アナザーサイドストーリー2(シノブ)
※:第二章第十七話よりちょっと前、シノブたちがツムギと合流する少し前からのお話です。
管原シノブはシブヤ町の街のハズレを歩いていた。
町外れと言ってもまだ繁華街が続いており、故に人通りもそこそこはある。
この街から離れて四年、今まで一度もここを歩くことはなかった。
別に来てはいけないというわけではなかったが、なんとなく足が向かなかったのだ。
四年。思えば遠くに来たものである…。
派遣機構から除名されて以降は、身を隠すようにのらりくらりと生活してきた。
だがそれも今日まで…。
「何しみじみしてんだ!」
「いった!」
という元気な声と共に後頭部をなんの脈絡もなく殴打される。
声と拳の主はいうまでもない。
白い髪に白いワンピースで肌まで白い、まるで色を塗っていない塗り絵のような見た目の少女、ハクアである。
「何か考えてたの?」
今度は、虚ろな声が背後から聞こえる。
だがその声の主も、振り返ってみるまでもない。
真っ黒でボサボサな髪に喪中か何かのような真っ黒なワンピースを着た少女、コクウである。
現在、街を三人で闊歩中。
まるで両手に花のような状態だが、周りの人からみると、歩いているのはシノブ一人だけ。
ハクアとコクウは認識阻害の魔法をかけていて、その姿は一般の人々の目には映らない。
正確には「見えてはいるが意識には入らない」のだが。
故に、今シノブは一人で、しかも何もないところで、頭を抱えて痛がっている変人である。
だが、そんな変人に注目する人もあまりいない。
関わり合いになりたくないということもあろうし、そうでなくとも、この街の人々はそれぞれの用事に忙しく、他人にかまっている暇などないのだ。
「いや、別に特に何があるわけじゃないんだけど…。」
「青春時代の思い出ってやつか?」
「なんだそりゃ…。」
確かに高校生の時点でこの土地に配属されて、二十歳までここが活動の拠点だったのだ。
いわゆる「青春時代」をこの場所で過ごしたのは確かであった。
だが、それはこの街で遊んでいたとか、そういうことではない。
シノブたちはこの土地を守る「守護者」という立場であった。
彼にとってはこの場所は、守るべき場所であって、遊んで楽しんでという場所ではなかった。
そもそも彼は、人々との関わり合いがあまり上手い方ではない。
知らない人、心を許せない人の前となると途端に言葉が出てこなくなる。
ハクア、コクウをはじめ、身近な人となら、そこまで言葉が出てこないということはあまりないのだが…。
そんな思い出に浸る三人に、駆け寄ってくる足音がある。
繁華街の真ん中だ。通常ならその程度で気に留める人はいないだろう。
あるいは逆に、自分に向かって近づいてくるのではないかと警戒してしまうかもしれない。
だが、シノブたちは、その足音が何者か、ある程度検討がついている。
そもそも彼らが今この街を歩いているのも、その何者かとの待ち合わせがあるためだった。
「あの…。」
背後で声がする。
正直、目星をつけていた誰の声とも合致せずに驚いた。
自分たちの見張り役、いわゆる監視がつくということだったので、自分たちが知りうる中で、誰がその役回りをさせられるか、予想していたのだが…。
「管原シノブさんと、魔法少女のコクウさん、ハクアさんですね?」
「そうですが…。」
とだけ言って、振り返る。
するとまた驚かされた。
何せそこにいたのは、自分たちとはだいぶ歳の離れた少女だったからだ。
正直、自分たちにつくのなら、ベテランが来るだろうと思っていた。
だからこそ自分たちも知っている人物なのではないかと想定をしてみたりもしたのだ。
これは自分たちに対する過大評価でもなんでもない。
彼らが犯したことになっている罪の重さを考えれば当然のことだった。
だが、実際にはこの少女…。
自分たちのほとぼりがこの四年間で覚めたということか?
十二支会側ではシノブたちの罪をあまり重くみていないということか?
それとも彼女に何か秘密があるのか…?
「あんたが監視役?」
ハクアも相当動揺しているようで、疑問をそのまま口にする。
コクウはいつものポーカーフェイスだが、相手の出方を伺うように、耳がその少女の方を向いている。
「あ、はい!そうなのですよ!」
「十二支会から派遣されてくると聞いていたけど。」
「はい!本日よりシノブさんたちを監視させていただく、神鼠族のツムギというのですよ!」
「えぇ…よろしく?」
なのですよという独特の語尾に面食らいつつも、挨拶を済ます。
神鼠族でツムギという名前は聞いたことがなかった。
まぁそもそも十二支会でも上層部ならまだしも、下層部は構成員も多く、全員を把握するという方が無理な話である。
「…で、何をすればいいの?」
「え…えぇっと?」
とりあえずある程度の場所と時間で待ち合わせ、そこまではシノブたちも、今件の発案者から聞いてはいた。ただ、その後、具体的に何をしなくてはならないかは聞いていない。
「私たちは今後、協力して収束点の護衛をすることになるのですよ。そこまでは聞いているのですよね?」
「ええ。」
「でも…今時護衛って…。というか、監視役ってのも意味わかんないけどな…?」
「そうなのですよね。こんな内容の依頼は演習もしたことないのですよ…。」
「そーだよな。」
うんうんと頷きあう四人。
驚くべきことに、四人とも自分たちが具体的に何をしなければならないのか把握していなかった。
護衛と言っても、具体的に誰がどのように狙ってくるのかもわからない。
わかっているのは、狙われているという事実だけ。
それで守りなさいという方が無理な話である。
それはおそらく監視というのでも同じだろう。
素性もしれない相手が危険人物かもしれないから監視しなさいというのは、あまりにも投げやりだ。
しかもいざとなった時にツムギはたった一人で三人を相手にせねばならない。
いくら相手は神鼠族といえど、おそらく三人でかかれば、最も容易く倒せるだろう。
シノブたちもそれなりに優秀なバディである自負はあった。
もちろん、それを実行するかとは全く別の問題だが…。
そんな中、しばらく沈黙が続いた。
いつからか、コクウとハクアは耳を澄ませて黙っていた。
集中した表情から、ただぼんやりしているのではないということが読み取れる。
そして付き合いが長いシノブにはわかっていた。
彼女らのその状態は、敵や目標を発見した時のそれだった。
そしてそれは同時に、久々の狩りの始まりの合図でもあった。
〜次回予告〜
シノブ:「今度は俺目線か。こうやってローテーションしていくのか?」
ハクア:「でも今度もあたしららしいよ。」
コクウ:「基準がよくわからない。」
シノブ:「というか、この護衛の話も結構突然だったよな。一週間前とかだろ多分、知らせが来たの。」
コクウ:「運営がガサツなのはいつものことだわ。」
ハクア:「でも本当にあたしらが採用されるなんてね。」
シノブ:「急を要すれば、俺たちがまた戻ってこれる状態になるってあいつの読みは当たってたわけだ。」
ハクア:「まぁまたどうせお得意の根回しだろうけどな!」
シノブ:「どっちにせよ、また普通に生活できるようになるってのはありがたいことだろ。」
コクウ:「そうね。」
ハクア:「しかしあのツムギってやつも、あたしらの監視なんて可哀想だよな!」
シノブ:「というわけで次回は『アナザーサイドストーリー3』をお送りします。」
ハクア:「お楽しみに!」
幕




