しまったァァァッ! 秘密だったァァァッ!
スバルが瞳場に来てから、しばらくが経った。瞳場内での鍛錬を終えて汗だくのわしとスバルが、それぞれ汗を拭っておる。
「よし、こんなもんか。よくやったスバル、偉いぞ」
「はあッ、はあッ。あ、ありがとうございます、師匠ッ!」
今はわし、アヲイ、エイヴェ、スバルの四人生活じゃ。それと言うのもスバルに、女神に会いたいので実家に取りなしてくれんかと頼んだら。
「すみません。おれ、一人前になってからじゃないと家に帰れないんです。師匠のお願いでも、それは聞けません。そして泊まるところがないんで、泊めてくださいッ!」
こういう訳じゃ。何でも二十歳になった者は家を出て、実家に頼らずに生きる力を身に着けるのがベルセッティ家の伝統なんじゃとか。なんじゃそのしきたりは。
おまけにスバルの奴も頑固で、一回くらい帰らんかと言っても駄目ですの一点張り。お陰で女神への謁見は叶わんわ、もう一人転がり込んでくるわで大変じゃったのじゃが。ピサロからの金とスバルが持つ旅立ちの資金、アヲイのアルバイト代等で何とか生活できておる。
「にしても、飲み込みが早いのう。教え甲斐があるわい」
「これも師匠のお陰です。ありがとうございますッ!」
あとスバルの奴、めっちゃ真面目に鍛錬してくれるのよ。言ったことはやってくれるし、間違っていたらちゃんと聞いて直してくれる。元々護身用に空手を習っておった部分が大きいのかもしれんが、ひたむきに取り組んでくれるというのは、先生冥利に尽きるのう。
今まではアオイやアヲイといった、人の話を聞きもしない奴らを相手にしてきたから、余計に。お陰で究片以外の華片も、すぐに取得してくれたわ。
ただ一つ問題なのは。
「で、華片の種類は覚えたのかの?」
「はい、覚えましたッ!」
「じゃあ、順番に言ってみい」
「はい、覚えてますッ!」
「そうじゃなくてな。華片の種類を言ってくれと頼んでおるのじゃ」
「……はい、おれももちろんネギ塩派ですッ! でも師匠、何故今そんなことを?」
「今の話のどっからそんなワードを抽出してきたぁぁぁっ!?」
こやつの頭が非常に残念というか、知能が足りてないと言うか。飾らずに言えば馬鹿なのじゃ。身体を動かすことについては正直なのじゃが、座学になった途端この調子。覚えるのが苦手なのか、はたまた覚える気がないのか。
「良いか、もう何回目になるか分からんが繰り返すぞ。月華瞳法の極意は心・理・体。精神力を表す心と身体能力を表す体。最後にそれを理解する頭、理が大事なのじゃ。分からんままでは力に振り回される、良いか?」
「唐揚げにレモンは犯罪だと思いますッ!」
「分からんならとりあえず食に走るのを止めろぉぉぉっ!」
お陰でせっかく相手の力が見抜ける究片の天才なのに、「こう、なんか、ガーって感じでッ!」とか言っておる所為で、よく分からん。まあ、本人は分かっておるっぽいが。
そんなわしとスバルの様子を、面白くなさそうに見ておるのがアヲイじゃった。
「…………」
「なんじゃアヲイ、お前もやるか?」
「別にいいでーす。あたしー、そんなことしなくても強いしー」
アルバイトがない日はずっと、わしらの様子を見続けておる。その癖、一緒にやるかと言ってもこの調子じゃ。訳が分からん。
一方で届いた手紙から顔を上げたエイヴェの奴は、スバルに興味津々じゃ。鍛錬の様子等をつぶさに観察しており、本質を見抜こうとしておる。
「この短期間でこの伸びとは。興味深い」
「え、エイヴェさん。そんなじーっと見られましても」
「にしてもスバル。お前は何故、月華瞳法を習おうと思ったんじゃ? 昔から憧れておったとは聞いておるが」
休憩の合間。わしは気になっていたことを、スバルに問いかけた。
「あー、はい。そうなんですよ。おれ、義父さんみたいになりたいんですッ!」
「お義父さんと言うと、アシュヒト=ベルセッティさんか」
