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海に愛されて  作者: 碧衣 奈美
第二章 反抗する奴隷
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帰れないミオイ

 翠嵐がコクチョウ島から一番近くにある魔法犯罪監督署(マトク)に連絡を取り、タガトヒの屋敷の捜査を依頼する。

 この事件に関しては、タガトヒ一人とは言え、魔法使いが関わっている。そのため、マトクが主になって捜査する形になるのだ。

 担当の署員数名が魔獣に乗って来ることになり、その間に狼牙達はタガトヒに操られていた人達の身元を調査した。

 合意の上であやつり人形にされていた、ということはないだろうから、どこからかさらわれているはず。彼らの名前と、狼牙達の今回の任務で捜している行方不明者のリストと照らし合わせるのだ。

 しかし、狼牙が渡されているリストと、この島にいる人間の数は合わない。リストに残った人数の方がずっと多かった。

 コウがぶっ飛ばしたので、タガトヒは重傷だ。はっきり言ってこんな男に何もしたくない狼牙だが、とりあえずの応急処置をした上で、他の場所に隠している人間がいないかを問いただす。

 だが、タガトヒが連れて来た人間は、全てこの島にいるという答え。その証言が絶対に偽りのないものという保証はないが、今更隠すとも思えないし、不審な様子はない。

「他の事件も絡んでいる、ということか」

 ミオイの登場で思いがけず任務がうまく遂行されるかと思ったが、やはりそんなに甘くはなかった。

 行方不明者は若い男女という以外、特に共通点がない。また地道に調べる必要がありそうだ。

 狼牙達が半日近く調査をしていると、マトクの署員三名が、魔獣に乗って現れた。タガトヒおよび屋敷にいた人達については、後から迎えの船が来て、家族の元や本当の働き先へ送り届けられることになっている。

 被害者達のことは彼らに任せ、狼牙達は任務続行のために出航する準備を始めた。

「新たにリストアップされた行方不明者です。こちらも」

「また増えたのか」

 この島で見付かった行方不明者を削除するべく、リストに線を引いたばかりだったのに。署員からまた新しいリストを渡された。差し引きで……行方不明者の人数は増える。

 それを横で見ていたミオイは、狼牙の持つ新しいリストを彼の手から抜いた。

「あ、こら。ミオイ、何をするんだ」

 狼牙が怒るのも構わず、ミオイはリストに目を走らせる。三枚程の紙に並んだ名前を斜め読みしていたミオイだが、くちびるを噛んだかと思うとリストを狼牙に押し付け、キャット号の方へと駆け出した。

「ミオイ?」

「あの子もこの屋敷にいたんですか?」

「あ……ああ」

 厳密には少し違うような気もするが、関係者には違いない。

「ちょっと失礼」

 ミオイの様子が気になり、狼牙は彼女の後を追った。

 ミオイはこの件の被害者だから、屋敷にいた他の被害者と一緒にいれば、マトクの署員が家へ帰してくれる。だから、キャット号に戻ったミオイを船から降ろさなければならない。

 船に戻ったミオイは、医療室へ入ったらしい。狼牙がわずかに閉まりきっていないドアを開けて中へ入ると、ミオイはベッドの上で頭からシーツをかぶっていた。

「ミオイ、俺達はまだ任務の続きがあるから、お前を送ってやれない。今の人達といれば家へ帰らせてくれるから、この船を降りるんだ」

「……どこへ帰るの」

「何?」

 くぐもった声に、狼牙が聞き返す。

「狼牙が持っていたリストにも、あの人達が渡したリストにも、あたしの名前……どこにもなかった」

 出会い方が特殊だったため、言われるまで狼牙は気にしていなかった。だが、ミオイも本来は行方不明として扱われるはずの人間なのだ。

 タガトヒにフォンシー村から連れ出された後、村人はミオイがどこにいるのかわからない状態だったはず。だとすれば、軍かマトクに連絡があってしかるべきだ。

 ミオイがタガトヒに連れて行かれたのは、半月程前だと話していた。それなら、狼牙の持つリストに載っていてもおかしくない。作成された時期の都合でもれていたのだとしても、今新たに渡されたリストにならあってもいいはず。

 それなのに。

 行方不明者のリストに、ミオイの名前がない。それはつまり、行方不明者として世間に認識してもらえないということ。

 フォンシー村からミオイがいなくなったことを、誰もどこにも知らせていないのだ。


 あたし、村に居場所がなかったの。


 それは、解放されても帰る家がない、ということに等しいのではないのか。

「リストに名前があるってことは、捜してくださいってことでしょ。名前がないあたしは、捜してもらわなくていいってことじゃない。村の人達は、あたしが帰ることを望んでない。そんなの知ってたけど……だったら、あたしはどこへ帰ればいいのっ」

