第二話 そうです、貴方は間違いなくそうなのですよ!!
「…えっと、ちょっと待ってほしい。ルドよ。その説明は、本当なのか?」
「はい、村長…嘘偽りなく、本当のことです」
【キュル、私の旦那様が嘘を吐いていませんよ。しっかり、本当のことですって】
「「いや、お願いだからちょっと黙ってほしい」」
俺とこのメダルナ村の村長ゲハデナは口をそろえて、ちょっと怒ったようにぷうっと頬を膨らませる彼女…蜘蛛の魔獣にして、美しい女性の容姿を持つ相手に対してツッコミを入れた。
熊の魔獣に襲われた後、その死骸を引きずってもらって村まで帰還したのは良いのだが…その後に村長の家に皆に引っ張られてしまい、その事情説明をする羽目になった。
「説明されたところはある程度理解できる。魔獣はある日突然、発生して人を襲ったりするものがいたりするから、あの村の前に連れてこられた魔獣の熊が出てもおかしくはないからな」
「ええ」
「放置しておけば、さらに人を襲って被害が大きくなっただろうし、場合によってはコレデナイト辺境伯の方へ連絡して、騎士団による討伐も必要だったことも考えると、ここで収められたのは喜ばしいことだろう」
「はい」
「でもな…ルドよ。その魔獣の熊を倒したのが、さらなる別の魔獣…蜘蛛の体に美女の体を持つような奴で、そのうえお前の嫁になるとか言っているって、何をどうしてそうなったのだ!!」
「それは俺のほうが聞きたい話です!!」
【もぅ、二人とも叫ばなくても大丈夫ですって。私は彼の、お嫁さんになる未来は決定事項ですから、問題なんて無いですよ】
「「当事者にそう言われても、ツッコミどころがあまりにも多すぎて何も解決していないんですがぁ!!」」
ぜぇぜぇと息を吐きつつ、ツッコミをする。
口にすると単純な話のはずだが、理解を否定する自分たちがいるのが分かるのだ。
ついでに言えば、先ほどから周辺で成り行きを見守っていた他の村人たちも同じ意見なのか、うんうんと首を思いっきり動かして同意している様子が目に見えた。
ちなみに、俺の家族のほうは、母さんも父さんも気絶しており介抱されているらしい。心配をかけさせる息子のようで、申し訳ございません。
「しかし、蜘蛛の魔獣か…それに人の体あってこれか…はぁぁ、何でこんなことになったのか」
めちゃくちゃ重い溜息を吐くゲハデナ村長。残り寂しい髪がより薄くなりそうだが、それでもどうにかこの事態を飲み込めるだけの器があったようで、ようやく落ち着いたらしい。
「彼の嫁になるとかツッコミをいれたいのだが…ひとまず、今は村長という立場にいるからこそ、村にとっての危険となりかけた魔獣を仕留めてくれて、ありがとうと礼を述べさせてもらうとしよう」
【キュル、どういたしまして。私はただ、旦那様を襲った熊を倒しただけですけれどね】
「それでもだ、他に被害が出る前に食い止められたからな…いやはや、魔獣とこういう形で会話できるとは思いもしなかったが、なんだか話が分かるような相手みたいで良かったぞ。そういえば、聞き忘れていたが、名前はあるのだろうか?何か呼び名がないと、話しづらいのだか」
【名前、ですか?うーん…】
村長の問いかけに対して、彼女は困るような顔になった。
言われてみれば、確かに名前を知らないのだが…もしかして。
「あの、名前を持ってないの?」
【…キュルル…無いです。名前なんて、魔獣にあっても意味がなくて、大抵の場合地名や人間たちから呼ばれている名で呼び合っていたりしますからね】
彼女の話によると、基本的な魔獣は名前を持っていないようだ。
有名なものや力のあるものに関しては、ある程度の区別をつけるためにその地の名称や人間からつけられた名前を名乗っていることが多いようで、そこまで気にしたことがなかったらしい。
【ある魔獣は魔獣で、良いんですけれどね。火口の火サソリや、ふわふわのふーちゃん、目玉入道とか名乗っているのもいますけど…うーん、旦那様、この際私の名前を付けていただけないでしょうか?】