現ベルセッティ家の当主の方じゃな。現在のアマテラス国の実質的なトップであり、肆華を使いこなす優れた咲者でもある。義理とは言え、凄い方を父親に持っておるのう。
「そうです。二十年前におれを助けてくれた、義父さんみたいになりたいから」
「っ!?」
何気なく口にしたスバルの言葉に、わしは身体をビクッと震わせることになった。
「に、二十年前? 家に強盗でもやってきたのかのう?」
「いいえ、違います。二十年前におれが産まれた時、おれの村は寄生害虫に襲われて、滅んだんです。だからおれ、村どころか父さんと母さんの顔すら知りません」
「あー、それじゃそれじゃ。確か百年以上前の」
「せんせーのは暴走した咲者による大虐殺の話じゃないですかー。二十年前は寄生害虫の群衆暴走で、村一つが全滅した事件でしょー?」
アヲイの奴が馬鹿にしたような口調で訂正してくるが、言われんでもわかっとるわい。
わしの脳裏に過るのは、いつか見たあの夢の光景。情報統制によって対外的にはアヲイの言う通りなのじゃが、実際は隣国ニニギによる侵攻であった。寄生害虫の発生という虚偽の情報でおびき出されたわしらを襲った、ニニギによる強襲。その最中で本当に群衆暴走が起きてしまい、結果的には敵味方区別なく飲み込まれてしまったという凄惨な事件。
味方をほとんど失ったという絶望から肆華に飲み込まれてしまい、残った全てを焼き尽くしたのが他ならぬわし。わしはその際に、尊敬しておった先輩まで巻き込んでしもうたんじゃ。あの時の悔いは、今でも悪夢となってわしを苛んでおる。
わしがこっそりと気落ちしておった際、何故かエイヴェの奴が少し目を伏せているのが見えた。
「ど、どうしたんじゃエイヴェ、変な顔をして?」
「いえ、別に。それよりも二十年前の事件は、生き残りなしって言われてませんでしたっけ?」
「そ、そうじゃ。村人は誰一人として助からんかったと聞いておるぞっ!?」
理由は分からんかったが、わしはエイヴェの言葉に全力で乗っかった。あの事件でわし以外の生き残りがいた等、聞いたこともない。教会からの正式な発表でも、生存者はゼロじゃ。
「救助に向かった義父さんが死に際の両親に乞われて、赤ん坊だったおれを密かに助けてくれたんです。おれも流石に覚えてなくて、最近になって聞いたばかりだったんですけど」
「な、なんということじゃ」
生きていてくれた。彼だけでも、生きていてくれた。内側からこみ上げるものがあり、わしはそれを零さないようにと密かに拳を握りこむ。
「おれが生きていられるのは、義父さんのお陰なんですッ! おれ、助けてくれた義父さんみたいになりたいんですッ!」
「ってか教会の発表と違うんですけどー、そんなことをホイホイ話して良いんですかー?」
「もちろんダメですよ、先輩。おれの出自は秘密だって、義父さんから厳しく言われましたから」
「「「…………」」」
「しまったァァァッ! 秘密だったァァァッ!」
わしら三人が言葉を失った後、即座に頭を抱えながらフローリングに崩れ落ちたスバル。
「師匠、先輩、エイヴェさん、今のは聞かなかったことにしてくださいッ! 義父さんに知られたら、また三時のお菓子抜きにされてしまいますッ!」
涙目で土下座の態勢に入ったスバル。罰の内容がお菓子抜きの時点で、アシュヒトさんが如何にこやつを可愛がっていたのかが透けて見えてくるのう。
「分かっておる。誰にも言わん」
「ほ、本当ですか? ありがとうございます、師匠ッ!」
「なあに。礼を言うのはわしの方じゃわい」
「えっ、どういうことですか?」
「なんでもないわ。よくぞ生きて、ここまで大きくなってくれたのう」
わしは土下座から上げ、不思議そうな顔でこちらを見ているスバルの頭を撫でた。そんなわしらを、非常に不機嫌な顔で見ておるのがアヲイじゃ。なんじゃなんじゃ、本当に。
「で、休憩はもういいでしょう。次は参華を試してもらうのでは?」
