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海に愛されて  作者: 碧衣 奈美
第三章 ミオイの行き先
21/24

合流

 叩きのめされている海賊は、ざっと見ただけでもかなりの数だ。そんな中で、他より大きな身体の男が地面にめり込んでいる。たぶん船長か、幹部クラスだろう。

「……とりあえず、無事ではいるようだな」

「えらいもんやな。熱のある女の子が、ここまでできんのか」

 これをやらかしたのは誰だ、と聞くまでもない。

「アバ島で時間ができた時に、コウがミオイに戦い方を教えとったな。それが生かされてるんか。ごっつい才能やな」

 足に傷があったので実際に身体を動かしてのトレーニングはしてないものの、コウがこんな感じで動けば効率よく敵を倒せる、などとミオイにレクチャーしていたのだ。

 ミオイが本当に戦闘種族の生き残りかどうかはともかく、飲み込みが早いとコウは喜んでいた。

「それもあるだろうが……恐らく、逃げるのに必死だ。無駄だらけの動きだろうが、ミオイの速さにこいつらがついて行けなかった、というところだろう」

 狼牙が倒れた海賊達の間を歩き、わずかに意識が残っている男を見付けた。

「おい、女はどこへ行った」

 その胸ぐらを掴み、ミオイの向かった先を尋ねる狼牙。飛んで来た仲間の身体に当たって気絶していただけの男は、気が付いたと思ったらいきなり知らない男に迫られて青くなる。

 ここで一般人が現れることなど、まずない。つまり、自分の胸ぐらを掴んでいるのはよその海賊。絡まれることがないように、いつもつるんでいる仲間はまだ気絶したままだ。自分に何かあっても、助けを求めることができない。

「あ、あの女、お前らの商品だったのか」

「ふざけるなっ。仲間だ!」

「ひっ」

 怒鳴られ、男は恐怖で涙目になる。

 よその商品を横取りし、それを取り返しに来た海賊とにらみ合うことは過去にもあったが、今は自分一人だけ。バトルどころではない。

 このまま自分は気絶している仲間よりひどい目に遭って死ぬのでは、という恐ろしい予感が頭をかすめる。

「お前ら、あの子にケガなんかさせてへんやろな」

 すぐ横でシズマに見下ろされ、恐怖が倍増する。どちらも怖いと言うより、危険な空気がぷんぷんしていた。そばにいるだけで、死と隣り合わせになってしまったような。

「し、してねぇっ。その前にこのザマだ。髪一本だって触っちゃいねぇよ」

 最初に仲間が腕を掴んだ、ということは黙っておく。それに、少なくとも自分はケガをさせていない。横目で周囲を見る限り、こちらの方が被害は甚大だ。

「女はどこへ向かった」

 狼牙がもう一度尋ねる。

「し、知らねぇ……。気絶しちまってたし。あの女、帰るって何度も言ってたけど」

 小さく舌打ちした狼牙は男から手を離し、走り出した。シズマがその後を追う。

 残された男は解放されて気が抜けてしまい、何もされていないのに再び気絶した。

「おい、狼牙。どうするつもりや」

「このまま進めば、今みたいな状態が他にもあるはずだ。タイミングが合えば、真っ最中にかち合うかも知れない」

 この辺りは、まだ人通りが少ない。だが、メインの通りへ入れば。

 少女を見て「商品」と思う海賊は、さっきの連中だけではないはず。そうしてミオイにちょっかいをかけようとして反撃される、というパターンが繰り返されるだろう。

 このまま走っていれば、きっとそんな光景が現れる。

 彼女が倒れていなければ、だが。

 ただ、そうやってミオイを見付ける前に、狼牙とシズマにもさっきと同じパターンが襲ってきた。

 二人だけで走っているのを見て、自分達の数を優位に考えた海賊が身ぐるみをはがそうとかかって来るのだ。一見すれば二人は身長ばかりで大した体格でもなく、武器すらも持っていないようだから楽勝に思えるのだろう。

