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海に愛されて  作者: 碧衣 奈美
第二章 反抗する奴隷

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不穏な町

「なかなかええ素材が揃ってるようやな、この島は」

 シズマがあちこちの店に立ち寄っては、野菜や果物の品定めをする。

 食料の買い出しは、料理をするシズマの担当だ。荷物持ちとして、コウを引っ張って来ている。

「なぁなぁ、シズマー。おれもアイス、食いてぇ」

 ミオイ達が走って行ったのを見て、コウは自分も食べたいとずっとせがんでいた。

 マトクで働いているのだから当然給料ももらっているが、仕事の時は一切持って来ない。なので、今は手持ちがゼロ。アイス一つも、自分では買えないのだ。

「ああ、もう。ガキか、お前はっ」

 いつまでもグズられてはうっとうしいので、シズマはいくらかの小銭をコウに投げる。シズマが持っているのは、今回の仕事で支給されている食費だ。何にいくら使うかは、シズマの采配(さいはい)次第。

「食うたらすぐに戻って来いよ」

「やったー。サンキュー」

「……あいつ、絶対上にサバ読んどるな」

 子どものように喜んで走って行くコウを見送り、シズマは品定めを続けた。

「お、狼牙?」

 渡された小銭で三つのアイスクリームがギリギリで買え、それを食べてご満悦のコウは通りを歩いている狼牙を見付けた。

「なぁ、いいネタ仕入れたか?」

「いや、新聞がある程度だ。……お前は個人的に仕入れたようだな」

 どういうプロセスでそうなったか、狼牙にはだいたい想像がついた。最後の一つを口に放り込み、嬉しそうにコウはうなずく。

「はい。今から怪力の女が行きます」

 そんな言葉が聞こえ、狼牙とコウはそちらを向いた。

 路地を入ってすぐの所で、幼い少女が飛葉(とびは)で会話をしている。十歳前後に見える割に、口調がやけに大人っぽい。

 それはいいとして、気になるのは中身だ。

 怪力の女が、普通の町にそうそういるとは思えない。普通にしていればわからないが、もしミオイがその力の片鱗を見せるようなことをしでかしていれば、こういう言葉が出そうなもの。

 少女が通信を切った直後、狼牙は彼女に近付いて単刀直入に尋ねた。

「おい、今話していた怪力の女とは誰のことだ」

「ひゃっ」

 声をかけられるまで気付かなかった少女は肩を大きく振るわせ、赤茶の髪が揺れる。

 狼牙はもちろん知らないが、少女は間違いなくミオイに「姉を助けてくれ」と頼んだルトリだった。

「小柄で黒髪の女か。兄貴みたいな男も、一緒にいたはずだ」

「弟みたいなのはいたけど……」

 (はく)は子どもの姿でミオイと一緒にいた。それは狼牙も知っている。わざと白の姿を変えて言ったのだ。

 思わず言ってしまい、ばらしたも同然と悟ったルトリは口をふさぐが遅い。この辺りは子どもの単純さだ。

「あいつらをどこへ連れて行った。会話の相手は何者だ」

「も、もう遅いよ」

 開き直ったように、強気な態度に出るルトリ。もっとも狼牙の視線にたじろいで、その態度もすぐになりをひそめてしまった。

「スレイブ様が高く売れる奴隷を探してるんだ。あの女なら、変わった素材として喜んでいただけると思ったから、屋敷へ向かうように仕向けたんだ」

 狼牙の視線にびびりながらも、ルトリは当然のことをしたまで、という口調で話す。

「あれ、お前ら、一緒だったのか」

 そこへレットが通りかかる。狼牙とコウがそちらを向いたその隙を狙ってルトリが逃げようとしたが、狼牙はしっかりとその襟首を掴んで離さない。

「どうした? そのガキ、スリでもやったのか?」

「白とミオイがおびき出されたらしい」

「はぁっ? 何だってあいつらが……」

「奴隷にするつもりらしい。この島では放っておけないことが起きてるようだな。コウ、シズマは近くにいるのか?」

「ああ。向こうの店で野菜とかの品定めしてる」

「呼んで来い」

「わかった」

 コウが走って行き、狼牙の視線はルトリに向けられる。

「狙った獲物が悪かったな。さっさとそのスレイブって奴の屋敷へ案内しろ」

「あ、あたしが?」

「グルなら、屋敷の場所も知ってるだろう」

 狼牙に見据えられ、ルトリに拒否の選択はなかった。

☆☆☆

 チェロルと翠嵐は、いくつかの紙袋を手に()げて衣料品店から出て来た。

 優雅にショッピング……という訳ではない。買い物はしたが、これはミオイのためだ。

 ミオイは着の身着のままで、タガトヒの所から逃げて来た。海から拾われた時に着ていた服は、すでにぼろぼろ。

 今のミオイは、チェロルが着替えとして持って来ていたお古のシャツや短パン、サンダルなどをもらっているのだ。

 キャット号で保護され、任務終了まで同行することになったまではいいとして、それがいつまでになるかわからない。そうなれば、やはりミオイも女の子だから新しい服が欲しいだろう。

