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海に愛されて  作者: 碧衣 奈美
第三章 ミオイの行き先

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混乱

 チェロルが言っていた西の通りを、ミオイは走っていた。いや、走っているつもりだった。かろうじて止まらないだけで、酔っているかのような千鳥足だ。

 海賊……ミオイにとっての魔物から逃げる時は必死だったので、それなりのスピードが出たのだが、離れて少し安心したら一気に減速してしまう。

 ここ……どこ? キャット号は? 狼牙、どこなの?

 意識がもうろうとしているとか、熱で体力がどんどん奪われているとか、そういったことはまったくわからない。

 ミオイはとにかく「この場」から逃げてキャット号へ帰る、という気持ちだけで動いていた。自分のいる「この場」がどこなのか、帰るべき船がどちらの方にあるのか、それを考える力も失われつつある。

 そんなミオイが進む方向に、海賊の一団がいた。もう少し進めば森に入る、という場所だ。

 町の店で得たのか、自分達より弱い海賊から巻き上げたのか。金銀や宝石などを敷物に並べ、戦利品の整理をしているところだった。

 あまり価値がなさそうならもう一度町へ戻り、売り払うつもりだ。

「ん? 何だ、あの女」

 海賊の一人が、ふらふら歩くミオイに気付く。

「今日はめぼしい奴隷女はいないと聞いていたがな。若い女もいるじゃねぇか」

「ふらふらしてるぞ。どこかから逃げて来て、力尽きそうってところか」

 最初に出会った海賊と同じような会話がなされる。ミオイには聞こえていない。

「船長、あの女も戦利品に入れましょうぜ」

「ちょっと弱ってるみたいだけど、しばらく休ませときゃ、すぐ元気になりますって」

 弱っているのは、逃げようとしていたからだろう。走らず、おとなしくしていれば、すぐに回復するはず。多少元気が足りなくても、それならそれで逃げられることを考えずに済むと言うものだ。

「そうだな。てめぇら、さっさと捕まえて来い」

 顔がひげに埋もれた船長に命令され、数人の手下が動く。

 その動きで、ミオイはようやく前方にいる海賊達の存在に気付いた。今までちゃんと見えていなかったのだ。大柄な男ばかりなのに、その姿さえもぼんやりとして気付かなかった。

 また来た……。どれだけ魔物の手下がいるのよ。

 海賊が近付いて来るのがわかり、ミオイは立ち止まった。あと何回戦えば、キャット号へ帰れるのだろう。

「お嬢ちゃん、裸足(はだし)じゃねぇか」

「誰から逃げて来たんだ? 相当慌ててたんだな」

 キャット号の医療室では、ずっとベッドに寝ていた。そこから抜け出し、そのまま船を飛び降りたので、ミオイは裸足のままで移動していたのだ。

 足が泥だらけの状態を見て、海賊はますます誰かの商品だと思い込む。この島で女が裸足でふらふらとしているのを見れば、商品が逃げ出したとしか考えられない。

「サンダルくらい、貸してやるぜぇ」

「俺達と一緒に来ればな」

「足の裏、汚れちまってるだろ。風呂にも入らせてやるよ。俺が洗ってやる」

「お前だけずるいぞ。俺がやる」

 勝手な会話で海賊達が盛り上がる。ミオイには、どろどろのスライムが何かをわめきながら揺れているようにしか見えない。

 目の前に来た「魔物」は五体。この向こうにも魔物の仲間がいるようだし、ここにいる分を倒したらさっさと方向転換した方がよさそうだ。

 転換する方向もちゃんと把握できていないミオイだが、頭のなかでそんな計画を立てた。

 下品な笑い方をする海賊の一人が、ミオイに手を伸ばそうとする。これだけ弱っている女なら、大した労力もなしに手に入りそうだ。

 海賊は楽観視していたが、その手が腕を掴む前に泥だらけの足で蹴り上げられた。海賊の腕が、あり得ない方向に曲がる。

 悲鳴が上がり、仲間が驚いてその腕に気を取られている隙に、ミオイは次々と海賊を倒した。

 手下の悲鳴に、離れた場所で見ていた船長が立ち上がる。

「何だ、あの女」

 意外すぎる状況に呆気にとられた船長だが、手下をあっさり倒されてこのまま相手を見送る訳にはいかない。

「女、ずいぶんなめたマネをしてくれるじゃねぇか」

 太く長い槍を手に、船長がミオイの方へ近付いて来る。ミオイは(きびす)を返し、来た方へと走り出した。

「逃がすかっ」

 船長、そして他の手下達がミオイを一斉に追い始める。しばらく追いかけっこが続いたが、ある程度まで走るとミオイがひざを着いた。

 息が苦しく、もう足もまともに動かない。ずっと走り続けていたから……と本人は思っているが、さすがに毒や熱による体力の限界が来たのだ。

「へへっ、観念したか。傷を付けると商品価値が下がる。本当なら切り刻んでやりたいところだが、腕一本だけで許してやろう。ありがたく思え」

 ミオイがちゃんと聞いていたら、どこがありがたいのっ、と文句の一つも出るところだ。しかし、今は自分の呼吸音ばかりが耳に入る。海賊の言葉が聞こえたとしても、今のミオイに理解できない。

