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自分と世界を救うには  作者: あるつま
第1章 目覚める記憶
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8話 試験結果

 考えてみれば、俺は日本にいた頃も含め、人と本気で殴り合ったりしたことなんてない。幼いころに取っ組み合いの喧嘩を誰かとしたことくらいはあったかもしれないし、学校の授業で柔道をやったりくらいはしたが、ルール無用での本気の戦いは初。いわば素人同然だ。魔物を倒したあの日から体の動かし方は理解したが、駆け引きや戦術なんかは身についていない。


 そのため長期戦は不利と判断。俺の唯一の間合いである近距離での速攻を仕掛けることにした。


 全力で地面を蹴る。木製の床からバキッと嫌な音がしたが気にしない。正面からシャットに近づき拳を振りぬく。遠慮はしない。こちらも全力だ。


「ふんっ!!」

「――っ!!」


 シャットは横に避ける。だがそれなら追撃の間合いだ。さらに左右のラッシュを仕掛け、追い込みをかける。

 シャットは避けるのみで反撃をしてこない。ただいちいち大げさに避けているところを見るに、それほど余裕がないようだ。接近戦は苦手なのか?

 しかしここでシャットが左手に持っていた木製ナイフを上に投げる。ただそのナイフには脅威を感じない、おとりだろう。本命は……空いた左手!


「はっ!!」


 掛け声と共にシャットが左手をこちらに向ける。そこには手袋の掌部分に描かれた魔法陣と、それと同じ形の、掌から空中に投影されたような魔法陣があった。

 浮いた魔法陣から砂が噴き出し、俺はとっさに右腕で顔を守る。


「そこだっ!!」


 俺の視界が遮られた一瞬を見逃さず、シャットのナイフが左から迫る。しかし、俺には目をつぶっていても使える「もう一つの目」がある。

 左から迫る驚異を感じ取った俺は、右手で顔を覆ったまま、左手でシャットの手をつかむ。


「なっ…!」

「うらぁっ!!」


 そのまま強引に両手でシャットの右腕をつかんで引き寄せ、背負い投げに近い投げ方で地面にたたきつけた。


「かっ……」


 勝ちを確信していたため投げる勢いは手加減したが、それでも俺の引き上げられた身体能力での投げはシャットを戦闘不能に追い込んだ。





「いたた……久しぶりの戦闘とはいえ、こうも一方的にやられると自信なくすっス……」

「ごめんな。でも、本気じゃなかったんだろ?俺の得意なところを見るって話だったし」

「最初はそのつもりだったっス。でも近づかれてからは完全に本気だったっスよ。自分、割と接近戦は自信あったんスけどねえ……」


 速攻がうまくいったため、勝負はあっという間だった。何も考えず見れば俺の圧勝に見えるだろうが、最初に無警戒に近寄らせてくれたあれがなければもっと苦戦していただろうし、勝負が長引けばシャットももっと何か仕掛けてきていてもおかしくなかっただろう。


「それで、俺は試験に合格か?」

「合格?聞いてないっスか?この試験はあくまで新しい冒険者の実力を測るためのもので、冒険者になること自体は誰でもできるっスよ。」


 聞いてない。てっきり戦闘力の低いものは弾かれるものかと思っていた。


「今弱いからといって遠ざけていたら、優れた才能を持った人材を逃すっス。冒険者ギルドは優れた冒険者のサポートはもちろん、新たな冒険者の育成にも力を注いでいるっスよ。事前に説明していなかったのはこちらのミスっス。申し訳ないっス」


 なるほど。まあそのミスのおかげで本気で戦えたということもあるし、俺に特に損はなかったので気にしていない。俺は謝罪を受け入れた。


「気にしてないよ。こっちこそ思いっきり投げてごめんな」

「そう言ってもらえると助かるっス。それから最後に聞くっスけど、ショウさんは素手での接近戦以外に攻撃の手段はもってないっスか?」

「ああ。少なくとも今のところは。今後増やしていきたいと思ってるけど」

「了解っス。じゃあ、これで戦闘試験は終了っスから、受付で残りのちょっとした筆記試験と、後の手続きを済ませてほしいっス。」


そう言うと、シャットは立ち去っていった。と、ここで俺は周囲で俺とシャットの戦いを見ていた冒険者からの視線を集めていることに気が付いた。落ち着かない。


「な、なんだ?なんで見られてるんだ?」

「すごかったですね、ショウさん!見直しましたよ!」


 同じく見学していたハルカに声をかけられた。興奮しているのか、尻尾がフリフリと揺れている。


「凄かった?」

「ええ!シャット支部長は現役の金級冒険者。今でこそ第一線を引いてますが、元は死の大陸でも活躍されていた超一流の冒険者なんですよ?そんな方にああも一方的に打ち勝つなんて凄いです!」


