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海に愛されて  作者: 碧衣 奈美
第三章 ミオイの行き先

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治療

 ずっと帰ると叫び続けていたミオイが、狼牙の名前を叫ぶ。何度も何度も。

 そのうち、狼牙の名前を口にしながら泣きだした。

 魔物に捕まり、拘束されたミオイは懸命に逃げようとする。だが、これまでの魔物とは比べものにならない。どれだけ身をよじっても、拘束が(ゆる)まないのだ。

 自力で逃げられないとなったミオイが最後にできるのは、助けを呼ぶこと。一番助けに来てほしい人の名を、力の限り呼ぶことだった。

「ミオイ! 助けてほしかったら、薬をちゃんと飲めっ。いいな!」

 聞いていないとわかっていても、狼牙はミオイにそう怒鳴る。

 間近で怒鳴られても、ミオイはただ狼牙の名前を口にするだけだ。今自分が、そして狼牙がどこにいるかわからなくても、呼び続ければ彼に声が届くかも知れない、と思って。

 それだけを願って。

「薬」

 狼牙に言われ、(はく)は薬の入った乳鉢を渡す。

 中には黒に近いような緑の液体が少しだけ入っていた。せいぜい二口か三口くらいの量だ。普段ならすぐに飲ませられる量でも、今は下戸(げこ)にジョッキ一杯の酒を無理に飲ませるのに等しい。

「白、念のためにミオイの足を押さえてろ」

「わかった」

 これ以上ミオイが暴れたら、狼牙のかけた魔法も振りほどかれかねない。だが、今より強い魔法をかけることは、もうできなかった。

 今の状態は、見えない鎖でミオイをベッドに縛り付けているようなもの。その鎖をさらに強くすれば、いくらミオイの身体が丈夫でも何らかの支障をきたしてしまう。本人が暴れているから、なおさらだ。

 胸や腹をさらに強く拘束すれば呼吸にも影響が出るし、肋骨が折れかねない。治りかけだった足の傷も、またひどくなる。今の状態が、ぎりぎりの強さなのだ。

 白がミオイの両足首を掴む。それを確認した狼牙は、白から受け取った乳鉢の中身を口に含んだ。

「え、何で狼牙が薬を……」

 その行動に白があっけに取られている中、狼牙はミオイのあごを掴み、鼻をつまむとミオイとくちびるを重ねた。

 え……手段を選ばねぇって……。

 意外な方法に、白が唖然となる。

 鼻も口もふさがれたミオイは息ができず、その苦しさから暴れ出した。ベッドに押し付けられているはずの身体が、重力を無視して動きそうになる。

 白は狼牙の魔法が弾かれるはずはないと思いながらも、少女の細く熱い足首を掴む手に力を入れた。

 長いような、短いような時間が流れる。必死に抵抗しようとしていたミオイだが、そののど元が動いた。

「聞こえた! 狼牙、飲んだぞ」

 抵抗しきれず、ミオイが口に入れられた薬を飲んだ音を、白は確かに聞いた。

 狼牙もその音を聞き、ミオイから口と手を離す。急に呼吸ができるようになって、ミオイが咳き込んだ。

「吐くなよ、ミオイ。それを吐いたら、次はないからな」

 狼牙の言葉が聞こえているのか、いないのか。ミオイは激しい呼吸を繰り返す。

「あ……暴れなくなってきた」

 数分にも満たない時間が経過し、白が掴むミオイの足が動かなくなる。拘束から逃れようとしていたミオイの身体から、急に力が抜けていくのがその手に感じられた。まだ胸は激しく上下していたが、暴れようとする動きはもうない。

「即効性のある薬だからな。幻覚から解放されつつあるんだ。白、もう手を離してもいいぞ」

「いいのか?」

 白はミオイからそっと手を離した。同時に狼牙も、ミオイにかけていた重力強化の魔法を解く。もう自由になっているが、ミオイが動こうとする様子はない。

「白、水はあるか?」

「ああ。あ、コップがないけど」

「その乳鉢でいい」

 白は薬を調合する際に使う水の残りを、使っていない乳鉢に入れて狼牙に渡す。狼牙はミオイの首の下に手を入れ、彼女の頭を少し起こした。

「ミオイ、水だ」

 言いながら、乳鉢を口元へ持って行く。ミオイは自由になった手を無意識のうちに動かし、乳鉢を持つ狼牙の手に触れる。半分ほど飲むと、ミオイは軽くその手を引っ張った。

「もういいのか?」

「ん……」

 狼牙の問いに答えるミオイ。短い返事ではあるが、受け答えをした。

 そのことに白が気付き、確かにミオイが正気に戻りつつあることを悟る。少年の顔に、笑みが浮かんだ。

 狼牙はゆっくりミオイの頭を戻すと、乳鉢に残った水を自分であおった。

「……薬にしても、まずすぎだな」

「そりゃ、苦み成分の強い薬草ばっかりだからな。って、狼牙がおれにこう調合しろって言ったんだろ」

 想像はできるが、本当に飲んだことがない白に味はわからない。ミオイはきっと覚えていないだろうし、そういう意味では狼牙が一番貧乏くじだ。水くらいでは、その味が口の中から消えることは当分ないだろう。

