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海に愛されて  作者: 碧衣 奈美
第三章 ミオイの行き先
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無力な医者

 普通の人間が持てば大きな刀も、現れた男達が持つと普通の刀に見える。

 それを振りかぶって、コウとレットに斬りかかった。その刃をレットが受け止める。

 ハンマーを持った男が得物を振り回すが、コウの拳が男を吹っ飛ばした。親父と呼ばれた男がさっき修理していた窓を突き破り、店の中へ飛び込む。

「てめぇら……本当に親切を(あだ)で返しやがって」

「言ったでしょ。取引はもう成立したはずよ。先に手を出したのはそっちだから、あたし達は単に防御しただけ。文句を言われる筋合いはないわ」

「おめー、親父に偉そうに言いやがって」

 三人目の男が、チェロルを捕まえようと手を伸ばしてきた。

「偉そうなのはそっちでしょ。あたしはあんた達みたいな連中に、へりくだる趣味はないのよっ」

 チェロルのセリフが終わると同時に、氷のつぶてが男を襲った。同時に、レットも刀を持った男を店の中へと吹っ飛ばす。派手に物が壊れる音が、中から響いた。

「こ、この……」

「次からは絡む相手を選ぶんだな」

 レットに睨まれ、男は後ずさる。三人もいる自慢の息子達があっさりやられ、自分自身では手も足も出ないのだ。

 今までならどうとでもなっていたのだろうが、今回は相手が悪かった。

「へぇ、何か面白い奴らじゃねぇかよ」

 好戦的な野次馬が、自分達の武器をそれぞれ手に取って次第にコウ達を囲み始めた。野次馬と言っても、この場にいるのは海賊ばかりだ。

「くそっ。これじゃいつまで経っても、薬草の店へ行けねぇじゃねぇか」

 バトルは構わない。(はく)だって、いざとなれば戦える。

 だが、今は時間が惜しい。こんな所で道草を食っている訳にはいかないのだ。こうしている間にも、ミオイは毒で苦しんでいる。

「道を作るから、続けよ」

 そう言うと、コウは店があると教えられた方に立っている海賊達を次々にぶっ飛ばす。わずかながら、人垣に隙間ができた。

「今のうちだ。走るぞ!」

 コウ達は目的の店に向かって走り出した。

☆☆☆

 狼牙は、眠るミオイの顔を見ていた。うっすらと顔に浮かぶ汗を拭き取ってやるが、顔色の悪さは昨夜から変わらない。

 苦しいのか、うめきながら何度も寝返りを打つ。時折、吐きそうな様子を見せるが、何も出ない。毒は口から摂取したものではないし、食事の前に倒れたから吐きようがないのだろう。

 医者とは言っても、できることは限られる。こんな状況では、どんなに知識があっても薬がなければどうにもならないのだ。苦しむ少女を楽にしてやれない。

 治癒魔法の苦手さが、自分でもつくづくいやになる。自分の無力さに打ちのめされ、頭を抱えても何も変わらない。この状況に腹を立てても仕方がないとわかっているが、悔しさや怒りで身体が震える。

 だが、この状況は狼牙に限ったことではないのだ。

 治癒魔法が得意だが、実際の知識や技術力はかなり低い、という人もいる。逆に狼牙のような医者を職業として生活できる程の力がありながら、魔法は低レベルという人も多い。

 この分野はどちらかに特化する、という傾向があるようで、どちらもできる、という人の方が少数なのだ。

 今の場合、必要なのは解毒。単純な傷の治療とは違って難易度が上がるので、狼牙のようなタイプはなおさら手が出せない。

 くそ、苦しんでる奴に何もしてやれなくて、何が医者だ……。

 昨日まであんなに明るく笑っていたのに。出会ってから、まだほんのわずかな日数しか経っていない。それなのに、見ていた笑顔がぱたりとなくなると、こんなにも心の中に冷たい風が吹くものなのだろうか。

 アバ島での作業中は、傷が開くからおとなしくしていろと言っても、手伝うと言ってゆっくりながら動き回っていた。狼牙が近くにいると、何だかんだ言いながらまとわりついてくる。

