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海に愛されて  作者: 碧衣 奈美
第二章 反抗する奴隷
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人助け

 アイスを食べ終わり、ミオイと(はく)はウートスの町を散策した。

 さっきも話していたが、ミオイはよその町へ来た回数が少ない。なので、見るもの全てが珍しく、キョロキョロと周りを見回しながら歩いていた。

「あたし、フラれたの~」

 ふいに、そんな泣き声が聞こえた。

 誰だろうとミオイが見回すと、オープンカフェのテラス席に三人組の女性客がいるのが目に入る。どうやらそのうちの一人が、友人に泣きながら報告している、という状況のようだ。

「えー、あんなにラブラブだったのに?」

「理由は何なの」

「あたしが好きだっていつも言い続けてたら、それが重いって言われたのぉ」

 その言葉に、ミオイはどきりとする。

「重いってひどいわね」

「お前のは単なるわがままだって言われて……」

 まだ話は続いているが、白はそんな会話に気付いてないのか、そのまま普通に歩いて行く。ミオイはその後を慌てて追ったので、会話の続きは聞けなかった。

 好きって言うと重いって……何? 好きって言っちゃいけないの? それって、わがままなの?

「おいおい、当たっておいて、何の詫びもなしか。あー?」

「で、ですから、すみませんと……」

 今度はそんな声が聞こえ、ミオイの思考はそこで途切れた。

 六十は超えているだろう小柄な老人相手に、二十代半ばくらいであろう細身の男がドスをきかせて迫っている。

 自分に当たって来た相手に対し、金銭を要求しているようだ。当たったと言っても、あの手合いのやることだ、自分から当たって因縁(いんねん)をつけているに違いない。

「やな感じ」

 ミオイは軽く拳を握り、口元に当てると強く息を吹いた。息は拳の間を抜けて弾となり、チンピラの肩に当たる。その勢いで、チンピラは派手に転んだ。

「なっ、何だ? どうしてキャボチャが」

 空気の弾はチンピラに当たるだけでなく、跳ね返った角度が悪くてそのまま近くの八百屋にまで飛んでしまう。店の前に並んだ商品が、いくつか地面に転がり落ちた。それを見て、店主が慌てて拾い上げる。

「あちゃー、ちょっと失敗。もうちょっとゆるくでもよかったかな」

「ミオイ、あんなことができるんだ……」

 横で見ていた白が唖然としている。まるで吹き矢だ。もしくは、空気銃。

「火を起こそうとして息を吹いた時、強すぎるって言われたことがあるの。で、悪い奴がいたら、これを応用できるなって思って。だけど、練習してる訳じゃないから、今みたいにちょっと外れちゃうと、おかしな方向へ飛ぶんだよね」

 希望的予想としては、チンピラの肩に当たった後は空へと消えるはずだった。

「八百屋さんに悪いことしちゃったな」

 一方、転がされたチンピラは何が起きたかわかっていない。

 突然肩を弾かれたかと思うと、次の瞬間には地面に転がっていたのだ。銃弾のように貫通こそしていないが、相当な痛みにうめき声が止まらない。

「だ、大丈夫ですか」

 同じく何が起きたかわからないものの、老人は形だけでも心配するような声をかける。

 だが、周囲の反応は冷たい。それまでやっていたことを見ているから、いきなり転んだのを見て失笑する者もいる。

「今、笑ったのは誰だっ」

 痛みより怒りと恥ずかしさで立ち上がったチンピラが怒鳴り、人々は目をそらす。

 そのタイミングを逃し、チンピラと目が合ってしまった少年がいた。十歳かそこらの少年はチンピラを笑ってはいなかったが、目を合わせてしまうという失敗をしてしまったのだ。