 船長が槍を反対に持ち替えた。鉄製の柄の部分でミオイの腕を折るつもりなのだ。切り傷を付ければ跡が残るが、叩いて骨を砕けば完治した時に外見は問題ない。

「おらっ」

 振りかぶり、ミオイの腕に槍の柄を叩き付けようとする。

 だが、次の瞬間、激しい金属音が鳴り響き、船長の大きな身体が吹っ飛ばされた。それを見て、手下達が悲鳴を上げる。

 狼牙が硬化している杖に火の力を絡ませ、相手の攻撃を弾き飛ばしたのだ。同時にその身体も。

「お前ら、ミオイに」

「何してくれとんじゃっ」

 はっとした時には、海賊の手下達はコウとシズマに叩きのめされていた。

「ミオイ!」

 間近で声が聞こえ、ミオイはびくっとする。逃げようとしていた方向から、また魔物が現れた。挟み撃ちにされかけている……と思い込む。

 コウとシズマが海賊を倒したところを見ていないし、見ていても「魔物同士が(たわむ)れている」と考えただろう。

「……やっ」

 新手の魔物に怯え、ミオイはその場から走ろうとする。だが、足がもつれて倒れてしまった。もつれなくても、もう走れない。

「どこまで走るつもりだ、お前は」

 もう海賊の船長には見向きもせず、狼牙がミオイの腕を掴んで起こす。

「いやっ」

 ミオイが狼牙の手を振り払ったが、その反動でまた倒れてしまう。

 自分が会いたがっていた相手なのに、ミオイにはそれが認識できない。魔物が捕まえに来た、としか思えないのだ。

「え……ミオイが狼牙を」

「拒絶した? 嘘やろ」

 思いがけない光景に、コウとシズマは呆然となる。

 ミオイと出会ってからの短い期間、彼女が狼牙にくっついているところを何度も見ている彼らにすれば、今のミオイの行動はあまりにも信じがたい。

 陰で、あの狼牙に女の子が怖がることなく笑いかけるなんて、そのうち史上最大の嵐が来るんじゃないか、などと笑いあっていたのに。

「ミオイ、本当に幻覚を見てるのか」

 そうでなければ、ケンカした訳でもないのにミオイが狼牙を拒絶するはずがない。

「もうこんな所にいたくないっ。あたしは帰るの。みんなの所へ帰るのっ」

 半分泣くように、ミオイは叫ぶ。

 みんな、とは狼牙達だ。その彼らが目の前にいるのに、ミオイはわかっていない。毒のせいとは言え、それを聞いたコウはショックな気持ちになる。

「あの魚のせいで、ミオイがこんななっちまったのか」

「巨大魚が三日間漂流するって翠嵐が言うてたけど、今のミオイも漂流状態やな」

 毒にやられた巨大魚も、巣へ戻ろうとしてさまようのだろうか。仲間の所へ戻ろうと必死になって、でも戻れず……。

「あーっ、船長! どうなってんだ、これ」

 海賊の残りが、町から戻って来たらしい。二十人近い海賊が船長や仲間が倒れているのを見付け、事情はわからないが立っている奴らの仕業と思うのは、当然のなりゆきだった。

「お、お前ら。そいつらを殺せっ」

 あちこち焦がされながらも何とか身体を起こした船長が、戻って来た手下に命令する。手下は訳がわからないまま、とりあえず三人の男を始末するべく武器を手にした。倒れているミオイは目に入ってないようだ。

