老人
老人が寝ていた。
僕はそれを見ていた。
老人は、眠っているのではなかった。ただそこに横たわっていた。
老人の孫たる僕は、久々に彼と相対した。
しかし互いの近況報告もそこそこに、老人は自らの昔話を始めた。
僕はそれを聞いていた。
老人の話は、どれもかつて聞いたものだった。何度も聞いた自慢話だ。
様々な話の断片が、まとまりなく話された。僕は相づちも打たずに聞いていた。
何も話さず、何も動かず、ただそれを聞いていた。老人は構わず話し続けた。
聞き手の様子などお構いなしに、ただ天井を見て話し続けた。
それは、話すことで自己を慰撫しているようにも見えた。
だが、ただ僕は聞いていただけだった。むしろ聞いてさえいなかった。
外見は聞いているようでも、内面は他のことを考えていた。
とりとめのない空想をしていた。
しかし時折、老人の話の中に長き人生で培った人生観が垣間見られた。
僕はその時だけ現実の世界に戻った。
向上心を鼓舞する話だった。真摯に語り手と向き合っていない自分の態度を少し反省した。
しかしそれは思い違いだった。彼の言葉が分からせてくれた。
「さすがは儂の血筋と言われるようになれ」
彼の尊大な虚栄心を端的に表していた。
彼の話は再び聞く価値を失った。
しかし僕は知っていた。
実は彼とは血のつながりがないことを。
その認識が、血筋と家の束縛から僕を解放した。
それがせめてもの救いだった。
老人はしゃべり続けた。いつになく饒舌だった。
話し終えたら、あるいは話す行為を止めたら、それで事切れるのではないかと思えるほどに。
僕は想定した。僕は自問した。
彼がここで命尽きたら、自分は悲しむのだろうかと。
おそらく、孫としての悲しみはあるだろうと思った。
しかし、人として、惜しい人物を失ったとの悲しみはないと断言できた。
してみると、僕は彼を愛していないらしい。
そもそも彼を愛した時期があったかどうかさえ定かではなかった。
老人が寝ていた。
僕はそれを見ていた。