ブライアンの記憶
あの日のことは忘れることが出来ない。私は、苦楽を共にした部下を、かけがえのない仲間を、たった一日で失ってしまった。もっと早く援軍が到着していたら……彼等はまだ生きていただろう。
あの時……私の顔を剣がかすめていき、目に頬に、焼けつくような痛みが走った。一瞬怯んだその隙に斬り掛かってくる敵の刃。
(終わった……)
そう思った時に目の前に飛び込んで来たのがカイルだった。血飛沫を上げ、崩れ落ちるカイル。
「カイル……!」
すぐに体勢を立て直し、カイルを斬った敵を倒した。カイル、待っていてくれ。ここを凌いだら手当てをしてやるから。
カイルがとどめを刺されないように必死に戦い続け周りの敵を退けた時、ようやく援軍の姿を見た。ユージェニーが馬で走って来た。
「ブライアン!」
「ユージェニー、カイルを! カイルを助けてくれ」
「ブライアンも酷い怪我じゃないか!」
「カイルの方が酷い。早く!」
ユージェニーが指示したのだろうか、何人かの兵士が走って来てカイルを運んで行った。
馬に乗ってきた同期のジョンソンが声を掛けて走り去った。
「ブライアン、よく頑張ってくれた。遅くなって済まない。後は任せろ」
ジョンソンと大勢の兵士が敵を追って行く姿を見送った後は、もう立っていられなかった。そのまま、兵士に抱えられ後方に運ばれて行った。
宿営地に戻ると、私の部下が大勢横たわっていた。
「ピーター。ジャック。ディラン。ジョシュア……!」
既に息を引き取っていた。部下だけではない、他の部隊の同期達、優秀な上官……皆、もう何も言わぬ姿になっていた。
「カイル!」
カイルはまだ息があった。兵士に肩を借りながらカイルの元へ歩み寄る。
「少尉……無事だったんスね……」
「カイル、喋るな。無理しちゃいけない、生きて戻らなきゃいけないんだろう? 早く手当てを……!」
横にいた衛生兵が首を横に振る。何故だ? カイルはまだ生きているじゃないか!
「少尉、もう駄目ですよ、自分でわかります……最後に俺の言うこと聞いて下さい」
「カイル、最後だなんて言うな!」
「少尉、ケイトを幸せにしてやって下さい……あいつは、少尉のことが好きなんです……嫌われてるって勘違いしてるけど、んなことないですよね……?
俺、少尉だったら安心して任せられる。後は頼みます」
「カイル!」
「俺、軍に入って良かったです。生きてるって実感出来た。少尉、ありがとうございま……」
「カイル……!」
カイルの目が閉じた。そっと触れるとまだ温かな頬。しかしもう、その目は二度と開くことはない。私は震える手でカイルの髪を一房切り、衛生兵に布を一枚貰って大事に包み込んだ。
「カイル、ケイトに届けてやるから……必ず」
そしてそれから、記憶が無くなった。次に目が覚めた時はベッドの上だった。
「ここは……」
「バーリストンの病院だ」
ベッドサイドの椅子に腰掛けたユージェニーが優しく言った。
「ユージェニー……あれからどのくらい経った」
「ひと月になる。ブライアン、君はずっと生死の境を彷徨っていたんだ。助かって良かった……」
あの気丈なユージェニーが涙を流している。
「済まなかった……ユージェニー、君がこうしてここにいるということは、戦争は」
「終わったよ。わが国の勝利だ。あの時、君達が持ちこたえてくれたおかげだ。判断をミスした上官達は皆処分されたよ。あの戦いで死んでしまった者達は二階級昇進した。君もだ、ブライアン」
……昇進など何の意味があるだろう。生きていてこそ価値があるのではないか。
「ユージェニー、私の荷物の中に、布に包まれた髪はあるか……?」
「ちょっと待ってくれ……ああ、あった。茶色い髪だな?」
「良かった。それはカイルの髪なんだ。本当は全員のを残してやりたかったが……」
「これを、どうするんだ?」
「ケイトに渡そうと思っている。カイルは、ケイトを好きだったんだ」
「そうか……」
「そうだユージェニー、もう講和条約は結ばれたのか?」
「ああ、わが国にだいぶ有利なものがな。ええっと、ここにそれを記したものがあるから後で見るといい」
ユージェニーは机の上に置いてあった紙を渡してくれた。そこには領土の変更や賠償額など多くの項目が書いてあったが、その中にアーサー第二王子の婚姻も記されていた。
(アーサー殿下……では、ケイトへのプロポーズは無くなったのか……!)
「ユージェニー、私の荷物の中に小さい袋は入っていないか?」
「小さい袋? これだな。だいぶ汚れているけど」
手渡してもらったそれは、屋敷を出発する前の晩にケイトに貰った匂い袋だ。眠れぬ夜を過ごすたび、これを握りしめていたから手垢で薄汚れてしまった。
「なんだ、袋を見つめて微笑んだりして。気持ち悪いな」
「いや、私も……自分の気持ちに素直になろうかと思ってね。死線をくぐり抜けたんだ、もう後悔はしたくない」
屋敷に戻ったらカイルの話をしよう。私のせいで死んだことを謝りたい。許してもらえないかもしれないが。
だがもしも許してもらえるならば、その時は……。
「ユージェニー、いろいろとありがとう。アークライトの馬車を寄越してもらえないだろうか。いつまでもここで迷惑をかけられない。屋敷に戻るよ」
「……そうか、わかった。じゃあこの薬を飲んで休むといい。今から呼んでも馬車が来るのに一週間はかかるだろうから、その間少しでも身体を治しておけ」
「ありがとう。そうするよ」
早く身体を治したい、だからすぐに薬を飲んだ。そして……その日からまた、私の意識はハッキリしなくなった。ずっとぼんやりして夢の中にいるようで、何も感じないのだ。
時折、ユージェニーの声が聞こえる。食事を食べさせてくれているようだ。どうして私の身体は動かないのか?
「ブライアン、ケイトはカイルの死で嘆き悲しみ、ブライアンを許さないと言っている。カイルを死なせたブライアンの顔は二度と見たくないと」
「ブライアン、ケイトは今日も見舞いに来ない。公爵もだ。アークライト家には必要ない、出て行けと言っている」
意識が戻ってきた時にはそう聞かされ、絶望した。私が帰っても誰にも喜ばれないのか。いやむしろ、疎まれているのかと。そして、薬を飲まされる。この薬を飲むと、頭がぼんやりして何も考えずに済む。そして私の意識はどこかへ行ってしまうのだ……
「ブライアン! ケイトよ! お願い、返事して!」
ケイトの声が聞こえる。あり得ない。ケイトは私を嫌っているはずだ。カイルを死なせた私を恨んでいるはずだ。
「……夢か……」
「夢じゃないわ! 私達、ここにいるわ!」
重い瞼を力を込めて開けた。靄がかかっていたが、ケイトの顔が見えた。ずっと、会いたいと思っていたケイトが。夢でもいいから触れてみたい。そう思って力を振り絞り、手を伸ばした。すると、ケイトの温かな手に触れた。
「ブライアン、私がわかる……? ケイトよ。ブライアン、会いたかった……!」
ケイトが私の首に抱きついてきた。夢なのだろうか? だが確かに、温もりを感じる。
「ケイト、愛してる……」
それきり、また私の記憶は途切れた。




