第一話
セシリーさんに連れられ、この魔王城に来てから早くも1週間が経とうとしている。
前沢さんには何も言わずに来てしまったため、僕は手紙を書くことにした。
『拝啓 デモゴルゴン前沢 様 突然居なくなってしまいすみません。実はあの後色々ありまして、今はセシリーさんに連れられて魔王城に来ています。あ、でも危ない目に会ってるとかは無いので安心してください。』
『そこそこ居心地はいいので本当はあんまり帰りたくないですが、お店が心配なのでしばらくお世話になったら渋々帰ろうと思います。それまでの間お店番お願いしますね。 敬具』
『P.S. あまり釣り銭を使い込むのはやめてください。それ僕の給料なんですから……』
──皆が寝静まる頃、僕とセシリーさんはネクロマンサーの力を引き出す練習のため、共同墓地に来ていた。
セシリーさん曰く実際に死者と対話をし、理解を深めていくことで徐々にネクロマンサーの力を引き出すことができるそうだ。
「そうそう、根暗様、右手を出してください。」
僕が右手を出すと、セシリーさんが指輪を載せてくる。
「これは…?」
「いわば契約書です。根暗様が魔王候補者として魔王選に参加する間、根暗様をお守りするため、ここで契約を結ばせてください。」
「ええっ、だいぶ今更ですね…。」
「本当は魔王城に来て頂いた時に結ぼうと思っていたのですが、うっかりしてました。」
「悪魔がうっかり契約を忘れるのってだいぶマズイんじゃ…。というか、僕に支払える対価なんてないですよ?」
「対価なら実は既に頂いています。とても美味な汗を頂きましたから……」
頬を少し赤らめて、目をうっとりさせるセシリーさん。
その顔だいぶヤバイですよ。
というか、契約の対価が汗とかいいのかそれ。
「あのー…セシリーさん、そろそろ帰って来てもらっていいですか…」
「ッハ……すみません。ついつい惚けてしまいました。あの、今後も定期的に汗を頂いてもいいでしょうか…?パジャマに染み込んだ寝汗とか、大勢の人の前に出た時に沢山お出しになられている冷汗とか……」
「なんでそんな微妙な汗ばかり欲しがるんですか!!さすが特殊性癖のセシリーさんです……」
「特殊性癖の…?!ちちっ、違いますよ!こ、こここれはですね、悪魔として必要な、いわば食事なんです!!!若い人間の男が出す汗が好きとか、そんなこと微塵も思ってませんので!!!というか、別に性癖はいいじゃないですか!汗が好きでもいいじゃないですか!!」
焦りすぎたのか後半部分でほぼ認めてしまっている。
ここ数日セシリーさんと暮らして分かったことだが、この人は悪魔の癖に嘘を吐くのが下手くそだ。
「ものすごい吃ってますが…はぁ、悪魔って色々大変なんですね…。」
「私って嘘つくのそんなに下手ですかね…あと、認めてないですから!認めてないですから!!」
「はぁ……まぁ、汗くらいでいいなら、わかりました。契約しましょう」
「ありがとうございます!そしたら、その指輪を指にはめてください。」
セシリーさんに促されるまま、右手の親指にはめる。
すると、指輪の周りが淡く輝き、やがて収まった。
今のが契約なのだろうか…?
