海賊のいる島
太陽が水平線の向こうにほぼ隠れる頃、医療室から白が現れた。
それに気付いた仲間達が、白の方へ駆け寄る。
「白、どうなんだ、ミオイの具合は」
わずかにうつむく白に、コウが尋ねる。
「完全に解毒できない……」
その言葉に、誰もが息を飲む。
「何でだよっ。毒くらい、狼牙や白なら何とかできんだろ」
コウの口調は、尋ねると言うより怒っているようだった。
「今キャット号にある薬草だけじゃ、足りねぇんだ」
糸が切れた人形のようにいきなりミオイが倒れ、狼牙が急いで医療室へ運んだ。甲板の手すりにあった針の成分を白が急いで調べ、今できるだけの治療を彼女にほどこしてある。
しかし、医療室にある薬草をかき集めても、毒を完全に消す薬は作れない。やや特殊な毒のため、薬も特殊なものが必要なのだ。
狼牙や白にできたのは、毒の成分を薄める効果を持つ薬をミオイに与えるだけ。
これでミオイがすぐに命を落とすことはないが、自然治癒で何とかなるものではない。完全な解毒剤がなければ、ミオイはずっと寝たきりだ。
「応急処置しかできてない。ミオイの身体を毒が冒すのを、少し緩やかにしてるだけだ」
狼牙は治癒魔法が不得手だ。多少は何とかなるとしても、毒が特殊なだけにおかしなことはできない。失敗すれば、そのままミオイの死につながる可能性もあるのだ。
他の魔法使い達も、解毒となると自信を持って手を上げられない。医療に関しては、船医の知識と技術に頼っているからだ。
「その必要な薬草があれば、ミオイちゃんを助けられるのか」
「解毒さえできれば、後はミオイの体力次第だけど、元気になる」
「翠嵐、ここから一番近い島へ行くぞ!」
「わかったわ」
船長はコウではないが、その言葉に誰も反対はしない。狼牙がここにいても同じはず。
薬草がないなら、入手するしかない。どんな薬草が必要かコウ達にわかるはずもないが、海の上にいても手に入らないのは事実。
とにかく、どこかの島へ上陸する必要がある。町で買えるのか、山や森で採取するのか、それは後の話だ。
翠嵐が最短距離で寄港できる島を、海図から探した。
「白がひとっ飛びで行ける所に島があれば、一番いいんだけどね」
チェロルの言葉に、白もうなずく。白の本性は翼猫。翼があるから当然飛べるし、キャット号より速い。
現在地から一番近い島へ白が飛んで行き、薬草を手に入れてキャット号へ戻る。その間にキャット号もその島へ向かえば、戻って来る白の移動距離がわずかでも短くなって、その分早くミオイを助けられるのだ。
「だけど、特殊な薬草だから、小さい島だと持ってないってこともあるんだ。それに、距離によっては、島に着くのが夜になって対応してもらえないかも」
顔見知りならともかく、知らない人間が夜中にいきなり来て薬草をくれ、と言っても、小さな村だと気味悪がられることもありえる。
「人がいる島……一番近い所はここね。白なら、夜中になる前には着けるでしょうけれど」
薬草が手に入りそうな島が見付かる。しかし、翠嵐は顔を曇らせた。
「あんまりよさげな島じゃないわ。贅沢は言っていられないけれど」
「翠嵐、何か問題ありなんか?」
「ウォグ島って所なのだけれど、海賊のたまり場みたいな島なのよ」
盗品売買がほぼ公にされている島だ。そこへ立ち寄るのは、ほとんどが海賊。たまに盗品の中に見られる珍品を求めて訪れるチャレンジャーのような人間もいるが、それはごく少数。
そんな場所だから、店はあっても店主もまた一癖も二癖もある人間ばかり。お互いに足下を見て売値・買値をつり上げたり、いちゃもんをつけて値切ったりする。
この島で単独行動は、自殺行為に近い。すぐによその海賊達に絡まれ、いざこざが起きるのは日常。
身ぐるみをはがされるのもしょっちゅうで、下手すれば捕まって人身売買の商品にされてしまう。腕に覚えがなければ、超危険な場所だ。
さらには、船も空っぽにすると、あっさり乗っ取られる。留守番する人間も、のんびりしていられないのだ。
まともな理由でこの島へ近付く人間はまずいないので、海軍に頼ることはできないと腹をくくるしかない。頼れるのは、自分だけだ。
「夜に白だけ行かせるのは、考えものね。もう一人と一緒に行くとしても……どうかしら」
ウォグ島はこのままキャット号で進むなら、明日の朝には着ける距離だ。その島以外となると、さらに距離がある。白が別の島へ行って戻って来るのと、その島に上陸するのでは大した時間差がない。
