二、溢れ出たツッコミ
ここはリンドウ、至る所で商人たちが物を売る賑やかなマーケット街だ。
ひもじい思いをしている家族の為、2年前にここに来た俺の名前はアマト。
田舎で暮らす家族に少しでも贅沢をさせてやりたくて、俺は日々トラウを売って商売をしている。
トラウとは、そこ等辺りに落ちている手のひらサイズほどの石を拾い、半分に割り、磨き、濡らし、焼き、蒸し、叩き、揚げた石だ。それを俺はトラウと名付け、100ラギで売っている。
まあ簡単に言うと、何とも言えない色をして、何とも言えない匂いがする、玄関にあったらちょっと魔除けになるかも?的な置物だ。
1ラギで1日食っていける価値がある為、100ラギするトラウはとても高価な物と言えるが、こんな石が本当に100ラギで売れるの?と思うだろう。
確かに100ラギの価値があるのかと聞かれると・・・・全く無い。
ただそうだからこそ、俺の商人としてのセンスが試される訳だ。
値付けは、仕方によっては何でも売れるし、何でも売れなかったりするほど重要な部分だ。
例えばそこ等へんに落ちている石をたくさん拾うとする、すると綺麗な形をした物もあれば、歪な形の物もあり、石にもそれぞれ形に個性がある事が分かる。
その個性に合わせて1ラギか5ラギのどちからで値付けすると、同じ石のはずなのに価値に差が出る。ここで敢えて、綺麗で形が整っている石を1ラギでたくさん店頭に並べ、如何にも価値が無いように演出をする。そこに歪な形をしているだけの石を5ラギで少しだけ置いてみるとあら不思議、1日1つは売れるのだ。俺はこの方法でこの街に来た最初の1年間商売に成功した。
そして思ったのだ。
「(もしかしてやり方によっては100ラギでも売れるんじゃねえ?)」
その結果・・・全く売れない!というか・・・全く売れる気がしない!
甘かった・・・ここまで売れないとは思わなかった・・・。
まあでも別に構わない。今までの方法も続けている為、食って行くだけの分は稼げているから、何かの間違いで売れてくれたらそれでいい。これが1個売れるだけで田舎の家族は1年食べていける為、年に1個売れればそれでいいのだ。そんな想いで売り始めて今日でちょうど1年が経つ。
1年経った結果・・・全く売れない!そもそも売れる訳がない!逆に売れてたまるかと思う!
だから今日中に1つも売れなければ、俺はトラウを売るのをきっぱりやめようと思う。
だってこれめんどくさいもん。仕込みに時間が掛かる割に売れないしめっちゃ臭うもん。
こんな物はただのウ○コ、いやウ○コ以下なんだもん。
だから俺は今日を持ってトラウを売るのをやめようと思う。
そんな事を思っているとある男が話しかけてきた。
「なんですかこのトラウって?」
見たところ薄汚い茶色の布きれを羽織っている不潔そうな青年だ。
たまにこんな風にトラウに興味を持って近づいてくる客はいるが、皆お金を持ってなさそうな雰囲気の客ばかりだ。だから俺はいつものような冷やかしだと思い青年を無視した。
「この石、ちょっと触ってもいいですか?」
無視する俺に青年はしつこく話しかけてくるが無視を続けた。
「あの、この石と交換してくれたりしますか?」
無視する俺に青年はまだ話しかけてくる。ここまでしつこく話しかけてくる客も珍しい。
「あの、聞いてます?」
さすがにこれ以上は無視できなさそうだ。仕方なく相手をしてやる事にする。
「ごめんお客さん!トラウだね!これは世にも珍しい石だよ!是非買ってってくれ!」
「あの、この石と交換してくれたりしますか?」
「うん?・・はあ?お客さん何言ってんの?こんな青い石と交換できる訳ないじゃないか、100ラギはする代物だよ!冷やかしなら帰ってくれ!」
青年は青い石を取り出して見せてきたが、そんな交渉に乗るわけがない。
そう思ったが、その青年が取り出した石に何故か見覚えがあった。
「・・・お客さん、ちょっとその石よく見せてくれ!」
そう言って青年から石を預かり確認すると、信じられない事に青年が見せてきた石は、グラム100ラギの価値があると言われている超高級な代物、スライム石だった。
「う、嘘だろ・・・お、お客さん、この石どこで手に入れたんだ?」
「え?これですか?これはさっき拾ったんですけど・・」
「え?・・拾った?・・いやいやお客さん、冗談はよしてくれ、これあれだよ?めっちゃ強いスライムを倒さないと手に入ら無い超レアな宝石だよ?落ちてる訳ないじゃん!」
何言ってんのコイツ?と思いながらも、スライム石に興奮して俺は聞いてみる。
「ち、因みになんだが、この石ってどこで拾ったんだ?」
「え?いや良く分からないんですけど、向こうの広い草原です」
そう言って青年が指さした方向には転生の領域があった。
通常の者では立ち入る事が出来ないその領域には、確かにスライムがたくさんいるので嘘はついていない様子だが、しかし何故こんな男がスライム石を持っているのかとても気になった。
・・・が、そもそもウ○コ以下のトラウと超高級なスライム石を交換して欲しいだなんて俺はなんてラッキーなんだ!ここは慎重に事を進めよう。
「お、おおおおお客さん、と、ととと特別にそのいいい石と・・・」
ダメだ!動揺するな!落ち着け俺!
