誰がピエロだよ
実習で焦げてしまった前髪を弄りながら、中華料理屋以外の就職先を考えていた。
「なあ、田中は将来サーカス団員にでもなんのか?」
空中で逆立ち?をしながら、おにぎりを食べる動作を始めた田中に聞いてみた。
「おい、誰がピエロだよ。俺はな、この学校の風紀委員長を目指しているんだぞ」
「えっ!?無口が基本の職種なのにトークも上等だな?」
「お前、失礼なやつだな。俺の異能は『大道芸』、その名の通り、異能を使って様々なパフォーマンスを………って、だからピエロじゃねえし、異能は『空中浮遊』だっての、お前こそ、火の輪職人にでもなってろ」
ピエロ田中はおにぎりのたらこを落としそうになりながらも吠える。
なるほど、飲食業以外の可能性が出てきたぞ。まあ、そんな仕事が成立する世界なのであれば、田中は今すぐ風紀委員長になれるはずだが。
「今年の風紀委員長になってから、風紀が乱れていますよね」
最初から隣にいたであろう鈴木がコメントする。
「ああ、今年は例年と比べても異能使用率が高すぎる。去年までは、ここまで酷くはなかった」
田中は腕を組みながら言った。
「異能は使いすぎなければいいだけじゃないのか?」
僕は素朴な疑問を口に出す。
「その認識は甘いぜ、俺たちが自由にできるのは、この学園のおかげだ」
確かに、彼が外を飛び回っていたら、虫取り網で捕まえられていただろう。
「だから俺が、この学園の風紀を正してやろうっていうんだ」
アメコミキャラのような着地で、おでこにご飯粒をつけた田中は久しぶりに地上に降り立った。
「最近田中さんは、沸いた頭の奴には冷たい水でも掛けてやれ、との理由で風紀委員長にされたという、物静かな高橋さんにご執心です」
諜報員鈴木が補足説明をする。田中は重要人物なのだろうか。
「おい、俺のことはどうでもいいんだよ!とにかく、高橋さんを助けようぜ」
「ちょうど良かった、その高橋さんを連れてきたわ」
色白の華奢な手を、血色の良い佐藤さんが元気よく引いて連れてきた。
ーーー
「あっち、あっちっ」
ポットに高橋さんが異能で水を注ぐ、その水は名水と呼ばれる湧き水より清らからしい。
ポットには僕が火を焚べ、そのポットを持つのは田中だ。ご存知の通り火力は安定しない。
ティーバッグとドリップパックを見比べながら、佐藤はニコニコしている。
「なるほど、汗だくの男に水をかけられたと難癖をつけられてたから、救ってきたんですね」
鈴木は冷静に状況を分析した。
「またやられたのか、許せねえ」
流水で冷やしてくれと頼んだが、教室を水浸しにはできないと高橋さんに断られ、渋々濡れティッシュで指を冷やしている田中が悔しそうに言う。
「また?」
田中のやつ、高橋さんをつけ回していたようだな。冷ややかな目線を送る。
「あ?ああ、この間はチンピラみたいな輩から救ってやったんだ」
「能力が物を言う学校とはいえ、異能の適性だけで風紀委員を押し付けるなんて横暴だわ」
佐藤がプンスカ怒りながら言った。
なるほど、異能と人間性が噛み合ってこその能力か。この学校の目的がわかってきた気がする。
「もう、風紀委員として無理に活動しなくたっていい。学校は異能の適正だけでは物事は解決できないことを、学生たち自身に体験させたかった可能性がある。じゃあ逆に、こうやってお茶を淹れたりすることで、適正を検討したって問題ないはずだ」
田中のピエロ姿は間違いなくベストマッチだろうと思いながら、高橋さんのカップにお茶を注いでやった。
「そうだったとしたら、だいぶ危険で横暴ね、校長に文句言ってくる!」
読みが間違っていたとしても、佐藤ならなんとかしてくれるだろう。
「それで、前に田中が高橋さんに見とれてた時には、どんなトラブルに巻き込まれてたんだ?」
「不良に絡まれていた田中さんを助けようとしていた高橋さんが、逆に不良の標的にされてたんですよ。私が先生を呼んで事なきをえましたが」
と、鈴木が簡潔に解説した。
おしまい