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海に愛されて  作者: 碧衣 奈美
第三章 ミオイの行き先

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薬草の店

 チェロル達は、教えられた店をようやく見付けた。本当にその通りの一番端にある。

 海賊にとって、薬は二の次、三の次なのだろうか。人間である以上、ケガもするし病気にもなるはずだが、そんな物より目の前のお宝、ということらしい。もしくは、この島では薬草を求めていない、か。

 通りの端ともなると、人影もまばらだ。その割に、店構えは今まで見た中でも一番ぼろぼろのように思えた。今までどれだけひどい目に遭ってきたのだろう。

 入口の上に掲げられた看板は半分割れ、残っている部分の文字もひびがあったり汚れたりでよくわからない。扉や窓は修理の跡だらけ。すきま風が入り放題だ。

「大丈夫か、この店。薬草があっても、全部枯れてそうだな」

 つつけば倒れそうな建物を見て、レットがつぶやく。他の仲間達も同感だった。

「とにかく、入ってみましょ」

 廃屋のような店に入ってみたが、中もほとんど廃屋同然。(かたむ)いた棚には陳列された物がほとんどなく、ほこりが積もっているだけ。店主がいるかも怪しい。

 入口のそばに「営業中」の汚い札があったが、その言葉は本当なのか。と言うか、どういう営業をしているのだろう。

「おーい、誰かいねぇかー」

 コウが声をかけた。しばらくしーんとしたままだったが、カウンターの向こうでいきなり影が動き、コウ達は驚きの声を上げる。

 魔獣や魔物、魔法使いの犯罪者を相手にしている彼らだが、普通のはずの店でいきなり幽霊もどきが出現すれば驚くというもの。

「化け物屋敷だなんて聞いてねぇぞ!」

「わしは人間じゃ、失礼なっ」

 レットの言葉や仲間達の騒ぎように、現れた影がむすっと言い返す。

 ミイラのようにすら見えたが、どうやら単にやせこけた老人だった。カウンターの向こう側で寝ていたらしい。ちょうどコウ達の位置からでは見えない角度だったのだ。

「えーと……騒いじゃってごめんなさいね」

 チェロルが一応謝っておく。さすがに「化け物」は失礼だ。

「営業中、なのよね?」

 確認しないと、この店内を見ていると不安になる。

「一応な。だが、見ての通り、うちにはもう何もねぇよ」

「そんな……。あたし達、薬草が欲しくてここまで来たのに」

 やはり見た目通りだった。しかし、それでは困る。

「じいさん。リア草とサナ草は置いてないか。どうしてもそれが必要なんだ。仲間が死にそうになって、苦しんでるんだよ」

 恐怖から立ち直った(はく)がカウンターにしがみつき、欲しい薬草の名前を言った。

 見た限り、棚にはない。どこかに保管しているなら、今必要な分だけでもいいから欲しかった。

「うちは見ての通り、ぼろぼろな店だからな。買う奴もいないし、最近は売りに来る奴もいねぇ。在庫は残ってねぇよ」

 店の位置がよくないのも、客が来ない理由だろう。こんな通りの端では、足を伸ばす海賊があまりいないに違いない。

「本当に? 本当にないのかよっ。一枚ずつでもいいんだ。それがなきゃ……」

 ミオイが遅かれ早かれ、命の火を消してしまうかも知れない。毒の進行を(ゆる)やかにする薬を飲ませたところで、焼け石に水だ。次の島へ行くまでに、ミオイが保つかどうか。

