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愛する人は、貴方だけ

「ただ今戻りました、お父様」


「おお、ケイトお帰り」


「ブライアン、留守にしてごめんなさいね」


「楽しんで来たかい、ケイト」


「ええ。ミレーヌも元気そうだったわ。それに、結婚にも前向きで、幸せそうよ。本当に良かったわ」


「シェルダン公爵も機嫌が良くてな、ラインハルト王子はいい婿になりそうだと言っておったよ。結婚式はもう少し先らしいがな。まずはアーサー殿下の式が終わってからだと」


「父上、アーサー殿下はノートルの王女とは上手くいっているのですか?」


「うむ。本音のところはわからんが、小さくて可憐な姫らしくてな。美男子のアーサー殿下とお似合いだと言われておる」


「そうですか……良かった」


 ブライアンが微笑んだ。左眼から頬に走る傷痕はまだ引き攣っており、笑顔を作るのは難しい。右眼と口元でなんとか表情がわかる程度だ。





 あの日、モースが飛び込んで来た後、続いて入って来た軍の関係者にユージェニーは捕らえられた。


「何をする! 放せ!」


 後ろ手に縛りあげられ、振り解こうと必死に身体を動かすユージェニー。しかし大柄な兵士二人に抱え込まれ、身動きが取れない。


「シェルダン中尉、ブライアン大尉への傷害容疑で逮捕します」


「私はブライアンを害してなどいない。ただ眠らせていただけだ!」


「ホークス家お抱えの医師が全て白状しています。言いたいことは軍の方で」


「くっ……ブライアン……!」


 ユージェニーはブライアンの方へ近づこうとしたが、兵士はユージェニーを縛った手に力を入れ、前に進むことは出来ない。そしてケイトはブライアンのベッドを背に立ちはだかり、大きく手を広げてブライアンを彼女の視界から隠した。


 ついに観念したのか、ユージェニーは身体の力を抜き……目を閉じた。その瞼には涙が滲んでいるように見えた。


「では、中尉。軍までご同行願います」


 軍の者に促されユージェニーが去った後、ベンジャミンとケイトはブライアンのベッドに寄り添った。


「すまん、ブライアン。私がホークスを信じてしまったばっかりに……」


「ブライアン、何と言われようとあなたの側にいたらよかった。ごめんなさい……」


 二人は泣きながら声を掛ける。だが再び意識が朦朧としたブライアンには二人の言葉は聞こえていない。


「旦那様、ホークスが飲ませた薬はかなり危険なもので、依存性が高いようです。ひと月近く服用させられていたので、しばらくは、ブライアン様は離脱症状に苦しむかもしれません」


 ベンジャミンとケイトは顔を見合わせて頷いた。


「私がずっと看護します。決してブライアンを一人にはしません」


「私もだ、ケイト。二人でブライアンを支えていこう」



 それからのひと月、ブライアンは苦しみ続けた。薬の効き目が切れてからはひどい頭痛がし、目眩と吐き気に悩まされた。弱音を漏らすことはなかったが見ているだけで辛さが伝わってくる。ベンジャミンとケイトは献身的に看護し、特にケイトは睡眠時以外は全ての時間をブライアンに捧げた。


 そして……暗いトンネルを抜けるように、ようやくブライアンの頭はハッキリとしてきた。徐々に話が出来る時間が増え、ベッドの上で起き上がることも出来るようになったのだ。


 ある日、ブライアンは決意した。カイルのことを話し、ケイトに謝ろうと。今日は体調も良く、ベッドで上体を起こし続けていられそうだった。


「ケイト。話があるんだ」


「なあに? ブライアン、あらたまって」


「カイルのことなんだ」


 ベッド横の椅子に座って果物を剥いていたケイトは、姿勢を正しブライアンの顔をじっと見つめた。


「最後の戦いでのことだーー」


 ブライアンが戦場でのことを話している間、ケイトは黙ってじっと聞いていた。


「ーーカイルをケイトのもとに連れて帰ることが出来なかった。許してほしい」

 

 涙を流しているケイトに、ブライアンが唇を噛み締め絞り出すように謝罪の言葉を口にした。ケイトは首を横に振る。


「ブライアン、カイルの最期を話してくれてありがとう……カイルは、ブライアンを助けることが出来て嬉しかったと思うわ。だって、ブライアンのことをとても好きだったから……」


「本当ならあの時死んでいたのは私の方だった。カイルが庇ってくれたから今私は生きている。一緒に帰ってくることが出来たならどんなに良かっただろう。済まない、ケイト」


「……もちろんカイルにも生きて戻って欲しかった。でもあのひどい戦いで生き残ったのは奇跡だったんでしょう? カイルが起こしてくれた奇跡だわ。あなただけでも帰って来られたこと、カイルに感謝してもしきれないの……本当に」


 ケイトはブライアンの手を握った。


「私を、許してくれるのか」


「許すだなんて、そんなこと。最初から思ってないわ。あなたが帰って来てくれて嬉しい、ただそれだけなの。あなたの姿を見た時どんなに嬉しかったか……だって私、あなたを愛してるから」