「本当に物騒な島なのね。そんな場所に薬草なんてあるの?」
話を聞いて、チェロルが眉をひそめる。
翠嵐の言う通り、ぜいたくは言っていられないものの、何も入手できないどころか面倒に巻き込まれる、などといった時間のロスは絶対に避けたい。
「案外、豊富だったりするわ。色々な物が持ち込まれるらしいし、その島では買い叩いて他の場所へ行ってから高値で売る、ということもあるそうよ」
「つまり、薬草があったとしても、ふっかけられるだろうってか。その時は、こっちも買い叩くしかねぇだろ」
誰もが穏便にいきたいところだが、レットが言うように「きっとそうなるんだろうなぁ」という悪い予感はぬぐえない。
「そのウォグ島が一番近いなら、みんなでそこへ行こうぜ。後のことは行ってからだ」
コウの言葉に、みんながうなずく。
盗品売買に荷担するようでいい気はしないが、薬草が売られている可能性があるなら今回ばかりは注文をつけていられない。
そこがどんな島であろうと、今はミオイの命がかかっているのだ。
「狼牙はミオイについてた方がええやろな。薬草は白が見てもわかるんやな?」
「うん。さっき狼牙と薬草図鑑を見てたから、わかる」
「じゃ、買い出しは白が行くとして、後はどうする? 暗くなくても、白だけを行かすなんて当然できねぇし、空っぽにしたらキャット号が盗られちまうんだろ? 狼牙はそんな奴らの相手なんて、してられねぇだろうし」
コウが仲間の顔を見回す。
話によれば、島全体が危険地帯だ。船に残ったとしても、いつ歓迎できない客が現れるかわからない。
なので、上陸チーム、留守番チームのどちらにしても、気を抜くことはできないのだ。薬草を入手したら即、島を離れなければ。
「交渉はあたしが行くわ。まともな交渉なんてしてくれないとは思うけど、勢いも必要でしょうし。その点で言えば、翠嵐より適任でしょ。コウ、レットはあたし達のボディガードで来て」
いくらチェロルが魔法使いで強いと言っても、絶対的に無敵ではない。それに、襲われるだろうと予測できるのだから、こちらもある程度のメンツを揃えておかないと、蹴散らすのに時間がかかってしまう。
「チェロル、ボディガードやったら俺も行くで」
「シズマは残って。ミオイが目を覚まして何か食べたいって言った時に、いてくれないと困るでしょ」
水くらいなら誰でも持って行けるが、手を加えた物を用意するならシズマが一番適任だ。それは仲間全員が認めるところ。
そう言われては、シズマも無理に同行するとは言えなかった。
「翠嵐とバルコーンは、キャット号をお願い。狼牙はミオイについてるだろうけど、いざとなれば一時的にでも戦力になるわ。あ、バルコーン。あたし達が戻ったらすぐに出航できるようにしておいて」
「おう、まかせろ」
こうして、行動するメンバーが決定する。
夜の中をキャット号は進み、朝日が昇る頃になってウォグ島の影が見え始めた。
☆☆☆
予想通り、あちこちに海賊船が停泊している。ドクロの旗を掲げていない船を見付ける方が困難だ。視界に入る分には、そんな船はない。大小の違いはあっても、とにかく海賊船ばかりだ。
こんな場所が取り締まられないのが不思議なくらいだが、これを全て取り締まろうと思えば、海軍や魔法犯罪監督署が総出でやらなければならなくなる。海賊の中には魔法使いが乗っていることもよくあるので、マトクが駆り出されることは必至。
だが、ここで一斉に検挙できる数など、知れている。日が変われば、また別の海賊が現れるから、いたちごっちのようなもの。被害の方が大きくなることが予想され、事実上無法地帯だ。
「お前ら、可能な限り早せぇよ」
「まかせろって。じゃ、行って来るなー」
留守番の仲間達に見送られ、コウ達はウォグ島へ上陸する。
船を降りて通りへ入るまでの所に、ざっくりとした地図の看板があった。
この島には、南北に伸びる大きな通りが二本ある。所々で渡り廊下のようにそれらの通りを結ぶ東西の細い通りがあり、それぞれの大通りへ行き来できるようになっていた。
他にも南北に走る細い通りが数本あるが、店があるのはその大きな二本の通りに集中している。そこがこの島での「町」にあたるようだ。
島の北エリアには森があるので、船は東西か南のどこかに停泊するのがほとんど。ちなみに、キャット号は南東の位置に停泊している。
上陸した位置に近い東の通りを、コウ達は進んだ。