 明らかに周囲から笑われたことで、チンピラは誰かに八つ当たりをしなければ気が済まない。そのターゲットが、少年に決定した。

「お前だな、笑ったのは。二度と笑えないようにしてやるぜ」

「ぼ、ぼくは笑ってません」

 少年の言葉を聞く男ではない。完全に少年を打ちのめすつもりだ。

 チンピラが少年に近付いてその胸ぐらを掴み、拳を振り上げた。止めることもできず、誰もが青い顔で見ている中。

「うっ……」

 少年に振り下ろすつもりの腕が動かない。不審に思った男が振り返ると、小柄な少女が自分の腕を掴んでいた。

「な、何だ、てめぇ」

「お前なんかに名乗る名前は、ないっ」

 チンピラの腕を掴んでいる手を、少女はそのまま下へ動かした。その動作で少女の手が離れると思った男だったが、そのまま地面に自分の身体が勢いよく叩き付けられる。

 その衝撃に、男はあっさり意識を手放した。

「お前みたいなのを、本当のゴミって言うんだ」

 ミオイはそう言うと男の襟首を掴み、目に入ったゴミ置き場へ男を放り投げる。

 周囲から拍手が起きた。

「ずいぶん、賑やかだな」

 起きていた拍手がぴたりとやむ。縦も横も幅のある男が、さっき投げた男と似たような男数人を取り巻きにして現れたのだ。

「うちの舎弟(しゃてい)が妙な所で寝てるじゃねぇか。ねぇちゃんの仕業か?」

 ミオイの倍以上は身長がありそうな男が、文字通り上から目線で威圧してくる。

「ミ、ミオイ、逃げよう……」

 (はく)がミオイのシャツを引っ張る。こんな所で余計な騒動は起こしたくなかった。とりあえず、自分達なら余裕で逃げられるはずだ。

「あたし、なーんにも悪いことしてないよ」

 ミオイはけろりと言い返す。

「あの男がお年寄りに因縁ふっかけてたから、ぶっ飛ばしただけ。ね? 悪いことしてないでしょ」

 ミオイの横では、白が青くなっている。はらはらしているのは、このやりとりを見ている町の人間も同じ。

 恐らく、あのチンピラの親分クラスだろう。子分がやられたのを見て、それをやったのが誰であれ、制裁を加えるつもりだ。

 その辺りは、ミオイもだいたい想像がつく。でも、仕掛けたのは自分だから、逃げる気はない。

「おっさん、あいつと友達?」

 せいぜい二十代後半くらいであろう男に「おっさん」と呼び掛け、相手は怒りをあらわにする。

「この……口のきき方を知らねぇ小娘だな。思い知らせてやるっ」

 丸太のような腕をミオイに伸ばしてくる。ミオイはその腕を、軽く突き出した手の平で簡単に止めた。

 大人の手に子ねこが前脚を乗せたかのような、大きすぎるサイズ差。しかし、男の腕はそれ以上動けない。

「う……この……」

「類は友を呼ぶって、本当なんだ」

 もう片方の手で男の手首を掴むと、ミオイは男の身体を軽々と投げ飛ばす。それも、さっきのチンピラにしたような、ゴミ置き場に放り投げる程度ではない。空に弧を描きながら遠くへ飛んで行く程に、だ。

 どこまで飛ぼうが、知ったことではない。

「頭冷やせ、どチンピラ」

「……やっぱり『ど』が付くんだな」

 ミオイの言葉に、白が変な所で感心している。

 残った取り巻き達は、ミオイが視線を走らせると縮み上がり、まだ何もしていないのに甲高い悲鳴を上げて逃げ出した。

 今度こそ、大きな拍手がわき起こる。

「あ……」

 目立ってしまったことに、今更ながら恐縮するミオイ。白を抱えると、その場から走り出した。

「あー、びっくりした」

 少し離れた路地裏へ隠れ、ミオイは一息ついた。

「あれだけやってて、何でミオイがびっくりするんだ? おれの方がびっくりしたぞ」

「だって、拍手されたんだもん。村であんなことしたら、大混乱だよ」

 あんなふうに目立つつもりではなかったのに。

 落ち着いて考えれば、ああいうことをすればどうなるかくらいの想像はミオイにもつきそうなものだが、絡まれた少年を放っておけなかった。

「ミオイ、やっぱすげぇな、お前って」

「え、そう?」

 小脇に白を抱えたままだったのを思い出し、ミオイは慌てて降ろした。

「海賊の船を壊したのは見てるけど、あの時は攻撃的な性格が前に出てたからだろ。今はいつものミオイなのに」

「そりゃ、力は一緒だもん。その力を使おうとする気持ちがあるかないか、だよ。分かれてた時のあたしは、とにかく目の前の物を壊してやるって感じだったけどね。今は状況に応じてって感じで、分別がつくようになったと言うか」

 ミオイにも海賊船は壊せる。でも、泥海のように「いきなり」はしない。ある程度相手に猶予をもたせるくらいのことはできる、というだけ。

 もっとも、さっきのチンピラに対しては警告もなしにやっていた。その辺り、隠れている泥海な部分である。

「おねえちゃん、すごいね」

 突然声をかけられ、白とミオイはふたりして悲鳴を上げた。声をかけた方もびっくりしている。

 見れば今の白とそう変わらない、十歳前後であろう女の子だ。赤茶の髪は肩より少し下まで伸び、髪と似た色の丸い目をした、どこにでもいそうな子である。

「ご、ごめんね、大きな声を出して。急だったからびっくりして。すごいって何が?」

「さっき、男の人を片手で地面に叩き付けたでしょ。すごく強いんだね」

「強い? そうかな」

「……何で自覚してないんだよ。間違いなく、一般人よりミオイは強いぞ」

 力があることは自覚してるくせに、強いということには無自覚なのだ。それはいいのか、悪いのか。

「おねえちゃん、あたしのおねえちゃんを助けてくれない?」

「助ける……って? チンピラに絡まれてるの?」

 ルトリと名乗った少女は、首を振る。

「この町の西に、スレイブ様のお屋敷があるの。おねえちゃんはそこへ連れて行かれたの、さっきの人達に。そこで働いてる」

「あのデカい奴とその取り巻き? あいつら、そんな誘拐まがいなことをしてたの」

 もっと痛めつけてから飛ばしてやればよかった、と心の中で後悔するミオイ。

「お願い。あたしのおねえちゃんを助けて」

「そう言われても、おれ達だけで勝手に動いたら狼牙が……。なぁ、軍とかに言わないのか? 町の人間がさらわれたって言えば、軍だって放っておかないだろ」

「スレイブ様はこの島の実業家だから、あたしなんかが言っても信じてもらえないの」

 少女の言葉に、白は眉をひそめる。

「調べもしないで、そんなことを言ってるのか。実業家だからって、絶対にいい奴だとは限らないだろ」

「ルトリ、お姉さんの名前は?」

「ネイアよ。……行ってくれるの?」

 ルトリの目が輝く。

「ミオイ、どうするつもりなんだ?」

「とりあえず、その屋敷へ行ってみる。あたしも狼牙達に助けてもらったし、誰かの役に立てればいいなって。行ってみてヤバそーって思ったら、匿名で軍に調べろって伝えてみる。何度もそういう通報があれば、軍だって無視できないでしょ」

「ありがとう、おねえちゃん」

 ミオイは白を連れ、ルトリが教えてくれた屋敷を目指して歩き始めた。

 何かあると危ないからと言われ、ルトリはその場に残ってふたりを見送る。

 その笑顔がほくそ笑んだように変わったところを、白もミオイも見ることはなかった。

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