「俺はミオイを連れて先に戻る。後はまかせた」

 狼牙は魔獣召喚の呪文を唱える。その場に真っ黒な豹の魔獣が現れた。逃げようとするミオイを抱き上げ、狼牙は魔獣の背に乗るとすぐに船のある方へ行くように命令する。

「くそ、逃げられた。魔法使いかよ」

「か、構うな。とにかく、こいつらを殺せ」

 舌打ちする手下に、船長は命令を下す。その場に残っているのは、コウとシズマだけ。さっきは油断しただけだ。二人くらい、こちらの人数を考えれば簡単に消せるはず。

「コウ、俺らもさっさと戻るぞ。ミオイと薬草が(そろ)たら、こんな島にもう用ないわ」

「ああ。敵をぶっ倒すのは何てことねぇけど、おれはこの島、きらいだ」

「何をぶつぶつ言ってんだ。てめぇら、覚悟しやがれ」

 相手の実力を知らない、かわいそうな海賊達が二人に向かって走り出した。

☆☆☆

 狼牙に抱き上げられたミオイは、ぐったりとなりながらうなされるように「みんなの所へ帰る」と繰り返す。もう手を振り払う気力も失せたらしい。

「こんなに熱くなりやがって……。お前、動きすぎだ」

 理解できないだろうとわかっていても、文句の一つも言いたくなる。このままだと本当に危険な状態だ。よくこうなるまで動けたものだと、感心さえする。

 だが、動いたことで命を縮めかねない。一刻も早く解毒しなければ。

「……予想通りか」

 キャット号へ戻ると、留守番チームと先に戻って来たレット達が見慣れない海賊を相手に戦っている。やはり静かに停船することは、この島ではかなわなかったようだ。

「ミオイ! よかった。見付かったのね」

 狼牙の腕の中にいるミオイを見て、チェロルが安堵(あんど)の表情を浮かべる。

「バルコーン、コウとシズマが戻ったらすぐに出航だ」

「わかった」

「狼牙、早く医療室へ」

「ああ」

 翠嵐に(うなが)され、狼牙は乗って来た魔獣を解放すると急いで医療室へ入る。

(はく)、薬はできたか」

「おう、たった今できた。ミオイ、どんな具合だ?」

「かなり熱が上がってる。思った以上に動いたようだ」

 狼牙はベッドにミオイを横たえる。苦しそうに息をしていたミオイだが、少し目を開けると狼牙が壁に杖を立てかけている隙にベッドから転がり落ちた。

「何をやってる、ミオイ。おとなしく寝ていろっ」

 ミオイは落ちたのではなく、ベッドから逃げようとしたのだ。

 ミオイにとって、ここは魔物の巣。早く逃げなければならない場所だ。

「やっ……いや、離して」

 狼牙に捕まえられそうになり、ミオイは身体をよじって逃げようとする。

「狼牙、こんな状態じゃ、ミオイに薬を飲ませるなんて無理だ」

 混乱しながらも、まだこんなに動ける。薬を飲ませても、これではたぶん吐き出してしまうだろう。

 だが、薬草が少ししか手に入らなかったため、薬は一回分しかできなかった。それを吐かれたら、もうミオイを助ける手立てがなくなってしまう。絶対に飲ませなければ。

「押さえ付けて飲ませるしかないだろ」

 狼牙は重力強化をかけ、ミオイの身体をベッドに押さえ付ける。

「いやーっ!」

 身体を拘束された状態になり、ミオイが悲鳴を上げた。とても毒に(おか)されているとは思えない力で、その拘束を振りほどこうとする。普通の人間なら、指先さえも動かすのが困難な力なのに。

 術者の狼牙は、大型の魔獣と戦ってる気分だった。

「何て力だ。魔物を相手にする方が楽だぞ。この熱でこの力か」

「ミオイをこんなにしちまうなんて、どういう毒だよ」

 弱っているはずの少女を魔法で押さえ付けるなんて、白はやりきれない。だが、こうすることがミオイのためなら、仕方なかった。

「離してっ。あたしは帰るのっ。みんなの所に帰るのぉーっ」

「ミオイ、しっかりしろ。みんな、部屋の外にいるぞ。もう帰って来てるんだ」

 白が声をかけるが、ミオイは何度も同じことを繰り返し叫ぶ。

 医療室の扉は閉まっているが、その声は甲板にいる仲間達にも聞こえていた。

「よぉよぉ。お前ら、船室で拷問ごっこでもしてんのかぁ?」

「だったら、俺達もまぜてくれよ」

 キャット号を襲撃して来た海賊達が、下品に笑う。そんな海賊達を、チェロルがキッと睨んだ。

「何バカなこと言ってんのっ。どうしてあたし達が拷問しなきゃいけないのよ」

「大切な治療中なんだから、邪魔をしないでちょうだい」

 氷の刃が海賊達に向かって飛び、竜巻が何本も甲板上に生まれた。

「コウとシズマはまだ戻って来ねぇのか。何してやがんだ、あいつら」

 いらついたように、レットの剣がうなる。

「出航の準備中だ。邪魔すんじゃねぇっ」

 操舵室では、バルコーンに殴り飛ばされた海賊が海へと落ちた

「狼牙、ミオイの身体を押さえても、やっぱりこれじゃ薬を飲ませるなんて……」

 白が困ったように狼牙を見る。

「今は手段を選んでいられない。何としても飲ませる」

「でも」

「狼牙、助けて!」

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