 ということで、二人は彼女の服を買いに来たのだ。

 これらは、今回の経費から雑費で落とすつもりである。こっそり自分達の服も入っているのは内緒だ。いざとなれば、ミオイに貸して自分の着替えが減ったから、とでも言えば済む。

 ついでに、店員に最近変わったことや面白いことはないか、と情報収集するのも忘れない。

 収穫は服だけだったが、とりあえずはそれで十分だ。狼牙や他の男連中では、こういった細かい部分にはあまり気付かないだろうから。

「あの、お姉さん達」

 さて、次はどう動こうかという時。

 声をかけられて女性二人が振り返る。そこには一人の少年が立っていた。

 チンピラに殴られそうになったところを、ミオイに助けられた少年である。彼は名前をエルクルといった。

「外から来た人が、ボディガードなしでうろうろすると危ないよ。さらわれたりするから」

「あら、そうなの? 穏やかじゃないわね。この島では、誘拐が横行しているの?」

 翠嵐の質問に、エルクルは少しうつむく。

「島に来た人が、何人かいなくなったりしてるんだ。お姉さん達、きれいだから狙われると思って……」

 動のイメージのチェロルと、静のイメージの翠嵐。タイプは違うが、一般的にどちらも美しいと称される容貌とスタイルだ。

「あら、正直な坊やね」

 チェロルに照れる様子は皆無。謙遜という言葉は、はるか沖の向こうである。

「だけど、本当に物騒な話ね。それで騒ぎになったりしないのかしら。それに、あなたみたいな子どもが知っているということは、大人も当然知っていそうなものだけれど」

 翠嵐が辺りを見回すが、どこにでもありそうな町の風景があるだけだ。善良そうな顔の人達ばかりで、とても誘拐の片棒を担いでいるようには見えない。

 今出て来た店でも、そんな話は全く聞こえてこなかった。

「みんな、スレイブ様には逆らえないから。さっきも女の子と小さい男の子が……ううん、とにかく、早くこの島から出て」

「ちょっと待って」

 走り出そうとしたエルクルの身体が、翠嵐の風魔法で宙に浮く。

「わああっ、何これ」

 驚いたエルクルの足が止まり、その間に彼は二人に挟まれた。

「女の子と小さい男の子って、何のこと? 二人がさらわれるのを、あなたは見たの?」

「さらわれたって訳じゃないけど……えっと……」

 翠嵐に問われ、エルクルが言いよどむ。

「まさかとは思うけど、それってミオイと(はく)のこと? 嘘でしょお」

「ミオイが簡単に誘拐犯の手に落ちるとは思えないけれど、だまされたとしたら心配ね」

「んー、あの子、そういうのに免疫がなさそうだもんねぇ。白も丸め込みやすそうだし」

 力尽くに出られれば、ミオイも白もあっさり敵を退(しりぞ)けられるはず。

 だが、言葉(たく)みに、という方法を取られたら、どちらもちょっと……かなり怪しい。

「二人のこと、知ってるの?」

「それって、黒髪の女の子と男の子かしら」

 肯定する前に、チェロルが確認する。

「うん」

「じゃあ、ほぼ間違いなく、あたし達の仲間ね」

「え……」

 エルクルの顔が青ざめる。

「とにかく、もっと詳しい話を聞かせてちょうだい」

 翠嵐に言われ、エルクルは小さくうなずいた。

 三人は人通りの少ない路地へ場所を移し、エルクルは以前とは変わってしまった島の話を始める。

 およそ半年程前、スレイブという自称・実業家が島へ来た。大きな屋敷を建て、屈強そうな部下を連れ、島を我が物顔で歩く。

 だが、町の発展のために、と多額の寄付をした。それを受け取った以上、町の住人も彼の部下がチンピラまがいのことをしても、文句を言いにくくなってしまう。

 それでも、町の財政が潤ったのは確かだ。

 何かおかしい、と住人達が思い始めたのは、スレイブが来て一ヶ月もした頃。

 町の娘達数人が、スレイブの屋敷に住み込みで働くと言い始めた。そして、家族が止めるのも聞かずに屋敷へ入り、家族が会わせてくれと言っても拒否される。

 会えたと思っても本人が「この屋敷にいられて幸せだから」と言って、やはり家に戻ろうとはしなかった。

 さらに時間が経ち、この島へ立ち寄った人達の中で、姿を見かけなくなったと言って連れが捜し回る、ということが何度も起きるようになる。

 いつの間にかその連れもいなくなったので、見付かって帰ったのか、別の場所で捜し続けているのかもわからない。