 そんなミオイの様子に、人間が大好きな子犬みたいだと思った。

 以前、やけに懐いてくる犬がいて、足にまとわりつくものだから、歩いていたら踏みそうになって困った、ということがある。狼牙はその時のことを思い出した。

 だが、ミオイは犬ではないし、ちゃんとその辺りのことは心得ているようで、本当に邪魔になるようなことはなかった。だから、したいようにさせて……。

 あの笑顔を取り戻せない。無力な自分が、これまでにないくらい情け無く感じる。

 取り戻せないのは、彼女の笑顔だけじゃない。泣き顔も怒り顔もだ。

 あれだけ満面の笑みを向けられるのも初めてなら、あれだけ泣いて訴えられたのも、本気で怒って怒鳴られたのも初めてだった。

 思わずかっとなって、つい言い返した自分がいたことも。

 仕事以外で誰かと殴り合いのケンカをしたことは過去に何度かあるが、あんなに本気で感情をぶつけ合っていただろうか。

 スレイブの屋敷にいた時は気持ちに余裕がなかったが、今になってミオイと言い合った時間はひどく貴重な瞬間だった気がする。

 死ぬなよ、ミオイ。お前はやっと自由になったんだろう。その自由を満喫する前にくたばったら、お前の人生は誰かに押さえ付けられてばかりで終わるぞ。

 村人の恐怖心に怯えて自分を殺し、悪趣味な魔法使いや悪徳魔法使いに身体の自由や意志を奪われた。そこからようやく解放されたというのに。

 力は強くても、心は普通の少女。このままで終わっていいはずがない。

 笑みのない少女の顔を見詰めていると、時間がひどくゆっくり流れてるような気がした。見ていたいのは、こんな苦しげな表情ではない。こちらまで苦しくなってくる。本人の苦しさとは比べものにならないだろうが。

