二十五話 悪意はしっかりかかります
…ガルトニア王国の王都には、常に聖女クラウディアの手によって、魔獣を弾く結界が顕現している。
たとえ、どこから魔獣が出現してきたとしても、すぐに防ぐことが可能であり、大量に襲ってきたとしても結界がある限りはそうやすやすと進入されることはない。
だがしかし、結界は万能の防壁になることはなく、対峙して真価を発揮するのはあくまでも魔獣が相手の時だけであり…相手が悪意ある人に対しては、何の意味も持たない。
そう、今まさに王都に進入した者たちはその結界をやすやすと潜り抜け、悪意の手を伸ばそうとしていた…が、悲しいことに、彼らは知らなかった。
同業者たちの中には、事前に情報を得て警戒心を上げていたのに、情報を得ても眉唾物だろうとか自分たちに関わることはないなどと考えている者たちには、天罰がすぐに下ることを。
【…暗夜に紛れてやらかす人がいるかなと思って、罠をしかけましたが…こうもうまくいくとは、思いもしませんでしたね】
「うぐぐぐぐ…な、何故ここに、魔獣が…」
「き、貴様一体何を…」
本日は月が珍しく真っ暗な状態の新月であり、月明かりがない闇夜。
ゆえに、やることが相当後ろめたい人が動くならば今かなと思って、ハクロは解呪を行っている最中の聖女のいる教会周辺に罠を仕掛けまくったのだが、思った以上にかかりまくっていた人たちがいて驚かされていた。
蜘蛛の魔獣として、罠を仕掛けるのは十八番と言って良いのだが、基本的に動いたほうが捕まえやすいので、そこまで罠を仕掛けることはない。
経験としては同種よりも少なく、わざわざ他国に忍び込んで戦争の火種になりかねないようなものをやらかすような輩であれば、それなりに見抜ける目を持っているものが仕向けられる可能性があったので、多少は防げれば良いなと気休め程度に用意していたつもりだったが…罠の経験が少ないがゆえに、かかる相手がどれほどのものか、考える部分ができなかっただけのようだった。
「貴様ら、我らが皇女様を狙おうとはな…いや、中には聖女様のほうを狙い、国力を落とす企みを持った者もいただろうな」
帝国の皇女を狙うだけでは飽き足らず、戦争を仕掛けたいと思うような奴らがこれ幸いと思って、直接聖女のほうを狙うこともあるだろう。
魔獣の守りの要となる聖女を害することで失わせ、国の弱体化を目論む輩もいる。
ここに集う全員がそれぞれ別の目的を持っているだろうが、ここにいるものを害そうとする気持ちだけは同じだとは思われる。
そんな彼らの不幸としては…
「しかし、貴公らは流石に想像すらしていなかったのだろうな…まさか、狩る立場だと思っていた立場が、狩られる立場になるとは。それも、強き力を持つ魔獣の手によってか…」
【これはこれで狩れているなら、成功ですかね】
騎士ガルンドは、主を狙ってきたやつらに対して容赦する気はない。
けれども、彼らの身に襲い掛かった不幸に関しては、多少は同情するだろう。
相手が悪すぎたのだ。
ここにいるのがまだ、怪我の治療を済んだばかりの騎士たちだけであれば、数の暴力にものを言わせて制圧まで行けただろう。
でも、ここにいるのが騎士たちだけではなく、恐るべき強さを持った魔獣だったことが最悪すぎた。
彼らの体は、単に罠にかかって身動きができない状態なのではない。
蜘蛛の糸によって、確かにからめとられているのだが…そこに追加して、実は猛毒も流されている。
【毒の調整も、うまくいって何よりです。身動きが取れなくなっても、武器でどうにかする輩がいると思って、体の自由を完全に奪う程度まで薄めて…それでどうにか生き残ってくれたようですからね】
「ううむ、毒も出せるとは…恐ろしいな」
【あ、大丈夫ですよ。普段は使わないし出すものでもないですからね】
美しい蜘蛛の魔獣なことは、助けられた時に知った。
しかし、その能力まで完全に把握はしておらず…まさか、毒を出せるとは思いもしなかったのだ。
けれども、よく考えればおかしな話でもないだろう。
蜘蛛の中には毒蜘蛛も存在しており、魔獣に該当する輩がいないとは限らない。
普段使っていないだけで、彼女が出せてもおかしくはないのだ。
それでも、たった一滴の毒を樽一杯の水に垂らして薄めまくったはずのものだけで、こうも大勢が簡単に身動きが取れなくなるほどの効果を発揮するのは恐ろしいだろう。
これがまだ薄めまくったものだけで、原液そのものが人に使われたら…即死で済むのだろうか。いや、それよりももっとひどいものになりそうである。
「それが人に使われぬことを祈りたいな…」
【流石に人には使いませんし、こういう時にしか出番がないですよ。…旦那様の前で、恐ろしい毒を見せる気はないですからね】
彼女の言葉に嘘はないようだ。
愛しい相手に対しては…旦那様と呼んで慕うあの少年の前で、恐ろしい毒を使用する姿を見せる気はないらしく、知られない場所でのみの使用だけになるようである。
(…いともたやすく人を捕らえ、怪物を相手に戦える力を持つか…いやはや、彼女が我々の敵にならなかったことに感謝すべきか)
今はまだ、ここに対して敵意を向ける輩に対して協力できるのは都合が良い。
もしも、互いの利害が一致せずに、排除する方向で動かれていたら…それこそ、想像したくない未来になるだろう。
そうはならなかったのは、彼女に人を害する気はなく、さらに言えば彼女の愛する相手がこの国にいるからこそ、協力してくれたのだ。
あの少年が本当にこの美しき蜘蛛の魔獣の相手になっていて良かったと、天に感謝を捧げたくもなる。
とにもかくにも、今は怪しき者たちがやらかすことがない様に、協力して敵の排除を行おうと、騎士たちは考えるのであった…
「というか、気になっていたがいいだろうか?今は真夜中だが、あなたの大事な少年は寝ている時間だろうが、ここで防衛していると、今度は弱点として狙う可能性があるが…」
【それは問題ないですよ。私が何も、対策を施していないと思いますかね?一度、失いかけたので…聖女様にお願いして少しだけ護衛を回してもらいつつ、ここに仕掛けている罠よりも一千万倍以上恐ろしいものを用意しておきました。ええ、ここはまだ情報を得るために生かす目的で加減していますが…あちらはどこの誰だという情報も関係なく、消すだけです】
…どれだけのものを仕掛けたのだろうか。
確かに、ここに来る奴らはまだどこの誰か、目的は何か確認するために多少は生き残るようなものにしてもらっているが、向こうに仕掛けたのは問答無用で命を消し飛ばすレベルのものらしい。
つまり、ここに来た奴らはまだ命がある分、運が良いのだろうが、もしも突破するためにあちらを狙う奴らがいたら…その末路は、想像したくない。
改めて、どれほどあの少年が彼女に愛されているのかということと、敵になることがなくて本当に良かったと、何度目かわからない天への感謝をささげるのであった…
主人公、不在
それでもまぁ、どうにかなっている
哀れなのは、ここに命じられて向かってしまったものたちか…
次回に続く!!
…ここのはまだ、優しい罠。
あっちは、死すらも手ぬるい罠。