「これで契約完了です。これで正式に根暗様は私のご主人様となりました。これからはご主人様と呼ばせていただきますね」
「ご、ご主人様…?!」
「それと、その指輪を付けている間は根暗様の思考が読めなくなりますので、私でどんな激しい妄想をされても私にそれを知る術はありません。これからは私から隠れず、お好きな時に悶々として頂いて大丈夫ですので!」
「そそそそそ、そんなこと考えてませんよ!!!!」
「毎日毎日、ベッドの中でイロイロな妄想を膨らませていたのに何をおっしゃいますか。昨日なんて…」
「わあああああああああああ!!やめてください!!毎日毎日妄想に耽っててごめんなさい!!!」
──ゴゴゴゴゴゴゴ……
契約が終わり、しばらくセシリーさんと話していると、近場の墓の蓋が重い音を立てて開いた。
と、中から白骨体がむくりと起き上がり、骨をカタカタ鳴らしながら這い出てくる。
「人様の墓の前で何騒いでやがる!毎晩毎晩来やがって、そろそろ俺様の墓に招待すんぞコラッ!!」
骨をカタカタ鳴らしながら怒っているこの人はガイコツの骨無さんだ。
「骨無さん、そうカタカタ怒らないでください。カルシウムが足りてないんじゃないですか?」
「うるせぇ小僧!!俺様はな、カルシウム濃度と骨密度には自信があるんだ。たとえアダマンタイトの棒で殴られようが、ヒビ一つ入れらんねぇくらいにな!」
アダマンタイトより硬い骨は、果たして骨なのだろうか。
「あと小僧、俺様に話すときはタメ口でって言ったよなぁ??俺様はケイゴとかいう言葉遣いが大嫌いなんだ」
「うぅ…敬語の方が楽なんだけどな…」
「ガタガタ言ってんと関節技かけんぞ!!おらぁ!!!」
飛びついて来た骨無さんは、空中で僕の左腕を脚で挟み込むように持つ。
左足を首の付け根、右足を腕の下に通し、全体重をかけて僕を転ばせると、そのまま脚で首を締め付けてきた。
「カッカッカッカッ!どうだ!!俺の飛び込み十字固めは!!!!」
「いっ、いたたたたたた!!!!や、やめてください!!!セ、セシリーさん助けてっ…!」
「あの…ご主人様、その額から垂れている美味しそうな汗を頂いてもいいでしょうか…?」
「何言ってるんですか?!さっきの契約は何だったんですか!!」
惚けた顔で僕の額に垂れる汗を見ながら舌なめずりをするセシリーさん。
一体僕を守る契約とはなんだったのか。
「ほ、骨無さん!や、やめてくださいっ…!いいいいでででででっっ!!!!さらに力を強くして…っ!!や、やめ、やめろおおおおおおお!!!」
「──ご主人様、肘は大丈夫ですか?だいぶ極められていたようですが…」
「だ…大丈夫なワケ……もっとヒールください…」
「カッカッカッ、これに懲りたら敬語なんて使うんじゃねぇぞ??」
「わ、わかりまっ…わかったよ……」
渋々タメ口で話すと、骨無さんは満足した様子で骨を鳴らす。
「そんで?どーせおめぇらは今日も懲りずにネクロだなんだの練習に来たんだろ?」
「ぃってて……うん、僕にネクロの力があるとか未だに信じられないけどね…」
「ああん?ネクロの力なんて別に誰でもあるだろ」
「え、ええ…誰でもあるもんなの…?なんか急にやる気無くなった…」
「確かに、ネクロマンサーになること自体は誰にでも出来ますね。ですが力を操る個人の性格に強さが大きく依存するものでもあります。」
「性格に依存?」
「はい。ネクロマンサーとは、成仏することが出来ず現世に留まってしまっている魂を使役して、その魂をアンデットやスケルトンといった存在に変えるのが主な力です。成仏することが出来ずに現世に留まっている方は根暗な性格をしていることが多いので、使役者も根暗な性格だと死者からの共感が得やすく、好かれやすい傾向にあるのです」
「まっ、俺様みたいな陽キャもいるけどな!」
つまり僕の性格にはピッタリの性格ということか。
「そうそう、根暗に紹介したいやつがいるんだよ」
骨無さんが立ち上がり、少し離れた場所にある墓の前にしゃがみ込む。
「おい、メアリー!起きろ!」
ガシッ!ガシッ!
