奴隷のミオイ
狼牙達は遠慮することなく、スレイブの屋敷の中へ入った。
「闘技大会に出る奴らがすでに奴隷なら、主人の命令に従って俺達を襲って来ることも考えられる。手かせを気にしている余裕はなさそうだな」
「んじゃ、やっぱり全部ぶっ飛ばせばいいんだな」
狼牙の言葉を聞いて、コウはまた単純にそう判断した。しかし、今の場合はそれが一番正しいだろう。
いつものことだが「殺さない程度に」と狼牙は釘を刺しておく。
「誰だ、お前達! 勝手に屋敷へ入りやがって」
屈強そうな男達が、侵入者を見付けて怒鳴る。半袖シャツから伸びるたくましい腕に、黒い手かせは見えない。足かせがどの程度のサイズか聞いてなかったが、その足を見る限り、はめられてないようだ。
「悪漢に捕まったお姫様を助けに来たんや。そこ、どけ」
「ふん、奴隷の誰かの連れか。助けることなんざ、できねぇよ。ここへ来たなら、お前達も奴隷になるんだからなっ」
一斉に襲って来る男達は、その身体の大きさから自分達が圧倒的有利だと信じていた。今までそうだったから。
しかし、次の瞬間には全員が地面に倒れ伏している。
「せやから、どけ言うたやろ」
男達の横を、侵入者達は静かに通り過ぎる。かろうじて意識のある者が、飛葉を取り出した。
「ス、スレイブ様……侵入……者、で……」
最後まで言えずに気絶する。だが、スレイブの耳にも「侵入者」という言葉は聞き取れた。
急いで屋敷の各所に取り付けられた飛絵から送られる様子を、壁に掛けられたモニター画面に映し出す。
そこには、四名の男達が屋敷の中へ入って来たところが映っていた。
「あ、狼牙達」
スレイブと同じ部屋に連れ込まれていた白が、思わずその名を口にする。
「ほう、お前達の連れか。わしの部下を倒すなら、少しはできるということだな」
「狼牙達は強いんだ。お前の部下なんかに負けるもんか」
「黙れ」
言われた途端、白の口は動かなくなる。ミオイのいる牢から離れた後、白もスレイブの魔法で足かせを右にはめられていた。
スレイブは白の正体をわかっていないようだが、ひとまず近くに置いているのだ。ここ最近は、子どもを奴隷にしていない。セット販売の中に間違って別物が混じり、買い手からクレームが来ないようにするためである。子どもの販売は、また後日だ。
「不愉快な言葉は口にするな。命令だ」
「……」
本当ならもっと何か言ってやりたいと思うが、口が思うように動かない。この足かせが取れない限り、白にはスレイブを批判したり怒らせるような言動が取れないのだ。
「ちょうどいい。奴隷達にウォーミングアップでもさせてやろうか。あの女の力も、どんなものか見ておきたいからな。どんないいものを見せてくれるか、楽しみだ」
スレイブは、モニターの下にあるマイクに向かって話しかける。
「ミオイ、そこから出て広間へ来い」
別のモニターには、牢の中で座っていたミオイが映っている。スレイブに命令されて立ち上がり、開いた牢の扉から外へ出た。その画面では見えないものの、恐らく階段へ向かったのだろう。
白は意識がはっきりしているが、奴隷によっては精神まで支配されるらしい。どうやら手かせや足かせを二つ着けられると、意志がなくなるようだ。
タガトヒのように性格を分断させて、という手間をかけることなく、人間をコントロールする辺りは、この兄の方が強い魔力を持っている、ということか。
牢の中央で待機するように命令されたミオイは、どこか虚ろな表情になっていたように思えた。白の記憶では、確かミオイは足かせが両方に着けられていたはずだ。恐らく、身体だけでなく、意識も支配されてしまっている。
「ミオイに何をさせるんだ」
スレイブを不愉快にさせる言葉ではないと判断されたらしく、白の質問は口からスムーズに出た。
「捕まえてある奴隷を二人程差し向け、戦わせる。その程度でくたばるなら、あの小娘に大した商品価値はないからな」
「そんなっ」
何か言おうとしたが、白の口は動かなくなる。スレイブに反対しようとする言葉を口にしようとしたから、命令に従って黙らされたのだ。
「くたばらなければ、改めてデモンストレーションを買い手に見てもらう。いい値が付くように、がんばってもらわないとなぁ。ぶっへへへ」