「え、名前を?」
【はい!】
きらきらした目でお願いしてきた。
人の名前って、一生付き合っていくようなものだからなぁ…変なものを付けることはできないし、彼女に付けるものとなると責任が重そうである。
しかし、他の人に任せる気もないようだし、助けられた恩もあるので放置できないとなると、ここで付けたほうが良いのかもしれない。
「そうだな…」
見た目が白いから単純に「シロ」とか?いや、犬に付けるようなものでもあるまい。
蜘蛛だからスパイダー、タランチュラ、アシダカ軍曹…どれも何か違う気がする。
うーん、いったんそこから思考を話して、蜘蛛だから連想するようなものと言えば蜘蛛の巣で…クモスも何か違うし…蜘蛛の巣かぁ…朝露に濡れたきらきらした感じのも好きだけど…あ、そうだ。
「…白い蜘蛛の、蜘蛛の巣での朝露…白い…露、『ハクロ《白露》』はどうかな?」
【ハクロ、ですか。旦那様からいただける名前が、ハクロ、それが私の名前】
しばし考えこむように目をつむり、繰り返す彼女…ハクロ。
【うん、良いですね!!ハクロ、これから私はそう名乗ります!!名前を与えてくださり、ありがとうございます旦那様!!】
満面の笑みを浮かべ、喜ぶハクロ。
どうやら気に入ってくれたようで、問題なく受け入れてくれたようだ。
「名前が決まって呼びやすくなったのは良いのだが…それはそれとして、一つ聞いて良いだろうか」
【何でしょうか?】
「いや、何故ルドのことを旦那と呼ぶのだ?嫁に来る気満々のようだが、その理由がつかめなくてな」
【そのことですか?彼が私の番だと分かるからですよ】
「番?」
かくかくしかじかとハクロの説明を聞くと、どうやら魔獣の本能に従ってのことらしい。
人の形式に直して言えば運命の相手というべきようなもので、魔獣たちはその番が誰なのかなんとなくわかっているそうだ。
だがしかし、実際に会ったことがないと確実に番がどこにいるのかなどはわからず、あやふやなところもある。
ハクロに関しても、なんとなく番がいるなぁと思いつつも、どこにいてどんな人なのかわからず、勘で探して旅をしていたようだ。
【そして今日、私はようやく出会うことが出来たのですよ!!そう、彼が私の運命の番で、旦那様になる人!!このハクロ、生涯ずっとそばにいますからね!!】
ぎゅううっと抱きしめてくるハクロ。
理由は分かったのだが、それでこうやってぐいぐい来るのか…柔らかいものが押し付けられるが、一歩間違えると窒息死しそうなのが恐ろしいところ。
「なるほどな…わかった。それならば、ルドよ」
「はい」
「お前、彼女をしっかり嫁として迎え入れろ。様子を見る限り、村人たちへ害をそう加えるような魔獣でもないだろうし、警戒する意味もないだろう」
「本音は?」
「厄介ごとの塊のようなやつと深く関わったら髪が持たん!!責任をもって受け入れてやれ!!そして魔獣とはいえ巨乳美人と言って良いような相手を若いうちに嫁として手に入れられるとは羨ま、いや、けしからんからどこかで爆ぜてこい!!」
「盛大に私情が入っているじゃないですか村長ぉぉぉぉぉぉ!!」
面倒ごとは人に押し付けるのが最適だと言わんばかりに、本音を暴露した村長。
思わずツッコミを入れたが、見れば他の男たちも似たような表情でうんうんと深くうなずいているのであった…
「魔獣とはいえ、押しかけ美人女房とは羨ましいぞこの野郎!!」
「責任をもって受け入れて、その胸で溺れてしまえ!!」
「その年齢で美女を囲うとか世の中理不尽だろうがあぁ!!だからここで爆散してくれ!!」
「全員似たり寄ったりの意見って酷くないかな!?」
【大丈夫ですよ、旦那様。しっかり爆ぜないように、危険なものは排除しますからね】
ハクロ、違うそうじゃない。爆ぜる爆ぜないの問題じゃないって…
本日最後の3話目を、続けてお楽しみいただけたら幸いです