間話 最初の勇者 上
その日、世界中に激震が走った。
始まりは、世界中で一斉に行方不明が出た事件である。
普段ニュースを見なく、情報に弱いと自称する人もその事件は無視できなかっただろう。
それほどにどこの国、どこのテレビでも取り上げられ、世界中のウェブで考察や様々な議論がなされた。
事件発生から3日、その事件によって周辺の捜索を始めたところ、一箇所つい昨日までは何もなかったところに、かなりの大きさの建物が存在していたのだ。
建物と言っていいのかそれは岩で出来た扉であり、その周りを岩肌が包んでいた。
まさに洞窟の入り口に扉がつき、それだけが地上に現れたような外観。
しかし、それは自然に出来たものではなかった、そして、人工的にも作ることのできない未知の存在。
重く固そうに見えたその扉だったが、重さを感じさせずに開くらしい。
らしいというのは、それを体験し中を調べてやろうと中に入っていった人間は戻ってくることがなかったためである。
それを発見してしまった青年、興味が先走り面白半分で入った学生、消えてしまった息子を探しにきた夫婦、そして通報を受けた警官と誰1人として外に出てくることはなかった。
世界的な行方不明者事件とそこに現れた人を吸い込み返すことのない謎の建物。
この事態を重視したアメリカ政府が、最新の装備を整えた軍の人間を数名送ったのだが、これもまた誰1人として外に出てくることはなかった。
そして今、アメリカ軍でも有数の30名からなる特殊部隊を送り込む作戦が始動したのである。
数日前までは多くの人間がいて、何気ない日常が繰り広げられていただろうその区域。
しかし、今は胆の据わった数人の人しかいないんだろう。
閑散としてしまった住宅地にポツンと現れた謎の建物。
洞窟の頭が生えてきたような形のその建物は、不気味でこの世の物のようには見えなかった。
その周りには緊急でフェンスが辺りを取り囲むように設置されていて、更には何重にもDangerや侵入禁止という危険色のテープが貼ってあったり、そのそうな立て看板が立ててあったりする。
そのような不穏な雰囲気が漂う中、続々と集まる完全武装の装甲車、これから起こるのは人類史を塗り替える世紀の事件であることは想像に難くない。
ダンジョン内は別世界であるとは誰が最初に言い始めたのだろうか。
確かに、外観から異様なものだったが、実際に中に踏み込むとそこは別の世界であった。
おもてから見えたその建物はせいぜい10メートル四方位しかなかったのに、中は空間がねじ曲がったかのように広くなっている。
その中に広がっていたのは見渡す限りの湿地帯であった。
その光景は訓練で身につけたはずの平常心をぶっ壊すぐらいには異様なものだった。
続々と入口から入ってくる俺の仲間達、全員が驚くの見て俺は自分を落ち着けていた。
いや、あいつは別か。
「おいっ!レスター、お前はビビったりしないのか?」
入ってきた時に驚くどころかむしろ納得したような顔をした男、レスターに俺は話しかけた。
「あぁ、隊長。こういう事態は十分に想像できたので、むしろ納得したしだいです」
そいつは、普段と変わらない様子で、俺の呼びかけに返答する。
こいつが表情を変えたところを今まで一度たりとも見たことがないが、この状況ではむしろありがたい。
パニックに陥ってヘマする奴がこの中にいる訳がないとは思うが、こいつほど落ち着いている奴もいないだろう。
「頼りになるなぁ!その調子で頼むぞ!」
そんな会話をしていく中でも次々と仲間たちが到着する。
全員が揃い、ついに奥へ進むことになった。
何が起こっても対処できるように慎重に周囲を警戒しながら歩く。
暫くはなにも起こらなかった。
湿地なので進むのが遅くなるが、俺らの部隊には問題ない、足を取られることなく堅実に先に進んでいく。
しかし、二十分ほど歩いただろうか、いきなり、横から水色の物体が襲いかかって来た。
「3時の方向!敵性生物!一体!」