ぬっと顔を覗かせたのはエイヴェじゃった。いきなりじゃったので、ビクリと身体が震える。
「そ、そうじゃな。じゃあスバル、始めるぞ」
「はい師匠ッ! エイヴェさんも、いつもありがとうございますッ!」
わしとしてもそこまで触れられたくない内容じゃし。ここは素直に流されておくとしようか。さて、次は参華についてじゃな。
「今までの鍛錬で、究片以外の華片の基礎を覚えたのう。お前の素質は身体強化する功片と、身体強度を上げる守片じゃ」
「こう、頭でグッてやったりギュッてやったりするやつですよね?」
「まあ、感覚的に分かっとるなら良いが。で、参華とは三つ華片を同時に扱うことで、固有の力を発現させる。上手くいけば、右目にお主だけの華が咲くぞ」
わしの場合は、功片、射片、創片の三つを展開することで、真紅の大太刀、赤薔薇之太刀を生成する。武器の生成からエイヴェのように華を展開するものまで、参華の種類は百花繚乱じゃ。
「わかりました。こう、グッとギュッとじーっとやったら良いんですね」
「究片はじーっと見るのか。まあ良い、まずはやってみるかの」
「はい、行きますッ!」
「どうせすぐには出来ないと思うからー、気楽にやると良いよー」
その場に仁王立ちして目を閉じたスバル。まあアヲイの言う通り、いきなりやってみて出来た奴なぞ、おらんかったからな。あのアオイだって、参華のコツを掴むのには苦労しておったし。まずはそういうものと知って、意識することが第一歩じゃ。
「ん~~~~ッ!」
閉じた目をしかめながら、なんかめっちゃ力み出したスバル。って、おい。
「ん~~~~~~~~~ッ!」
あの、そういう感じじゃないんだけど。
「ん~~~~~~~~~~~……分かりませんッ!」
「じゃろうなあ」
しばらく力んでおったが、結局は何も掴めなかったみたいじゃ。
「すみません、師匠。おれ、ふがいなくて」
「気にするでないわ。わしの一番弟子でさえ、会得までにはかなりかかったからのう」
「アヲイさんの他にも先輩がいるんですか? おれ、挨拶に行かないとッ!」
「それがのう。奴は今、どっかで遊び呆けておるんじゃ。全然連絡もないし、何処で何をしておるのかさっぱりじゃ。全く、天才なんじゃから素直に鍛錬しておれば良いものを」
「むふふー」
「何を嬉しそうな顔をしておる、アヲイ」
「べーつにー」
親戚を褒められて嬉しいのか、アヲイの奴がいきなりご機嫌になりおった。幼女になっても、女心は分からぬ。その日は結局お終いとなり、風呂や晩飯の時間へと移行した。
本当は当番制にしたんじゃが、やる気がないアヲイとエイヴェに食べる専門ですと言い切ったスバル。結果として全部をわしがやることになってしまっておる。なんでこんな奴らばっかなの? わし、めっちゃ疲れる。
「あ~、眠いのう」
風呂掃除を終え、洗濯物も畳み終わった時にはもう深夜になっておった。いつもならもうちょい早く終えられるが、今日は疲れが酷くて作業が全くはかどらんかったわい。
アイツらはさっさと自分の部屋に戻って寝息を立てておる。エイヴェの奴にはさっさと研究を進めてもらわねばならんし、アヲイとスバルは生活費の財源。誰も彼も無下にできんのが、非常に腹立たしいわい。
「ん?」
自分の部屋に戻ろうと思っておったら、何やら瞳場の方から音がした。こんな時間に、誰かおるのか。
「はあッ! はあッ!」
行ってこっそりと様子を見てみれば、そこには生成した純白の大鎌を振るっておるアヲイの姿があった。頬を蒸気させ、額から汗を流しておる彼女の様子から、つい先ほどから始めたばかりではないことがよく分かる。
「ップハーッ! つ、次だ。瞑想、しなきゃ」
「……ああ、そういうことじゃったのか」
その様子をしばらく見た後に、ふと思い至った。これまでの彼女の様子から、今に至るまで。しばらく彼女の姿を見守った後、わしは気が付かれないようにその場を後にした。