悪役令嬢って何のことでしょうか?
「ルビーナ・フェアリーライト! 貴様との婚約を、この場で破棄する!」
私はいったい何の演目を見ているのでしょうか?
しかも名前を中途半端に呼ばれております。
ルビーナ・フレイア・フェアリーライト侯爵令嬢。
フルネームで呼びかけたいのなら、そこまで言ってくださらないと困りますわ。
しかも……
「トーマス・トバイアス・サディアス侯爵令息。貴方様は今、わたくしとの婚約を破棄するとおっしゃいましたか?」
「ああ、その通りだ。なんだ、耳がおかしくなったマネか?」
「いえ。わたくしの両親とトーマス様のご両親も婚約破棄を了承されているということでしょうか?」
「いいや。だが……」
「では婚約破棄はできませんのでは?」
「はあぁっ!?」
私が言葉を遮ったからか、否定の意を示したからか、トーマス様はなぜだか怒っていらっしゃるようだわ。
なぜかしら?
「できるに決まっておるだろう! お前の様な卑怯で残酷な女と、結婚などできるか!」
訳の分からないこともおっしゃっていますわね。ここは突っ込んで聞くべきかしら?
でも、王都高等学院主催の公式パーティという公の場で、これ以上騒ぎにするのはいけませんわよね。
「何をおっしゃっているのか理解いたしかねますが、このままでは他の方々の迷惑になります。お話があるのなら個室で……」
「個室で私を襲う気か!?」
この騒ぎに聞き耳を立てていらした方全員がドン引きされていますわ。
ええ、私もです。なぜそうなるのかしら?
「もちろんお互い数名ずつ、話の証人として立ち会っていただきますので、二人きりということはありませんわ。それにわたくしも、トーマス様がご一緒されているお嬢さんの事を詳しくお伺いいたしたいですし」
そもそも今日のパーティで婚約者のトーマス様が私のパートナーを務めなかったどころか、今朝になってお断りの話が来て我が家では大騒ぎになりましたのよね。
その話をそのままサディアス侯爵家にもお伝えしたので、トーマス様のお家も大変だったはずなのですが。
どうやらその原因はトーマス様にすがりついている、ピンクブロンドの小動物のようなお嬢さんのようなので、色々しっかりお話を伺いませんとね。
「知らないふりをするとは、なんて恥知らずなんだ」
「申し訳ありませんが、わたくしは彼女を紹介されたことは一切ありません……」
「知らぬわけがないだろう! お前が散々いじめたというのに!」
「は?」
さすがに驚いてしまいました。いじめたと言われましても……本当にどこのどなたか存じ上げませんのに、クラスどころか学年すら知らないのに、どうやっていじめられるというのでしょう?
どういたしましょうか?
トーマス様の名誉を守るためには、ここでこのままお話を続けるのはよろしくないと思うのですが……。
婚約破棄されるのなら、そんな配慮もいりませんわよね?
というわけでこのままここで聞いてみることにいたしましょう。
「わたくしがそのお嬢さんをいじめたという話ですが、証拠はあるのでしょうか?」
「シャーロットが俺に涙ながらに語ってくれたとも!」
この方はシャーロット様とおっしゃるのね。どこのお嬢さんなのかしら?
なんて考えて黙っていると、出てくるわ出てくるわ。
悪口や無視だけでなく、教科書を盗んだりノートを破ったり、ジュースをかけたり噴水に突き落としたり。
生徒会のお仕事で忙しかった私によくそんな暇があったものだと思いました。
話が止まったようなので畳みかけましょう。
「すべてはそちらのお嬢さんの証言だけなのですね? 証拠もないのにお疑いになるのは、高位貴族としてどうなのかと思いますけど」
「うるさい! シャーロットの証言だけで十分だ! お前とは結婚しない!」
私はそれでもかまいませんけど、そうもいかないのが貴族社会ですわね。
「けれどトーマス様とわたくしの婚約は、家同士の家格や繋がり、それぞれの子供の年齢を鑑みたうえで決められております。わたくし達の一存では破棄できないものではありませんか?」
「ふん。そんなもの、関係ない。俺は俺が愛するシャーロットを守り、愛し、妻にして、二人で幸せに暮らす。その宣言を、こうしてみんなの前でするのだ! 父上母上だって反対はできまい」
「トーマスさまぁ」
どや顔のトーマス様に寄り添う甘く高い声でわざとらしく感激するシャーロット様。
なんでしょう、この三文芝居感は。わたくしはいつまでこれに付き合わなければならないのでしょうか?
確かにこんな公の場で高らかと宣言してしまった以上、話を進めるしかなくなります。
というわけで私とトーマス様の婚約破棄は決まったようなものですわね。
願ったりかなったりですわ。
「そうですか。ではトーマス様、シャーロット様、お幸せに」
私は優雅にカーテシーを決めて二人に挨拶をすると、その場をようやく去ることができました。
やれやれですわ。
でも、トーマス様、この婚約破棄の意味をご理解されているのでしょうか?
「ルビーナ・フレイア・フェアリーライト侯爵令嬢。わが愚兄がご迷惑をおかけいたしまして、申し訳ありませんでした」
「セオドア・セオドリク・サディアス侯爵令息。本日はエスコートをありがとうございます」
トーマス様の3つ下の弟君のセオドア様は、今回の騒ぎに兄の代わりに私のパートナーを務めてくださいました。
サディアス家に行ってもトーマス様はろくに挨拶もしてくださらず、お茶の時間も無視されておりましたところ、セオドア様がお話し相手になってくださっていました。
その聡明なこと。
トーマス様と違い、色々なお話ができるのがとても楽しく、素敵な時間を過ごさせていただいておりました。
そう、今回のことはお互い渡りに船でした。
こうして公の場所で二人で手を取り、踊ることも許されるのです。
これからずっと。
「どういうことだ!!!」
あらあら、トーマス様、はしたないですわね。パーティ会場で怒号をあげられるなんて。
ああ、お友達の公爵侯爵伯爵令息の方々がお相手してくださらず、子爵家ご令息の方々に粗雑に扱われてお怒りになられているようですね。
でもしょうがありませんわよね。
私との婚約を破棄したということは、
自ら侯爵家の跡取りの道から降りたということなんですから。
侯爵家には男爵位もあったはずです。それが譲られれば幸運ですが、最悪は市井に落ちるしかありません。
そうすれば自分が今まで馬鹿にしていた子爵男爵たちから使われる存在になります。
という説明を受けていらっしゃるのでしょうか?
あらあら、頭を掻きむしってうずくまってしまわれましたわ。
ご気分でも悪くなられたのかしらね?
あら、見すぎてしまったのかしら。横にいらしたシャーロット様がこちらを睨んでいらっしゃるわ。
「悪役令嬢のくせにいいいいいい!!!!!」
私をまっすぐ見て叫ばれたということは、私のことなんでしょうけど……。
「悪役令嬢って何のことでしょうか?」
「さあ? きっと私たちが気にすることではありませんよ」
新たに婚約者になるであろうセオドア様と、私は楽しくくるくると踊り続けるのだった。
ふと思いついてしまったので、旬なうちに書き上げようと思った短編です。
私の中の基準では、婚約破棄したらこうなるよな?というのがあったので、それを破棄される側の令嬢視点で書いてみました。
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普段はぽちぽちと「乙女ゲームをもとにした異世界で悪役令嬢が主人公」のうんちく長編を書いております。
もしよろしければ、そちらものぞきに来てくださいね。
どうかよろしくお願いいたします。
「ドラゴンの使者・ドラコメサ伯爵家物語 ドラゴンの聖女は本日も運命にあらがいます!」
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