 そのうち、よそから来た人間はさらわれているのではないか、と噂がたった。

 もちろん、証拠はない。さらわれたという確証もないし、自分達が動くことで、おかしなとばっちりを受けたくない。

 だが、スレイブが来てから、おかしなことがよく起きている。彼が無関係とは思えなかった。

「あきれた。いくら寄付金をもらったからって、人が消えたのを放っておいてるの? そのうち、誰もがこの島へ行くと危険だって思うようになって、逆に島がすたれかねないじゃない」

「こういう場合、軍に通報されそうなものだけれど……何も動きがないってことは、この島の治安を担当している軍も仲間に引き入れられてる、という可能性が高そうね」

「あー、ありえる。ミオイが聞いたら、ど腐れ軍隊とか何とか言いそう」

 どこにでもそういう(やから)は存在する。犯罪に目をつぶり、その見返りに高額の報酬を受け取る人間が。

「翠嵐、狼牙が持っていたリストの行方不明者に、この島の人間はいなかったわよね?」

「ええ。エルクルの話だと、この島の人はスレイブの所に住み込んでることになっているから、行方不明じゃないわ。それと、行方不明者が『どこで』消えたかということは、あのリストにはなかったわね」

 家族が、知人が帰って来ない。

 単にそれだけの情報で、行方不明者のリストは作成されている。年齢、性別、出身地と大まかな外見くらいが書かれている程度。もしかしたら、その辺りからして手が回っていたりするのだろうか。

 それとも「どこで」いなくなったか判断できないから、書き込まれていないだけなのか。

「とにかく、きみが見たって女の子はミオイに間違いなさそうね。まったく……白もしっかりしてくれなきゃ」

 エルクルが見たというふたりの特徴。黒髪で細く小柄な女の子と、もう少し小さい男の子……なんてどこにでもいそうだが、余程の偶然が重ならない限り、別人とは思えない。

「ぼく……あの人に助けてもらったのに、助けてあげられなかった」

 エルクルは、ミオイに助けられたことを二人に話した。

「あのお姉さんをおびき出したのは、ぼくの友達かも知れないのに。それも止められなくて」

 エルクルがぽろぽろと涙を落とす。

「外から来た人と友達が、話をしているのを何度か見たんだ。その後、いなくなったって捜し回る人がいるのを見て……もしかしたら、その子もグルかも知れない。だけど、怖くてぼくは何も聞けないし、何もできないんだ。以前はお姉さんが大好きな、とてもいい子だったのに」

 ミオイと白が、スレイブの屋敷がある方へ向かっているのを見かけた。同時に、そんなに離れてない場所でその彼女を見かけた。

 彼女に言われてミオイ達はそちらへ向かったのか、たまたま彼女は近くにいただけなのか。

 これまでに似たような光景は何度も見ているのに、できることなら偶然で片付けてしまいたい、と考えてしまう。心の底では、きっと無関係じゃないと思っているのに。

「その子のお姉さんはどうしたの?」

「え? あ、スレイブ様の屋敷に住み込んで働いてるって」

 翠嵐の質問に、袖で涙をぬぐいながらエルクルは答えた。

「それじゃあ、その友達はお姉さんを取り戻すために荷担しているのかも知れないわ。何か取引を持ちかけられたとか、脅されているとか」

「そう……なのかな」

 それならいい。せめて自主的に悪いことをしていなければ。他の人から、やっているなら同じことだ、と言われたとしても、自ら進んでやっているのではない、とエルクルは思いたい。

「探ってみなければ、真相はわからないけれど。とにかく、その屋敷を調べる必要がありそうね。ミオイが関わってしまったのなら、なおさら急がないと」

 翠嵐は風で狼牙にこのことを伝える。水晶も手元にあるが、翠嵐のように風魔法に特化していると、近くにいるとわかっている相手と簡単な会話をするくらいなら、これで済ませられるのだ。

「行きましょう、チェロル」

 魔法が終わると、翠嵐はチェロルを(うなが)した。

「先に調べてろって?」

「もう向かっているそうよ」

「は?」

 その言葉に、チェロルが目を丸くする。

「いつも以上に動きが素早いじゃない。……ミオイのせい?」

「ふふ、どうかしらね」

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