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海に愛されて  作者: 碧衣 奈美
第一章 二重人格のあやつり人形
3/24

襲撃

「おい、どうした」

 その様子がおかしく思えた狼牙は、ミオイの横にしゃがむ。

 甲板にあるわずかな明かりでは暗くて顔色まではわからないが、さっきまでと違って息が少し荒くなっていた。

「聞こえない……」

「何?」

「ミが聞こえない。あたしは『おい』じゃなくて……ミオイだもん」

 ミオイの言葉に、狼牙はあきれた。いきなり難聴になったのか、と心配したのに。

「こんな時に何を細かいことを言ってるんだ。具合が悪くなってきたなら、早く言え」

「ちょっと苦しい……」

「遅い」

 怒りながら、狼牙はミオイを抱き上げる。

 今の今まで普通に話していたのに、抱き上げた途端、ミオイはぐったりと狼牙の方によりかかった。

 昼間は服が海水で濡れていたために多少重く感じたが、今は軽く感じる。

 夜風に当たって熱でも出たのかと思ったが、触れたミオイの肌はひどく冷たい。風でそれなりに冷えたとしても急すぎるし、この冷たさは異常だ。海から引き上げた時と同じようにも思える。

 狼牙は医療室へ入ると、ミオイをベッドに横たえた。

 その後、仲間達と一緒に寝ているであろう(はく)を、手っ取り早く魔法で呼び出す。

「んー……狼牙、何かあったのか?」

 黒いねこ耳と細い数本のヒゲがある少年が、医療室に現れた。召喚された白は、完全に寝ぼけ(まなこ)。本来は夜でも平気なはずの魔獣だが、ずっと一緒に人間といることで生活パターンが人間化している白である。

「ミオイが倒れた」

「ええっ」

 狼牙の言葉で、白の目は一気に覚めた。

「少し話をしているうちに、座り込んだ。今の気温では不自然な程、体温が低い。遅効性の毒の可能性がないか調べたいが、この船にはそこまでの設備を用意してないからな」

「ミオイの血や息から、毒の臭いはないぞ。毒らしからぬ毒って言われたら、何も言えねぇけどさ。狼牙にもわからない病気なんて、一体何なんだ」

「毒でないとしたら、やはりこの糸が文字通りの糸口だろう。暗い場所だと、ここよりよく見えた。ミオイの全身から糸が出ている。どれも触れないとなると……黒魔法の力と考えるのが妥当だろう。この近辺でそういう報告があったとは聞いていないが」