 最後はほとんど悲鳴のような声だった。その後で嗚咽(おえつ)が続く。やっと悪趣味な魔法使いの手から逃れても、ミオイにとっての現実はもっとつらいものだったのだ。

 狼牙は黙って医療室を出る。

「翠嵐、ミオイはこっちで保護する、と向こうの連中に伝えてくれ。バルコーン、出航だ」

「いいのか?」

 詳しい事情がわからないものの、何やら込み入ってるらしい、ということは仲間達も察していた。

「ああ。ミオイをここに置いて行ったら、本当に行方不明になりかねない」

 やけになったミオイがどこへ行くか、想像もできない。今後をどうするかはともかく、今は自分達の保護下に置く方が賢明、と狼牙は判断したのだ。

 指示された通り、翠嵐が風で出航することを伝え、キャット号はコクチョウ島を離れた。

「狼牙、知ってることがあるならちゃんと話せよ。俺達は遊びに行くんじゃないんだぜ。今回は敵の陣地に乗り込む訳じゃねぇが、この先も安全かどうかはわからねぇ。そこに田舎娘を同行させる理由は何だ」

 言ったのはレットだが、他の仲間達も説明を求めるように狼牙を見ている。

「村にはミオイの居場所がないそうだ」

 狼牙はコクチョウ島へ行く前にミオイが話したことを、仲間達に話す。

「普通に考えれば、操られてミオイを(おとしい)れた村長が、自分もタガトヒの共犯にされるのを恐れて黙っている、となるんだろう。それも理由の一つだろうが、ミオイの話をそのまま信じるなら、ミオイが行方不明のままでいてくれ、と考えている。見付かるな、戻って来るな、ということだ。そんな奴らしかいない村へ帰らせても、ミオイはもう今までのようにそこでは暮らせない」

「……閉鎖的な村ね」

 チェロルが小さくため息をつく。翠嵐もうなずいた。

「そうね。だけど、仕方のないことかも知れないわ。田舎の村や町は、情報量が少ないのよ。世の中には彼女のような人間や、他にも色々な力を持つ人間がいるということを知らないんだわ」

 魔法使いの存在は知っている。だが、彼らにとってはほとんど夢物語。たとえ目の前で魔法を見せられても、手品の延長にしか思えないのだろう。

「昨夜は淡々と話していたが……ミオイちゃん、どんな気持ちでしゃべってたんだ」

「人にもよるでしょうけれど、精神的に抑え込まれる環境にいると、成長にも支障をきたすそうよ。ミオイが小柄で細いのは、そういった環境下にいたのが原因かも知れないわ」

 大きくなればもっと強い力を持つのでは、と村人からさらに怖がられてしまう。

 ミオイが自覚していたかはともかく、そんな気持ちがミオイの身体を幼い状態にとどめようとしているのかも知れない。

「ミオイが育った所のことを悪く言うのは申し訳ないけど、そこの村人はバカよ。怖がらずにミオイの力を利用するくらいのこと、考えればいいのに」

「みんながチェロルみたいに根性()わってたら、誰も苦労せぇへん」

 シズマの突っ込みに、仲間達が苦笑する。

「いいんじゃねぇか? 一緒にいたって、ミオイなら別に危なくもならねぇだろ。あいつ、おれと同じくらい強いし」

 コウが軽く言い、他の仲間からも特に反対の声は出なかった。出たとしても、もう出航したから降りろとは言えない。

 こうして一般人を若干一名乗せたまま、キャット号は進むことになった。

☆☆☆

 夜中に嵐がきた。そんなに大きなものではなかったものの、激しい波に踊らされた流木が船底に当たった音が響く。

 幸い、穴が開く程の衝撃ではなかったものの、この先どれだけ航海が続くかわからない。できるうちにメンテナンスをしておきたい、というバルコーンの言葉で、キャット号はその時点で一番近いアバ島へ寄ることになった。

「この島から行方不明者は……出ていないようだな」

 リストに目を通した狼牙だが、その中にアバ島の文字は見当たらない。

 噂レベルでも構わないから情報を仕入れておこう、ということになり、バルコーンを除く仲間達は島へ上陸することにした。来たついでに食糧補給もしておこう、という話になる。

