第三話.
ここで、この物語の職業・ヒーローが始まる経緯についてのお話をしておこう。
まず、一番説明しなければならないのは、「変身ベルト」についてのことである。
遡ること七年ほど前。とある科学者の研究により、物質の素粒子変換が成功し、「物質の体積縮小化」を意図的にすることが可能となった。
これにより、世間では、「コンパクトブーム」という奇妙な商品が次々と発売されるようになった。最初は家具などの大きなものを運びやすくするための研究であったが、現在では、衣類、水、食品などのありとあらゆるものを縮小・拡大することが可能となった。
簡単に説明すると、こういうことである。
1キログラムの鉄と1キログラムの羽毛、どちらが重いか?
少しでも読解力のある者であれば、「そんなの同じ1キログラムなんだから、どっちが重いなんてあるわけ無いだろう!」と、直ぐに解答できる。
では、「どちらが場所を取らないか」もしくは、「どちらの方が小さいか」という問いかけならば、誰しもが「そんなの鉄に決まってるじゃないか」と答えるはず。
この研究をした科学者はそこに目を付け、「だったら、羽毛も同じサイズにすることはできないだろうか」と考えた。
基本となるのは1キログラム・1センチ四方の鉄。このレベルまで対象となる物体を「一時的に縮小する」ことを目標として、研究が行われた。
時が経ち、この研究は成功、今度は逆に「縮小できるなら、分散して重さを感じさせないことは出来ないだろうか?」という考えに至り、「空気と同じ位の重さに分散させる」ことを目的とした研究が行われる。
この研究も見事に成功。
使い方も至極簡単で、対象となる物質に装置を設置し、ボタンを押すだけ。
基本構造として、その装置を付属させた商品は、分子レベルでの分解がされ、空気中に分散されるので、どんなに重量のあるものでも重さを感じることなく持ち運びができるという物。
「空気中に分散されるのでは、風などで吹き飛ばされるのでは?」
という疑問が浮かぶであろうが、この研究の段階で既にその点に関することは最初から壁となってぶつかり、試行錯誤の末、微弱な電磁波の糸を分子同士に連結させ、かつ、その都度送られる電磁波の種類も異なるようになっており、混線が起きぬように開発を進められた。
この商品に着目したのは、自動車メーカーに大型家電メーカー、ありとあらゆる業界からのオファーが殺到したのは言うまでも無く、その装置は瞬く間にヒットし、世間では「無重量ブーム」なる、またまた奇妙な商品が流行した。
しかし、科学者自身がこの装置を開発したのは、他に目的があった。
それが、この物語の核となる「変身ベルト」である。
彼自身、今でこそ科学者になってはいるが、幼い頃の夢は、多分に漏れず「変身ヒーロー」を目指していた。
そのために、絵に描いたような「文武両道」を実行し、「自分自身が変身ヒーローになるため」の研究を小学生の頃からブレることなく、四十歳となる今まで続けてきたのである。
変身ヒーローとのタイアップをしている玩具メーカーは、こぞってこの装置で「現在放送されている特撮ヒーローの変身ベルト」を発売した。最初は子供向けのサイズで発売したものの、価格自体が子供向け玩具と言うには無理のある「十万円」という金額であった。売れても一万セットも届かず、その時期に放送されていた特撮ヒーローたちのストーリーが佳境に入る頃には、各メーカー共にその商品自体への諦めたムードが漂っていた。次のシーズンのヒーローに至っては、変身ベルトは発売するものの、完全受注生産という体制にし、大量生産による無駄な在庫を抱えることを避ける方向へと切り替えていった。
しかし、現在の「ヒーローブーム」を巻き起こすための切っ掛けとなる、動きがここから起きる。それは、数シーズン経った頃、一メーカーの若手営業マンが、新商品の企画会議で変身ベルトの話題のときに呟いた一言から始まった。
「このベルトって、昔のヒーローに変身できたりしないんですかね?」
その場にいた全員が目を丸く見開き、彼の言葉に注目した。なぜなら、過去の作品の商品を発売するということは、企業にとってある種の賭けでもあるからだ。
確かに「初代・仮面ライダー」や「V3」などは人気が今も続き、発売すれば一部のマニア層が大枚を叩いて商品を購入するが、やはり一部マニアでしかなく、必ずしも売れる商品に繋がるというわけではない。つまり、生産したとしても、やはり、現行のヒーローのベルトのようになるどころか、そこへの投資が一切無駄になりかねない。
そんなことは、玩具メーカーの社員であるならば百も承知のこと。会議の場でその意見は若手社員の戯言と流されそうになったとき、重役の一人が「どういう意味だ?」と、深く聞き出した。
若手社員の言うことにはこういうことらしい。
現状で受注生産をしながらも、サイズ自体はピッタリと合うものではなく、通常の衣類と同じように、予め決められたサイズを購入者に提供している。やはり、子供のためとはいえ、十万円という金額は決して安くはないので、購入した保護者から「サイズをピッタリとなるように作り直してくれ」というクレームが発売当初から相次いでいるという。
ならばいっそのこと、メーカー自体がデパートなどで採寸をするコーナーを設け、個人個人にサイズをピッタリと合わせるようにする、「オーダーメイド方式を採用すべき」という提案をした。
で、結局、オーダーメイドにするのであれば、昔のヒーローのデザインもパターンに加え、子供だけではなく、大人も購入することができるようにすればいいのでは?……というのが彼の言いたいことだったらしい。
つまり、この商品自体、「大人向けも視野に入れて作り直してもいいのではないか?」という提案であった。
その瞬間、誰もが手を拱いていた商品の問題部分があっという間に解決された。
発売後、商品は瞬く間にヒット商品となり、個々で憧れているヒーローのデザインが違うため、購入から手元に届くまで半年待ちというほどにまでなった。しかし、玩具メーカーは更なる賭けに出る。
別の新企画提案会議の場で、オーダーメイド方式を提案した若手社員が再びこう口にした。
「自分で考えたヒーローのデザインに変身できたらカッコイイんじゃね~の?」
新たな顧客層を求めるメーカーは、先のヒット商品を提案した若手社員のその意見に耳を傾ける。
その社員は沖縄の「琉神マブヤー」、秋田の「超神ネイガー」をはじめとする「御当地ヒーローブーム」というのが数年前から定着、ここに注目をした。
「御当地ヒーローがいるなら、県単位じゃなくて自分の町内を守るような御町内ヒーローがいてもいいじゃないか、だったらデザインをそのまま再現してくれるように会社が動けばいいだろう」
ということらしい。
こうして企画がスタート。価格設定は従来のベルト代にプラスして五万円。自分でデザインを表現することが難しければ、プロのデザイナーがそれをキチンとデザインとして表現するサービスも実施した。この企画も瞬く間に大ヒット。つまりは皆、自分が思い描く「理想のヒーロー像」というものを抱いていたのである。
そして、それに気を良くした購入者たちがその姿で街中を歩き、次々に万引きや引ったくりに自転車泥棒などを捕まえ、軽犯罪を次々に解決していった。この功績に国も無視をすることができず、この物語の主となる「ヒーローが職業になった」という状況が生まれる。
ちなみに、大峪英雄がベルトを購入し、職業欄に「ヒーロー」と書くのはこれから数年先の話である。