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海に愛されて  作者: 碧衣 奈美
第一章 二重人格のあやつり人形
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狼牙達の目的

「人間を何だと思ってるんだ、そいつ。人間には……いや、生きてる奴はみんな、たくさんの感情があって初めて生き物なんだぞ。それを自分の都合のいい部分だけを残して、他は消すなんて許せねぇ。自分の存在を消されそうになって怒りを覚えるのは、暗くなんかない。当たり前のことだろ。だいたい、泥海だけを消したら、ミオイはどうなるんだ。怒りを忘れて、いつもただ笑ってるだけの、ふぬけみたいになるんじゃないのか」

 ミオイのせいではないとわかっていても、(はく)の口調はついきつくなってしまう。

「……たぶんね。屋敷にいた人達がそうだった。それがタガトヒの目的だから。そして、気が向いたらあたしの力を何かに利用するつもりなのかも」

 かわいがってやる、とタガトヒは言っていたが、単にお飾りの人形にするだけが目的とは思えない。ミオイが絶世の美女であればそれもありだろうが、彼女はどこにでもいそうな女の子だ。

 まず間違いなく、ミオイの「力」がほしいのだろう。闘争心などがなくても忠誠心が残っていれば、タガトヒの命令でミオイの力を使うことができる。主人を守るために戦えと言われれば、ミオイはあの力で敵を叩き潰すのだろう。

「タガトヒって奴、これからぶっ飛ばしに行くぞ」

「え?」

 コウの言葉に、ミオイは目を丸くする。

「コクチョウ島って言ったよな、あのカモメ。ミオイ、そこでいいのか」

「え……知らない。眠ってる間に連れて来られて、あそこがどこなのかもわからないまま、逃げ出したから。リンカ島じゃないことは確かだけど」

「あるわよ、コクチョウ島」

 翠嵐が海図を出してきた。

「ミオイを拾った位置やこの周辺の潮の流れ、あのカモメが飛んで行った方向から考えれば、確かに当てはまる島があるわ。それがコクチョウ島よ。あなた、本当に遠くまで泳いだわね」

 ミオイはコクチョウ島から離れ、キャット号はコクチョウ島のそばを通る航路を取っていた。そばと言ってもかなりの距離があるが、とにかくうまい具合に両者が近付き、ミオイは拾われたのだ。

 そして現在、ミオイが逃げて来た島へ近付いている状態となる。

 海図で見ると、比較的小さな島だ。人間をさらって人形にしようとしても、海軍などに気付かれることがあまりないのだろう。

「よぉし。じゃ、そのコクチョウ島へ向かおうぜ」

 当たり前のようにコウが言うので、ミオイの方が焦る。

「え……だけど、みんなは何かの任務で行く場所があるんでしょ? そんな島へ寄ってる場合じゃ」

「狼牙、別に問題ないだろ」

「ああ」

 ミオイはさらに目を丸くする。まさか狼牙までが賛成するとは思わなかったのだ。

「ミオイ、あたし達はね、行方不明の人が最近大勢いるから捜して来いって言われてるの」

「行方不明の人……」

 ここ数ヶ月の期間、行方不明者が続出するという事件が起きている。二十代から三十代の男女で、女性の方が若干多い。

 何らかの事情で自発的に姿を消した人もいるだろうし、全てが同じ事件とは決まっていないが、陸・海軍及び魔法犯罪監督署(マトク)がそれぞれ把握している不明者名を共有し、それぞれの角度から調査することになった。

 マトクでは狼牙のチーム「黒狼隊」が調査を指示され、比較的不明者の多く出ている街へ行き、情報収集することになっていた。

 この世界は主に大きな大陸が三つと、大小のたくさんの島々で構成されている。今回は行方不明者の多くがそういった島の出身だったため、海へ出ることになった。

 魔法使いなら魔獣に乗って一気に目的地へ向かうことも可能だが、わずかな糸口を見落とすこともある。そのため、あえて船で移動し、途中で手がかりがないかを探すのだ。

 事件によって、こういう動き方をする場合がある。黒狼隊はそういう仕事が多い。

「まだ今の段階では全部が全部、そいつの仕業とは限らんけどな。ミオイの話やと、そいつの屋敷に操られてる人間がぎょーさんいたんやろ?」

「う、うん……」

「その中に、行方不明者にリストアップされてる人間がおるかも知れん」

 コクチョウ島には、街も村もない。つまり、タガトヒの元で働いている人間は、よその土地から来ているということになる。

 その中に、行方不明扱いになっている人間がいることは、大いに考えられるのだ。普通の状態ではないのなら、なおさら。

「お前の話を聞いてる限り、数名もしくは数十名の人間を確実に軟禁している状態のようだからな。どっちにしろ、このまま放っておく訳にはいかねぇだろ。お前についてる糸を俺の剣で斬れるならぶった斬ってやるんだが、黒魔法が関わってるなら考えなしにやるってのは危ねぇしな」

