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海に愛されて  作者: 碧衣 奈美
第一章 二重人格のあやつり人形
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性格分け

 海賊達とその船は彼らが現れた位置に魔法で固定し、一番近くの海軍に連絡を取って引き取るように要請した。犯罪者側に魔法使いがいないのなら、犯罪者やその船の拿捕(だほ)は専門の部署に任せるのが筋だ。

 狼牙達は別の任務があるので、それを遂行するべく船を進める。

 結局、カモメが飛び去ってから、ミオイは意識を失った。ベッドに横たえ、安静にさせることでミオイの様子も落ち着いてきたようだ。

 今は静かに眠っている。しかし、落ち着かないのは狼牙達の方だ。

 記憶を失っていることを感じさせない明るい笑顔の少女と、さっき見た口の悪い怪力少女が同じとはとても思えない。

 レットが言ったように、コウと同じ種族の人間かとも思ったが、落ちついて考えてみても髪色の点からその可能性はやはりゼロだ。

 しかし、普通の少女が船を拳で破壊できるものだろうか。それに、あのカモメに取り付けられていた飛葉(とびは)から聞こえていた声は……。

「髪が黒いから、絶対おれとは別の種族だ。けど、すげぇよな。おれだって船を破壊することはできるけど、訓練や何かを受けたようには見えねぇミオイがあれをやるなんてびっくりだ。場所や力加減が悪けりゃ、あんなうまく真っ二つにはならねぇ。無意識でやってるなら、とんでもない才能だぞ」

 ライバル出現かな、などとコウはつぶやく。

「以前、本で読んだことがあるわ」

 誰もが首をひねる中、翠嵐が話し出す。

「フェイズとどれだけ力の差があるかわからないけれど、異常に筋力が発達した種族が辺境のある島に存在し、人間兵器として扱われていたらしいの。だけど、その力を利用していた各国の王達は、次第にその力を恐れるようになった。そして、彼らを全て抹殺したの。軍神アルスから名前をとって、アルス族と呼ばれていたそうよ」

「それがミオイってか? 確かに、あの力は兵器や言うてもよさそうやけどなぁ。けど、抹殺されたんやろ?」

 シズマの言葉に、翠嵐はうなずいた。

「ええ。でも、絶滅したはずの種族がどこかでひそかに生き残っていた、というのはよくある話よ。一つの種族を根絶やしにするのは、そう簡単なことではないわ」

 本に全てが載っている、とは限らない。都合の悪い部分が削除されることなど、いくらでもある。

「さっきのミオイちゃんみたいな奴が、何人もいたってことだろ? そんな奴らをどうやって抹殺するんだ。王族の方が返り討ちに遭いそうなもんだぞ。それを全員抹殺だと?」

 さんざん利用して殺すという理不尽な話に、バルコーンが表情を曇らせる。

「彼らの使う井戸に、毒を流したそうよ。ゆっくりと力を奪うようなものをね。彼らが気付いた時には、普通の力しかない人間にも対処できるところまで戦闘能力が落ちて……ということらしいわ」

「なぁなぁ、ミオイがそのアルス族ってのは確定なのか?」

 世の中にはコウのような戦闘民族がいくつか存在するが、フェイズ以外は少数。アルス族もまた少数のため、知る人は少ない。抹殺されたならなおさら。もちろん、他の種族という可能性もある。

 コウの質問に、翠嵐は小さく首を(かし)げた。

「他の種族であれば、それぞれの特徴があるはずよ。だけど、彼女にそれらは見受けられない。私の記憶の中では、当てはまるのはアルスくらいよ」

「ねぇ……それで次にミオイが目を覚ました時、どちらのミオイになるの?」

 チェロルの言葉に、みんなが顔を見合わせる。

 天真爛漫なミオイか、船の帆柱を簡単に蹴り折ってしまう、怪力で言葉遣いの悪いミオイか。

「どっちでもいいじゃねぇか。ミオイちゃんはミオイちゃんだ」

 バルコーンの言葉にコウがうんうんとうなずき、狼牙も同調した。

「ああ。基本的には同じ人間だ」

「狼牙、どうしてそう言い切れるんだ。確かに外見は同一人物かも知れねぇが、中身は完全に別人としか思えねぇ程に変わっちまってたぞ」

 レットの言うことは、他の仲間達も思っていた。

 今日……もう日付は変わっただろうが、とにかく彼女とは出会ったばかりだから、知らない部分の方が多い。まして、ミオイは記憶を失っているから、なおさら彼女自身についての情報は少ない。

