わしがロリになっとるぅぅぅっ!?
三日後。風邪もひかず元気いっぱいのわしは、なけなしの金を握り締めて街外れの山にあったボロい掘っ立て小屋に来ていた。馬車や竜車すら通れず、籠の人も顔をしかめそうな獣道を越えた山の中。浴衣なんかで来るんじゃなかったと、軽く後悔する。
「ここが反転屋で間違いないかのう?」
「あー。何ですか、またお客? 来るとは思ってませんでしたが」
声をかけてみれば、中から顔を出したのは背が高く、だらっと伸ばした黒髪と黒縁眼鏡の下にくまを携えた半目の男じゃった。
よれた黒いシャツによれた黒いジーパン、くったくたの白衣を着てサンダル。手足が長く、全体的にやつれている印象を受けるガリガリの身体。不摂生が人間の形を取って服を着ているのではないか、と思えるくらいじゃ。
「なんじゃ、その言いぐさは。まさか、やってないとか言わんじゃろうな?」
「んー。まあいいでしょう。貴方、咲者でしょう。それもかなり熟練の」
わしは目を細めた。相手が咲者かどうかは、その道に携わっていれば分かること。使い手の瞳に、華片が映るからの。
問題なのは、その内実。コイツはわしを見て、熟練であると一発で見抜いた。それはつまり。
「ほう。究片の心得があるのか、お前」
「攻片、測定不能。守片、四。射片、三。創片、四。へえ、興味深いですね。もしかして肆華とか使えます?」
「ノーコメントじゃ」
こちらの推察を裏付けるかのように、わしの力を測ってみせたこの男。月華瞳法には汎用的な能力は華片と呼ばれ、七種類に分けられる。
六段であるわしの攻片が分からなかったのであれば、相手の力を見極めるこいつの究片は五段くらいか。自分より高いものは解析できんからの。
「良いですよ、やりましょうか。研究の参考にもなりそうですし」
「そうかい、よろしく頼むのう。ちなみにお主の名前は?」
「エイヴェリーと申します」
「わしはカナメじゃ。エイヴェで良いか?」
「どうぞお好きに」
互いの力量をなんとなく察した辺りでこの男、エイヴェに招かれたわしは掘っ立て小屋の中に入った。名前の響きからして海外から来た渡来人か、服装も洋服じゃし。まあアオイのように、最近の若者の間では洋服の方が流行っておるらしいが。
中はまあ酷い有様じゃった。食べたものは食べっ放し、出したものも出しっぱなしで、最早ゴミ屋敷。エイヴェは散乱している物を細い足で蹴ってここに座れと言ってきたので、わしは少し嫌な顔をしてやった。
「地面に直接座れとか、敬老精神はないんか?」
「多分、私の方が年上ですよ」
わしが腰を下ろした時、エイヴェの長い髪の毛が揺れて尖った耳が垣間見えた。
「なんじゃお前、華徒なのか。いくつじゃ?」
「覚えてないですね」
華徒。月華瞳法を鍛錬する中で至れる、人を越えた存在。耳が尖がり、身体能力と寿命が飛躍的に伸びる、超人とも言える種族じゃ。ほとんど確認されておらんかった筈じゃが、まさか実物と出会えるとはのう。
「そうかい、まあ良いわ。で、いくらなんじゃ?」
「そうですねえ。では、前と同じこれくらいで」
「では、て。料金設定ないんかい。まあよい。ほれ持ってけ、わしの最後の貯金じゃ」
提示されたのは、平均的な給料の半年分くらいの金額じゃった。紙束でまとめた紫陽花が印刷されておる紙幣を渡すと、エイヴェはそれをさっさと自分の懐にしまい込む。
これでほぼ素寒貧となったわしじゃが、モテモテの人生が手に入るなら安いもんよ。どうせ老い先短い身じゃし、モテモテになったら女の子にタカれば良いからのう。
「で、何を反転させるんですか?」
「わしの非モテ体質を反転させて欲しい」
「分かりました」
あっさりと受け入れてくれたエイヴェ。研究肌の輩っぽいから、こちらの内実なんざどうでも良いと思っているのじゃろう。
「んで。反転なんて力を使うからには、肆華なんじゃろう。強制参花はなんじゃ?」
四つの華片を組み合わせることで発生する固有能力、肆華。その顕現には強制参花と呼ばれる、発動条件がある。
この力は自分だけではなく、対象となる相手も巻き込まねばならんもの。それ故に肆華は、発動したら逃れられん程に強力なのじゃが、その条件が色々と厳しいのじゃ。
「今からやります。守、創、究。返り咲け。参華、斜光睡蓮花」
エイヴェが詠唱を唱えると、彼の右目に白黄色の睡蓮の華が開いた。直後、彼の足元から、こちらを覆ってくるサイズの黄色い睡蓮の華が咲く。
これぞ月華瞳法。世界樹の命脈を吸い上げて咲き誇る、華の力じゃ。