墓の蓋を蹴り出す骨無さん。
すると、墓の蓋は開いていないにも関わらず、蓋を貫通して小さな頭がひょっこり出てくる。
よく見ると全体的に薄く透けており、目元にはうっすら涙が浮かんでいるのが見えた。
「ほ…骨無さん……き、聞こえてますから…っ、あの…お墓を蹴るのはやめて…っ」
墓から体全体をヌルっと出すと、空中にふわふわ浮きながら両脚を抱え込み、シクシク泣き出す少女。
膝下まで伸びた黒髪と、綺麗に揃えて切られた前髪が月明かりに照らされてツヤツヤと輝いている。
白いワンピースに身を包み、全体的に幼い印象の彼女は僕を見つけたのか骨無さんの後ろにひょいっと隠れ、様子を窺うように赤い瞳でこちらを見つめてくる。
「あ…あの…骨無さん。あの方は…?」
「おう、あいつがこの前言ってた根暗ってやつだ。ネクロのことを聞くならお前の方が適役だと思ってな」
「根暗さん…。あの方が……は、はじめまして。メアリーといいます」
そういってペコリとお辞儀をしてくるメアリーさん。か、かわいい……。
「はじめまして、根暗です。そしてこちらはセシリーさんです。」
「メアリーさん、はじめまして。ご主人様である根暗様と契約を交わしているセシリーと申します。以後お見知りおきを…」
「は、はじめまして!…えっと、根暗さんはネクロマンサーを目指されていると聞いたのですが、なんでまたそんな地味な職を……あっすみません……地味とか言ってすみません……」
ネクロマンサーって地味なんだ…。
「い、いえ大丈夫です。そんな深い理由はないんですけど、自分が唯一なれそうなものがネクロマンサーくらいしかなかったからですかね…これでも一応魔王候補者としてさすがに何かしら力を持ってないとダメみたいで……」
「魔王候補者様…?!すすす、すみません!!そうとは知らず…!」
「名ばかり候補者みたいな感じなので、全然気にしないでください。ラフに接してくれた方が嬉しいです」
「そうですか…?じゃ、じゃあ…あの…お…お兄ちゃんって…呼んでもいいですか……?」
「お、お兄ちゃん?!?!?!え、急になんで…?!」
「生前、根暗様と歳が幾ばくも離れていない兄がいたのですが、すごく優しい兄でいつも私のことをかわいがってくれていました。その兄を時々思い出して夜も眠れず……。」
遂に僕に春が来たのだろうか。
ここにきて僕にかわいい妹ができる…?
「そ、そうなんですか…。わかりました。そういうことであれば、僕は構いません。むしろお兄ちゃんと呼んでください!」
「ありがとうございます!お兄ちゃん!」
「あ、言い忘れてたけどこいつ、男だからな」
「?!?!?!?!」
骨無さんが衝撃的なこと口走る。
この娘が…男……??
チラとメアリーさんを見ると、いたずらっぽく舌を出している。
「骨無さん、ネタバレが早いですよ~!もう事が運んだあとに、残念!実は男でした!ってするのがいいのに……」
「…………」
まぁかわいいからいいかな…。
僕は男の娘も行けるタイプなのだ。
「あ、あれ…?あんまり動じないんですね…?」
「僕は男の娘でもいけます。なので、ぜひお兄ちゃんと呼んでください。」
「……キモッ」
「うぅっっ!でも…………イイ……」
「「…………」」
骨無さんとメアリーさんがゴミを見るような目で僕のことを見てくる中、セシリーさんはニコニコしたまま傍観に徹する構えのようだ。
ここでの生活も悪くないと思っていた僕だが、改めてここでやっていけるのか不安になってきた。
魔王候補という立場に甘えてダラダラ過ごしてきたが、今一度考え直した方が良さそうだ…。
カンッカンッカンッカンッ!!
突然、鐘の鳴る音が僕たちの耳を劈いた。
「敵襲!!敵襲!!!何者かが城に侵入した模様!!!至急厳戒態勢に移行し、各員警戒にあたること!!」
こんな夜中に敵襲とは、しかも城の中に侵入?
この城は割と警備がガバガバなのだろうか。
あまり厄介ごとに首を突っ込みたくないのだが、今の生活が無くなるのも惜しい。
僕はセシリーさんを連れ、城へ駆け出す。
「なぁメアリー、俺様たちはどうする?」
「うーん、こんなこと滅多にないですし、面白そうだから行きませんか?」
「それもそうだな。おーーーい!根暗!待ってくれよ俺様たちも行くからよ~!」




