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海に愛されて  作者: 碧衣 奈美
第一章 二重人格のあやつり人形
8/24

切れた糸

「お、おや。昨夜、泥海と一緒にいた男だな。どうやったかは知らんが、よくこの部屋を見付けられたものだな」

 タガトヒは、狼牙達が魔法犯罪監督署(マトク)の人間だとは気付いてないようだ。

「簡単なことだ」

「か、簡単だと?」

「屋敷の中や周囲にいる奴らから見えている糸をたどった。糸は人形にされた奴らから、人形遣いのお前につながっている。その方向がここだった。それだけだ」

 タガトヒが近くにいるせいか、最初に船の上でミオイから見えた糸よりずっと太い糸が兵隊人形から見えた。その糸はタガトヒが付けたものであり、人形を操るためにその先はタガトヒが握っているはず。

 そう考えれば、屋敷へ入った時点でタガトヒの居場所はほぼ推測できた。コウは糸を見る気もないようだったので、突っ走って行ったが。

「なるほどな。ぶへへへ、なかなか頭が切れるじゃないか。それで? わしの人形はいないようだが、連れて来てないのか?」

 この男は、目の前の男がミオイを差し出しに来た、と本気で思っているのだろうか。だとしたら、頭が軽いにも程がある。

 もしくは、ついでに狼牙達を自分の獲物にするつもりなのか。それならそれで、自分の力を過大評価しすぎだ。

「あいつは俺が拾った。だから、俺がもらう。お前にはもったいないからな」

「何だとっ」

「俺がここへ来たのは、お前の胸くそ悪い糸を根元から切るためだ」

「ふっ、ふざけるなっ」

 狼牙の「もらう」は軽い挑発だが、タガトヒは顔を真っ赤にして怒鳴りながら立ち上がる。

「あれはわしが見付けた超レアな人形だぞ。誰がお前みたいな、兵隊人形にもならなさそうな奴にくれてやるかっ」

「あいつは人形じゃない。それに、お前の言うその『人形』は、お前の元から逃げたんだろう。人形に嫌われた人形遣いが聞いてあきれる。さっさとあきらめろ」

「やっ、やかましい」

 タガトヒが怒鳴ったと同時に、棚の一部でどんっという大きな音がして、並んでいた人形がばらばらと床に落ちた。

「だっ、誰だぁ。わしの大切なコレクションを」

 タガトヒの悲鳴のような声に応えるように、音がした壁の一部が開いた。

「おー、びっくりした。あれ? 狼牙?」

 現れたのは、階段を転げ落ちてきたコウだ。起き上がって狼牙に気付き、それからもう一人の男がいることに気付いた。

「お前は鼻が利くのか、運がいいのか、本当にわからない奴だな」

 勝手に走り出した時は、仕方のない奴だとあきらめていたのだが……こうして合流できたのなら、結果オーライ。コウがこんなだから、狼牙も自分のチームに入れているのだ。

「狼牙、あいつがタガトヒか?」

「そうだ」

「こんな所に隠れてやがったのか。おい、お前っ。ミオイを今すぐ解放しろ」

「この……どいつもこいつも、さっきから勝手なことばかり言いおって」

「何言ってんだ。勝手なのはお前の方だろっ。ミオイを分断したり、もう一人のミオイを殺そうとしたり」

 コウの怒りに、タガトヒは不遜な笑いを浮かべる。

「あんな娘が自由気ままに動いたら、周りが迷惑だろ。お前らだって見たはずだ。海賊船を素手で壊しちまうような娘だぞ。それをわしが調教してやろうとしてるんだ」

「襲って来た海賊を返り討ちにして、何が悪いんだ。やれって言われたら、おれだって海賊船の一隻や二隻くらい、いくらでも素手で壊してやるっ」

 そんな会話をしている間に、コウを追って来た男達が部屋に現れた。

「そんな見え透いた下らない言い訳なんかしないで、本当のことを言ったらどうだ。思い通りにするために、自分にとって面倒な人格を消そうとしただけだろう。ミオイにもそう話していたそうだな。お前はミオイをこの人形と同じように、棚に並べたいだけだろう」

 狼牙の指摘にタガトヒは言葉に詰まっていたが、急に高笑いし始める。

「ぶへへへ。ああ、そうさ。わしにとって面倒な部分は、さっさと抑えるに限る。そうすれば、そこの男達やメイド達のように、何でもわしの言うことを聞く人形のようになるのさ。ただ、あの娘の神経は図太いからな。思うようにならないなら、殺す方が早い。ああ、お前が言ったことはちょっと違うぞ。棚に並べたいんじゃない。あの娘が一人いれば、余計な兵隊人形を作らなくて済む。そのためだ。むさ苦しい男の人形など、少ない方がいいからな。そうしてわし好みのかわいい女達を集め、この屋敷そのものをドールハウスにするのだ」

 コウはぽかんとなり、狼牙は不愉快さをその顔に浮かべた。

「今ここにはまだ本物の人形しかないが、支度(したく)は整ったからな。これから各地を回って、ゆっくりコレクションしてやる。邪魔する奴は、あの娘に始末させれば済むからな」


 そんなことのためにミオイを!


