ナンバーカウント
「いち、ろく、なな、に、ご、さん、いち、に、ぜろ、ぜろ」
東京の中心部、幼い子供には少々危険とも言えるスクランブル交差点の真ん中で、私の娘はそう呟いた。
それだけではない、0から9までの10個の数字を暗号か何かのようにつらつらと述べる。
娘は今年、6つになった。
6歳、入学式を控えた大事な年、そして何事にも関心を向ける興味津々な年でもある。
娘は先日ある本を読み、その日からずっとこのように数字を口にする。
その本の内容は【無限に広がる数字】、端的に説明すれば単位に関する本。小学一年生であり、平仮名と片仮名を書ける程度の娘には難解な児童書である。
「じゅうろくおく、ななせんにひゃくごじゅうさんまん、せんにひゃく、ね」
「ジュウロクオクナナセンニヒャク……?」
「ごじゅうさんまんせんにひゃく」
彼女が億や千といった単位についてわからないのはすぐにわかった。だが、3年生や4年生で習うような内容に1年生の頃から興味を示しているのはいい傾向であり、将来賢くなりそうだと贔屓目なしに感じた。
「じゅうさん、じゅうよん、ろくじゅうろく、にじゅうよん、ぜろ、ぜろ!」
私が家で料理をしていると娘は自身ありげに述べた。
「じゅうさんおく、せんよんひゃくろくじゅうろくまん、にせんよんひゃく?」
「じゅうさんおく…」
最近は100までの数を言えるようになった。いや、理解した。相変わらずその数字の羅列が何を意味するのかは未だにわからずにいるが。
そんな日々が始まってから既に半年、私と娘はお見舞いに行った。私の母、つまり娘の祖母のお見舞い。最近急に倒れてしまった。平日は毎日見舞いに行っているのだが、娘が行くのは初めてのことだった。
娘は既に入学式を迎えて、赤いランドセルを背負う1年生。平日の昼間は学校があるために時間がなかったのだ。
そして何より、母が倒れてから数日、目を覚さなかったからだ。娘を心配させるのはどうかと思い、連れていかなかったのだ。
「にまんきゅうせんはっぴゃく」
娘は万を言えるようになった。それだけではなく、億や兆だって言える。
その日は午前10時あたりだった。母の体調は安定してきていて、後1週間様子を見て退院する、とのことだった。ベッドサイドモニターの脈拍のグラフも通常に戻りつつある。一度倒れたとは思えない程の元気さを取り戻していた。
「シオンちゃんもお見舞い、ありがとうね」
「うん、おばあちゃん」
汐音ーー、ちなみにそれが娘の名前だ。
母はいつも通りの笑顔を汐音に向ける。娘はおばあちゃんっ子だから、いつも懐いていた。
だけど、微笑ましい日々はそう長くは続かなかった。
約8時間後、母の容態は急変した。母はどうやら脳に異常があったらしい。気が動転して、医者が何を話しているかわからなかったが。
私は諦めなかった。最後まで、願った。だけど、娘は違った。まるでどこか遠くを見るかのように、諦めたかのような振る舞いだった。
10分が過ぎた頃だった。娘が急に口を動かした。
「3、2、1、0……」
しばらく周囲が静寂に包まれた。このまま時間が止まればいいとも思った。
恐らく3分ほどした頃、午後6時41分のこと。
ICUの赤いライトが落ち、中から人が出てきて告げた。
母は死んだ。母は6時38分に亡くなったらしい。
娘が数えたカウントダウン。今までの数字の羅列。
恐る恐る私は聞いた。
「ねぇ、汐音。あなたには数字が見えるの? それも1ずつ減っていく数字が…」
娘ははっきりと私の方を向いていった。そして彼女の口から放たれた言葉は私にとって恐怖そのものだった。
どうやら、私には41年もの時間が残っているらしい。
ありがとうございました。
今回は作者初となる短編を書きました。まさかの千文字ちょっと。(これは私自身の連載小説の平均文字数と同じくらい)
設定自体は既視感があるやもしれませんし、私自身が文学に長けている訳ではありませんが、感想、改善点などいただければ幸いです。