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自分と世界を救うには  作者: あるつま
第1章 目覚める記憶
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1話 ある青年の死

小説の執筆は初めてになります。よければ感想などお願い致します。

 人と関わるのが苦手、ではない。けれど得意でもない。そんな自覚のある人はいないだろうか。特に意識しているわけではないが、人との関わりを断つことのできる空間に安心感を覚える人はいないだろうか。そんな人は、きっと俺と気が合うだろう。


 俺の名前は神田翔。21歳の大学生で、入院中だ。

 入院中とは言うが、病名はわからない。原因不明の奇病だそうだ。全身の臓器の働きが徐々に弱まっていっているらしいが、わかっていることはそれだけ。専門的な知識があるわけじゃないが、通常の治療では対処できない状態らしい。

 臓器移植に望みをかける手もあると医者に言われたが、断った。臓器移植をして対処するとしたら内臓のほとんどで移植を受ける必要がある。それがひどく恐ろしく思えたというのも理由の一つだ。だが、本当はもう一つ理由があった。


 俺は物心ついた時から不思議な感覚を持っていた。第六感、とも言うべきその感覚が自分に特殊なものだと理解したのはある程度の年月がたってからだったが。

 俺は昔から、危機を未然に察知する不思議な感覚があったのだ。角から飛び出してくる自動車などの直接的な危機を感じとることはお手の物、なんとなく危険な予感がして通らなかった通学路でその日不審者が通報されたりしたこともあったし、質の悪い嘘に騙されたことはなかった。


 その感覚が告げていた。今回のこの病気、これが自分の最後だろうと。

 昔から例の感覚で、遠くに見える何かを感じ取っていた。年齢を重ねるにつれて、それは自分の死なんだろうとは察しがついた。そうわかった最初の頃こそ恐ろしかったが、死は誰にでも訪れるもので、そこに過度な恐怖を抱くことは無駄だし、有限な人生を楽しむことが先決だろうと考えた。


 大学に入学して少したった頃だ。違和感を覚えた。

 早すぎる。死の迫る速度が。


 そう気づいたときにはもう遅かった。原因不明の奇病と診断され、入院を勧められるも拒み続け、残った人生で何ができるかを模索した。だがついに限界が訪れた。いよいよ言うことを聞かなくなった俺の肉体は病院のベッドに横たえられ、ただ死を待つのみとなっていた。


 俺の感覚が告げる。これは逃れようのない死そのものであると。


(俺は何のために生まれて、なんのために死ぬんだろう。)


 既に碌に動かない体を横たえながら、見飽きた病院の天井を見上げる。死を待つだけのわずかな、しかし永遠にも思える時間の中で、これまでの人生を振り返る。

 死への認識を得て、死への恐怖を克服してからは、特に変わったことのない人生だったと思う。強いて言うなら、人より未来に向けて努力を重ねた方だと思う。具体的に言えば、勉強はかなり真面目にやってきた。優秀とは言えない頭だったけれど、目標に向けて努力を重ねることは嫌いじゃなかったし、日々の成長の実感は喜びを与えてくれていた。実はそれなりに名の知れた大学に在籍しているのだが、死が逃れようのないものだと考えられたからこそ、人生を有意義に過ごそうと考えた。その結果だろうと、そう思う。

 結果的に、それらの努力も成長も無駄に終わったわけだが。俺は、あの感覚に依存していた割に、あの感覚についてきちんと知ろうとしなかった。だからこそ突如大きくなった死の感覚への説明が今でも付けられない。不本意な結果に、自業自得な過程が合わさって、怒りの矛先をどこへ向ければいいのかもわからない。

 あるいは、すべては俺の思い込みで、そんな感覚は初めからなかったのか?あるいは、死への知覚を得てからの生き方の選択を間違えていることをあの感覚は示していた?あるいは…

 

 いや、もう考えてもどうしようもないことだろう。すべてを諦めた俺は、二転三転する思考の中で、今度は現実逃避と理解しながら目を閉じ、来世に思いを馳せる。

 もし生まれ変わったら何をしよう。今度はスポーツに力を入れてみようか。生まれ持った体格に左右されるが、その体格に合ったスポーツがきっと見つかるだろう。スポーツ以外なら、旅行なんてどうだ?世界中を旅して、いろんな国の人と関わって、いろんなものを見て、いろんなものを食べて……。

 恋愛ももっとしてみたかった。友達ももっと作ればよかった。もっと、もっと、もっと……。

 なんだよ、努力なんて、何の意味もないじゃないか。俺はこうして死のうとしているのに、俺を心配してくれる人のなんと少ないことか。これまでに見舞いに来てくれたのは家族だけだ。

 父、母、そして兄。両親は俺を愛してくれていたと思う。ただ、兄。俺はこの兄が嫌いだった。

 兄は自らの力ではなく、他人の力で生きてきた人間だった。何かあれば友人、学校の先生、両親、周りの人間にそのことを告げて、親切心を引き出しては楽に結果だけを得る。仕事も親戚のコネで就いたもので、社内でも異例のスピードで出世しているとか。おまけに最近婚約した女性がいるそうで、いずれ籍を入れるんだそうだ。なんでこいつだけ?俺の努力は何の意味も残さないのに、こいつの他力本願は!


 ……死を間近に控えると、情緒不安定になるらしい。兄への嫉妬が自分の中で大きくなっていくのを自覚するや否や、その妬みの熱は急速に冷めていった。


 落ち着いてきたところで目を開ける。どれだけ見たかわからない病院の真っ白い天井だが、それさえもなんだか魅力的に見えてきた。あと何度、この天井を見上げることができるのだろう。


 と、ここで病室の扉の開く音がした。両親の気遣いで個室になっているこの病室に訪れるのは俺に用がある人間だけだ。首と目を動かしてそちらを見る。以前よりずいぶん見えなくなった目だが、同じ部屋の人間の顔くらい見分けられる。


 そこには兄が立っていた。見舞いに来たらしい。

 そうさ、この人は、自分をこんな風に思っている人間の見舞いにも来るような人間だった。

 母さんが言っていた。この人は俺の見舞いに来たあと、いつも泣きながら母さんに電話するらしい。本当に翔の治療はできないのかと、俺に出来ることはないのかと、できることなら代わってやりたいと。

 いつもそうだ。この人はいつも人を助けようとして、だから頼られて、だから頼って、だからみんなに愛されて。俺は何度も、何度もあんたみたいになりたいって思ってたよ。


 兄が微笑みながら俺に声をかける。今はつらくても、きっとよくなる。兄ちゃんが何とかしてやるからそれまで頑張れ、と。

 俺のあの感覚は、俺に対して悪意のない嘘は見破れない。それでも、この微笑みと言葉が俺を励ますための嘘だとわかる。第一あんた、嘘苦手だったよな。


 頼むよ、兄貴。もうこれ以上俺に優しくしないでくれ。俺はもうあんたに謝ることも、感謝の言葉を伝えることもできないっていうのに。第一、代わって、やりたいって、なんだよ。あんた、嫁さん、もらうんだろ?あんたが、死んだら、悲しむ、人が、大勢……


 暗くなっていく視界、遠くなっていく音、薄れていく意識。

 今度こそ、本当に最後だとわかる。

 

 最後に、あの現実逃避の続きをする。


 そう、もし、生まれ変われるのなら、人との絆を____

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