さすがに問答無用で襲って来る海賊はいないが、通りを歩く一行へ視線は確かに向けられていた。自分達が向かって行って勝てそうな相手なら襲いかかり、有り金を巻き上げようと考えているのだ。
周囲には、女性の姿がほとんど見えない。たまにいても、修羅場をくぐって来たであろう顔をした現地のおばさんばかり。こういう女性の方が、男よりもどぎついことをする場合が多いのだ。
そんな中、若い女性のチェロルが目立つのは当然。普段歩くよりも多くの視線が、彼女に注がれていた。ここに翠嵐がいれば、さらに注目の的だろう。
「薬草を扱ってる店、どこかな」
いつもと違い、なめられないよう十六、七の少年の姿になった白がきょろきょろするが、それらしい店は見当たらない。
それにしても、通りに並ぶのは傾いた看板の店ばかりだ。きっと店主と海賊が一悶着を起こし、それが何度も繰り返されるから、まともな店構えがないのだろう。
地図看板のおかげで二本の広い通りがメインとわかったが、どこにどんな店があるかは書かれていなかった。恐らく、海賊に壊されて店がころころと変わるから、あえて書かれないのだ。
それはともかく、目指す店がなければ困る。こちらは一刻を争うのだ。
今すぐに命の危険がないとは言っても、早いに越したことはない。ずっと身体に毒がある状態では、解毒しても後遺症が残ることだって考えられる。
「聞いた方が早いかしら」
あまりきょろきょろすると、ここに慣れてないことがわかって絡まれかねない。もっとも、慣れていても絡まれる時はいくらでも絡まれるだろうが……。
「ねぇ、おじさん。薬草を売ってる店ってこの近くにある?」
ある店の前で、落ちそうな窓を修理している中年男性にチェロルが声をかけた。店を修理しているなら、人相は悪くても少なくとも海賊ではないはず、という読みである。
「薬草? それなら、この通りを進んだ先だ。この並びの一番端に当たる場所にある」
よりによって、目当ての店が通りの端とはついてない。この通りがどれだけの距離があるかにもよるが、あまり遠くないことを祈るばかりだ。
「細いのも含めていくつか通りはあったみたいだけど、この通りにあるのね。よかった。おじさん、ありがとう」
「一番向こうか。ついてねぇな」
白が眉をひそめる。歩くのがいやなのではなく、時間がかかるのがいやなのだ。すぐにでも買って帰りたいのに。
「文句を言わない。あるだけマシよ。さっさと行きましょ」
「まさかつぶれたりしてねぇよな」
「レット! そういう縁起の悪いこと、言わないのっ。もう、あんた達は……」
そんな言い合いをしながら、教えてもらった店へ向かおうと歩き出した時。
「ちょいと姉ちゃん達。人にものを教えてもらって、そのまま行く気かい」
「え? だから、ありがとうって……」
チェロルとしては、因縁をつけられる覚えはない。
「言葉だけじゃ、腹の足しにならねぇだろ。何か売るなり買うなりして行けよ」
「あー、売る物は持ってないし、今欲しいのは薬草だけだから」
「はぁ? 何だよ。人の親切を仇で返そうってのか?」
海賊じゃないから大丈夫、と思ったチェロルの読みは甘かったらしい。ここでは住人も一筋縄ではいかない人間ばかりなのだ。
何となくでもわかっていたつもりだが、いきなりこうくるとは。
「売る気も買う気もないわ。あんただって、店を教えたのは言葉でじゃないの。だから、あたしも言葉で返したわ。これで取引は成立してるはずよ」
思ったよりも強く反論され、男は一瞬詰まったが、すぐに店の中へ声をかける。
「おい、お前ら」
「何でぇ、親父」
店の中から現れたのは、バルコーンレベルの大男が三人。親父と言うからには、親子だろうか。
いや、そんなことはどうでもいい。男達の手には、それぞれ刀やハンマーなどが握られていた。どう見ても、窓の修理を手伝おうという雰囲気ではない。
「ちーっとこいつらに、礼儀を教えてやれ」
「何だ、お前ら。やんのか」
後ろで静かにしていたコウだが、バトルの臭いを嗅ぎ取って前へ出る。
「島に足着けてから、まだ十分しか経ってねぇぞ。面倒臭ぇ島だな」
レットが剣の柄に手をやる。
周囲を見回すと、乱闘騒ぎが起きそうだと知った野次馬が早々と集まりつつあった。
どちらがやられようと、彼らにすれば構わない。弱った方に群がり、うまくいけば何か手に入ると目論んでいるのだ。
「おらぁっ」