「そ、その石とこのトラウを、今回だけ特別に交換してやってもいいぞ?」
「いいんですか?ありがとうございます」
よし、この調子で迅速に交換を終わらせよう。
交換後は迅速に換金所に行き、迅速に大金に変え、迅速にこの街を出よう。
そして味わおう、これからの成金人生を!
「あの、一つ聞いていいですか?」
「え?あ、ああ、何でも聞いてくれ!」
「あの、このラギって、この世界で言うお金の事ですか?」
「そうだけど・・・、もしかしてお客さん外国の人かい?」
「外国と言うか・・異世界と言うか・・まだこの世界に慣れていなくて・・」
その言葉を聞いて耳を疑った。
「お客さん、ちょっと変な事を聞くけど、あんたもしかして、転生者か・・?」
「え~っと、多分そうだと思います」
その言葉を聞いて腰が抜けた。
「えっ、店員さん?・・・どうしました?急にしりもちついて・・」
俺は幼い頃、いつも父親に聞かされていた話がある。
それは30年に一度ぐらいのタイミングで、他の世界から転生される転生者と言う存在がいて、転生者は皆、世界を変えるほどの力を持っていると言った話だ。
幼い頃からこの話を聞かされて興奮してきた俺にとって、転生者の存在はとても大きく昔からの憧れだった。その転生者がまさか目の前に現れるとは夢にも思わず、腰が抜けてしまった。
(ドゴオオオオオオンッ!)
その時だった。
大きな音と共に地面が揺れ、遠くの方から人々の悲鳴が聞こえてきた。
「モンスターだああ!みんな逃げるんだあああ!」
街の人が叫ぶその言葉にとっさに俺は理解した。
「え?何?何?」
動揺している青年もとい転生者【仮】の腕を掴み、安全な場所へ走り出す。
「ちょっと待って、なんですか急に!」
「いいから走ってお客さん、ここもヤバいから逃げないと!」、
「逃げるって何から?」
「モンスターからだよ!」
「ええ!?モンスター!?」
逃げる最中、今回街を襲ってきたのが危険度Bクラスのロックトカゲだと言う情報が入ってきた。
ロックトカゲは全身岩で覆われた全長3メートルのモンスターだ。
モンスターは家や人々をどんどん薙ぎ払い、さっきまでトラウを売っていた街の中心部まで入ってきていた。
20分ほど逃げただろうか、先ほどいた場所からかなり離れた街の外れの噴水広場までやってきた。
「ハア、ハア、お客さん、とりあえずここで休もう」
「ハア・・ハア・・い、一体モンスターってどういう事なんですか?」
「実はこの世界には、様々なモンスターがいるんだ」
「モ、モンスターですか?」
「ああ、しかもどんどん種類も増えていってるんだ」
「なんですかそれ、ドラクエみたいですね?」
何言ってんのコイツ?と思いながらも説明を続けた。
「とりあえず・・基本的にモンスターを倒すことが出来るのは、勇者様や賢者様など特別な武器や魔法が使える選ばれし者たちだけだ」
「なんだよかった、倒せる人がいるんですね!」
「ああ、だけど運よく選ばれし者がこの街にいてくれればいいんだけど・・」
そう言いながらも心では、そんな都合よくいる訳ないじゃんと思い、呼吸を整えもう少し遠くへ離れようとした時だった。
「大変だー、もう一体モンスターが現れたぞ!」
誰かの叫び声と共に、逃げようとしていた方向からもロックトカゲが現れた。
「・・ええええええええええええええええ!」
一気に逃げ場を無くし、死を覚悟した時だった。
「どりゃあああああ!」
雄叫びを発しながら何者かがロックトカゲに襲いかかったのだ。
「みんな大丈夫か?動けるのであれば早く逃げるんだ!」
なんとそれは選ばれし者勇者だった。
俺は嬉しさのあまり、思わず叫んでしまった。
「都合よくいたああああ!」
「え?あの人が勇者さんですか?」
「そうだ!助かるぞ!俺たち助かるんだ!」
「よかった~・・・でもどうやって倒すんですか?」
「それはモンスターにはそれぞれ弱点があってそこを突けば倒せるんだ。因みにロックトカゲの弱点は後頭部を強く殴る事だから、強力な武器を扱う勇者様にとってはそこまで強くないモンスターなんだよ」
「ははは、その通り!私のハンマーレヴィウスならこんなモンスターなどちょちょいのちょいなのだ!いくぞ、ロックトカゲ!」
勇者はそう言うと、天高く舞い上がりロックトカゲの後頭部に強烈な一撃を放った。
「ははは、どうだレヴィウスの味は?モンスターよこれで終わりだ!」
勇者は勝利を確信した。しかしロックトカゲは・・・全く効いていない様子で勇者を食べた。
「・・・ええええええええええええええ!」