 魔法使い達の話を聞き、ミオイは戸惑ったように狼牙の方を見る。

「こいつらが今言った通りだ。お前は余計なことを考えなくていい」

 こうして、キャット号はコクチョウ島へと向かうことが決定した。

「ふふ……。ミオイ、本当に海に愛されているわね」

「え?」

 翠嵐の言葉に、ミオイはきょとんとする。

「だって、海へ流された事情がどうであれ、船を操ることもできない赤ちゃんが無事に人のいる島へ着くなんて、相当の運のよさよ。今回のことだって、タガトヒから逃げられても、そのまま溺れることだってありえたわ。だけど、こうして生きているでしょ。しかも、魔法使いを捕まえるなら一番適任な、精鋭揃いのマトクの船に見付けられて。これって、海に愛されているってことじゃないかしら? ミオイという名前、付けられるべくして付けられたのよ」

 両親の事情はわからない。捨てたのか、一緒にいるより海に流した方が生きられる可能性があるからそうしたのか。

 小さい頃から、どうして海に流されたんだろうと何度も疑問に思い、自分を納得させられる状況が思い浮かばず、ひたすら悲しくて。

 だから、翠嵐にそう言われるまで、ミオイは自分の運がいいと思ったことはなかった。

 だが、視点を変えれば確かにそうだ。海は小さなミオイを沈めることなく、どれだけの距離を移動させたにしろ、無事にリンカ島へ届けてくれた。

 今回も溺れさせることなく、沈まないように流木を引き寄せ、狼牙達と引き合わせてくれたのだ。

「そっか……。うん、あたし……この名前、好きよ」

 それまで少し思い詰めたような表情だったミオイだが、少し笑みが浮かんだ。

「そうだ。おれとしたことが忘れてた!」

 いきなりコウが、重大な何かを思い出したような顔をする。

「シズマ、夜食はっ?」

☆☆☆

 ミオイは関わることがなかったのでわからないが、タガトヒが周りに控えさせていたのは外見がかなり屈強な男達だったように思われた。仮に関係者が取り戻しに現れても、反撃できるようにだろう。

 一方、メイドにされた女達は、異様な程に従順だった。初めて見た時は気持ち悪いとさえ思ったが、まさに生きた人形だったのだから道理だ。

 逃げ出さなければ自分もああなっていたかも知れない、と思うと、改めてミオイはぞっとする。

 反抗心だけを閉じ込める、とタガトヒは言っていたが、きっと完全ではない。他の感情も影響を受け、だから無表情にも近い顔をしていたのだ。

 あと一時間もあればコクチョウ島へ着く、となって黒狼隊のメンバーはそれぞれ準備に取りかかっていた。

 そんな中、甲板で狼牙が進行方向に見え始めた島影を見詰めている。

「あの島、かなぁ。んー、それっぽい気もする」

 狼牙の隣に来て、ミオイも同じように島影に目をやった。

 逃げる時に振り返ることはしなかったし、島の中で見たものと言えばタガトヒの屋敷だけ。つまり、島についての知識はゼロに近かった。

「お前、島に近付いても平気なのか。奴の力がそれだけ強くなるんだぞ」

 誰も言わなかったが、そういう可能性もゼロではない。

「うん、今のところは何とかね。それに、海の上で留守番もできないでしょ」

 コクチョウ島の周辺には一時的に滞在できそうな島がなく、キャット号に乗るミオイも一緒にコクチョウ島へ行くしかない。

「もういいの。どんなに逃げても、このままだといつか殺される。だったら、あたしもあの島へ戻って、コウが言うようにタガトヒをぶっ飛ばすんだ」

「お前がやれば、タガトヒもただでは済まないだろうな」

「あたしにこんなひどいことするからよ」

 自業自得というやつだ。

「昨夜、襲って来た海賊。奴らもタガトヒが差し向けた連中だった」

「え? そうなの? 屋敷にいた時、あんな海賊なんて見なかったけど」

 屋敷で見た男達が海賊だとしても、昨夜の海賊の中にはいなかったように思う。

 もっとも、ミオイは屋敷全体を見て回った訳ではない。どこかで静かに待機していたから出会わなかっただけ、かも知れない。

「だったら、お前を捜すために、新たに人形にしたんだろう。お前と同じように、身体から糸が出ているのが見えた。奴は相当、お前に執心らしいな」

 あの状況でタイミングよくタガトヒの声がしたのも、海賊船のどれかに飛葉を付けたカモメが待機していたからだろう。

「めいわくー」

 ミオイは一言で斬り捨てる。

「ど腐れ変態人形マニア、だったか」

「え……もう、狼牙ってば、そんなこと覚えてたの」

 頭に血が上れば、多少口が悪くなることはこれまでにもあった。余程の聖人君子でもなければ、誰でも多少の悪口雑言は出るだろう。村人の前では極力口に出さないようにはしていたが、泥海だとその抑制がきかないようだ。