「……見て来てやるよ。ちょっと待ってな」

 店主の老人は、店の奥へと引っ込んだ。

「この島には、他に薬草を扱ってる店ってないのかしら」

 たまたまこの東のメイン通りを進み、その端に店があると(あの面倒くさい親父に)教えられた。

 でも、西の通りにも似た店はあるかも知れないし、そこに欲しい薬草があるということもありえる。もしくは、別の細い通りにある、ということも。

 流通する物品は豊富だと翠嵐から聞いたし、その中で薬草だけがない、なんて思いたくなかった。

「あるにはあったが」

 数分後、大きさだけなら葉巻が十本くらい入っていそうな木箱を二つ持って、店主が現れた。

 だが、店と同じで、その箱もぼろぼろだ。それをカウンターに置いて、フタを開ける。

 それを見て、白の表情が曇った。

「……何だよ、これ」

 そこに入っていたのは、白達がほしいと望んだ二種類の薬草。どちらも、どこにでもありそうな形の葉だ。

 それぞれ数枚ずつ入ってはいるのだが……どちらもほとんど傷んでいる。枯れたような色や、腐ったような色の葉ばかりだ。

 入る前にレットが「あっても枯れてそう」と言ったが、悲しいかな、現実になってしまった。

「じいさん、どうしてちゃんと管理しておかないんだよっ。これじゃ、あっても意味がねぇだろ」

 普段は人間に怒鳴らない白。だが、薬草の状態にがまんできず、大きな声を出した。

 自分が薬草の管理を任されたら、絶対にこんなふうに枯らしたりしないのに。

「誰も買いに来ねぇのに、保存や管理をしようって気にならねぇよ。うちにあるのはそれだけだ」

 本当だろうか。本当に客は全く来ないのだろうか。店構えを見ればそうかも……とは思うが、営業する以上は商品の管理をするべきだ。こうしていざ客が来た時、販売ができないではないか。

「なぁ、じいさん。この島には他に薬草を売ってる店はねぇのか?」

 店主にライバル店の存在を尋ねる辺り、コウは度胸がある……と言うより、何も考えていない。

「うちだけだ。誰に聞いても、この島に薬草を売る店はねぇ。色んな物をまとめて売り込む海賊なら、その中に薬草が紛れてるってこともあるだろうがな。専門に扱うのは、うちだけだ」

 専門店でこの(てい)たらくなのか。まともな島ではないと知っているが、ひどすぎる。

 仲間達は困ったように、顔を見合わせた。

「ねぇ、白。この葉っぱの使えそうな部分だけをかき集めて、それで何とかできない?」

 ほんのわずかでも、まともな部分があるように見て取れる。それらをひとまとめにする以外、方法はなさそうだ。

「うん……何とか一回分くらいならいけるかな。本当はまた同じことが起きても対処できるように、いくらか欲しかったんだけど。それは別の所で何とかするしかないか」

 とにかく、今はミオイに飲ませる分だけでも何とか確保しなければ。

 白は箱の中の薬草をピンセットでつまみ、使えそうな部分を取り出してゆく。こんな状態の悪い薬草は初めてだ。

「おじさん、この薬草はいくらなの?」

「二つで百万イン」

「はあっ? 百万?」

 あまりの金額に、一行が目を丸くして聞き返す。白は黒いねこ耳が出て、ピンセットを持つ手が止まった。

「何ふっかけてんのよ、強欲じじい! まともに商品管理もできてないこんな薬草が、どうしてそんなに高いのっ」

 チェロルの素が出て、つい怒鳴ってしまう。だが、抗議せずにはいられない。

「死にかけてる仲間が助かるなら、安いもんだろうが」

「あんたねぇ、人の足下見るのも大概にしなさいよ。いくら仲間が助かるからって、そんな値段を吹っかけられて、おとなしく払うと思うのっ?」

「わしにとっては、この薬草がなけなしの商品だ。それを売ることで、生活するんだからな。わしはお前さん達の仲間の命より、自分の命の方が大切だ」

 あくまでもこれがうちの商売であり、いやなら帰れ、という主張だ。

「いらねぇなら、返せ。腐ってても枯れてても構わんという客がいれば、そっちに売る」

 店主の言いように、あきれるしかない。

「売れる訳ないでしょ。腐った薬草を買って、どうしようってのよ」

「さぁ。世の中には変わった物を欲しがる人間ってのは結構いるもんさ」

「変わった物じゃなく、役に立たない物じゃない」

 正直、さすがにそこまで足下を見られるとは思っていなかった。どうしても、という時に備えて五十万インは持って来ていたが、その倍を吹っかけられるとはチェロルも考えなかったのだ。