 おお、そうだったのか。死の大陸がどのくらい危険な場所なのかよくわかっていないが、あの支部長は何やら大物だったらしい。見た目も口調もそんな雰囲気じゃなかったのに、とか考えるのは失礼か。

 そしてもう一つ気になる点があった。


「金級冒険者ってなんだ?」

「え?金級は金級ですよ?」

「いや、そうじゃなくて」


 不思議そうに首をかしげるハルカに聞いたところによると、冒険者ギルドには階級が存在するそうだ。見習いの鉄級から始まり、所謂普通の冒険者の銅級、かなりの経験と実力が要求され、死の大陸での依頼を受けることが許される銀級。人外の領域の強さ、具体的には単独で死の大陸からに行って帰ってこられると判断されるほどの実力を持ち、ギルド内でいくつかの特権を得ることができる金級、冒険者たちの精神的支柱として設けられた階級で、世界に三人しかいないという白金級。ハルカは銅級になったばかりらしい。


「ランクか……ロマンだよな。」

「ろまん?」

「ああいや、何でもない。とりあえず受付に行って試験を終わらせよう」

「はい!」


 ハルカへの俺への態度が違う気がする。まあただのテンション高い奴と思われるよりよっぽどいいな。俺はハルカを連れ、受付に向かった。





 まずい。これはまずい。

 第六感も働かなかったこの脅威にどう対処すべきか、俺は頭を抱えていた。冷静に考えていれば、この危機に対処できたかもしれないのに。後悔先に立たず。落ちていく砂時計の砂をにらみつける。


 そう、筆記試験が全く解けないのだ。俺は鉛筆を握りつぶしかけながら後悔していた。そういえば、鉛筆って中世ヨーロッパにはあったんだろうか?この世界の文明レベルをまだ見定められていないのは、俺の細かい歴史的知識の浅さに問題があるようだ。でも受験にそんな細かいところは出ないからなあ。仕方ないよなあ。

 現実逃避気味にそんなどうでもいいことを考えているうちに砂時計の砂が落ちきり、試験が終わってしまった。

 一般常識を測るテストだと事前に言われたのだが、この世界に来て一週間の俺にこの世界の一般常識なんてあるはずもない。俺は嫌になって選択問題を全部アで埋めてやった。ろくな結果にはならないだろう。





「ショウさん、試験結果をお伝えします。……あの、大丈夫ですか?」


俺はよほどひどい顔をしていたのだろう。ギルドに来て最初に話かけた受付嬢のお姉さんに心配されてしまった。筆記試験の説明を受ける際に聞いたが、このお姉さんはエマさんという名前で、新人さんらしかった。戦闘試験の説明をきちんとするのを忘れていたことを必死に謝られた。


「大丈夫です……」

「え、ええと、それではお伝えします。『ショウ殿、ここに貴殿を鉄級冒険者として当ギルドに迎え入れることを、冒険者ギルドワモス支部支部長シャット・ロイドの名の下に証明いたします。冒険者としての貴殿の活躍を心より期待しております』……ということで、ギルドカードをどうぞ。」


 俺の名前や登録したギルド名と今日の日付が書かれた、銀色の金属に小さな鉄のパネルをはめ込んだカードを渡された。


「ギルドカードはギルドの所属員としての証であり、身分証としての効力を持っているので、絶対に無くさないようご注意ください。不安な方にはこちらでの預かりサービスも行っております。こちらは無料ですがいかがなさいますか?」


 少し悩んだが、俺にはこれ以外に身分証がないので自分でもっておくことにする。

 俺はエマさんに礼を言うとギルドカードを腰から下げたポーチにしまった。シュミリオの店から見つけてきたこのポーチは魔法の品らしく、見た目よりはるかに多くの物をしまえることが分かっている。調べたところによると、大きめの段ボール二個分くらいのものが入るようだ。俺はここに、これまた店で見つけた薬やら何やらをしまっている。取り出しも取り出すものがわかっていれば勝手に手に収まるという素敵な一品だった。


「あ、そうでした。ショウさん、支部長から伝言を預かっています」

「伝言ですか?」

「はい、なんでも、『対人戦の強さは金級クラス、しかし攻撃の手段に乏しいので魔物相手だと苦しい、そのため銅級にするつもりだったが、筆記試験がひどすぎるので鉄級。今後しばらく見習い冒険者研修に通うこと』とのことです」

「………………」

「あ、あの、元気を出してください。あのシャット支部長に勝つなんてすごいことなんですから!ええと、その、応援してます!」


 エマさん……いい人だ……。

 こうして、俺の冒険者登録はなんとも締まらない結果に終わったのだった。


軽く調べたところ、16世紀くらいまでには鉛筆は存在するようです。ぎりぎり中世にはあったと言えるでしょう。

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