「黒魔法か……。そいつ、ミオイをどうするつもりなんだ」

 見る限り、ミオイはどこにでもいそうな少女だ。そんな少女に掴めない糸を付け、何をしようとしているのか。

 事情が全くわからないから、不気味だ。

 ふいに、甲板の方がばたばたと騒がしくなった。寝ていた仲間達が起き出し、外へ出て来たようだ。

 狼牙と白も医療室の外へ出る。そこへ見張り台にいたはずの翠嵐が、ふわりと長い銀の髪をなびかせながら降りて来た。

「翠嵐、何があった?」

「海賊船が三隻、急接近しているの。この船を襲うつもりのようね」

 だから、翠嵐が風の声で仲間達を叩き起こし、みんなが外へ出て来たのだ。

 キャット号は魔法犯罪監督署(マトク)の旗を(かか)げていない。普通の客船か荷物運搬の船、とでも思われたのだろう。

「えーっ、今、夜中だぞ!」

「こんな時に」

 狼牙が舌打ちする。だが、予告して襲ってくる海賊などいない。規則正しい生活をする海賊も。

「お前はミオイについていろ」

「お、おう、わかった」

「彼女、さっき狼牙が連れて入ったようだけど、どうしたの?」

 甲板での様子を、翠嵐はちゃんと把握している。

「具合が悪くなって、意識がない。また身体が冷たくなってる」

「困ったわね。一度、どこかに上陸した方がいいのかしら」

 そんな話をしている間に、敵はどんどん近付いてくる。

「ったく、こんな時間に来やがって」

 言いながら、レットが大きなあくびをする。緊張感のかけらもない。それは他の仲間も同じだ。

「もう。寝不足はお肌の大敵なのよ。こんな夜中に起こして、ただじゃおかないからね」

「こんな時間に起きたら、腹減ったなー」

 体格の割りに大食漢のコウが、大きなあくびをしながら伸びをする。

「しゃーないな。終わったら夜食でも作ったるわ」

「ほんとか、シズマ!」

 途端にコウの目が覚める。俄然、やる気を起こしたようだ。

 三隻の海賊船はキャット号の真後ろと、左右の斜め前につけてきた。前後とも逃げ道をふさぐつもりだ。

 普通の船の乗組員なら恐怖におののくところだが、夜中に起こされて不機嫌な仲間達、さらに夜食というご褒美に張り切るコウの前では、まずその状況は生まれない。

 海賊達が威嚇の声をあげるが、誰も恐れる気配はなかった。

☆☆☆

 個々の力をフルより少し抑えめにしながら、乗り込もうとしてくる海賊達を次々に退ける。

 だが、さすがに三隻も乗り付けただけあって、海賊の数が多い。

 そんな中、彼らの隙を突いて医療室へ近付いた海賊がいた。

「ちょっと! あそこにはミオイがいるって言わなかった?」

 近付いた敵を杖で殴っていたチェロルが、開いた扉を見て叫ぶ。一人や二人ならともかく、狭い部屋へ何人も入り込まれては、いくら(はく)が魔獣であっても自由に戦えない。

 同じくその扉に気付いた狼牙が、そちらへ向かおうとした時。

 何かが部屋から飛び出した。いや、叩き出された。

「えーっ!」

 医療室から聞こえたその声は白だ。しかし、それは悲鳴と言うよりは驚きの声。

 その後で、中からゆっくりと人影が現れる。

「ったく、うるっさいなぁ」

 その声に、誰もがきょとんとなる。戸口に現れたのは、一人の少女だ。

 海賊達は知るはずもないが、狼牙達は彼女を知っている。どう見てもミオイだ。

 それなのに、雰囲気が違う。戦闘モードMAXにも思えるオーラが漂っていた。

 ただ、呼吸が少し苦しそうに見える。

「ゆっくり寝てらんないじゃない。……あいつらのせい?」

 その視線の先が、右前方にある海賊船に向けられた。次の瞬間、ミオイの姿が消える。

 やや遅れて、海賊船の帆柱が中程から折れてゆっくりと海へ倒れていった。

「な、何? どうなってるの?」

 唖然としながら、チェロルがつぶやく。暗い中、その動きをかろうじて目で追えた狼牙達は言葉もなく、帆を失った船を見詰めた。

 いきなり自分達の船が壊された海賊達は訳がわからず、大騒ぎしている。

「あいつもフェイズなのか」

 コウと同じく、その拳であっさりと敵を退ける力を持つ人間。

 思わず口にしたレットの言葉に、誰もが一瞬納得しかける。小柄な少女がその足で「帆柱を折ってしまう」など、普通ではありえない。

「そ、そんなはずないやろ。ミオイの髪は黒やんけ。コウの髪は、どうやったって染まらんのとちゃうんか」

 シズマの言葉に、仲間達も思い出した。

 確かに、ミオイの髪は黒。だが、コウはバンダナで隠しているものの、見事なまでに白い。

 コウの民族は誰もが生まれた時から白い髪で一生を過ごし、どんなにいい染め粉ができたとしても、彼らの髪が染まることはないのだ。

 だとしたら、彼女は何者なのか。

「船長はどいつっ?」

 ミオイはキャット号をあっさり飛び越え、今度は左前方にある船へ飛び移った。

 コウでそういう光景は見慣れているはずの狼牙達も、呆然となる。コウでさえも。とんでもない跳躍力だ。

 船にいた海賊達がミオイを仕留めようと襲いかかったが、ミオイは甲板の床にあった綱の端を掴むと腕を横に振った。彼女の腕程もある太い綱を、まるで細いムチのようにしならせる。その綱に当たった海賊達は、次々に海へと飛ばされてしまった。