 泥海が前面に出ている時の記憶もミオイにはあるが、その時のことを人に言われると恥ずかしい。

「俺はマニアに興味はないが、昨夜のように見下ろされるのは気にくわない。腐ってる奴のようだから、叩きのめすだけだ」

 カモメは高い位置にいたから必然的に見下ろす形となったのだが、そうでなくても相手は自分の優勢を疑っていない口調だった。どれだけ強いか知ったことではないが、とにかく腹が立つ。

 あのカモメにも糸が見えたから、間違いなく戻って来るようにしていたのだろう。鳥のおもちゃにされたようなものだが、そのために夜でも飛んでいられたのかも知れない。あのカモメも被害者なのだ。

「あたし、また狼牙に助けてもらったね。今もこうして向かってくれてるし」

「コクチョウ島へ行くと言い出したのは、コウだ」

「それはそうなんだけど、狼牙だって反対しなかったよ。リーダーなんだから、決定権は狼牙にあるじゃない。昨夜、あのまま海賊に斬られても仕方ない状況だったところを、狼牙がかばってくれたでしょ。その後でキャット号へ連れ帰ってくれたし。ありがとう」

「……流れだ。今コクチョウ島へ向かっているのも、任務の一環にすぎない」

 素直にほめて礼を言われているのだから、素直に受け取ればいいのに、と端で聞けばそう思われそうな狼牙の対応。塩対応しようというつもりは本人になく、これまでそういう状況がなかったので、ついこんな言い方になってしまうのだ。

「それでもいいよ。現実にあたしは助かったんだもん。あ、そうだ。狼牙、あたし、やっぱり子どもじゃないよ」

 突然の話題転換に、狼牙は返事に困る。

「何のことだ」

「海賊が現れる前、子どもは早く寝ろって言ったでしょ。あたし、十七歳だもん」

「十……七?」

 あまり表情を表に出さない狼牙だが、ミオイの言葉に唖然としている。

「……そこまで驚くことないじゃない。あたしは背が低いだけ」

 ミオイがふくれた。そこまで驚かれると、ちょっと傷付く。

「怒りは抑え込んでるんじゃないのか」

「怒ってるんじゃなくて、拗ねてるの」

 そうなのかと思っていると、ふいにミオイが狼牙に抱きついた。殺気も何もなかったので、完全に不意打ちを食らってしまった格好だ。

「な、何をしてるっ」

「フォンシー村にいた近所のお姉ちゃんがね、いやなことがあったり悲しい時は好きな人にぎゅってしろって」

 ミオイの言葉に、狼牙の表情が一瞬固まった。

「何を教えてもらったんだ、お前は。だいたい、俺はお前が思う程にいい奴じゃない」

「いい人程、自分はいい奴じゃないって言うんだって、おじいちゃんが言ってたよ」

 こいつ、どうして俺に懐いてるんだ。普通はコウか、ガタイはともかく、人当たりのいいバルコーンあたりだろ。……好きって言ったか? どこからそんな言葉が出て来て、俺に向けられるんだ。からかってるのか。

 これまで、助けられて礼を言いに来た人達も、感謝はしても狼牙の持つ雰囲気にどこか腰が引けていた。関係者でそんなだから、普通の子どもや女性は基本的に遠巻きな状態。どうしても必要でなければ、まず近付いては来ない。

 そばに来るのは仕事仲間と身内、あとは動物くらいのものだ。

 普段がそんな状況の狼牙にとって、昨夜からそうだったが、ミオイの行動は完全に想定外。いつもは冷静なはずの狼牙だが、初めての状況に戸惑いまくる。

 ふと視線を感じて狼牙がそちらを見ると、(はく)がこちらを見ていた。

 夜明け前の薄暗い中でも、ねこには問題ないだろう。狼牙が自分の方を見たとわかると、慌てて回れ右をして医療室へと入って行く。

 誤解したっ! あいつ、絶対に何か誤解したっ。

 そうは思ったものの、ミオイがくっついているので白を追えない。

「あたしね」

「え?」

「あたし、本当を言うとね。村では居場所がなかったの」

「居場所?」

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