 狼牙の奥歯がぎりっと鳴る。

 人間を人形にしてドールハウス。悪趣味の極みだ。

「……ミオイがお前を、ど腐れ変態人形マニアと呼んだ訳がわかった。お前のいかれた趣味で、ミオイや他の人間が迷惑を(こうむ)ってるんだな。必要なのはミオイの『力』だけか」

 力を利用しようとしているのだろう、とは予測していた。ミオイを狙うとすれば、あの力が一番の目的と考えるのは自然なこと。

 タガトヒの方からぺらぺらしゃべるのでは……とわざと少しずれた推測を述べたのだが、はっきり目の前で言われると考えていた以上に腹が立つ。

 あの力が、ミオイをさんざん悩ませてきたというのに。この男は自分のために、それを悪用しようとしている。

 狼牙は怒りで身体が熱くなるのを感じた。杖を握る手に、知らず力がこもる。

 同じく話を聞いていたコウが、がまんできずに怒鳴った。

「ふざけた計画立ててんじゃねぇっ。何がドールハウスだ。とにかく、さっさとミオイを解放しろ。他の奴もっ」

「他の娘ならともかく、あの娘だけはやる訳にはいかん。お前達、さっさと片付けろ」

 タガトヒの命令で、部屋に現れた男達が次々に狼牙とコウへ襲いかかる。退けてもコウがここへ来たことがわかっているので、兵隊人形達はやられても新手がすぐに現れてキリがない上、倒れると場所が狭くなるので動きが取りにくい。

「わしのコレクションを横取りしようなんざ、千年早いわっ」

 タガトヒが手を開く。そこからくもの糸のように白い糸が広がった。その先端が何本もコウの身体に付く。

「しまった」

「コウ!」

 糸がコウを捕らえ、自由を奪う。

「これで、お前はわしの兵隊人形だ。反抗心は後でゆっくり抑え込んでやる。まずはあの男を片付けろ」

 タガトヒが狼牙の始末をコウに命令した。

「何を……うわっ」

 コウの腕が勝手に伸び、狼牙に殴りかかる。だが、狼牙が素早くよけたので、当たることはなかった。

「おれの身体を勝手に使うなっ」

「これがわしの術だ。糸を付けた人間を自在に動かす。お前はもうわしのあやつり人形なんだよ。終われば、用があるまで本当の人形になって待機するんだ。男はみんな、そうしている」

「この……」

「なるほど。人形にしておけば、食費がかからなくて安上がりだな。今は控えにしている人形達が起動している状態か」

 襲って来た海賊達に見覚えがないとミオイが話していたのも、屋敷のどこかで人形にされていたからだろう。

「おれは人形になんかならねぇっ」

 コウが狼牙に向かって伸びそうになる腕を、懸命に抑えようとしていた時。

 大きな音がして、天井の一部が崩れ落ちた。タガトヒの術で半分意識を奪われている男達も、その音ではっとする。

 見上げれば天井に狼牙があけたのとは別に穴があき、そこから何かが落ちて来た。

「泥海、戻って来たか」

「その名前で呼ぶなっ」

 床に着地した影が何かを知り、タガトヒは満足そうに笑う。

「逃げても戻るよう、命令してあるからな。遅かれ早かれ、こうなることはわかっていたぞ。ぶへへへ」

「っるせぇよ、ど腐れ変態人形マニアのじじぃが。ここへ戻ったのは、てめぇをぶん殴るためだ」

「ほう。では、やれるものならやってみるがいい」

 現れた時点で、すでに肩で息をしているミオイ。それでも、床を蹴ってタガトヒに突っ込んだ。

「ほれ」

「がっ」

 タガトヒが指を一本動かすだけで、ミオイがのけぞるようにして倒れた。

「ミオイ!」

 狼牙とコウの声が重なる。ミオイ、もしくは泥海の首に巻き付いた見えない糸が、彼女の首を絞め上げたのだ。

「ぶへへへ。わしの力の前では、お前は無力だ。いい加減そのことをわかれ、泥海。ミオイは従順な人形となって、わしに仕えるのだ。だが、お前はいらないんだよ、泥海」

 タガトヒが苦しむミオイを見て、勝ち誇ったかのように笑う。タガトヒの意識がミオイに向いた時、コウの糸がわずかながら(ゆる)んだ。

「無力なのはお前だ。この兵隊人形達がいなければ、何もできないんじゃないのか。せっかくだから、こちらの人形達にも役目をくれてやる」

「は? な、何だ、これはっ?」

 床に落ちていた人形が、タガトヒの腕や足にしがみついていた。狼牙が魔法で人形を動かし、タガトヒの動きを止めさせたのだ。大量の人形が一斉にしがみつき、その重さはタガトヒをその場に釘付けにする。