 そんな考えなしな海賊達のせいで、余計な時間を取られた。ここは魔物の巣窟状態だ。

「ったく、こんなええ天気やのに、この島の空気はどろっどろやな。……ん?」

 ある地点まで来た時、空は晴れているのに、突然雷が聞こえた。二人の進行方向からだ。

「あれは……チェロルの雷か」

 (はく)達が薬草を手に入れるために来ているのだから、出会ってもおかしくない。

 さらに言えば、彼らが今の二人と同じようによその海賊に狙われることもありえた。そうならないために、コウやレットがボディーガードになっているはずなのだ。

 狼牙とシズマはスピードアップし、海賊仲間の魔法使いではないことを祈りつつ、雷が鳴った方へと突っ走った。

「やっぱりチェロルやったんか」

「え? 何で狼牙やシズマがここにいるの」

 留守番を頼んだはずの仲間が現れたのを見て、チェロルが驚く。

「お前、留守番もろくにできねぇのか」

「じゃかぁしいわっ、レット。これには訳が……って、そうや。ミオイが船飛び出して、狼牙と追って来たんや」

「ええっ? ミオイが飛び出した?」

 想定外の状況を聞かされ、白が叫ぶ。

「狼牙! どういうことだよっ。どうしてミオイがキャット号を飛び出すんだ!」

 コウが掴みかからん勢いで狼牙に迫る。

 連れ去られたならいざ知らず、飛び出すということは自分の意思が関わっているということ。聞き捨てならない。

「毒と熱のせいで、幻覚を見ているらしい。そのせいで、ミオイは自分が別の場所へ連れて来られたと思い込んる。だから、船へ帰ろうとしてるんだ」

 さっきの海賊が話していた、ミオイの言葉。帰る、というのは、キャット号へ帰るつもりだと考えられる。

 普通に考えれば、ミオイの帰る先はフォンシー村。だが、ミオイの経験からして、あの体調で走ってまで村へ帰ろうとはしないだろう。

 なら、どうして船を出たのかということになるが、現在地が「キャット号ではない」と思い込んでいたのなら、つじつまが合うのだ。

 ちなみに、一行が会話しているのは、チェロル達に絡んで来た海賊に囲まれながらである。

「じゃ、ミオイはキャット号を出たがってる訳じゃないんだな」

「逆だ。戻ろうと必死になってる」

 その言葉を聞いて、コウはほっとする。

「それで、ミオイはどっちへ行ったんだ」

「わからん。この通りへ入る前、ミオイのいた痕跡はあった。たぶん、ミオイが一人でいるのを見たら、海賊達が放っておかないはずだ。それをあいつが蹴散らして、という状況がこの辺りで起きてると思ったんだが……お前ら、海賊が倒されてるのを見てないか」

「おれ達が倒した奴しか見てねぇ」

「あたし達は、東の通りを北へ向かったの。行きに見た海賊が待ち伏せてるだろうと思って、この西の通りからキャット号へ帰るところだったのよ。それらしい海賊は、たぶんいなかったわ。ミオイはもう一本西の通りを行ってるんじゃないかしら」