 狼牙は近くにあったタオルを手に取る。ミオイがここを抜け出すまで、汗を拭くなどして使っていたものだ。

「うぷっ」

 予告なしに、狼牙がそのタオルでミオイの顔を拭く。

「狼牙……女の子の顔なんだから、もうちょっと優しく扱ってやれよ」

「今更だろ」

 白の言葉も、狼牙は聞き流す。

 一方でミオイはその刺激により、さっきよりもさらに正気に戻ってきた。

「ミオイ、おれ達がわかるか」

「……ん」

 半分目を開いたミオイに、白が声をかける。その白に対し、ミオイはかすれた声ではあるが、ちゃんと返事をした。

 間違いなくミオイは、相手の声を聞いているのだ。言葉もちゃんと理解している。今の白はミオイが見慣れた姿より少し年上だが、ちゃんとわかっているようだ。

「ここ、どこ……」

「キャット号だ。みんな、いるぞ」

「戻って……来た……?」

 ミオイの中では、自分がどこかへ連れ出されていた、という妄想がまだ生きている。

 いつの間に戻って来たのか。どうやって戻って来たのか。何もわからないので、その口調にはまだ少し不安が残っていた。

「ああ、狼牙がちゃんと連れ戻したぞ。もう大丈夫だ」

 白の言うことがわかったらしく、ミオイはわずかに笑みを浮かべた。安心したように、小さく息を吐いて。

 だが、その顔が少し曇る。

「のど、痛い……」

「そりゃ、あれだけ叫べば、のどもやられるって」

 笑いながら言う白に、ミオイが「?」という顔をする。

 何十回と名前を連呼する程、彼女の中にその存在が定着している狼牙。ミオイはどれだけ一途なのだろう、と白は感心すらする。建前やお愛想ではなく、ミオイは本当に狼牙を慕っているのだ。

 同じことを、扉の外で戦っていた仲間達も思っていた。

「バカの一つ覚えってのは、お前のためにあるんじゃねぇのか? 少しは他の名前を呼ぼうとか思わねぇのかよ。これだけのメンツが揃ってるってのに」

 レットにそんなことを言われ、記憶がなくて首を(かし)げるミオイをみんなが笑って見ていた、というのは後日談だ。

 人の動く気配に気付いてミオイが横を向くと、狼牙が立てかけていた杖を掴んでいた。

「狼牙……?」

 ミオイがかすれたか細い声で呼び掛けた。その声に、狼牙が振り返る。

「もう大丈夫だから、休んでろ。どこにも置いて行かないから、心配するな」

 大きな手が、ミオイの頭に乗せられる。狼牙の口調が、いつもより穏やかな気がしたミオイ。何も心配しなくていいんだと思うと、熱で重く感じる身体も軽くなる気がした。

「交替してくる。休むにしても外がうるさいままじゃ、ミオイもゆっくり休めないだろうからな」

「え、交替って……あ、チェロルや翠嵐と交替するってことか。わかった」

 海賊とさんざんやりあったミオイは、服も身体も泥だらけだ。裸足で動き回ったため、特に足の裏は真っ黒。汗もかいているし、休むより前に着替えが必要だ。

 狼牙が医療室を出て、しばらくするとチェロルと翠嵐が入って来る。

 その頃には、疲れ切ったミオイの静かな寝息が聞こえていたのだった。

☆☆☆

 近くでカチャカチャと音がする。食器の当たる音だろうか。ちょっと違うような気がする。近い物ではあるような感じだが、何だろう。

 ミオイはゆっくり目を開けた。少し視線を動かして横を見ると、いつもと変わらない子ども姿の(はく)があちらを向いて何やら作業をしている。聞こえていた音は、彼が持つ器具が当たった時のものらしい。

