「む、迎え撃ちなさいッ!」
対して相手側も、シルキーの檄を受けた魔獣達が動き始める。魔獣対首のない骸による、壮絶な白兵戦が開始された。
無言のままに純白の大鎌を振るい、噛み砕かれたり打ち倒したりしても無言のままに起き上がってくる。無機質な殺意が、魔獣達を襲っておった。たとえ身体の骨を喰らい、砕いたとしても、他の骸が奪い取った命脈を与えて即座に復活する。
「あっはははははははははははははッ!」
相手の命脈を奪って蘇り、永遠に戦い続ける不死の軍勢。アヲイの奴がこんな肆華を目覚めさせるとは。魔獣が一体、また一体と倒れていく中。足の痛みからかその場から動いてこそなかったが、彼女は笑っておった。
「あ、アヲイ。もう止せ、わしなら、無事じゃ」
状況は一気にこちら有利に傾いておるが、わしには不安しかなかった。
かつてのわしのように、目覚めたばかりの肆華は暴走しがちじゃ。意図せずして周囲を巻き込み、下手をすれば自身の華脳帯が損傷して意識の混濁や健忘、最悪はショック死すら考えられるのじゃが。回復し切っていないわしのか細い声は、彼女には届かなんだ。
「ピサロ様、ここは私が行きます」
「ええ、頼みますよ。もう少し。カナメ君狙いでしたが、路線変更です」
彼女の軍勢に立ち向かっていったのは、シルキーじゃった。その右目に華開くのは、いつか見た白黄色の白妙菊。
「守、射、創。守り咲け。参華、白銀細氷」
詠唱に伴って現れたのが、彼女を守るように展開された白銀の白妙菊の葉。首のない骸の兵士が斬りかかるが。
「砕けろ、白銀細氷」
純白の大鎌を受け止めた葉が、ガラスのように砕けた。直後、鋭い破片となった葉の残骸が、骸達に襲い掛かる。白骨を葉の破片で砕かれた骸の兵士達が、次々と倒れていった。
生体に流れておる命脈じゃないと、首萎之大鎌では奪えんのか。命脈が奪えん以上、復活もできんと。軍勢召喚系は、こうした相手に触れられない戦いには分が悪いか。一人で一個中隊を相手にできるという時点で、破格の力なのじゃが。
「邪魔しないでよ、ピサロの腰巾着が。あたしはそこの車椅子のクソ野郎に用があるんですー」
「アポのない来客は、お断りします。いくら骸の兵士を投入してこようが、ピサロ様には指一本触れさせません。魔獣共、待て。彼女に数をぶつけるのは不利、ここは私が相手をします」
シルキーが残った魔獣を下がらせ、自分一人が前に出た。アヲイのこの肆華に対抗しようと思ったら遠距離からの封殺か、単騎での交戦の方がまだ芽がある。人数をぶつければ、ひたすらに命脈を奪い続けられて骸の兵士達が強くなる一方じゃからな。
「蹂躙しろ、骸共」
「例え肆華が相手であろうと、相性の差は覆せません。我が主を守る盾となれ、白銀細氷」
ひたすらに骸の兵士をぶつけるアヲイと、防ぎ続けるシルキーの耐久戦であった。骸の兵士達の突撃を白銀の葉が防ぎ、砕けることによって骸の兵士が倒れていく。
肆華と参華の戦い。通常であれば肆華の方が剣呑であり、圧倒的に有利の筈が。シルキーの言う通り、得手不得手による差が開き始めていた。
「…………」
アヲイは何も言わない。ただ静かに、骸の兵士達を突撃させるばかりである。戦術としての波状攻撃ならともかく、無為に行う戦力の逐次投入なぞ愚策も良いところじゃ。いたずらに兵士を失っておるだけだというのに、彼女はその口元に笑みを浮かべておった。
「知ってますかー、シルキーさーん。あたしってー、天才なんですよー」
アヲイが口から放ったのは、自慢じゃった。