 想像以上に、この島の人間はがめつい。仲間の命が危ない、ということは口にするべきではなかった。完全に足下を見られている。

 とにかく、どう交渉したものか。

「ん? 何だ、この部屋」

 いつの間に入ったのか、コウが店の奥で何か見付けたらしい。それに気付いた店主が慌てる。

「こ、こらっ。そっちはプライベート空間だ。入るんじゃないっ」

 ばたばたとほこりをたてながら、奥へ駆け込む店主。

「何だ、ここにいっぱい葉っぱがあるじゃねぇか」

「え?」

 その言葉で、チェロルを先頭に一行が店主の後を追う。

 いかにも一人暮らしの老人が寝起きしている雰囲気の小汚い部屋があり、その奥にまた汚い扉があった。コウの声は、その扉を開けた奥から聞こえてくる。

「は、入るんじゃないっ。ここはわしの部屋だ」

 どやどやと入って来るチェロル達を見て、店主はますます慌てる。その様子が妙に怪しい。生活空間を見られて恥ずかしい、というだけではなさそうだ。

「うちの仲間がお邪魔してるみたいだから、連れて帰るだけよ。失礼」

 止めようとする店主を押しのけ、チェロルが奥の部屋を見る。

 そこには整理整頓された商品が、ほこり一つない棚に並んでいた。表の店が嘘のように、きれいな空間である。

 ここだけを見れば、普通の街にありそうなまともな薬局の倉庫だ。これなら、専門店と言ってもおかしくない。

「売る物は何もないって……言わなかった?」

 チェロルに、そして三人の男達に睨まれ、店主は縮こまる。

「出し惜しみして、何とかこれだけはあった、とか言って値をつり上げる作戦ね」

「し、仕方ないんじゃ。海賊に店で暴れられたら、もうわしは生きていけねぇ。ないと思った物がこうして残ってたというフリをすれば、海賊もおとなしく買って帰るからな」

 老人なりの、この島で生きていくための知恵である。

 それはわからないでもないが、やりすぎるとそれはそれで怒りを買う、と予想できなかったのか。

「真相を知ったうちの連中が怒ってここで暴れるのと、あの薬草を相場の値で売るのと……どっちがいい?」

 チェロルの冷たい声音に、老人が「ひっ」と悲鳴を上げる。

 チェロルは薬草の相場など知らないが、(はく)ならだいたいのことはわかるはず。狼牙から聞いていないにしても、さすがに百万インはしないだろう。

 これでも役人だから、買い叩く気はあっても盗む気はない。チェロルにすれば、金を払うだけマシだと思え、というところだ。

「わ、わかった。あの薬草は二種類合わせて、五千インでいい」

 一気に値が落ちた。それが相場ということか。ぼったくりにも程がある。今までそんなにうまく儲かっていたのだろうか。ほとんど海賊だろうが、ここへ来た客が気の毒だ。

「もちろん、新品よね」

「……いや、あの薬草についてはあれしかない」

「何ですってぇっ?」

 チェロルに怒鳴られ、店主は小さな身体をますます小さくする。

「売りに来た海賊が持ち込んだ時から、あの薬草は傷んでた。まだあれでもまともな部分が残ってる方で……うちに在庫はない。本当じゃ」

 白が居住空間より何倍も清潔な倉庫を確かめ、欲しい薬草は本当にないとわかった。隠し扉があるなら別だが、そんな物を探している時間の余裕はない。

 怒ったチェロルが買い叩き、さらに半額にさせると(使い物にならない部分が多いから、それでも高いと文句を言いつつ)コウ達は店を出た。

 あとはキャット号へ戻り、調合してミオイに飲ませるだけだ。

 もちろん、ミオイがキャット号を飛び出したことを、彼らはまだ知らない。

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