 視線に気付いたのか、白がこちらを振り返った。ミオイが自分の方を見ているとわかると、その顔に笑みが浮かんだ。

「ミオイ、目が覚めたか。もう熱は下がったけど、気分はどうだ?」

「うん……もう平気、みたい」

 目が覚めたばかりでよくわからないが、気分は悪くない。

「そっか。もう完全に解毒できたから、安心していいぞ。あとはミオイの体力が回復したらいいだけだからな」

「うん、ありがと」

 言いながら、何があったんだっけ、と考えるミオイ。すぐには思い出せない。

 解毒は完全らしいが、思考回路の方はまだ完全に回復していないようだ。

 ふと反対の方を見ると、ベッドの近くにイスを持って来て座っている狼牙がいた。腕を軽く組み目を閉じている。どうやら眠っているらしい。

「さすがに狼牙も疲れたんだ。二日間、ほとんど寝てねぇからな」

「え、寝てない?」

「ミオイが毒にやられて倒れた日から、まともに休んでねぇと思うぞ」

 ミオイが倒れ、キャット号がウォグ島へ向かうまでのおよそ半日。ウォグ島を出てから、現在までの間。

 ミオイが熱のある身体でふらふらとウォグ島をさまよっていた時間を除けば、彼女はトータルで二日間寝込んでいた。狼牙はその間、ずっとミオイにつきそっていたのだ。

 白も時々交替したが、狼牙は短い仮眠を取った程度。しかも、ウォグ島にいる間はミオイを捜し回り、さらにその後はキャット号を襲撃してきた海賊の相手。疲れない方がおかしい。

 魔法使いであっても、普通の人間。タフではあっても、体力が無尽蔵という訳ではないのだ。

 白に説明され、ミオイもようやく自分が魚の毒にやられたことを思い出した。

 もっとも、暴れ回っていた間の記憶はない。ひたすら魔物と戦っている夢を見ていた、という妙な記憶がかろうじてある程度だ。

「みんなに迷惑かけちゃったね」

「あれは魚の毒針が運悪くミオイに当たったからだ。もしかしたら別の奴が受けてたかも知れないんだし、ミオイが気にすることねぇって」

 角度によっては、他の誰に当たってもおかしくなかった。

「だけど、あたしじゃなかったら、島を走り回ったりしないでしょ」

「まぁ……それはたぶんそうだけど。あ、コウだったら、似たようなことになってたかもな。だけど、それは魚の毒が悪いんだし、事故みたいなもんだ。もう船は出航して落ち着いてるんだから、それでいいじゃねぇか。な?」

「ん、ありがと、白」

 ミオイは狼牙に再び視線を移す。眠っている狼牙を見るのは……初めてだ。

 コウやレットなら、釣り糸を垂らしながらうとうとしているのを見たことはあるが、狼牙は釣りをしない。どこかでうたた寝をしている場面も、見たことがなかった。

「狼牙の寝顔ってかわいい」

 いつも厳しい表情をしている狼牙。眠っている今はリラックスしている状態だからか、穏やかな顔だ。見ていると、そのギャップにきゅんとなる。

「へ……そ、そうか? おれにはよくわかんねぇけど」

 男の寝顔がかわいいと言われても、白には応えようがない。女の「かわいい」と言う基準は、そもそもどこなのか。人間の女は、時々理解不能なことを口にする。

「それにしても、暴れるあたしによく薬が飲ませられたね」

「あ、それは狼牙が口移しで……」

 言いかけて、白は言ってよかったのかと口ごもる。

「え、それってキスってこと?」

 ミオイが目を丸くする。

「そういうことになる、のかな。状況が緊迫してたし、手段を選んでられねぇって。あの時はミオイがひどく暴れるから、胃に管を入れて直接薬を入れるってことも危なくてやっていられなかったし、時間もなくてそれしか方法がなかったから仕方なかったんだ」

「はぁ……すごい治療法だね」

 その時の状況を聞き、ミオイの頬が少し赤くなる。だが、残念ながら、そんなことをされた記憶が全くない。

 これでもやはりファーストキス……になるのだろうか。知らない間に奪われた訳だが、もちろん怒る気はない。そうしなければどうしようもなかったのだし、相手が狼牙なら全然構わなかった。

 何にしろ、ミオイにとっては話だけだから、どうも実感がない。

「うーん……そうかもな。おれ、同じ状況でもあんな方法、絶対に思いつかねぇし」

 方法については、何となく知っていた。狼牙がいなかったら、白にもできただろうか。ずっとおろおろしているだけ……のような気がする。

 ついでに言うと、あまりしたくない。もちろん、今回のように命がかかっていれば、そんなことは言っていられないとわかっているが。……やっぱり仲間達には、同じ方法を使わずに済ませたい。

「白……」

 ミオイが力の抜けたような声で呼びかける。

「ん?」

「狼牙が起きたら、ちゃんと……休むように……言って」

 言いながら、ミオイは再び眠ってしまう。まだもう少し休息が必要なようだ。

「わかった。でも……何度も言ったんだぞ」

 聞こえていないと知りながら、白はそう付け足した。

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