「はっ」

 綱を捨て、ミオイは拳を床に叩き付ける。そこから床に亀裂が生じ、船首と船尾が持ち上がってあっという間に船が崩壊し始めた。残っていた海賊達は、崩れて沈み出す船から慌てて海へと飛び込む。

 一方、ミオイは沈みかけの船にはもう興味がなく、キャット号の後方にある船へと軽々飛んだ。

「こ、この……小娘が」

 大柄な男が、飛び移って来たミオイの前に立ちはだかる。縦も横もミオイの倍以上ある巨漢だ。体格だけなら、バルコーンといい勝負である。

「お前が船長か」

「そ、そうだ。よくもわしの船を」

「他人の眠りを(さまた)げるから、こんな目に遭うんだ。ざまーみろ」

 そう言った直後、ミオイの身体が宙を舞う。大きな音がして、他の二隻よりも大きな船の帆柱が二本折られた。

「もろい船だな。泥でできてんの? じゃ、もう沈むしかないよねぇ」

 帆柱の真下に着地したミオイ。その上に、崩壊した見張り台の一部が落ちて来た。一部と言っても、当たれば無事ではいられない大きさだ。

「ミオイちゃん、危ねぇぞっ」

 バルコーンが思わず叫ぶ。

 だが、ミオイは逃げる素振りも見せず、落ちてきた見張り台を軽く叩いた。まるで頭上にいる蠅を追うような仕種でしかない。見張り台は遙か遠くまで飛んで行った。

「ゆっくり遊ぶ? それとも、ぶっ飛ばされてすぐに海の果てまで帰る?」

「こ、この……化け物め」

「失礼な野郎だな。それが(うるわ)しきレディに向かって言う言葉かよ」

 麗しきレディの言葉遣いではなかったが、誰も突っ込めない。

 その時、急にミオイがのどを押さえ、激しく咳き込んだ。そのまま床にひざをつく。

 医療室から現れた時から、呼吸は苦しそうだった。それがピークにきたらしい。

「よくわかんねぇけど、やっぱりあれはミオイだ。まだ具合がよくないんだ」

 誰かと入れ替わったのかとさえ思った白だったが、やはりそんなはずはない。目の前で、ミオイはベッドの上から起き上がった。様子ががらりと変わったことは謎だが、あの少女には違いないのだ。

「へっ、苦しそうじゃねぇか。すぐ楽にしてやるぜ」

 船長が大きな刀を頭上に(かか)げた。それを振り下ろせば、ミオイは斬られる。

 ガキンッという重い金属の音がした。狼牙が一瞬で場を移り、杖で海賊の刀を受け止めたのだ。

 杖は元々木製だが、狼牙の魔法で(はがね)並に硬化してある。海賊の力で折られたり、斬られたりすることはない。

「コウ!」

 狼牙がコウを呼び、狼牙に刀を弾かれた海賊は船を飛び移ったコウに蹴り飛ばされた。その間に狼牙はミオイを連れて、キャット号へ戻る。

「コウ、その船はそれ以上壊すなよ。全員、海賊達を確保しろ」

 相手が誰であれ、船を襲ったのだ。海賊達は当然、監獄行きである。

 叩きのめされた海賊達が魔法使い達の術で縛り上げられている間、狼牙は苦しそうに咳き込むミオイを介抱する。

「おい、しっかりしろ」

「……だって」

 苦しそうな息の下で、ミオイが何か言おうとする。

「何?」

()()じゃない、ミオイだって言ったろ」

「っ……」

 とんでもない力に、豹変した性格。同一人物とは思えなかったが、確かにミオイだ。

「苦しそうだな、泥海(どろうみ)