「お前の好きにさせるかよっ」

 そこへ糸が緩んだコウの拳が、タガトヒの顔面にめり込む。

 人間を操る力はあっても、タガトヒ自身に武術の心得や腕力がある訳ではない。まして、常人の十倍近くの筋力を持つコウに殴られて踏ん張ることなどできず……あっさりとぶっ飛ばされる。

 壁に激突し、かろうじて棚に残っていた人形が全て床に落ちた。タガトヒにしがみついていた人形は、いきおいで部屋中に散らばる。

 もう動けないはずだが、狼牙は念のために魔法犯罪者用の縄ですぐにタガトヒを拘束しておいた。これを使うことで犯罪者の魔法は無力化されるので、タガトヒの魔法で人形のように操られていた人間は解放されるはずだ。

「よくもご主人様を……」

 タガトヒが倒されたのを見て、男達が狼牙達に迫る。

「よくもご主人様を……ご主人……主人?」

 男達の動きが緩慢になる。やられる前にやるつもりで構えていたコウだが、それまで腕を引っ張られていた感じが突然消えた。

「……ん? あ、身体が自由に動く。腕がすっげぇ軽い」

 思う存分、腕を振り回すコウ。周りにいた男達も突然正気に返り、自分達の身体が自由になったことに気付いた。縄の効力で、タガトヒの魔法が解けたのだ。

 そんな中、激しく咳き込む声が響く。

「ミオイ!」

 狼牙が倒れたミオイに駆け寄る。

 コウは身体の自由を奪われただけだったが、ミオイは首を絞められて殺されかけていた。タガトヒの束縛が消えても、泥海の部分が死んでいては完全な勝利とは言えない。

「おいっ、しっかりしろ」

 狼牙はミオイの身体を抱き起こし、声をかける。

「……ない」

 涙を浮かべ、咳き込みながら何か言おうとするミオイ。

「無理にしゃべろうとするな」

「あたしは『おい』じゃないもん」

「お前な……」

 この()に及んでまだこんなことを言うミオイに、狼牙は心底あきれる。さっきも「ミが聞こえない」と言っていたのだろう。

 村でガキ共にからかわれていたのか? これから先、こいつの前ではうかつに「おい」とは言えないな。

「消えた部分はないか」

 気を取り直して、狼牙は尋ねる。

 咳がどうにかおさまり、荒い息を繰り返していたミオイだが、涙目のまま狼牙の顔を見上げた。

「みんな……生きてる」

 そう言うと、ミオイは狼牙の首にしがみついた。

「ありがと……助けてくれて」

「タガトヒをぶっ飛ばしたのは、コウだ」

「狼牙だって」

 首を絞められ、苦しい息の下でも見えていた。タガトヒが棚にぶつかっていったのを。

 単に再起不能な状態になっても糸は消えたかも知れないが、狼牙が拘束することで魔力が消され、確実にタガトヒの束縛から解放されたのだ。

 ミオイには狼牙の使った縄にどういう効力があるのかわからないが、彼がそうしてくれることで助けられたのだろう、とは何となくでも想像できた。

「ほんとに、あたしがあたしじゃなくなるかと思った」

 この前のように、記憶がなくなるのではないか。狼牙達のことがわからなくなってしまうのではないか。

 そう思うと、とても怖かった。

「ミオイ、もう大丈夫なのか?」

 少し取れかけたバンダナを締め直し、コウがミオイの顔を覗き込む。

「うん……大丈夫。生きてるよ」

「そっか」

「おーい、ミオイー」

 ミオイが空けた天井の穴から、(はく)が顔を出す。

 ミオイを追ったはいいが、男達に邪魔されてすぐには追い付けなかったのだ。

 それが突然、男達は戦意喪失。不思議そうに周囲を見回し始める。

 誰かがタガトヒを倒したのだろうとは予想できたが、狼牙の不安と同じく、ミオイの人格が全て残っているかが心配だった。

「おう、白。ミオイは生きてるぞ」

 コウが手を振る。

「そうなのか? 全部一つになったんだな。完全に元に戻ったんだな!」

 天井から覗かせる白の顔に、満面の笑みが浮かぶ。

「狼牙ぁー」

 今度はチェロル達の声が聞こえる。

 上の階を捜索していた彼女達も、同じく邪魔する人形達が人間の意識を取り戻したのを見て、狼牙を捜していたのだ。

 やや遅れ、屋敷までの道中の「掃除」をしていたシズマ達も現れる。

 状況がしっかり飲み込めず、周囲を見回す元・兵隊人形達の中で、ミオイは他の仲間達が地下に降りて来るまで狼牙にすがりついていた。

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