「ミオイ、アイス食いに行かねぇか」

 情報収集は狼牙達にまかせ、(はく)はミオイを気分転換に誘う。

 嵐の後で晴れ間が出たように、出航してからしばらく泣いてミオイも多少復活したようだ。白の誘いに笑顔でうなずく。

「無駄遣いしないのよ」

 小銭が入った巾着袋を、翠嵐が白に渡した。

「適当な時間に戻って来い。あまり遅くなるなよ」

「わかった。夕方くらいまでには戻るようにする」

 狼牙に言われ、保護者気分で白はうなずいた。

「じゃ、白。行こ」

「へ?」

 子ども姿の白を、ミオイは小脇にひょいと抱える。まるで人形だ。

「行ってきまーす」

 ミオイはそのまま甲板の手すりを超え、キャット号が停船している桟橋へ飛び下りる。

「あ゛ーっ!」

 白はねこで魔獣なのだから、多少高い所から飛び下りても平気なはず……だが、それは自分の意志で降りた場合。

 抱えられた状態で、しかもいきなりそんなことをされ、思わず悲鳴を上げる。

 ミオイは着地すると、そのまま町へ向かって走り出した。あっという間にその姿が見えなくなる。

 縄ばしごを降ろそうとしていたレットが思わず

「あいつ、竜巻か……?」

 とつぶやき、ぽつりとシズマが「かもな」と応えたのだった。

「あ、アイス売ってるお店、発見。白、どれにする? ……あれ?」

 小脇に抱えられた白は、ミオイの落下と高速移動に目を回していた。

 ミオイにぱたぱたとあおがれ、白もようやく復活したところでアイス購入。近くの木陰に入り、仲良く食べ始める。端から見れば、姉弟のようだ。

「ミオイ、そんなにアイスが食いたかったのか?」

「そういう訳じゃないけど、町ってリンカ島になかったから。何度か近くの島にある町へ連れてってもらったことはあるけど、そんなにゆっくり見られなかったし。だから、町ってだけで何だか楽しいの」

 この島にあるウートスの町は、ミオイが知っている町より大きい。だから、なおさらわくわくする。

「そっか。なぁ……ミオイはこれからどうしたい?」

「あたし、もう少し狼牙と一緒にいたいな」

 白は今日これからの予定を聞いたつもりだったが、ミオイは今後の身の振り方を聞かれたものと思ったらしい。

「ミオイはそんなに狼牙が好きなのか?」

 昨日、コクチョウ島へ入る前の甲板。ミオイが狼牙にしがみついていたのを、白は見ている。

 ばたばたしていて狼牙は白の「誤解」を解くのを忘れていたが、白は誤解をしているつもりはない。どう見たって、あれはつまづいて転んだのを支えた、みたいなものではなかった。

「うん」

 ミオイはまるでためらうことなく、笑って答えた。

「狼牙と一緒にいるおれが聞くのも何だけど……どこが好きなんだ? あいつ、顔はいいけど、モテてるところを見たことがないぞ。どっちかと言えば、怖がられて避けられてる方が多いし」

 ミオイが海で狼牙に見付けられ、今日でまだ三日目。何だか濃い時間を過ごしたように思うが、まだ「会ったばかり」に近い。これが一目惚れ、という奴だろうか。

「んー、あたしにもよくわかんない」

 アイスをなめながら、ミオイは首をひねる。

「狼牙って目付きが悪くて三白眼だし、若いのにいっつも眉間に縦じわが寄ってる感じでしょ。不機嫌そうな顔して何考えてるかわかんないし、普段の口調も一本調子で感情があるんだかないんだか」

「……おれ、そこまで言ってないぞ」

 好きだと言っておきながら、よどみなく出るマイナス部分に白が引いている。

「でも、好き。狼牙のそばにいられると、すっごく嬉しいの」

 昨夜、嵐が来てばたばたする前。

 医療室に引きこもったままで食事もしようとしないミオイの所へ、狼牙が来た。

「食えるようになったら、ちゃんと食え。お前は客じゃないんだ。もう被害者扱いはしない。これから用事を分担する時は、お前も数のうちに入れるからな」

 料理はシズマの担当だが、掃除などの雑用は分担制。同じ船に乗る以上、そういった仕事をしろ、と狼牙は言っているのだ。

 落ち込む少女をなぐさめるでもなく、雑用を押し付けているのを他の人が聞けば冷たいと思うかも知れない。

 だが、ミオイは「ここにいていい」と言われたように聞こえ、嬉しかった。わざとらしくない「普通の」接し方も。

 昨日は勢いでキャット号へ戻ってしまったが、追い出されることはなかった。そうされても、文句は言えないのに。

 初めて「本当に」優しくしてもらった気がする。

「狼牙や白の住んでる街へ行きたいって行ったら、ダメって言われるかなぁ」

 フォンシー村は育った土地ではあるが、もう未練はなかった。生きて行けるなら、どこでもいい。好きだと思える人のそばなら、もっと嬉しい。

「それは……おれにはわかんねぇけど。ああ見えて狼牙はいい奴だから、ミオイにとって一番いい方法を考えてくれるはずだ。心配するな」

「ありがと。白ってほんとに優しいね」

「え……ま、まぁな」

 真っ正面からほめられたことのない白は、ミオイの言葉に頬を赤くしたのだった。

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