おお勇者、貴様を追放する
「勇者──貴様を追放する」
その言葉は、私にとってあまりにも寝耳に水だった。
「な、なぜ!」
私は、勇者だ。世界から課された使命を果たすために、辛い旅も乗り越えて。
やっと、っていう時なのに。
だが、私に追放を告げた相手は表情一つ動かさない。冷徹に、酷薄に笑う。
「それはだ、勇者。 おめえの婚約者がぶちギレて毎日我の元にお気持ちの手紙を送ってくるんだよ! 使者してる騎士さんが、もうボロボロになってるんだよ!」
「ごめんなさい!」
正直、本当に申し訳ないと思う。
「謝るんならさっさと帰れ!」
「そんな……」
殺生な。この人でなしめ。
「私とあんたの仲でしょ」
「確かに、あのくそ神の洗脳から我を解放したという恩が貴様にはある」
うんうん。
本当にあのゴミクズ神は厄介だった。魔界で信仰されてる神と、人界で信仰されてる神が、それぞれ同一の存在で、魔王と勇者の対立構造もっといえば魔族と人族という対立すらもが、あのうんこ野郎のマッチポンプだったことが明らかになったときは、もう心から思ったもんだ。野郎ぶっ殺す!って。
「だがな、バカ女よ。 ここは、貴様の実家では無いし──我の魔王城ってこと分かってんのか!」
「別にいーじゃん、聖女ちゃんだって『ずっといてくれて構いませんよ?』って言ってくれてるし」
「我の最愛の妻は優しいからな!」
なんだこいつ。急にどや顔をかます魔王に私は半眼をむける。言葉通り、聖女ちゃんはこいつに嫁いだ元私の仲間である。
「だが、そろそろ我に嫁さん返して欲しいというか、正直新婚の邪魔されてムカつくからとっとと帰れ」
「やだ」
「やだって貴様子供か」
魔王はため息を吐いた。どうしようもねえなこいつ、って顔をしている。
「勇者よ」
「出ていかないよ」
「一旦それは保留しておく。 我はとんでもなく寛大だから、貴様に尋ねてやるが。 貴様は婚約者のどこが不満だ?」
「う」
不満か不満じゃないかと言えば、こう答えづらい。
私がここに逃げてきたのも不満があるかないかと言われると、どちらかというと不満というわけではなく。
「そ、その、あまりにも、や、優しい声で語りかけられたり、贈り物とかされたりしちゃうと、は、恥ずかしすぎて」
国に帰った私に待っていたのは、婚約話だった。
自分で言うのもなんだが、客観的に私は一騎当億くらいの戦力だろう。そんな存在を国が縛り付けたがるのも当然だ。
ということで、宛がわれたのが、公爵様だった。
「だって、噂じゃ氷の貴公子とか呼ばれてたんだよ?」
「ああ、まあ、確かに、お前の婚約者は氷の貴公子と呼ばれるだろうな……」
そういえば、魔王はどうして公爵様のことを知ってるんだろうか。仮にも国の首脳同士で交流とかあったのだろうか。
「それがあんな、あんな風に、笑いかけられたり……贈り物されたりしたら…………好きに、なっちゃうじゃん」
正直なところ、私は出自も出自なので公爵様と結婚したところで、第二・第三婦人とかの影で悠々自適の隠居生活になるんじゃないかと思っていた。
なので、目標としては、彼らの邪魔にならないために、もっといえば恋心なんて抱かないように、ひっそりと過ごすつもりだったのだ。
けど。
「そうならないように、せっかく逃げてきたのに」
「あー、うん。 ほとんどのろけを聞かされてるようにしか思えんのだが、それが貴様がここに入り浸る理由だと言うことで良いな」
「うん」
「そうか…………そうかあ………………」
魔王はやけに、疲れたような反応を示す。小声で、しっかりしろよ魔法使いとボソリと呟いたことを私の耳は聞き逃さなかった。
「なんで魔法使い?」
「こっちの話だ、気にするな」
魔法使いかあ。そういえば、元気にしてるのかなあ私の魔法使い。仲間だったんだけど、いつもローブにフードで顔も見たこと無かったんだよなあ。声と体格からして男性ってことは分かってたけど。戦いが終わったら、顔を見せてくれるっていう約束したけど、有効かなあれ。
「…………まあ、わかった。 お前に迎えが来るまでは、滞在を許してやろう」
「やった!」
あの時、洗脳を解いといて良かった!
◆
翌日である。
私の口は、パクパク動くけど音を発してくれなくなった。
「ごめん、遅くなった、僕の愛しい勇者」
「え、は、や、え、え!!!????」
公爵様が、迎えとしてやってきて。
なぜか、ローブ姿で。
それは間違うこと無く。
私の魔法使い君のもので。
「おお、勇者。 さっさと、帰れ」
待って魔王ーーー!!!
説明を!!!
説明を誰かああああ!!!
聖女ちゃん、なんでそんなに良い笑顔なの!!!??