 メイン通りは彼らが通って来た東西の二本だが、地図によればそれだけじゃない。チェロルの言う西の通りは細く、島の北側にある森へ続く。

 普通の島なら人があまり通らない場所、となるのだろうが、実は海賊同士が取引をしていたりなど、なかなかそこも危険である。

「どこかでメイン通りからそれたか。お前ら、薬草は手に入ったのか」

「期待してたより少なかったけど、何とか」

 薬草は、白の持つショルダーバッグに入っている。

「白、すぐに飲ませられるように用意しておけ。俺はミオイを見付けてすぐに戻る」

「わかった」

「おれも一緒に行く! レット、みんなをキャット号まで頼むぞ」

 ミオイに起きている事態を考え、コウが加わることになった。

「へへ、何か仲間内でもめごとか?」

 一行を取り囲む海賊が、徐々にその輪を縮めていた。

 ミオイのことで別の緊張感しかなかった一行は、海賊の存在など眼中にない。だが、危機はそこまで迫っている。

「ったく、少しは休まる場所がねぇのか、この島は」

 レットの風の力をまとった斬撃で、海賊達が吹っ飛ばされる。

 その間に狼牙が走り出した。コウも追い、シズマも追ったが一旦振り返る。

「おい、レット。白とチェロルをしっかりガードせぇよっ」

「命令すんな、さっさと行けっ。お前こそ、混乱したミオイに蹴られるなよ」

「じゃかぁしいっ。ミオイはそんなことせぇへんっ」

 怒鳴りながら、シズマは二人の後を追った。

「ミオイ、大丈夫かな……」

 心配そうに、白がコウ達の後ろ姿を見送る。

「あいつらに任せておけば、大丈夫よ。それより、早くあたし達はキャット号へ戻らないと。翠嵐達の方も心配だわ」

 陸の上でこの状態。海の上ならもう少しマシかも知れないが、狼牙とシズマが上陸したことで船上の仲間の数が少なくなったのが気にかかった。

 とにかく今は、早く合流するに限る。

「へへ、何か楽しそうなこと、やってるじゃねぇか」

 進行方向にガタイの大きい、つまりは面倒くさそうな海賊が立ちはだかる。

「レット、時間がないわ。速攻でよろしく」

「まかせとけ……ってか、お前もやれよっ」

☆☆☆

 バルコーンがぶっ飛ばし、悲鳴がフェイドアウトする。大きな水しぶきを上げながら、数人の海賊が海の中へ落ちた。

「ったく。命のいらねぇ奴からかかって来い、と言いてぇところだが、ここはそんな奴ばっかりじゃねぇか」

 目の前の敵が消え、バルコーンは一息ついた。

「海の上でこれなら、陸はもっと大変じゃないかしら」

 翠嵐が軽い竜巻を起こし、それに巻き込まれた海賊を海へと捨てる。ようやく船に静けさが戻った。

 狼牙と一緒にシズマもミオイを追って船を飛び出し、それからしばらくするとキャット号は噂通りに船を乗っ取ろうとする海賊に襲われた。

 キャット号は海賊船ではないので、当然海賊旗は(かか)げていない。海賊でなければ乗っ取りやすい、と思われるのだろう。甲板に二人しか見当たらないことも、襲われる要因と思われる。

「コウのチームと、狼牙達はどうってこたぁねぇだろうが」

「問題はミオイね。あの子、コウが技を少し教えていたようだけれど……」


 お前、こうやったらもっと強くなれるぞ。


 コウがミオイにそう言い、戦い方を伝授していたのは翠嵐も見ている。

 アバ島の件が落ちついてから昨日までの数日のことなので、じっくり腰をすえて、という訳にはいかない。それでも、悪漢に襲われた時などの対処法を、いくつか教えていたようだ。

 ミオイの力を考えれば、あえて教える必要もなさそうに思える。とは言え、自分と似たような力を持つミオイに、コウはもっと要領のいい方法を教えたかったらしい。

 座った状態でもできる技を教え、うまくいったのか単にはしゃいでいたのか、賑やかな声が聞こえていた。

 ミオイは絶滅させられたとされる戦闘種族アルスの生き残りではないか、というのが翠嵐の推測だ。その推測は時間の空いた時にミオイ本人にも話していたが、真実ではないか、と思われる程にミオイは教えられた技を自分のものにしていたようだ。

 アルス族ではないにしても、少なくともミオイが戦闘種族である、という点は間違いないと思われた。

 戦うために生まれた人間なら、戦うための技をすぐに吸収するのはごく自然なことなのだろう。力のことは別としても、やはりその辺りも普通の女の子とは違う。

「基本的に、ミオイちゃんの力は常人の十倍は軽くあるだろうな。それを発揮できりゃ、コウが教えた技が使えなくても、誰が来たってどうとでもなるはずだ。しかし、今は技以前に、あの身体でその力が出せるのかどうかだな」

「船から簡単に飛び降りてはいたけれど、いつもの軽やかさがなかったように見えたわね。走るスピードはあったけれど、どこかぎこちなかったわ」

 狼牙が医療室から出てシズマに話しかけていた時、熱が上がってきた、と言っていた。いくら普段のミオイが超人的でも、熱と毒のダメージはきついはずだ。

「あの顔色でいつまでも走り続けられるとは思えねぇ。海賊とかち合った時が心配だが、狼牙達がすぐに追い付くだろ」

「ええ、そうだといいわね。……また来たみたいよ」

 不自然に近寄って来る海賊船。その甲板に立つ乗組員達。手には(おだ)やかならぬ武器。こちらを見て、いやな笑いを浮かべている。

 考えたくはないが、こちらを襲う気満々のようだ。仲間達が戻るのを待たなければならないので、ここから逃げる訳にもいかない。

「やれやれ、うちの船ばっかりが狙われてるみたいだな」

 恐怖や緊張より、グチの方が前に出てしまう。

 見える範囲内だけで言えば、甲板で騒ぎが起きているのはキャット号だけのように思えた。人気者はつらい。

「他にすることがないのかしら。暇な人達ね」

「仕様がねぇ。掃除するか」

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