気づいた隊員が声を張り上げて知らせる。
俺も負けじとすぐに指示を出す。
「3時の方向!撃て!」
俺の号令の直後に激しい銃声がこの空間に響き渡る。
この世界で初めて見る生物それは水色の丸いゼリーみたいなモンスターだった。
これまで見たことがない形をした生物だ。
どうしてそんな形でこの世に存在することができているのか不思議だった。
そんなモンスターが飛び跳ね移動しながらこちらに向かってくる。
そいつに向かって俺たちが構える銃から吐き出される無数の銃弾。
銃弾の2、3発は物ともしない様子だったそれも、10数発が同時にあたると、地面にべしゃりと沈んで動かなくなった。
そして、数秒後には光の粒となって消えていった。
死体を調べようと思っていたのだが、消えて無くなってしまうのは仕方ない。
不思議なことだが、すでに意味不明な事態なのだ、対応して臨機応変に行動すべきだった。
モンスターが消えた後を調べてみると、黒い宝石のようなものが落ちていた。
直径3センチぐらいのその宝石の中はまるで星のように白い光が渦巻いていた。
少し見入ってしまうぐらいには綺麗だった。
高く売れそうだが、これは未知の研究のために必要なもの。
とりあえず、それを調べるために持って帰ろうと袋にしまおうとすると、
「敵性生物多数!周囲!囲まれています!」
隊員の1人が叫んだ。
さっきのモンスター一体で終わりというわけではなかったらしい。
宝石から目を離し周囲を見渡すと、まだ遠いが360度全ての範囲からモンスターが迫って来ているのが見える。
さっきのゼリーのような生物や、それよりも大きいサイズの同じような敵も多数存在しているのが確認できた。
「クソったれ!各自、後方中心に引きながら迎え撃て!」
最低限の退路は確保するために後方を中心としながら迎え撃つことに決めた。
どんどん近づいてくるモンスターたちへ、隊員から次々と手榴弾が投げられ、銃弾が放たれる。
近くに来る前にモンスターは三分の一ぐらいまで減らすことが出来たが、射撃も難しいほどに近づかれてしまった。
一方は開けることが出来たので最悪逃げる事は可能だろう。
全滅は避けなければいけない。
一発二発ぐらいの銃弾はものとしないモンスター達。
それらがこちらに攻撃を仕掛けてくる。
勢いをつけて突進してくるものや、中距離から液体を吐いてくるものもいる。
各自がナイフを抜き、それらを迎え撃つ。
モンスターを切っていくが、ほとんど効いてないようだった。
「クソッ!」
攻撃を避けながらナイフを当てていくと、ふとゼリーみたいな体の中にある硬い部分にあったったような手応えがあった。
そうすると、そいつは地面にべしゃりと沈んで動かなくなった。
気になって、今相対しているモンスターを観察してみると、中には体液よりも少し濃い色の水晶がまるで核のように存在しているのがわかった。
「体の中の塊を狙え!」
そういうと、周囲の隊員からは了解と返事があった。
流石自慢の隊員だ。
しかし、その指示は少し遅かったのかも知れない。
後ろを振り向くと、隊員の1人の顔にモンスターが張り付いていた。
そいつは息が出来ていないのか、ふらふらになりながら顔に張り付いているモンスターを殴りつけている。
そいつのもとへ行きたいのだが、俺に向かってもモンスター達がわらわらと寄ってくる。
これでは身動きも満足に取ることができない。
「死ねっ!怪物め!」
モンスターを振り払い、切り払いながらその隊員に近づこうとしたが、ついにそいつはモンスター達に囲まれ、全身に張り付かれて倒されてしまった。
あれではもう助けることは出来ないだろう。
ここにいる全員が自分のことで精一杯だった、他の奴らも気付いてたのかも知れないが、助けに行く余裕なんてなかったのだろう。
「ふざけるなよ!」
そのあとは無茶苦茶にモンスターを砕きまくった。
これからの執筆活動、少しでも応援して頂ければ幸いです。
平和な松ノ樹