何かやってやりたいと思っても、身体は動かなかった。
ミオイが二人くらいを相手にして負けるなんて、白は全然思わない。だが、この下劣な男を喜ばせるのが腹立たしかった。ミオイの力が見世物にされるなんて、悔しすぎる。
何もできず、ここにいることしかできない自分自身も。
白ができるのは、怒りで細かく身体を震わせることだけだった。
☆☆☆
エルクルの案内で、チェロル達はスレイブの屋敷まで来た。
その門前で立ち尽くす、一人の少女を見付ける。その少女を見て、エルクルが叫んだ。
「ルトリ!」
「エルクル……何しに来たの」
「何しにって、ぼくは……」
「あなたがミオイと白を、ここへ来るように仕向けたの?」
エルクルの「友達」の名前は聞いていなかったが、スレイブの屋敷のそばに無関係の人間が突っ立っているとは思えない。
直球の質問にぎくりとしたように、ルトリは翠嵐から目をそらす。
「ふぅん、この子がエルクルのお友達って訳ね。で、ミオイと白はどこなの?」
「知らない。中に入ったら、あたしにもわからないから」
屋敷の方から、物騒な声が聞こえてくる。男のものらしい「うわぁっ」とか「ぎゃあっ」といった声や、何かが派手に壊れる音。
「あの女の子の連れだっていう男の人達が、屋敷へ入って行ったわ」
「じゃ、もう始まってるのね。いつにも増して、音がハデねぇ」
チェロルが軽く肩をすくめる。
「中、すごく危ないよ」
「ああ、そうでしょうねぇ。あいつらが暴れると、たぶんこの屋敷なんて廃屋同然になるわ。止めるつもりはないけど。あいつらが片付けてくれた頃を見計らって入った方がいいかしら」
ルトリは目をぱちくりさせて、チェロルの言葉を聞いている。確実にスレイブの負けを想定した物言いだ。
「ミオイがここにいるのはわかったのだし、落ち着くまで待ちましょうか。その間にルトリの方から、もう少し詳しい話を聞いておきたいわ」
翠嵐に促され、ルトリは狼牙達に話したことをまた話す。
「じゃあ、中ではスレイブの部下以外に、奴隷にされた闘技大会の選手もあいつらの相手をさせられてるのね。あーあ、かわいそうに。とんだとばっちりね。人生最悪の日になるかも」
てっきり、大変だわ、といった類の言葉が出て来るかと思ったのに、スレイブの部下や奴隷に同情する言葉が飛び出す。
やはりとんでもなく危ない人間を連れて来たらしい、とルトリは改めて悟った。
だが、捕まって案内させられたとは言え、スレイブからも彼らを連れて来るように命令された。翠嵐達はともかく、狼牙達がここへ来たのはルトリのせいではない。
「ルトリ、前から聞きたかったんだ。どうしてきみはこんなことをしてるの? きみの様子がおかしいってことは、前から気になってたんだ。知らない人と話をしていたこともよくあったよね。あれって……今日みたいなことをしてたの? どうしてスレイブ様がしていることを手伝ってるの?」
「……」
気まずそうな顔で、ルトリは横を向く。
「ルトリ、どうして。スレイブ様に何を言われたの。やっぱりお姉さんを人質か何かにされてるの?」
エルクルは言いながら、ルトリの手首を掴む。その感触が妙で、エルクルはその手に視線を落とす。
長袖で隠されたルトリの手首。エルクルは、その袖をめくった。
「ルトリ、これは……」
少女の細い手首には似つかわしくない、黒い手かせがそこにあった。鎖こそ付いてないが、彼女を束縛する物だ。
「あなたも奴隷にされていたのね。命令されて、奴隷を調達してたってこと?」
ルトリのような子どもなら相手に警戒されない、という狙いで使われているのだろう。
チェロルの質問にルトリは何か言おうとしたが、まともな声が出ない。さっきまで普通に話をしていたのに。
「スレイブに都合の悪いことはしゃべるな。そういう命令をされているんじゃない?」
翠嵐の問いにルトリはうなずくことすらもできなかったが、悔しそうに唇をかむのを見ればそれが答えだ。
今まで話せたのは、同行者が連れ戻しに行くよう仕向けるため。こういう事情だと話せば、何てことを、と知人達が向こうから来てくれる。