 突然響いた聞き覚えのない声に、狼牙達は声の出所を探す。

「何だ、あれ」

 キャット号へ戻って来たコウが見付けたのは、船上を旋回(せんかい)する一羽のカモメだ。暗い中を平気な様子で飛んでいる。

 声は上の方から聞こえたように思えたから、この場にそぐわないあのカモメからその声は降ってきたのだろう。

 魔法使いであれば、遠くの誰かと通信する場合は水晶を使う。水晶の質と魔法使いの腕にもよるが遠くまで声を、上級クラスの魔法を使えば映像も送れるのだ。

 しかし、水晶が手元にあっても、魔法が使えない人は世の中に大勢いる。つまり、魔法使いでない一般の人達だが、もちろん彼らにも通信手段は存在する。

 言葉石(ことばいし)という石が組み込まれた飛葉(とびは)と呼ばれる装置を使えば、自分の声を遠くの人間に届けることができる。大人の手のひらより少し大きめの、薄い板のような装置だ。これも質によって、届く距離が変わってくる。

 さらに、景色石(けしきいし)という石が組み込まれている飛絵(とびえ)という装置を使えば、映像も観ることが可能だ。景色石に関しては希少なので出回る数は少ないが、それなりの金を積めば手に入る代物である。

 カモメは見張り台に留まった。どう見ても、普通のカモメだ。夜に飛ぶという点では妙だが、魔物の気配はしない。声が聞こえるのは、恐らく背中に小型の飛葉が付けられているからだろう。

「さっさと私の所へ戻って来い。愛らしい人形にして、かわいがってやる」

 カモメから中年男性らしき声がする。ひどくミスマッチだ。

「うるせぇっ。ふざけんな、このど腐れ変態人形マニア!」

 本当に本物のミオイだろうかと、誰もが疑う。

 飛葉から聞こえた男の声は、彼女を「泥海」と呼んだ。コードネームのようなものだろうか。一体、何が真実なのか判断できない。

 真相はともかく、ミオイと声の主が知り合いであることは間違いないようだ。

「ぶへへへ。いつまでそう強がっていられるかな」

「おいっ。お前、一体誰なんだ」

「うん?」

 カモメがコウに向き直る。どうやら飛絵も付いているようだ。ミオイが「苦しそう」とわかっているから、向こうにはこちらの様子が手に取るように見えているのだろう。

「ふん、お前は私のコレクションにはふさわしくない。だが、そこの美女二人はなかなかの素材だな」

 チェロルと翠嵐を見て、言っているようだ。

「冗談でしょ。なかなかじゃなくて、最高級の素材って言ってもらいたいわ」

 チェロルが負けずに言い放つ。

「だが、ちょっと歳を取っているな」

「なんですってぇっ」

「あいつ、命知らずな奴やな」

 シズマの言葉に、仲間達が深くうなずく。

 翠嵐は無言だ。年上に見られることがよくあるからだろうが、さすがに表情は硬い。

「誰でも構わん。その娘を連れて来たら、少しくらい礼をしてやってもいいぞ。ぶへへへ」

 妙な嗤い声を残し、カモメはその場から離れて行った。結局、コウの質問には答えていない。

「逃がすかよっ」

 レットが剣を構えた。火にしろ風にしろ、レットが剣を振り払えば、その斬撃で小さなカモメなど簡単に落とせる。

「待て、レット。手を出すな」

 狼牙が仲間の動きを止めた。カモメを打ち落としても声の主を捕まえられる訳ではないし、何か細工されていることも考えられる。

 そのままカモメを追いたくても、残っている海賊船が邪魔だ。

「コクチョウ島で待ってるぞ」

 夜の中に消えゆくカモメから、そんな声が聞こえる。

 もどかしい思いを抱えながら、仲間達はカモメの後ろ姿を見送るしかなかった。

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