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シェルダン公爵邸にて

「で、ブライアン様は回復なされたのかしら」


 ミレーヌがティーカップを優雅に口に運びながら言った。


 ここはシェルダン公爵家の中庭に(しつらえ)てあるガゼボ。気持ちよく晴れた午後、柔らかな風に吹かれながらケイトとミレーヌは話をしていた。人払いはしてあるし、ここならば使用人に話を聞かれることもない。


「ええ、中庭を一緒に散歩できるくらいには。薬の離脱症状が抜けるまでは大変だったけれど、ブライアンはよく耐えてくれたわ。これからは、衰えた体力と筋力をつけていかなくては」


「それにしても恐ろしい薬ね。そんな物が存在していたなんて。むしろ、今まで悪事に使われていなかったのが奇跡だわ」


 ミレーヌはため息をつきながら言う。


「陛下がその木を根絶やしにするよう命令したのは英断だと思うわ。研究用と言って残しておいても(ろく)なことにならないでしょうし」


 ユージェニーが使った薬というのは、ホークス伯爵家の領地にのみ生息する木の実から抽出された物であった。昔からホークス家に伝わる薬であり痛みを感じなくさせる効き目がある事から、ホークス家の子孫は万が一のために常に持ち歩いているという。ユージェニーは戦場という危険な場所に行くため多めに持っていた。その薬を、ブライアンに使ったのだ。


「で、目的は何だったの?」


「……彼女は、ブライアンのことが好きだったの。士官学校の頃から」



 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 ユージェニーはアークライト公爵がブライアンとケイトを結婚させようとしていること、ブライアンがそれを回避しようとしていることを知り、それならば自分にもチャンスがあるかもしれないとずっと思っていた。

 士官学校を卒業して軍に入隊したユージェニーは、同期の仲間として常にブライアンの近くにいた。いつか告白しよう、そう思っていた時、あの戦争が始まってしまったのだ。


 ひどい戦争だった。多くの死者が出たし、ユージェニーの部隊も無傷ではいられなかった。だがブライアンの部隊は優秀で、素晴らしい戦績を残していた。


(さすがだ、ブライアン……)


 無事に戦争が終わったら絶対に告白しようとユージェニーは思っていた。今は友人としか思われていないけれど、戦争が終わったら軍を辞めて女性らしく着飾ろう。一人の女性に戻って、ブライアンの妻になりたい……。


 だが、あの最後の戦いでブライアンは酷い怪我を負ってしまった。危ない状態が続き、このまま死んでしまうのではないかと気が気ではなかった。何日も側で看病し彼が持ちこたえてくれるのを願った。


 そしてひと月が過ぎる頃、ようやく彼は峠を越えた。目を覚ました瞬間、あまりに嬉しくて涙をこらえられなかった。どれだけ神に感謝したことか。


 しかし、その直後ユージェニーは絶望の底に落とされた。彼は、自分の気持ちに素直になると口にしたのだ。『ブライアンへ、ケイトより』と刺繍された小さな袋を見つめながら。


 ブライアンはケイトを愛している。それは薄々感じていた。だが、きっとそれを彼女に告げることはないとも感じていた。彼女が誰かと結婚するまで何も言わず見守るのだろうと。


 なのに、この戦いで彼は変わった。愛する者を諦めるのではなく、その手を伸ばすことに決めたのだ。

 その瞬間、ユージェニーの心に悪魔が忍び寄った。ブライアンを自分のものにしたい。このままアークライト家に戻せばケイトに取られてしまう。それだけは許せない……

 ユージェニーは懐に入れていたホークス家秘伝の薬をそっと取り出し、ブライアンに飲ませた。疑うことなく彼はそれを飲み下した。しばらくして彼の意識は混濁し始め、人形のようになった。


(これでいい。私はブライアンを何としても手に入れる。結婚して領地に引っ込み、社交界から離れて二人で暮らすのだ。そうしたら、薬を抜いて元の状態に戻してあげるから……)


 この薬は効き目がほぼ一日。毎日飲ませ続ける必要がある。だからアークライト家に通うため心の病気と偽り公爵とケイトを遠ざけ、夕食時に薬を飲ませた。翌日、薬の効き目が切れる頃に少し意識がハッキリしてくるブライアンに、ケイトが彼を許していないと聞かせ続けた。彼は動揺し悲しみ絶望した。


 じっくりと彼に絶望を与えてから結婚に持ち込もうとしていたユージェニーだが、薬を処方させていたホークス家の御用医師から忠告を受けた。


「ユージェニー様、この薬はひと月以上服用させ続けた記録がございません。痛みを麻痺させるとともに正常な判断力を奪い意識を混濁させる薬ですが、ひと月以上服用した場合、ほとんどが命を落とします。これ以上続けるのは危険です」


「死ぬかもしれないと?」


「はい。死なずとも、意識が二度と戻らず廃人になる可能性もあります」


 薬を飲ませるようになってそろそろひと月だ。ユージェニーは結婚を申し出ようと決意した。彼が死んでしまっては元も子もないのだから急がねばならない。

 そして領地から公爵とケイトを呼び寄せたーー




 ☆☆☆☆☆☆☆☆


「ブライアンが否と言えない状態にして結婚を承諾させ、私達にも彼の意思だと思わせて押し通そうとしたみたいなの。あの時、抵抗して良かったわ」


「そうね、よく抵抗したわね。あなたも公爵もお花畑頭だもの、言われた事を信じ込んで、はいわかりましたと了承しかねなかったでしょう」


「……あなたのおかげなのよ、ミレーヌ。あなたが以前、諦めるなって言ってくれたから。手の届く場所にいるのなら手を伸ばせってね。だから私、ブライアンを諦めたくなかったの」


「ふふ、役に立ったなら良かったわ」


「とても。ありがとう、ミレーヌ」


「それにしてもモースはいいタイミングだったわね」


「ええ。ブライアンの様子があまりにおかしいので極秘に調べていたらしいわ。そしてホークス家の薬の存在に辿り着き、軍に連絡して医師を問い詰め、白状させたのよ」


「優秀な執事で良かったこと。ところでユージェニーは逮捕されたけどすぐに釈放されたわね。両親共々貴族籍は抜かれ、首都から追放になったけれど」


「ええ、ブライアンが投獄まではしないで欲しいと言ったので。命を取ろうとした訳でもないからと」


「ブライアン様までお花畑なのね? アークライト家の将来が思いやられるわ。そんなんじゃ生き残っていけないわよ」


「ふふっ、そうかもしれないわね。心しておくわ」


 一瞬の沈黙が訪れた。餌を(ついば)む小鳥のさえずりが聞こえる。


「ミレーヌ。ラインハルト王子殿下とはもう顔合わせしてるんでしょう? どんな方なの?」


「そうねえ。見た目は悪くないわ。異国の人らしくエキゾチックでね。人質としての婚姻だからと嫌な態度を取ったり、逆に卑屈な態度を取ったりすることもないから……今のところは好ましいかしら」


 噂では、王子の方はミレーヌに一目惚れをしてしまったらしい。元々、兄よりも優秀と言われていた第二王子である。お互いの国で何事か起きぬ限り、二人の結婚はメリットしかない。


「ミレーヌ、幸せになってね」


「ええ。出来る限り幸せに生きるわ。あなたもね」


 二人の公爵令嬢は微笑み合った。









 

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