 涙に濡れる瞳でじっとブライアンを見つめるケイト。


「……私が愛してもかまわないのか?」


 ケイトは頷く。


「こんな醜い顔になってしまったが、それでも」


 ブライアンの左目は傷痕で閉じているが、青い右目は変わらず美しかった。その目をケイトは見つめ返し、左頬の傷に優しく触れた。


「醜くなんかないわ。この傷痕も全て愛しいの」


「……ケイト」


 ブライアンは頬に触れるケイトの右手をそっと取り、その手の甲にキスをした。


「愛してる、ケイト。私と結婚してくれないか」


「……もちろんよ、ブライアン! あなたが言ってくれないなら私から言おうと思っていたのよ。私と結婚してって」


 ケイトは泣き笑いをしている。ブライアンはゆっくりと身体をケイトの方へ近づけ、ケイトも立ち上がりブライアンに身体を寄せて……二人は初めてのキスをした。






 それからしばらく経ち、ようやくブライアンは中庭を散歩出来るまで快復した。そんな時、ミレーヌからお茶の誘いが来たので、久しぶりに行っておいでと二人に言われ、出掛けてきたのである。


「ミレーヌには、ユージェニーを許すなんてアークライト家は皆、頭がお花畑だと言われたわ」


 ミレーヌらしい言い方だ、とケイトが笑いながら言った。


「もちろん、ホークスのやった事は許せないがな。ブライアンを愛するが故だと思うと憎み切れない部分もある」


「バーリストンでは献身的に看護をしてくれていたらしいし、ずっと良き友人だったユージェニーだ。新しい場所でしっかりとやり直してくれたらいい」


「そうね。戦地でブライアンを支えてくれたことは本当に感謝してるわ」


 ベンジャミンは頷いた。


「そうだ、ケイト。ブライアンの日課の散歩だがな。私が一緒に行くと言ったんだが、ブライアンがお前と、と言って聞かんのだよ」


「父上! 何を言いだすんですか」


 焦るブライアンを楽しそうに見ながらワッハッハ、と笑ってベンジャミンは席を立った。


「じゃあケイト、頼んだぞ」


「はい、お父様」


 ご機嫌なベンジャミンが部屋を出た後、ケイトはブライアンの手を取った。


「待たせてごめんなさいね、ブライアン。お庭に出ましょうか」


「ああ」


 ブライアンの歩調に合わせて中庭に出る。ゆっくりと池まで進み、昔ケイトが木登りをして落ちた木の下で立ち止まった。


「今日は風が気持ちいいな」


「ええ、本当に」


 二人はそのまま並んで、そよそよと吹く風が身体を通り抜けていくのを楽しんでいた。


「ケイト、そろそろ軍に復帰しようと思う」


「もう? まだ早いのではないの?」


「もちろん、身体を使うことはまだ出来ないが、内務なら可能だ。こんな身体になってしまい軍を辞めることも考えたが、戦争の経験をこれから先の若者に伝えるためにも戻ろうと思う。幸い、軍の方でも迎え入れてくれると返事があった」


「わかったわ。あなたがそのつもりなら応援する」


「ありがとう、ケイト。軍に復帰して、生活が落ち着いたら……婚姻届を出そう」


 ケイトはブライアンを見上げて微笑んだ。


「嬉しい、ブライアン……愛してるわ。こんな日が来るなんて夢のようよ。この屋敷に初めて来た日の夜、この庭であなたに会ったわね……あの日からずっと、私はあなたに恋をしていたの」


 ブライアンは右手で愛おし気にケイトの髪を撫でる。


「ケイト……いつも明るく可愛いらしかった君が、いつの間にか美しく成長し私の大切な女性になっていた。最初にひどいことを言ったから君に嫌われたとずっと思っていたよ。今さら好きだと言う資格は無いとも」


「嫌うはずないわ。あなたはいつも優しくて素敵な人だった」


 ケイトはふふっと笑ってから少し意地の悪い顔になって言った。


「でもブライアン、いつ、私のこと好きになってくれたの?」


 大きな目を輝かせながら背の高いブライアンの顔を下から覗き込む。ブライアンは気まずそうに、それからほんのりと顔を赤らめた。


「最初にあんなこと言わなければよかったと、何度も後悔したよ。やがてカイルが現れ……自然に仲良くしている君達が羨ましかった。そして、ケイトには自分は家族としか思われていないと感じていた」


「それは……だって、私もブライアンに妹だと思われていると思って。だから無理に気持ちを抑え、家族として振る舞っていたのよ」


「私がはっきりと君への想いを自覚したのは、アーサー殿下が現れた時だ。あの時初めて、私は自分の心の奥底にある気持ちを知ったんだ」


 ブライアンは美しい右の瞳でケイトを優しく見つめた。


「そして、死の淵をくぐり抜けた時、私はもう後悔したくないと思った。君にこの気持ちを伝えよう……いや、伝えたいと思ったんだ。君を愛している、と」


 その言葉を聞いたケイトはそっと寄り添い、ブライアンの左手と自分の右手の指を絡ませて固く握った。


「ありがとう、ブライアン。嬉しいわ、ずっと愛してくれていたのね……? 私、今とても幸せよ。ねえ、ブライアンも幸せ?」


「ああ。とても」


 ブライアンが少し屈んで、ケイトにそっとキスをした。二人の髪を、風が優しく揺らしていた。







 









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― 新着の感想 ―
[一言] 周りの人たちがとても辛い決断をして地位と誇りのために生きている姿と比較対比がとてもうまく、短くも長いお話でした。 アーサー王子がとても成長して立派になったことが素晴らしかったです。不安を解消…
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