間話 吸血鬼の姫
ある日目覚めると闇色の光に満ちた古びた城の一室にいた。
未だに信じられないけれど、その時起きたらこの場所に居たのだ。
古びていて陽もささず、だが、嘗ては栄光を示していたであろう場所に。
その時まで少女は、不自由なく親や友人から愛されその日その日を楽しく生き、とても恵まれた平凡な生活を送っていた。
そしてそれは失われないと気付かないものだ。
その日、少女は目を覚ましたと思うと、最初に苦痛を味わいもがき苦しんだ。
幼い少女には過酷すぎる、地獄の苦しみを一身に受けたような数秒が永遠に感じられる痛みだった。
そしてさらに、少女にとって残酷すぎる事実が伝えられた。
この瞬間から自分は人でなくなり、親しかった他の人々の記憶から消えていき、この自分以外に何もない場所でこれから人類の敵として行動しないといけないという。
まだ甘えたい盛りな少女にとって、親や親友に忘れ去られこんな場所で1人で行動をするということは想像に絶するようなものだった。
その後少女は、ひとしきり泣くと気を失い電池が切れてしまった様に動かなくなった。
おそらくそれは、少女の精神を壊してしまわないように彼女のできた最終防御の手段だったのだろう。
ダンジョンマスターとなり、精神が強化されていたとしても、流石に14歳の少女には辛すぎる状況であった。
幸か不幸か、その精神保護が無かったら確かに少女は壊れてしまっていたであろう。
少女が倒れた後のそこは少女の存在以外には何一つ感じさせない、まさに死の空間であった。
そしてその後少女が目を覚ましたのは、初めの日から3日後のことだった。
「んっ……ん?あぁ………。」
目を覚ますと目の前に広がる静かな空間が、否が応でも現在の悲惨な事実を知らせてくる。
ダンジョンマスターなんてものに強制的にさせられたのだ。
「もう…やだ………。」
少女は疲れ切っていた。
ふとそのとき、少女はこの空間から抜け出せれば元の世界に帰れるのではないかと思った。
次の瞬間気づいたら体が動き、駆け出していた。
幸い入口の扉の場所は何故か感覚的に分かっている。
この空間の空は曇天であり、本来ならあったはずの月明かりさえ隠れてしまっている。
その雰囲気も少女の不安を掻き立てた。
そんな空の下、少女は今の心境を表しているような、生命を感じさせなく薄暗い荒野を全力で走る。
そのスピードは決して人には追うことの出来ない速さであった。
しばらく走り続けただろうか、少女の目の前に重く頑丈そうな巨大な扉が姿を現した。
少女はその扉、ダンジョンの入口に近づくとすぐにその扉を押し開け、外へ飛び出した。
その際に何かを手に入れたようだが、気にする様子もない。
そこにはこの世界のエントランスのような古びた大広間があった。
そしてその先には、確かに外の世界に続いているであろう大きな扉が存在していた。
少女の必死な願いが通じたのか、その扉を開けると、目の前には見慣れた光景が。
少女が家族と暮らしていた家があった。
「やった!家に帰れる!」
この現実ではありえないような事は、やはりたちの悪い悪夢だったんだと少女は確信した。
その嬉しさのあまり、両目からは涙が溢れた。
溢れ出た涙を拭く暇さえ少女にはなく、その世界から出ようとする。
しかし、少女がその世界から出ようと駆けると、何かにぶつかってしまう。
外へ繋がる最後の扉に透明な壁があるように通ることが出来ないのだ。
その扉から先の元の世界へ出るという少女の願いは決して叶わないのだった。
「何で!何でよ!!!」
少女は見えない壁をガンガンと殴るが、目の前にあるはずのものはびくともしない。
「どうして!?何でなの!?どうして私なの!?なんでよ!?出してよ!?お母さん……。」
殴りつけている手がぼろぼろになった時、少女は全てを理解し諦めた。
今の自分の状況は全て現実なのだと。
そして、少女は深い絶望感に襲われた。
もうその生を諦めてしまおうかとも思ったが、そう簡単に死ねるものではない。
自分の死なんて考えるもおぞましい。
ここから元の世界の光景を眺めることが、途端悲しくなった。
もう帰れないのだと、元の世界へ戻ることは出来ないのだと、脳が理解してしまうと、何故か最初の場所で座っていた。
目の前、初めに自分を苦しめた闇色に輝く宝石のあった場所には、古ぼけているが細やかで綺麗な修飾が刻まれた少女のサイズに合った玉座があった。
少女はおもむろにそこに座ると、自分のするべきことを考えた。
まず、癪だがダンジョンの機能を活用して、食事をすることにした。
もう空腹すらも感じなかったのだが、実際3日も何も食べてなかった。
そんな状況で頭が働く訳がないのだ。
正直何を食べているのかもわからない、味もしないブロックを水で流しこんだだけだが、少し気分が落ち着いた。
その次に、もうダンジョンを解放してしまったのだ。
下手したらまだ何も準備していないので、すぐに襲われてしまう可能性がある。
そして、今自分に出来ることは、モンスターを配置して、自衛するしかないのだ。
まだ弱い自分の身を守るためには、モンスターを生成しなければいけない。
どのモンスターを生成するべきなのか考えないと。
どうしようかと考えていたら、さっき扉を開けた時に何か貰った事を思い出した。
それを調べてみるとこの状況を打破できる可能性のある強いモンスターを生成するものだとわかったので早速使ってみることにした。
先ほど手に入れた光の玉。
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レアモンスターチケット
現在のダンジョンからは生成する事が出来ないモンスターをランダムで生成する事が可能
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この状況でふざけた事は出来ないが、これを使えば今よりは強いモンスターを手に入れられるはずなので、試さないわけにはいかない。
少女は、早速これを使ってみることにした。
そうすると、光の玉は激しく光って分散し淡い光になると初めに見た宝石のように闇色に輝き集まった。
そこから現れたのは……。
「我輩は万年を生きる誇り高き夜の王。吸血鬼の祖たる我を従えようなどとっ!?
