第三十六話 サーモン・バァン
…ゴールデンシャケであろうとも、魔に堕ちる者はいる。
魔獣の身に成り果て、それと同時に本能が肉体と共に肥大化した結果…魔獣のシャケは今、生まれ故郷の湖へ向かって進撃していた。
魔獣になった獣は元の姿と比較して異形の姿になるのだが、このシャケの異形化した姿は単純に肉体の超肥大化。
己の肉体のほとんどが脂身となっているゆえか水上に浮くような形になりつつ、水上へほぼ全体が出ているがゆえに肺呼吸を行うようになり、ひれから吸った空気を体内で圧縮し、燃焼させて放出する攻撃が可能になっていた。
そんな魔獣シャケ…魔鮭が湖に来ているのは、子孫を残す本能によるもの。
だが、肥大化した肉体とは違って卵自体への栄養は足りなかったようで、周囲の動くもの全てを喰らいつくしつつも、まだ足りないと感じていた。
それゆえに、喰らいつくせる命の存在を感じ取り…湖の上に浮かぶ水上都市を狙うことにしたのだ。
一つ一つが微々たるものなのかもしれないが、量を喰らい尽くせばどうにかなるだろうと思う中、魔鮭は気が付く。
今、進撃する自分の目の前に向かって、人の命を感じたところから別の何かが迫ってきていることに。
感覚的には、種族は違うが魔獣の類だと理解し…その力の大きさを感じ取る。
大きい。これほど大きな力は、見たことが無い。
相手の強さが不明とはいえ、これほどのモノを持つ者があれば、十分事足りるだろうと。
そう思い、魔鮭が改めて目を向ければ、その力の主は水上を走っていた。
ほぼ浮いているような魔鮭とは違って、陸地で暮らす魔獣のように見えるのだが…どうやら、物凄く細い糸を瞬時に水面へ張り巡らせたようで、その上を伝っているようだ。
さながら、湖自体を巨大な蜘蛛の巣に変え、その糸の上を伝ってやってきているようである。
だが、相手が虫であるならば問題はない。
むしろ、栄養価としては高い方であると感覚的に理解し、自らやってきたことに歓喜すら覚える。
どうやら自分と対峙する気のようだが…この巨大なシャケボディに対して、比較すると小さな体。
脂身たっぷりな肉体に対して、並大抵の攻撃が通用しないのは海で実証済みであり、受けとめてからゆっくりと喰らう動きをすればいいかと魔鮭は強者としての余裕を持っていた。
…だがしかし、魔鮭は知らなかった。
井の中の蛙大海を知らずという言葉があるが、この魔鮭は大海を知りつつも結局は井の中の蛙とは大差がなかったということを。
無敵のように思えた巨大シャケボディの肉体も、攻撃が通用してしまうものがあるということを。
シュルルルルル!!
勢いよく、何かが飛び出すような音が聞こえたかと思えば、魔鮭の首周りの部分に何やら細い糸が渦巻いていた。
捕縛する気だろうか?違う、海で見た漁師たちの網とは違う、ただ巻き付けるだけのような投げ縄の形状で、魔鮭の首をきゅっと軽く絞めるだけ。
脂身たっぷりなボディゆえに、力いっぱい締め付けられても気道を防ぐことはなく、窒息死させることもないなと思っていた…次の瞬間だった。
シュンッ
【ジェゲラァ?】
糸を持っていた蜘蛛の姿が、急に消えた。
一瞬の出来事で、何が起きたのか理解ができない魔鮭。
このまま普通に首を絞める気であったとしてもできずに、逆に全身を使って引っ張り上げて、蜘蛛を宙に上げてぱくりと喰らおうかと思っていたのに、突然の消失。
糸から滑り落ちて湖に落ちたのかと思ったが、その形跡もなく本当に目の前で消えてしまった。
何事かと思い、混乱していたその隙が…魔鮭の最大のミスだった。
周囲ばかり気を取られて、真上を見ていなかった。
水上に糸を張り巡らせたからこそ、横に移動したのかと思ったその思い込みが運の尽き。
誰がいつから、上にまで糸を張り巡らせていないと思ったのか。
魔鮭の目よりも高い位置…まさか、夜間にも空に漂う雲の一つに、魔法で少しだけ凍らせてほんのわずかに糸をかけられるようにしたところへ、体を瞬時に引き上げたと思うだろうか。
体が小さい相手だったら、目で追えるほど動体視力が良い相手だったら、素早い動きができる相手だったら、こうもうまくはいかなかった。
けれども魔鮭はどのどれにも当てはまらずに、肥大化させた、海では敵なしの傲慢さで見ることに中を向けられず、動きも巨体を生かしたものでそこまで素早くもなく…駄目なものがそろいまくっていたがゆえに、この結末が下される。
【キュルルルルルルルゥ!!】
【ジェゲェェェェラァァァァァァァァァ!?】
頭上より大きな声が聞こえ、そこかと思い真上を見上げれば、巨大な杭が落下してきていた。
よく見れば、それは糸を大量に集めて作り上げたものであり、重力によって勢いを増しながら突き進み…
ズブッシュゥゥゥゥン!!
【ジェゲラァァァァア!?】
まさかの体を貫通する形で盛大に突き刺さり、痛みのあまり声を上げる。
でも、まだ完全に絶命してはおらず、その肉体を動かそうとして気が付いた。
体の自由が利かない。
今の一撃で、真上から落とされた杭によって体内を貫通して神経をズタズタにされていたのだ。
【ジェゲジェゲェェェ!!】
悲鳴を上げるも、その声は届かない。
喰らおうとしていた相手に、いともたやすく仕留めらてしまうのだと悟っても、海で無敵の力を誇った傲慢さが抜けず、認めることが出来ない。
怒りをにじませた声を上げながらも…とどめは、首にかけられていた糸がさらに練りあわされて強靭なものになり、強く引き上げられる。
中身の芯が一気にボロボロになった今、重しにも頑丈なつなぎ止めになっていた肉も役に立たず…そのまま勢いよく、頭を引っこ抜かれてあっけない終わりを迎えてしまうのであった…
【キュルル…ふぅ、魚のさばき方、学んでいて良かったです。えっと、神経締めからの血を抜くのはこの引っこ抜いたところの大きな血管を使えば良かったんでしたっけ?うーむ、旦那様に美味しいお刺身にもしてあげますといった手前、しっかりしたいのですが…】
綺麗に引っこ抜いて、これで息の根は止まったはず
湖への脅威はあっけなく終わったが…あとはこれ、食べきれるのだろうか
あと、結局音の主って…
次回に続く!!
…これ、ギリギリG指定にならんよね?




