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アナザーサイドストーリー39(キララ)

※:前回から引き続く時間軸のキララ視点のお話です。

 キララは黒い革張りの大きなソファーに軽く座り、暇そうに足をパタパタさせていた。


 せっかく大きな家があるのに、この場所には住めないというのは残念だと思う。

 書物庫での退屈な暮らしが四年間続いて、やっと外に出てきたのに。

 こんなに面白そうな場所を離れなければならないのはかなり心外である。


 とは言っても、日の日差しの中での活動が中心になる外での任務が全て手放しに嬉しいわけではない。


 それに、ガヤガヤした都会の喧騒が、キララは嫌いだった。

 一方で静かな田園風景などが好きなわけでもなく、つまり派遣機構の立地も別に好ましいわけではない。

 結論としては、こういう静かだが人の雰囲気を感じるような住宅街はかなり理想に近いのだが…。


「それで、引越しの準備はできた?」

「できてるけど…この家はどうなるのかしら?

 流石に一日で権利どうのこうのは無理だったわ。」


「まぁ、この家大きいから目立つし、防犯面の問題もあるだろうし、魔法でうまく一般の人の意識から外れるように工夫する…。」

「そんなことができるの!?」

 ツキヨの言葉に、マナが勢いよく食いつく。

 マナからすると、魔法は、カナコなどとは違う方向性ではあるが、夢にまで見た存在なのには違いない。


 一方で、キララにとってはわかりきったことなので、これがつまらない。

 それに、ツキヨにこう言った責任は一任している上、その方がことがうまく運ぶことを双方が理解しているので、ツキヨの方からも何も言わない。


 キララは小さくあくびをしながら、部屋を見渡す。

 少なくともこの部屋には引越し準備らしい段ボールなんかはない。

 それどころか、部屋のものが準備のために引っ掻き回された形跡が何もない。


 もちろん、一人一部屋…正確にはマナ以外は分譲システムで作った白い箱…に引っ越すのだから、こんな大きな家の家具を全て移すわけにはいかないわけだが…。

 今、キララとツキヨが座っているソファーに向かい合うように同じソファーが置かれ、そこにマナが座っている。

 その目の前にはガラス製のテーブル。


 壁際には小さめのサイズの箪笥や棚。

 箪笥の上には、埃を被った家族写真らしいものが飾られている。


 棚には同じく埃を被った本。

 …ここまできて本を眺めるのが嫌で、キララは目をそらす。


 この部屋はまるで、記憶が沈澱した水槽のようだ、とキララは思う。

 きっと探検したら楽しいだろう…まぁそれも、高い記憶力をもつキララからすると、せいぜい数日のことだろうが…。


 幼い頃から魔法の才能と共に、この類まれな記憶力を持ち合わせていたキララは周囲にもてはやされて育った。

 一方で、なんでもすぐに覚えてしまうキララからすると、勉強も何もつまらないものばかりだった。

 派遣機構の特務員として活動していた時期は思わぬことが無数に起こって楽しかったが、それも四年前の事件以来できなくなってしまった。


 …まぁ本当は第二種契約しかしていないキララは、ツキヨと契約を破棄して、別のペアで活動を続けることもできたのだが…。

 過去を忘れられないまま結局ここにいるのだから、今のキララもまたこの部屋と同じであるといえた。


 記憶の中の過去は、いつまでも変わらずそこにある。

 特に、自分で意図しない限り年老いることのないキララからすると、そう言った感慨はお馴染みのものだった。

 まぁ、まだ二十年しか生きていないので、不老は関係なく、そういう感慨に浸りやすい性格というのもあるのかもしれないが…。


「でも、引越し業者とか呼んでないけど、大丈夫なの?

 今日中に引っ越すんでしょ?」

 やっと認識阻害魔法の説明が終わったらしく、マナが話を次に進める。


「あぁ、まぁ人間の世界の引っ越し屋に頼むとお金もかかるし、何より、怪しいじゃない?」

「確かに…?」

「それで…。」


 ピンポーン!


 その時、タイミングよく家の玄関の方から、チャイムの音が響いた。

 マナが顔を上げる。


「魔法少女宅急便の出番ってわけね。」

「何その有名な児童書みたいな…。」


「マホタツのホウです!加賀美マナさん、緋川ツキヨさん、いますか?」

 マナがインターホンのモニターを繋ぐと、そこには郵便配達の人が被っている独特の帽子だけが映っていた。

 どうやら身長が足りずに、モニターに顔が映らないらしい…。


「開けてあげて。」

「え?…あぁうん。」

 マナがそう言って玄関先に向かうのところに、ツキヨとキララもゾロゾロとついていく。


「これって未成年労働だよね、まぁ今更だけど…。」

 マナがキララを見ながらそういう。

「なんだ!キララ様のご尊顔に何かついているとでもいうのか!」


「まぁ…その辺は伝統が残っているというか、人間と幻獣でも感覚が違うし…ね?

 ちなみにキララはあなたと同い年…。」

「え!?」

 ツキヨが、一応小声で補足すると、その努力を無に返すようにマナが大きな声で驚く。


「ツキヨは今年で二十五だしな。」

 そうでなくとも、事情を察しているツキヨが少しイラッとした様子で呟く。

「えぇ!?」


「あーそうそう。言い忘れてたよ…。まぁあんまり気にしないで、適当でいいから…。」

「我々は歳はとらんからな。下等な人間種とは違うのだ。」

「へぇ、すごいんだね。」


 ドアを開けながら、そう声をかけるマナの言葉には興味と驚きが混じっていて、キララも少しは気が晴れた。

 いつもスルーされたり、ともすればチョップが飛んでくるので、久々に素直に感心されたのが嬉しかったということもある。


 まぁ不老も長寿もある程度のレベルを超えた幻獣なら珍しくもない能力なので、本当は驚くほどすごいことというわけではないのだが…。

 細かいことはあまり気にしないことにした。


 淀んだ水槽の蓋を開けるように、マナがゆっくりと重いドアを開けた。


〜次回予告〜

マナ:「いやぁ意外にキララちゃんも難しいこと考えたりするんだね…。」

キララ:「なんだその、端々から侮蔑を感じる表現は!深慮なるキララ様が考えていることは、いつも高尚に決まっておろうが!」

マナ:「えぇ…正直厨二病の人って、感傷的なイメージはあるけど、知的なイメージはないかな…。」

キララ:「なんだと!?というか、そもそもキララ様は厨二病などではない!本当のことを言っているだけだ!」

マナ:「まぁ確かに、魔法とか言ってる時点で、こっちの世界だとイタい人だしね…。」

キララ:「イタ…。と、と、と、とにかく、次回は『アナザーサイドストーリー40』視点はこの下僕六号だ。」

マナ:「下僕って…しかもナンバリングも微妙だし…。まぁいいや、お楽しみに!」

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