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ディオエメンタシス  作者: チムチム・マイン
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-バクーってこんなにでかかったっけ-


 バクーが地面を踏みしめるたびに玉砂利たまじゃりがバキバキと砕け、歩調に合わせて街が揺れる。 にぶく、しかしそれだけ重量をともなった力強さに体のしんられ、原始の興奮がビリビリとよみがえってくる。


 バクーは最大の陸生動物である。とはいえ、これほどまでに大きなバクーは5AMファイブオールマタは見ていない。いや、もしかしたらモラルタよりも大きいかもしれない。規格からはずれた尻尾が左右に振られるたび、音を立てて家屋かおくが壊れる。バクーストリートはバクーの往来おうらいを考えて設計されているはずなのに。


「ギルセロ最強の一団“双華隊そうかたい”じゃ。二回目の調査として、火の賢人ファチーボ様の片腕、ケルミン様が選ばれたのにも合点がいく」


 孫の手を引く老人が目を輝かせながら、バクーに引かれた入れ子型コンテナを指差しているが、孫はポカンと口をあけている。


「ほほー! バクーの操獣士そうじゅうしはモルビン様! そうかそうか、うんうん。編成はたしか40人。ケルミン姉妹は肩書きこそ魔道士ウィッチ止まりじゃが、その実力は他の賢人に迫るほどなんじゃよ。今回の事故は、闇魔道士ドルイドが関わっているという見方もあるから……」


 先を急ぐ俺は老人から離れてしまったので、説明の続きを聞き取れなくなった。


 守護崩れの不良っこケルミン。子どもの頃に何回か遊んだが、あの豪快ごうかいな笑い方は忘れられない。底抜けに前向きな性格で、いろんなゲームを教えてくれた姉貴分。華々しい功績と見苦しいスキャンダルを交互に繰り返す風雲児ふううんじとして、いつだって人々の噂の的だ。


「モーフィの毛皮を安く買えたんだ。まあ2800ギル払ったんだがな。3クォーター前には考えられない」「この遠征にかかっている」「はやく解除発令されてほしいよー」「あの不幸な事故が起こった直後とはいえ」「腹へった」「感応石かんのうせきが足りなくて困るのよ、あなたの言うとおり、買いだめしておけばよかったわ」「品によっては10倍以上に高騰しているぞ」「音楽隊の演奏がなかったから奇妙と思ったわけよ、でもケルミンだったわけね、どうりで」「凱旋がいせんでもないのに夕方に行われるなんて、調査隊の送り出しにしては変則的なパレードだな」「俺だってあれくらい操獣できるぜ!」「おいお前、当たったぞ!謝れ!」「申し訳ないがハッカは置いていない。“スモークラフレシア”でも品切れだと聞いた。原料を手にするのは諦めた方がいい」「いつまで続くかね」「解禁されれば少しはマシになるんだろうけれどねえ」「今回の動員で原因が分かったらいいな」「悲惨としか言いようがない……死体も出てきていないんだ。当人のいない葬式さ。まったく。形見も残らなかったなんて」「へっへっへ、あなた様には特別にハッカを売りますよ」「ママ見て見て! 変な形!」


 住人間じゅうにんかんで交わされるやりとりの中を、俺はひたすら横切った。そして、バクーストリートから路地ろじへと入り、勾配こうばいの急な坂道をくだりはじめた。住宅地や商店街とは反対の方角だ。人が寄り付こうとしないがために人が少ないところ、つまり、人の目が十分に行き届かない場所を求めていた。何がしたいだとか、どこに行きたいだとかといった、明確な意図があったわけではない。


 今にもはずれて落ちてきそうなトタン板、塗装しているのにヒビを隠しきれていない白壁、増築を繰り返して不恰好になった屋根やね、そんないびつな家屋かおくをすでに何軒も通り過ぎた。  俺はできる限り早く歩き、何人もの通行人を追い抜いた。彼らは、俺の異常な気迫に何事かといぶかしんだことだろう。ただこれでも、思い切り駆け出したいという衝動をおさえこむことに成功している。


 坂道を下るにつれて薄暗くなっていくのは、家屋が通路側のスペースへとせり出して空を隠してしまうためだ。俺は、網膜に映る映像をとにかく後方へ押しやりたい一心で歩き続けた。


 歯のない男に道をふさがれた。男は手の平を上にしてこちらに突き出し、通行料を要求した。金貨を1枚、投げ捨てるように支払ってやると男はひどく驚き、金貨に描かれた前王エルカナの横顔にしばらく見入っていた。壺を覆う布を引き、黒ずんだ手を中に突っ込んだかと思うと、粘りけのある赤い粉末グリースをすくって袋につめ、投げてよこした。ここで通用する貨幣とでもいうべきものである。グリースはほのかに光を放つ。薄闇での取引がスムーズだが、また同時に注目を集めやすい。


 建物へと勧誘しようとする人や、地面に座り込んで賭博とばくに打ち込んでいる人や、酔っ払って足取りがおぼつかない人などが、まるで光に集まる蛾のようにふらふらと寄ってくる。彼らは手招きをしたり、アイコンタクトを取り合ったり、肩を叩いてニチャニチャ笑ってくる。


 闇の住人達の視線を振り切ろうとさらに奥へ進んでいくと、建物が迷路のように入り組み、斜面の勾配もきつくなる。屋内からは、雑音の多い音楽や、けたたましいバカ笑い、わけの分からないうめき声などが聞こえてくる。


 くそ、どうして俺は理由もなく、こんな小汚い場所をほっつき歩いているんだ? 他にやるべきことがあるだろう? なぜだか、無性むしょうに腹が立ってしかたがない……いや待て、そもそも俺はいったい何に対して腹を立てているんだ? あるいは誰に対して? こうしてスラムをやみくもにうろついていれば、その原因が分かるだろうか?

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