 そのミオイの頬が、少し赤くなってきている。狼牙が額や首に触れると、今までより熱くなっていた。夜明け前から熱が出ていたが、さらに高くなってきたらしい。

「ミオイ、少し待っていろ」

 その言葉に、返事はない。狼牙はミオイを残し、医療室を出た。

 甲板ではコウ達の帰りを待ちつつ、歓迎しない客が来ないかを見張っているシズマ達がいる。

「シズマ、氷はあるか?」

「氷? ああ、食堂にあるで。ミオイ、目ぇ覚ましたんか?」

「いや。熱が上がってきた」

「……そうか」

 悔しそうな表情をしながら、シズマは食堂へ向かう。狼牙もその後に続いた。

「毒を薄めるしかできひんって(はく)が言うてたけど、それって濃度としてはどれくらいのもんなんや?」

 尋ねながら、シズマはアイスピックで氷を砕く。

「本来の毒の濃度が十なら、薄まったのはそのうちのせいぜい二か三がいいところだろう」

「たったそれだけなんかっ? それで薄まったって言えるんか」

 予想以上の悪い報告に、シズマが声を荒らげる。

 個人的希望では、二か三まで薄まった、となっていてほしかった。もしくは、せめて半分くらいまでなってくれればどんなにいいか。

「何もしないよりはな」

「そう……か。そやな。薬が手元になかったら、誰にもどうしようもないか」

 魔法であれ薬であれ、できるものなら狼牙や白がすぐに解毒している。それができないから、危険な島へ上陸してまで仲間が薬草を買いに走っているのだ。

「ミオイちゃん、ちょっと待てっ」

 バルコーンの声が聞こえた。しかも、そこにはミオイの名前がある。

「ミオイ、ダメ!」

 翠嵐の叫び声が聞こえ、狼牙とシズマは甲板へと飛び出した。

「どうしたっ」

「ミオイに何かあったんか」

 翠嵐とバルコーンが、島に近い方の手すりへ集まっている。

「ミオイちゃんが船から飛び降りた」

「何っ?」

 狼牙がそちらの方を見たが、ミオイの姿はもう見えない。

「なんでミオイが船から飛び降りんねん。熱があるんやぞ」

「ふらふら~と出て来て、俺達を見たら驚いたような顔で走り出したんだ」

「もしかしたらあの子、毒のせいで幻覚を見ているのかも知れないわ」

 ふらつきながら医療室から現れたミオイは、見慣れているはずのバルコーンを見て恐怖に引きつった表情になったらしい。

 変に思ったバルコーンが近付こうとした途端、ミオイはその場から走り出したのだ。

 ミオイが甲板に現れたことを遅れて知った翠嵐が見た時は、すでにミオイは島へ飛び降りて走り出していた。見ようによっては、逃げていたようにも思える。

 毒に冒されているとは思えないミオイの素早さに、翠嵐は魔法を使う暇さえなかった。たとえ振りほどかれても、狼牙やシズマが現れるまでに時間稼ぎするべきなのだが、必死になったミオイの速さに追い付かなかったのだ。

 その姿は、あっという間に視界から消えてしまう。

「熱があるから、余計に幻覚を見やすくなってるんだろう。ミオイが走って行ったのはどの方向だ」

「西よ。このまま真っ直ぐ」

 翠嵐達からミオイの向かった方角を聞くと、狼牙は船から飛び降りてそちらへ走る。

「俺も行く。すまんけど、キャット号は頼んだで」

「おう」

「二人とも、気を付けて」

 すぐに狼牙達の姿は見えなくなった。

「あんなに走って、毒の回りが早くならなければいいけれど……」

 翠嵐が心配そうにつぶやきながら、仲間を見送った。

 狼牙は、走りながら歯がみする。この不測の事態は、自分の責任だ。

 目を離すべきじゃなかったのか。意識が戻るくらいならともかく、あの状態でまさか走れるとは……。

 ミオイの身体能力には目を見張るものがあるが、今はそれが(あだ)となっている。普通の少女であればおとなしく寝ていたであろうに、筋力だけでなく体力があるが(ゆえ)に走れてしまうのだろう。

 スレイブの件で負った傷は、数日のアバ島での調査の間に半分以上治っていた。治癒能力もかなり高い。そのために、走るのも支障がないのだ。

 しかし、今走れば毒がさらに全身を駆け巡ってしまうことになる。そうなった時、ミオイの体力はどこまで保つのか。

「よぉ、何かに追われてんのかい?」

 二人の進行方向を、二十人は超えそうな男達が(さえぎ)った。

 このまま行けば、店が並ぶ西の通りへ着く。この島で何かを売買しようとしている海賊達のようだが、相手が二人と見て「行きがけの駄賃にするか」と考えたようである。

「急いでるんや、どけっ」

 シズマが怒鳴ったところで、相手は気にもしていない。

「まぁ、そう言うなよ。ちょっとは遊ぼうぜ。お互い、こんな島にいるんだからよ」

「ほんまに、ろくな島やないな。こんな時にわらわらと湧きやがって」

「何ぃ? 人を虫けらみたいに言うんじゃねぇよ」

「こっちからしたら、同じことやっ」

 シズマにすれば挑発する気はないが、焦りからくる発言は相手の海賊達を怒らせるのに十分だった。だが、シズマも邪魔されて怒っている。

「大した物は持ってなさそうだが、そんな服でも芋の一つくらい買えるだろ」

「もっとええモンが買えるわ。ってか、お前らにやるかいっ」

「へっ、どうかな。多勢に無勢とはこのことだぜ」

 シズマと狼牙を囲んだ海賊達が、一斉に襲いかかる。そんな男達を五分とかからずに、二人は全て地面に叩き伏せた。

「多勢に無勢? そんなしょーもない言葉、今度からはよそで使え」

「ミオイがこんな連中に囲まれると、厄介だな。今のあいつがどう動くか」

「いつものミオイやったら、うまくかわすか逃げてくれるやろうけど……。頼むから、無事でいてくれ」

 二人は再び、ミオイが走ったであろう方向へ走り出す。

「これは……」

「どうなってるんや、これ」

 西の通りへ入る直前の場所で。

 シズマと狼牙が見たのは、さっき自分達が囲まれた時よりも多い海賊が地面に転がっている光景だった。

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