天国にて 2
おばあちゃんからかなり離れたところで、やっとお兄ちゃんの手が緩んだ。その瞬間を見逃さず、私は小ささを生かした素早さで、お兄ちゃんの拘束から逃れた。
「ぷはっ……やっと息ができる……」
「息なんてしてないでしょ」
「ただの例えだよ!」
確かに息はしてないけど、それでもそんなツッコミをするなんて、お兄ちゃんは本当に空気を読まない。
「さて、用も済んだし、帰るか」
「ちょっと待ってお兄ちゃん、まださっきの理由を聞いてないんだけど」
何事もなかったかのように帰ろうとするお兄ちゃんの手をぐいっと引っ張り、引っ張り……なんで歩みを止めずにそのまま進むの?かわいい義妹が必死に引っ張ってるんだよ?
お兄ちゃんの力は強く、引き止めようとしている私を引きずるようにして進んでいた。
表情の見えないお兄ちゃんは少し怖かったけど、私は声をあげてもう一度呼び止めた。
「待ってってばっ!」
「あーもー……わかった!わかったから手を放しないさい!」
お兄ちゃんは諦めたようで、歩みを止めてくれた。
そして振り返ってしゃがみ、私と同じ目線になると、悪い子相手に話すように質問された。
「深紅ずきんちゃんみたいな死神が、一番やっちゃいけないことは何か知ってるよね?」
知ってる。知ってるけど、とぼけてみる。
「私、知らないよ?」
「本当に?知らなかったら、お盆が終わった後に閻魔様に報告しなきゃいけないんだけど……」
『閻魔様』という名前が出た瞬間、私はピシッと『気をつけ』の姿勢で叫んでいた。
「知ってる!知ってるから報告だけはやめて!!」
周りを飛んでる魂や、書類片手に歩いてる天使さんが何事かと私たちの方を見てくる……けど、すぐに目をそらされた。私とお兄ちゃんは、仲のいい兄妹として天国では見られているから。
『閻魔様』は私のような死神の上司ってお兄ちゃんに教えて貰った。私が死神になる前から地獄って場所にいて、亡くなった人の魂の行き先を、地獄か天国かに分けてるんだって。
基本的には優しいけど、怒ると凄く怖いみたい。実際に会ったことがないからわからないけど、怖いんだって。
私の何が面白いのか、お兄ちゃんはケラケラと笑っている。そして口を開いた。
「知ってるよね。死神は仕事や依頼が来ない限り、先に受けた仕事をほっぽり出して、勝手に魂を抜き出してはいけないし、死にそうな人に接触してはいけないんだけど……知ってるよね?」
お兄ちゃんの優しそうな笑顔に恐怖を抱きつつ、知ってるよ!と答える私。お兄ちゃんと出会う前にやってしまったことがあるけれど、それは過去の話だし、きっとお兄ちゃんも閻魔様も許してくれるよ。うん。きっと。
お兄ちゃんは一つ頷くと、立ち上がって手を伸ばしてきた。
私はその手を取り、お兄ちゃんと並んで歩き始めた。
「あのおばあちゃんは、深紅ずきんちゃんの申し出を断ってまで、お孫さんの最後を見届けるって言った」
「うん」
お兄ちゃんの言葉に私は頷くことしかできない。その一番やっちゃいけないことを、やってしまいそうになったから。
「依頼、されてないよね?」
「うん」
出口へと歩きながら、小さく頷く。
「それがわかれば良し。帰ろう」
「うん」
天国の受付で預けた鎌を受け取った私たちは、天国を後にした。