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第12頁 距離感

「ありがとうございました。後は大丈夫ですので、陸奥さんはご自身の仕事に戻ってください」

「……」


 アサヒさんはそう言うと、ログハウスの中へ消えて行った。

 ケルベロスの応急処置が終わり、アサヒさんのログハウスに戻ってきた訳だけど、着いて早々この対応。相変わらずアサヒさんは極寒ブリザードだよね。ここに来るまでだってさ……


「大丈夫です、私一人で運べますので」

「いや、無理があるのでは?」


 アサヒさんの3倍くらいは体重のあるケルベロスを、一人で運ぼうしていた。僕がやんわりと止めたにもかかわらず、彼女は勢いのまま背負ってそのまま不安定な足取りで歩いて行く。

 嘘じゃん、持ててる……アサヒさん結構細いのに、そんな力どこから出てくるの!?


 僕が驚いている間にも、フラフラしながらその足を進めていく。転ぶということはなさそうだが、見ていてとても危なっかしい。


「アサヒさん、僕も手伝いますよ」

「お構い、なく……私、一人で、できますから」

「めっちゃ辛そうじゃないですか。それにちょっと引きずってますよ。ケルベロスは怪我人ですから、二人で持った方が彼の身体の負担的にもいいですって」

「…………では、お願いします」


 頑固なアサヒさんだったが、ケルベロスのことを考え、僕の手助けを受け入れてくれた。かなり複雑な表情をしていたけど。すっごく不服そうだったけど。異形のことになると、とことん優しいんだよなこの人。

 と、いう感じで二人してケルベロスを運んできて、ログハウスのベッドの上に乗せた。そして、先ほどのやり取りに戻る訳である。


「……」


 そんなに素っ気ない対応をしなくてもいいではないですか。なぜそこまでして拒絶するんだろう。僕としてはもう少し仲良くしたいと思うのに……


「はぁ」

「こんなところで何をしているの、人の子」

「へ?」


 膝を抱えて丸くなっていると、頭の上から可愛らしい声が降ってきた。顔を上げるとそこには……


「妖、精?」


 緑色のポンチョ、肩の上でふわふわと舞い踊っている金髪の髪、背中に生えた半透明な羽根。子供の頃に僕が読んだおとぎ話に出てきたよ、こんな妖精。


「ふふっ、変な顔」

「フゴッ」


 ポカーンと眺めていたからだろうか、鼻を摘ままれながら笑われてしまった。鈴の鳴るような綺麗な声でコロコロと笑っている。

 空を飛んでいるし、手のひらサイズだし、彼女も異形なのか。見た所、鋭い牙や爪は見当たらない。この前の鳥さんみたいに綺麗な異形も結構いるんだなぁ。


「エル?」

 バンッ

「いっ!?」

「あ、陸奥さんすみません」


 僕たちの話し声が聞こえたようで、アサヒさんがログハウスから出てくる。だけど僕が入り口付近に座り込んでいたので、気がつかなかったアサヒさんの鞄が勢いよくぶつかった。いや、気がつかないなんてことあります? 目の前に座ってましたけども⁉ それにその鞄、何が入っているんですか。すんごく痛いんですけど⁉ 女の子が持っていい鞄の重さではありませんよ⁉


「久しぶりね、アサヒ」

「こんにちは。すみません、こんなに早く来てもらえるとは思っていなかったので、まだ準備ができていないんです」

「あぁ、いいよ。そこの人の子に手伝わせればいい。一緒に行ってくるから」

「え、ですが……」


 僕が腰の痛みに悶えている間に、二人の間だけで話が進んでいる。そして、妖精さんの名前はエル、と言うらしい。どうもこんにちは。


「ねぇ、人の子。今から足を作るの、一緒においで」

「エル、私はまだ許可して……」

「いいじゃない別に、人の子もいいでしょ?」


 僕が手伝うことに難色を示しているアサヒさん。そんなに僕が嫌でしょうか。ちょっとショック。だけど、足って何? たぶんさっきのケルベロスの足のことだよね。でも作るってどうやって?


 困ったようにアサヒさんの方を見つめれば、諦めたようにため息をつきながら答えてくれた。


「義足です。木の枝や幹を使って、あの子が少しでも生活しやすいように工夫します」

「なるほど。では僕は木の枝とかを拾ってこればいいですか?」

「そうそう! 私と一緒に拾いに行こう!」

「……気をつけて行って来てくださいね」


 渋々と言った様子で、僕が手伝うのを了承してくれるアサヒさん。楽しそうなエルとは対照的にその表情には複雑な色が浮かんでいた。

 どうしてそんなに距離を置こうとするのだろう。僕はエルに手を引かれながら、ぼんやりと考えた。




※※※




「これとかどうですか?」

「もう少し太いのがいいかな。あ、あっちのやつなんか良さそう!」


 ログハウスから少し山頂に近づいた付近。僕とエルはいい感じの棒を探していた。エルが空中を優雅に飛びながら、「あっち!」「こっち!」と指示してくれるので、僕はひたすら走り回って木の枝を回収する。

 そして数分後、何本か使えそうな棒を確保することができた。それを持って、僕たちは山道を下っていく。


「ねぇ、人の子」


 下る途中、エルがおもむろに僕に話を振ってきた。ふわふわと浮かびながら、微笑んでいる。


「何でしょう? ちなみに僕の名前は陸奥と言います」

「陸奥ね。陸奥は、何者なの?」

「ひまわり畑の調査に来た学者です。ロッカス研究所の」

「へぇ」


 なぜだろう。僕を見つめるエルの瞳から、スッと温度がなくなったような気がした。この感じ、前にもアサヒさんが……


「アサヒとはどうやって知り合ったの?」


 温度を失くした瞳のまま、エルの問いかけは続く。そして、その問いかけと共に、息が詰まるような感覚がした。すごく怖い。何が怖いのか、どう怖いのか、具体的には言えないけどとにかく怖い。エル自身が、彼女の纏うその雰囲気が。


「えっと、僕が間違えて異形の子供を攫ってしまって、母親の異形に追いかけられていた所をアサヒさんが間に入ってくれました」

「ふーん」


 緊張しながら何とか彼女の問いに答えると、エルは僕の周りを二、三回舞った。そして、僕の肩の上に座ると、先ほどまでの警戒の色が嘘だったみたいに、元通りになっていた。


 さっきの態度は何だったんだろう。分からないけれど、警戒は解いてくれたみたいだから、大丈夫なのかな。


「あの子、素直じゃないだけでいい子なのよ」

「……僕は嫌われているような気がしますが」

「愛情の裏返しよ、きっと……きっとね、うん、多分?」

「そんな自信無さげに言わないでください!」


 コロコロと、鈴のなるような笑い声を響かせて、エルが飛んでいく。彼女の態度の変化は気になるけれど、聞かせてはくれないらしい。

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