申し訳ございません!我が主!」
集まった闇の光の中から勢いよく飛び出してきた長身のイケメンは、前口上を述べる途中で少女をやっと視界に入れたかと思うと、常人の目に追えないほどの速さで膝をつきこうべを垂れた。
その姿は常人とかけ離れ誰もが羨むような美形であったが、真剣にそして必死に少女に忠誠を誓っているその様子。
それは、少女が状況をよく分かっていなくどうすれば良いのか悩んでいて、キョトンと呆然とした佇まいをしてしまっているため側から見るとどうしても滑稽に映るだろう。
それからしばらく経った後、少女はある程度落ち着くと尋ねた。
「貴方は誰?」
「我は貴方様の忠実なる僕でございます」
「そう……」
少女はさらに混乱した。
ダンジョンを解放してしまった際に手に入れたアイテムを使用してみると、急におかしな人、人?が現れて、自分に向かって必死に頭を下げているのだ。
「あなた…名前は……?」
「ございませぬ」
「そう……」
「願わくは我に名を授けて頂きたい」
そう言われた少女は少し考えると、決心した顔で言った。
「フークバルト、お父さんの名前、そう名乗って」
「新しい名、心より感謝を捧げます、我が主。
我はこれからフークバルトと名乗りましょう」
新しい仲間に名前をつけた途端、少女の体に異変が起きた。
上の犬歯がまるで獣の牙のように鋭く尖り、体は血の気が抜けたような白い肌に、背中からは漆黒の骨ばった翼が生え、目は鮮血のように赤く染まった。
少女は体から力が湧いてくるのを感じ、同時に様々な事を知った。
それと同時にもう元の状態に戻る事は一生無いということを悟った。
だが、それはもうどうでもいいことだ。
「よろしくね、フークバルト。私の眷属」
「はい、我が主。この命、魂までもが尽きるまで」
その時、脳内にあの忌々しい声が響き、ダンジョン内に人が来たという事がわかった。
もう最初の侵入者が現れてしまったのだ。
まだモンスターが彼しかいないで全力で排除しなければいけない。
ダンジョンマスターの能力で少女とフークバルトが入り口付近まで移動すると、そのには1人の男がいた。
その男は……。
「お兄…ちゃん……?お兄ちゃん!!」
感極まってその男向かってに少女が飛びかかろうとすると、男は勢いよく飛び退いた。
少女が戸惑っていると、
「くるな化け物!」
男はなにかを言った。
それが少女の耳に入った瞬間、少女には自分の中の何かが壊れる音が聞こえた。
「こっちに来るな!化け物!」
男はせめてもの反撃なのかそこに落ちていた石を少女に投げた。
その攻撃は勢いもなく、恐怖心からか見当違いの方向に飛んでいった。
実際、それが少女に当たることはなかったが、少女の心の深いところに確実に大きなダメージを与えた。
「何…で……?どうして……?」
「バケモノじゃないよ……?」
「私だよ?リディアだよ?」
少女は男に一歩ずつ近づく。
男は腰を抜かし後退りしながらも近くの石を投げた。
「来るなっ!化け物!」
その男が投げた石は、幾度も地面を跳ねながらも少女の足にぶつかった。
勿論そんな攻撃、ダンジョンマスターとなった少女にはダメージとしては通らない。
はずだった。
何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?ナンデ?ナンデ?ナンデ?ナンデ?ナンデ?ナンデ?ナンデ?ナンデ?ナンデ?ナンデ?ナンデ?ナンデ?
ドウシテ?」
「主!」
この場にいたもう1人の声によって少女は少し正気に戻る。
「この男を処分しておきましょう」
「殺しちゃだめ!……‥…外に追い出して」
「……承知いたしました」
そう命令すると少女は、玉座に移動した。
もうあの男は外に出されたのだろう。
モンスターが召喚出来る様になっていた。
そのことを確認すると、少女は少し考え、全てのDPを使ってバットを召喚した。
「侵入者の監視、それと陽動」
そのまま手に入れた情報を整理しているととあるものを見つけた。
「ふーん、そう」
その画面は真のダンジョンなる物の存在を示していた。
少女が目にしたのはその中の一文。
「真のダンジョン。全ての可能性」
少女はここに来てから初めて見せるいい顔で、にこやかに微笑むと、吸血鬼の名前を呼んだ。
「フークバルト!私はダンジョンに潜ってくるから防衛よろしくね」
「はっ!」
少女は自分の後ろで跪き、返事を返した吸血鬼を脇に見ると後ろにあるはずの扉へと迷いなく歩き出した。
自分の信じる全ての可能性というものを考えながら。