俺はものすっごいびっくりした。
「ええ!ちょっと!勇者さん食べられちゃいましたよ!どうなってるんですか?」
「こっちが聞きたいよ!なんで?なんで倒せないの?」
とにかく勇者が食べられてしまい、また死の淵に追いやられた俺はなんとか逃げようするが、反対側のロックトカゲも追いつき2体のモンスターに挟まれてしまった。
「ぎゃあああああああ!無理無理無理無理!もう無理死ぬ―――――!」
「ええ!僕たち死ぬんですか?」
「死ぬだろ!この状況どう考えても!」
「ええそんな、僕死んでまだ間もないのにー!」
両方のロックトカゲがじわじわと距離を詰めてくる。
「あ、あの、さっき勇者さん食べられてましたけど、僕らも食べられちゃうんですか?」、
「知らねえけど・・そうかもな・・・」
両側のロックトカゲは息を荒げ、頭から突進してきた。
「ぎゃあああああああ、突っ込んできたあああああ!」
「うわあああ、また死んじゃうよおおおおお!」
俺と転生者【仮】は突撃してきた二頭のロックトカゲのおでこあたりで、バチンと勢いよく掌を合わせたかのように見事に挟み潰された。そしてその瞬間タプンッと水面に一滴の滴が落ちたような音がし、母のおっぱいをも超える柔らかい何かに全てを包まれた。
「(な・・なんだ?こ、この柔らかい物に包まれる感覚は・・・・)」
二頭は敵を挟み潰せたことに満足したのか、ゆっくりと離れた。
そして俺と転生者【仮】は・・・なんと無傷で生きていた。
「はあ・・はあ・・、死んだと思ったけど・・・俺たち生きてる?・・」
「そうですね・・死にませんでしたね・・」
生きている事に驚きながら、謎の柔らかい感触について確かめ合った。
「それにしても何だったんだ今のは・・」
「そうですよね、ちょうどあのおでこの岩の部分で挟まれたはずなんですが・・」
そう言いながら転生者【仮】は、おもむろに片方のロックトカゲに近づく。
「お、おい!何してんだ!危ないって!」
死を前にしておかしくなったのだろうか、転生者【仮】はまさかのロックトカゲの前足の岩に触れて言った。
「・・やっぱり!この岩めっちゃ柔らかーい!めっちゃ柔らかくて気持ちいー!何この幻想的で触れた事のないほどの柔らかさは!めっちゃ気持ちいい!」
転生者【仮】の行動に理解が追い付かないが、どうやらモンスターの岩部分が柔らかいみたいだ。
岩の柔かさに喜びながら転生者【仮】は続けて言った。
「そっか、モンスターの岩ってこんなに柔らかいんだ。だからどんな衝撃でも吸収して僕らは死なず
に済んだんだ。なるほど、だから勇者が殴っても柔らかくて倒せなかったんだ・・なるほど・・そりゃあ倒せないよな。こんな柔らかいんだったら攻撃も効かないよな・・そうだよな・・・って・・・
岩の癖に柔らかいんかああああああああいっ!」
そう叫びながら転生者【仮】はロックトカゲの前足に張り手をした。
「・・ボンッ!」
すると・・・転生者【仮】が張り手をしたロックトカゲは消えてしまった。
「・・・え?」
俺は驚いた、特に大したことのない転生者【仮】の張り手でモンスターが消えた事に。
しかしそれだけではなかった・・・振り向くともう片方のロックトカゲも消えていたのだ。
「・・・ええええええええええええ!」
しかも消えただけではなく、倒した証となるモンスター石も落ちていたのだ。
「ちょっと待て・・・一体何が起きてるんだ・・・」
倒したという事は、何かの技を放ちモンスターを倒したという事になる。
「これって・・倒したって・・こと・・だよな?」
それは即ち、転生者【仮】が倒したという事になる。
「・・じゃあ・・やっぱり・・・この青年は本物の・・・」
それは即ち、青年が転生者【仮】ではなく、何かしらの力を持つ転生者【正】という事になる。
「・・本物の・・・転生者・・・」
それは即ち、この青年が、俺の憧れた伝説の転生者ということになる。
「う・・・・うおおおおおおおおおおおおお!」
俺は全力で泣いた。
「うおおおおお!うおおおおおお!」
憧れの転生者が現れた事に・・・死なずに済んだことに・・・俺は声を荒げ泣いた。
「ええ!ちょっと、ものすごい泣いてるじゃないですか!」
「うおおおおおお!うおおおおおお!」
「それよりもこの石触ってみてくださいよ!めちゃ気持ちいいですよ!」
そう言って転生者【正】はロックトカゲの石を俺に渡してくれた。
柔らかく気持ちの良いその石に触れ、俺に新たな意思が生まれた。
この御方と共に、モンスターからこの世界を救いたいと。