 だが、さっきのミオイは、夕食の時まで顔を合わせていた彼女とあまりにも違いすぎる。

「俺は海賊が現れる前に、ミオイと話をした。その時と同じことを、海賊が現れた時にも口にした。確かに変わり方が極端すぎるが、根幹は同じだ」

「ミオイの奴、何言ったんだ?」

 コウの問いに、少し間をおいて狼牙は答えた。

「おいじゃない、と」

「は?」

 誰もが聞き返した時、ミオイの目が開いた。

 誰もがわずかに緊張する。海賊が現れた時より、余程ぴりぴりした空気が漂っていた。

 キャット号の乗組員全員が自分を見ていることに気付いたミオイは、ゆっくりとまばたきを繰り返す。この状況に戸惑っているようだ。

 そんな彼女に、(はく)が声をかけた。

「ミオイ、気分は悪くねぇか」

「……うん」

 答えてから、何があったかを思い出したらしい。

「ごめんね、みんな。びっくりさせて」

 殊勝な言葉に、頼り無げな声。どうやら今は、海賊が現れる前のミオイのようだ。

「なぁ、泥海ってお前のことか?」

 コウが言った途端、仲間から一斉に殴られた。翠嵐は軽く頭を抱え、狼牙は渋い顔をしている。

「あんたねぇ、いきなりでその質問はないでしょ。ちょっとは遠回しって言葉も覚えなさいよっ」

 チェロルに叱られ、コウは()ねた顔をする。

「けどよぉ、みんなだって知りたいって思ってるだろ」

「それとこれとは別! 物事には順序ってもんがあるでしょーが」

 コウが両頬をチェロルに伸ばされるのを見て、ミオイが目を丸くする。

「……あのね」

 言いながら、ミオイはゆっくりとベッドの上に起き上がった。

「泥海はあたし……って言うか、あたしの一部」

「一部って、何だよ。そんな説明じゃ、よくわかんねぇぞ」

 レットだけではない。誰もがその言葉の意味を掴みかねている。

「さっき飛葉でしゃべってた男にね……あたし、性格を分断されたの」

「分断? おい、狼牙。性格ってそんなうまいこと分けられるもんなんか?」

 シズマに尋ねられても、さすがに狼牙もすぐには答えられない。

「精神分裂という状態はあるが、それを誰かの手でできるとは聞いたことがない。黒魔法ならありだろうが」

「うん。性格分けの術とかって言ってた。タガトヒって男で、自分の周りにその術で人形みたいにした人間をはべらせてた」

「ちょっと待って。ミオイ、あなた、記憶が戻ったの?」

 淡々と話すミオイに翠嵐が気付き、問われたミオイは小さくうなずいた。

「さっき、泥海が出て来た時に、一緒に押し込まれた記憶も戻ったみたい」

 あれはミオイではなく、泥海の仕業……だったということか。

 だが、まだ細かい部分がよくわからない。

「泥海は……これはタガトヒが勝手に命名したんだけど、あたしの暗い部分なんだって。怒りとか反抗心とか闘争心とか、誰にでもあるそういうの。あたしを従順な人形にしようとしているタガトヒは、それが邪魔だから奥へ抑え込もうとした。だけど、あたしの精神って他の人より強いらしくて。だから、タガトヒは泥海を殺そうとしてるの」

 かすかに息を飲む音がした。

「泥海がさっきみたいに前面に出てると、タガトヒの付けた魔法の糸で首を絞められて死にそうになっちゃう。だから、あたしはもう一人のあたしを奥へ押し込んだ。無理にやったから、記憶までおかしくなっちゃうことになったみたいなんだけど……」

 ミオイには身寄りがない。赤ん坊の頃、小舟に乗せられてリンカ島へと流れ着き、彼女を見付けた老夫婦にフォンシー村で育てられた。

 小舟には赤ん坊がくるまれていた白い布以外に手がかりとなるものは何もなく、どこから来たのか、どんな事情があったのかは一切わからない。

 さっき見せたミオイの怪力は、幼い頃から備わっていたものだ。成長してその力は常人をはるかにしのぐようになっていたが、それでも本人なりにできるだけ目立たないようにしていた。周りの村人達を怖がらせないように。

 やがて、元々高齢だった養父母は他界。その後は村の人達の世話になりながら、一人で暮らしていた。

 およそ半月前。

 村へ魔法使いのタガトヒが現れた。ミオイの力を噂に聞き、手に入れたいとやって来たのだ。そっと暮らしているつもりでも、どういうルートでか知られてしまうものらしい。

 直接向かっても、力では(かな)わない。タガトヒ自身、魔法の腕もそう大したものではない。でも、傷はできるだけ付けたくない。

 タガトヒはまず、村長やその周辺にいる村人を魔法で操った。そうして、タガトヒは村長に「ミオイを自宅へ食事に来るように誘え」と命令する。その中に睡眠薬を入れさせ、抵抗できなくしておいてからミオイを捕まえたのだ。