そうでない人間に対しては、余計な話ができないようにされているのだ。
「ねぇ、翠嵐。ミオイが奴隷にされてるなら、スレイブにどんな命令をされてるかしら」
「それはもちろん……」
「侵入者の排除、よね。で、今は狼牙達が侵入者な訳で……ぶつかるってことも」
「考えたくないけれど、ありえそうだわ。いくらミオイが強くても、狼牙達に勝てるとは思えない。でも、あの子が本気で向かって来て、彼らがどう対処するかしら」
タガトヒが差し向けた海賊を相手にしていた時のミオイを思い出せば、生半可な力で彼女を止められるとは考えにくい。ミオイの戦闘能力を消すために彼女を倒す以外、どうすればいいだろう。
「翠嵐、やっぱり中へ入りましょ。スレイブを何とかしない限り、ミオイの命に関わるかも知れないわ。あいつらだけにまかせておけない」
「だけど、スレイブ様の部下達が中に大勢いるんだよ。お姉さん達が入ったら……」
エルクルはスレイブの部下がどれだけ強く、どれくらいの人数いるかなど何も知らない。だが、今も屋敷の中から聞こえる声や音から判断すれば、かなりの数だろう。
そんな所へ大した腕力もなさそうな女性が入るなんて、危険すぎる。
「そんなの、うちの仲間がとっくにやっつけてるわよ」
「自分の劣勢に気付いてスレイブに逃げられたら、どうしようもなくなるわ。最悪なことになる前に急ぎましょう」
二人の言葉に、エルクルはぽかんとなる。
何なのだろう、この絶対的な信頼と言うか、信用と言うか……。自分の味方が負けるなんて、この二人はまるで考えていない。一体、どんな人達が屋敷へ入って行ったのだろう。
「あ、お姉さん達……」
急に話が決まり、二人は本当に屋敷へ向かって行く。
「エルクルはルトリとそこにいなさい。誰か来たら隠れるのよ」
翠嵐は狼牙の張ったルトリの結界を解除するとそう言い残し、屋敷の中へ消えていった。
「おねえちゃんと……帰りたい……」
ルトリがぽつりと言い、その目から涙が落ちた。
☆☆☆
手に手に得物を持った男達が、どこからともなく現れる。侵入者を排除しようとしているのは、自分の意思ではないだろう。
その手や足には、黒く光るかせがはめられているから。
「あのガキ、何人かって言わなかったか? 奴隷にされた奴、何十人といるぞ」
「あの子以外にも、ここへ差し向けた奴がいるんとちゃうけ。調達係は一人とちゃうやろ」
馬鹿力の巨漢を相手にしながら会話ができるのは、レットとシズマだからだ。
「おい、ミオイ! どこにいるんだ。返事しろっ」
コウが怒鳴るが、返事はない。
「狼牙、コウ、お前らは先に行け。ここはシズマと俺が食い止める。さっさと捜し出してミオイを助けろ」
「わかった。どけーっ」
コウは自分が行こうとする方向の道を掃除すると、そちらへ向かって走り出す。足の速さではコウに勝てない狼牙は、かろうじてコウの拳を逃れた男達を床に沈めながら走った。
「わわっ」
とある扉の前まで来た時。
突然その扉が大きな音をたてて開くと、部屋の中から何かが飛び出して来た。すんでのところで、コウが止まる。
壁に叩き付けられ、そのままずるずると床に落ちたのは、それまでコウ達も相手にしていたような、巨漢の男二人だ。手かせがあるから、奴隷らしい。
狼牙とコウが開いた扉から中を見ると、そこは広間のようだった。舞踏会でも催せそうな広い空間の中央に、誰かが立っている。
「あ……いたっ、ミオイ」
捜し求める少女がいると知って、コウが中へ入ろうとする。それを狼牙が止めた。
「待て、コウ。いきなり入ったら、やられるぞ」
「何でミオイがそんなこと」
「あいつの足を見ろ。かせがはめられてる」
「奴隷にされてるのか」
目は開いているが、意識のない顔でミオイが扉の方を向く。そこに立つ狼牙とコウが見えているはずだが、すぐに襲いかかってくるようなことはなかった。
しかし、再会を喜ぶ声もない。
「ミオイ、助けに来たぞ」
「ぶっへへへ。お友達が来たようだな」
どこからか声が響いた。壁のどこかに飛葉が設置されているのだろう。同じく飛絵も設置され、広間の様子が見えているはずだ。
「ミオイ、命令だ。そいつらを倒せ」
「……はい」