「特に才能を感じられるって言われたのが、命脈の配分なんですー。ほら、あたしの強みって大鎌で相手から命脈を奪っての持久戦じゃないですかー。だから参華を維持する命脈のペース配分が大切なんですけどー、あたしその辺がピカイチだったみたいでー。せんせーがよく褒めてくれてたんですー」
確かにアヲイの一番の才能は、ペース配分じゃ。以前の浜辺でのように、下手をすれば一日中でも戦い続けることができる。
「そうですか。しかしその先生は死に、貴女もここで倒れる。これが現実です」
冷たく言い放つシルキー。いや、わし、まだ生きておるが。
「分からないんですかー? 恥ずかしー。そんなんじゃ大切なピサロ様が守れませんよー?」
「戯言を。手が出せないから口を出すとは、情けないと思わないのですか?」
いつもの煽り調子が戻ってきておるアヲイに、シルキーも全く動じておらん。その間でも、アヲイの全ての骸の兵士達を倒し終わったシルキー。彼女の周りには無数の黒い骨と純白の大鎌が、所狭しと散らばっていた。
「終わりです。せっかくの肆華も、大したことありませんでしたね」
「あっはははははははははッ!」
勝ち誇ったシルキーに対して、アヲイは笑った。笑いながら両手で地面に純白の大鎌を突き立てる。
「何勝手に終わらせてるんですかー、ダサーイ。本番は……これからだってのにさァッ!」
「なッ!?」
「起きなよ、骸共。再征服は終わらない」
直後。彼女が大鎌を通して両手から大地に向かって流し込んだのは自身の命脈じゃった。それを受けて、バラバラになっていた黒い骨が独りでに動き始め、再び兵士の姿を形作っていく。
「言ったじゃないですかー、あたしはペース配分の天才だって。あれだけ大量の兵士を作ったから、もう作れないとでも思ったんですかー? ざーんねんでした、まだまだ序の口でーす。華脳帯には結構キてるけど。このペースならまだ平気かなー」
「ば、馬鹿な。これほどの肆華を、まだ維持していられるなんて」
相変わらず、意味不明なペース配分とタフネスよのう。青ざめたシルキーじゃが、彼女が表情を崩したのは初めてじゃないかのう。
「じゃあね、永遠にお別れだよ」
「くっ、あっ、あああああああああああああッ!」
その後、シルキーも参華にて粘りに粘ったが、突撃してくる漆黒の骸の物量には敵わず。遂に白銀の葉が生成できなくなり、純白の大鎌の餌食となった。
「申し訳、ございません。ピサロ、様」
「いいえ。あなたは十二分に仕事を果たしてくれましたよ、シルキー」
地面に倒れ伏したシルキー。命に別状はなさそうに見えるが、多量に命脈を奪われた所為か、程なくして気を失った。ピサロの言葉を受け、その口元には笑みが残っておる。
「さーてと、あとはアンタだけだねー。言い残すことはありますかー? そこら中の魔獣も、あたしの前じゃ餌同然ですしー。命乞いなら聞いてあげますけどー?」
骸の兵士で輪を作り、車椅子のピサロを取り囲んだアヲイ。彼女自身も右足を引きずりつつも近づいていき、手に持った純白の大鎌の刃を彼へと向けている。勝負はついたな。
「よくやったぞ、アヲイ」
ようやく回復してきたので、わしは何とか立ち上がった。
「ッ!? せ、せんせー。生きて、たんですか?」
「勝手に殺すな。よくぞ肆華の域に達した。おまけに暴走させず、完全にコントロールできておるとはな。謝らせてくれ、わしはお前を侮っておった。やはりお前は天才じゃ、凄いぞアヲイ」
「え、えへへへ。ま、まあ、あたしならそれくらい当然って言うかー」
「じゃが一般人や関係のないメイドさん達に暴力を振ったことは許さん。説教の後で謝りに行くぞ」
「うっ。わ、わかりましたよー。あの時はああすれば良いって……」
「はははははははははははははははッ!」
突如として、ピサロの奴が笑い出した。なんじゃなんじゃ。