第四話 いつのまにか馴染みまして
…押しかけ蜘蛛人嫁魔獣ことハクロが村に来て、最初こそ、魔獣の見た目から恐れる村人もおり、嫁に来たといってもそうすぐに馴染むことはないかなと思っていたのだが…ひと月も経てば、その心配は無用だったと分かった。
というか、バリバリに馴染み過ぎた。
【ふぃ~~良いお湯ですね、旦那様。温泉掘り当てて良かったですよ】
「だから何で、一緒に風呂に入ってくるんだよ!?」
【え?だって旦那様と私は夫婦ですよ?人間は番になったら、一緒のお風呂も当たり前だって、私もしっかり人間たちの常識を学んでますからね】
「誰情報だ、それはぁぁぁぁぁ!!」
誰だ、彼女にそんな情報を与えた人は。
この村で一緒に過ごす間に、何かの手段で得ている彼女の知識はツッコミどころしかないと理解しつつも、ツッコミを放棄することが出来なかった。
【まぁまぁ、落ち着いてくださいよ、旦那様。風呂場では騒がないものですってば】
むぎゅっ
「ぐぅっ」
…本当に、どうしてこうなったのやら。
このひと月の間、彼女が生活している間に村は変わってしまった。
いや、変わるほど影響をハクロが与えまくったというべきか。
東に魔獣が出れば、素早く出向いて始末する。
西に盗賊が現れれば、すぐにぶん殴っておとなしさせる。
南に商人たちが訪れれば、自身の糸や狩ってきた魔獣の素材を交渉材料として利益を得る。
そして北にゴミ捨て用に穴を掘らせれば…火山地帯とかそういうものがないはずなのに、なぜか温泉を掘り当てて、村に温泉旅館を作り上げてしまう。
やることなすことが色々とチートみたいなことばかりで、ルド自身は転生者の身だというのにチートはなく、その代わりにこのハクロに全部与えられたのかと天に問いたい。
考えたら自分はまだ平凡な方な容姿だと思うけど、彼女の絶世の美女のような人部分の容姿も十分チートみたいなものだと思えるし…うん、そう考えると何かこう、悲しい気がする。
でも、村周辺の治安の向上や温泉による清めでの公衆衛生面の向上など、役にも立っているんだよなぁ…良くある転生者のチートで自分たちだけひゃっはぁぁっとはしゃぐのとは違うので、良いと言えるのかもしれない。
まず、ハクロがそんなはしゃぐような奴だったら、魔獣として最悪なことになりかねなかったけどね…どれだけ強いのか、しっかり目にしたよ。
「…というか今更だけど、他の人は入ってないのか?ここ、男湯なんだけど」
【おばさんやお義母様たちに話したら、貸し切りのために手伝ってくれましたよ。村の男の人たちは、外の仮設浴場でしっかり見張られて入浴中なので、ここは私たちの貸し切り状態です♪】
さらっとやらかしてないかな?ごめん、村の男性陣の方々。
あ、でもこの温泉の場を作った当初に、蜘蛛の体もあれどもきちんとした美女の体を持つハクロの裸を見ようと覗き見をしていたことあったからな…うん、そのあとに村の女性人たちによってフルボッコにされた惨劇があるから、同情しづらい部分がある。
それにこうあって風呂に一緒に入っても、出来るだけ見ないようにすれば、感触はあれどもギリギリ理性が保てるからね…本当にまだ10歳の男児でよかったかもしれない。前世的にはちょっとアウトな部分があるが…諦めの境地に至るべきだろうか。
「…気にしないほうが良いのか。…そういえば、ハクロ。忘れていたことがあったんだけど」
【ん?なんでしょうか?】
「今はまだ、この村に一緒にいるけど…来週には俺、この国の王都のほうの学園でしばらく寮暮らしをすることになっているから、当分離れて生活になるよ」
【---え】
その言葉を聞いた瞬間、先ほどまでにこやかだったはずの彼女の顔が、一瞬にして曇った。
そう、熊の魔獣騒動でドタバタしていた時もあって忘れかけていたが…この世界、一応前世の学校のように、学ぶための機関が存在している。
国によってはないそうだが、このメダルナ村の所属するコレデナイト領、その領地が所属するこのガルトニア王国には、義務教育のような制度がしっかりとあるのだ。
遠い領地から来ても学ぶのに不自由がない様に、寮が用意されているらしいのだが…ここは、それに該当する。
10歳になった少年少女は、国の教育制度によって、王国の中心にある王都の学び舎で学ぶようになっているので、ルド自身も例外なく向かうことになるのである。
【えっと、どのぐらいの間でしょうか、旦那様。できるだけ、早く帰ってきてほしいのですが…】
「大体、15~16歳、飛び級すれば14歳ぐらいには終わるらしいけれども、それだけの期間学ぶようになっているようで、帰れるのは夏季と冬季の休暇ぐらいかなぁ…しかも、ここって王都から離れた辺境の場所だから、向かうだけでも1週間ほどかかるし、往復を考えると結構短い間になると思うんだよね」
【…】
その言葉を聞き、さらに顔を曇らせるハクロ。
短い間だけと思いたいようだが、残念ながらしっかり学ぶ時間が長くなっている。
その家の畑作業を手伝うなどの事情がある生徒ならば、もうちょっと早く帰還して長めの休みをもらえたりするようだけど…ある程度の貧しさが条件で、皮肉なことにハクロが色々と活躍しまくったせいで、村の裕福度が上がってしまい、その対象から外されてしまっているようだ。
これもある意味、自業自得というべきなのだろうか?
良いことはしているので、そこまで悪い意味合いで使えないとは思うが…とにもかくにも、当分の間離れることが確定している。
「そんなわけでハクロ、村に慣れてきているところだろうけど、俺は当分ここから出て生活するよ。留守中の間、どこにでも行けると思うけど…」
【…い、嫌ですよ、旦那様!!私、旦那様と離れて生活する生活なんて、ここ最近一緒だったから絶対に離れたくないですってばぁぁぁ!!】
ぶわぁぁっと涙を流し、ぎゅっと抱きしめてくるハクロ。
そんなことを言われても、決まっていることなのだから仕方がない。
【そうだ、いっそのことそんな制度を作った国を、滅ぼせばなかったことになりますよね!!だったら今すぐ上がって、王都を滅茶苦茶に破壊してきます!!】
「ぶっ飛び過ぎた思想なんだけど!?流石にそれはダメだって!!」
行動に移したら実際にこなしてしまいそうなのが恐ろしい。
風呂から勢いよく上がって、全力で蹂躙してきそうな彼女を慌てて止める。
【でしたら、えっとえっとえっと…そうだ!!私も王都に向かって一緒に学びますよ!!それなら、寮に一緒に入って離れることもなくて】
「残念だけど、多分無理だよ?王都のほう、聞いた話だと魔獣から守るための結界とかなんとかが張り巡らされているようで、ハクロはたぶん弾かれて入れないかも」
【だったらそれをぶち壊して、侵入しますよぉおおおおお!!】
「だから物騒な発想をやめて!!落ち着いてハクロぉおおおおおお!!」
このままだと勢いで相当ヤバいやらかしを仕掛けないハクロ。
どうにかこうにかしがみつきつつ説得して、何とか落ち着いてもらうのであった…