「このまま待っててください。範囲内に一定時間居続けるのが条件なので」
なるほど。この睡蓮の華がどんな能力なのかは分からんが、少なくとも戦いでは使えなさそうじゃのう。あるとしたらトドメを刺す前か、逆にやられて命乞いをしてる最中じゃろうな。
「そろそろですね、準備は良いですか?」
その内にエイヴェがオッケーを出した。結構待ったな。
「いつでも来い。モテモテになる用意はできておるぞ」
「一応、確認だけ。反転させたら、二度と元には戻せません。大体はひっくり返りますが、全てがそちらの思い通りになるとも限りません。反転させた結果について、私は責任を負いません。それでも良いですか?」
「良いぞ。さっさとやってくれ」
わしは頷いた。よくある注意喚起じゃが、こういうのはそう大したことはあるまいて。
「はい、最後の同意もいただきました。では僭越ながら、私の華を咲かせましょう」
相手の了承まで得なければならんのか。やっぱり肆華は面倒くさいのう。
「守、射、創、究。描かれるは絵画の如き現実。鏡写しの空と水面よ、あるべき姿へ翻れ」
再び詠唱が始まった。エイヴェの両の目に睡蓮の華が咲き、床から展開されていた華弁黄色く輝き始める。大きく伸びた華弁、わしの身体を包み隠していった。
「――肆華。斜光睡蓮華、雲葉印象天池無用」
「これでわしもモテモテじゃーッ!」
周囲三百六十度を覆われて視界が真っ暗になった後、わしの視界は白い光に包まれていた。身体が浮き上がり、輝きと共に熱を帯びていく。
あああっ、これがモテモテになっていく心地か。なんと熱いのじゃッ!
「ん? なんですか、この感じ。何か違う力が」
外にいるエイヴェの声が聞こえたような気がしたが、わしは聞いておらんかった。つーか。
「熱ァァァッ!?」
熱い、身体が熱いッ、熱すぎるぅぅぅッ!?
体内に溶けた鉄でも流し込まれたかのような、圧倒的熱量。肉が、骨が、溶けていくような感覚。まるで身体そのものが作り変えられているかのような心地を覚えて、わしは飛び上がってしまった。
直後。わしを包んでいた華弁が、ガラスのように砕け散った。外に飛び出したわしは身体の熱を逃がそうと、ゴロゴロとその辺を転がり回る。
「はーっ、はーっ、つーか熱すぎるわっ! こんなんなら最初に言っとけっ! いたいけな老人を虐待して、楽しいのか貴様ぁぁぁっ!?」
「 」
落ち着いてきた頃、顔を上げてわしは吠えた。何故かエイヴェが絶句しておったが、わし自身もすぐに違和感を覚えた。何故なら自分で出した声が、まるで幼い女の子のように甲高かったからだ。
「へ?」
ふと、我に返ったわし。声もそうじゃが、違和感はそれだけではない。
視線が今までよりも、明らかに低い。手を見ようとしてみれば、ブカブカになった浴衣の裾で隠れて見えない始末。きつく締めていた筈の帯はパンツと共に何処かに行ってしまっており、白くぷにぷにの素肌に灰色の浴衣を羽織っているだけの状況。
エイヴェが恐る恐ると言った様子で、埃まみれの丸い手鏡をこちらに向けてみせた。そこに映っていたのは。
「わ、わわわ、わしがロリになっとるぅぅぅっ!?」
若かりし頃を思い出す、赤い長髪。つり上がった大きな黒い瞳と低い背丈。モテモテになる筈だったのに、何故か幼女へと変貌していた自分の姿だった。ホワッツハプンドッ!?
「えっ、何。これどういう状況? 女の子にモテる為にはわし自身が女の子にならねばならぬとか、そういう哲学の話かぁっ!?」
動揺が止まらない。自分で顔や髪の毛、白い肌をペタペタと触ってみても、ぷにぷにした感触しか返ってこない。何よりも。
「な、ない」
股間に手をやったわし。ついさっきまでそこにぶら下がっていた筈の、わしのビッグボーイがない。手に当たるのは、つるつるとしたお股の肌触りだけ。
「どうなっとるんじゃこれはぁぁぁっ!?」
「な、なんですかこれ。なんで、こんなことに?」
信じられないものを見たといった様子のエイヴェ。おい、お前の力じゃないんか。
「先ほど感じた、他の力が流れ込んできたかのような感覚。もしやあれが、伍華への取っ掛かり? だとすれば」
「聞いとるんか貴様ぁっ!? モテモテにしろっつったのに、なんでわしがロリに」
一人でブツブツと呟き始めたエイヴェに対して、わしが苦情を申し立てようとしたその時。突如として掘っ立て小屋の扉が吹き飛んだ。
何事かと顔を向けてみれば。そこにはサングラスをし、白いワイシャツに黒いネクタイ、黒いスーツで身を包んだ無数の男達の姿があった。
「やーっと見つけましたよぉ、エイヴェリーさーん?」