「今日から、お前は私のかわいい人形だ」

 目を覚ましたミオイは、タガトヒから自分にかけられた術のことを聞かされた。精神を操る黒魔法なのだ、と。人形化の術とも呼ばれる、とも聞いたが、魔法に縁のないミオイにはどういうことなのかよくわからなかった。

 だが、身体のどこかで自分が二人になった……ような気はしたのだ。

 普段の自分と、何かを攻撃したいと思う自分に。

 タガヒトの屋敷には、ミオイと同じように精神を支配され、あやつり人形のようにされた人間がたくさんいた。彼らは男であればボディガードとして、女ならメイドとして働かされていたようだ。

 精神を操られたと言っても、一人や二人くらいミオイと同じように抵抗する人間がいてもよさそうだが、誰もが忠実な(しもべ)となっている。

 タガトヒは彼らから怒りや抵抗心といった部分を精神の奥底へ閉じ込め、主人に対する忠誠心や従順な部分だけを残していたのだ。

 そうされた人間は、人形のように生気のない顔で仕事をするだけ。抵抗はしないし、もちろん逃げようとは考えない。

 状況が完全に理解できないなりに、ミオイは必死で抵抗しようとした。動けと言われても動かず、また逆にタガトヒに殴りかかろうとしたり。

 寸でのところで身体の自由を奪われ、結局一度も殴れなかった。だが、少なくとも相手の思うようには動かない、という精一杯の抵抗を続ける。

 ミオイの場合、タガトヒにとって都合の悪い部分を分断はされたものの、おとなしく奥底へ閉じ込められなかったのだ。

 あまりの強情さに、タガトヒも怒りが頂点に達する。

 ミオイのタガトヒにとって面倒な部分を勝手に「泥海」と呼び、押し込めるのではなく殺してしまうことにしたのだ。魔法の糸で泥海の首を絞める形にして。

 ただ、精神の一部だけを殺すという使い慣れない術のため、一気に、とはいかない。

 このままここにいてはまずいと思ったミオイは、隙を狙って海へ逃げた。とにかくタガトヒから遠く離れれば、何とかなるかも知れない、と思ったのだ。

 それに、どうせ死ぬならあんな男の手にかかるより、海に沈む方がいい。

 思った通り、泳いでいるうちに束縛しようとする力が弱まった気がする。だが、消えるとまではいかなかった。

 泥海が表面に出れば、タガトヒの糸で絞め上げられてしまう。だから、ミオイは自分自身で泥海を一時的に精神の奥底へと押し込めた。自分でも何をどうやっていたのかわからない。

 タガトヒの力で現れた、もう一人の自分のような存在。泥海は抵抗したが、それでもミオイは何とか押し込める。

 だが、それで力を使い果たしてしまった。

 普通の人より圧倒的に脚力が強く、かなり沖まで泳いでいたミオイ。泳ぎながらそんなことをしていたので、余計に体力を消耗してしまった。

 幸い、流木を見付けて掴まったものの、そのまま意識が遠のいてしまう。

 そうして、気付いた時にはブラック・キャット号に拾われていたのだ。

「ミオイってね、リンカ島の古い言葉で『真っ青な海』って意味なんだって。おじいちゃんがそう言ってた。あ、本当ならお養父さんって呼ぶべきなのかな。拾ってもらった時から祖父母と孫って感じだったから、そう呼んでたんだけどね。青い海から来たからって名付けてくれたんだけど……タガトヒは意味を知ってたらしくて、あたしのマイナス感情に泥海ってつけたみたい。ひどいネーミングよね。露骨ないやがらせだわ」

「ネーミングのひどさはともかく、それじゃ、ミオイちゃんが苦しそうにしていたのは、首を絞められてたからなのか。だけど、そのタガトヒって奴が殺そうとしてるのは、泥海だけだろ。泥海じゃないミオイちゃんまで苦しんでたら、最終的に自分の思うような人形にならねぇんじゃないのか?」

 バルコーンの疑問に、ミオイも少し首を(かし)げる。

「本当なら、あたしは何ともないはずだと思う。たぶん、泥海をかばってるような形だから、同じように苦しくなるんじゃないかな。もしくは、脅迫かも。苦しくなりたくなかったら、泥海を差し出せ、みたいな感じ。たとえ差し出さなくても、糸がある限りはいつか泥海は殺されると思うけど」

「その男の黒魔法で、今のミオイは人為的に二重人格にされている、ということね」

 話を聞いて、翠嵐が納得する。

 さっきの様子は、完全に別人格だった。戦闘種族の攻撃本能が出たのかとも考えたが、二重人格だと言われればうなずける。

 分断されたために、攻撃に走る傾向が顕著(けんちょ)になったのだ。恐らく、負の感情がまとめられているから、余計に攻撃的かつ言葉遣いがひどいものになったのだろう。

「許せねぇ……」

 ミオイが(はく)を見ると、その小さな身体が震えていた。

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