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訓練生達は、居室の個人用ロッカーにアタッシュケースをしまい、シャワーを浴びて手早く着替えた後、買い物を済ませようと街路へ赴く。その道中、俺は再びハリソンに会った。
「誰か誘って組み手をするんじゃなかったのか」
「先に物品をそろえることにしたよ。ところで、居候はどうなってる?」
居候とは、少し変わった俺の同居人だ。
「多分まだ家にいるだろう。かれこれ4dMは経つ」
「甘やかし過ぎると、それを当たり前だと勘違いするぞ」
「たまの休みもひっきりなしに絡んでくるから落ち着けたものじゃない。それに、今となってはあいつが実効支配しているから、もはやどちらが家の主なのか分からない。拾うなっつってるのに、帰るたびに犬が増えていくし」
「苦労してんのな」
「人がいない状態で放置していると、家ってすぐにいたむんだ。湿気がたまってカビは生えるし、ネズミやフクロウの住処になることもある。だから、誰かがいてくれた方が助かるって最初は考えていたんだ。だが、今ではモニカが引き込んだ野良犬の住処だ。犬どもに侵略され、俺の居場所はすでにない」
「お前は優しすぎる。地位を狙うあつかましい女ってのは、いつの世、どこの社会にもかならずいる。そのうえ、素性が分からないときたもんだ。……訓練内容や、演習の行き先を言わないようにしとけよな……俺だって家族にすら話さない」
「モニカがスパイであるかのような口ぶりだな。それだけは万に一つもあり得ないよ」
「ああ違うともさ。ただ、可能性はゼロじゃないって言っているだけ」
ハリソンという男は常に、想定される最悪の事態に対して最善手を打とうとする。組み手の型や座学の成績にも、その手堅さがうかがえる。
「モニカは訓練や政治の話をしない。食いもんの話ばかりなんだ。食い意地だけは張っているから」
「でも話を聞く限り、出自を含めて不審な点だらけだ」
ハリソンは、朝起きると煤だらけの女性が煙突から這い出てきた、という、過去に話したジョークを真に受けていた。
「俺は内政不干渉主義だから、これ以上は何も言うまい。ああ、我が友人よ、警戒を怠ることなかれ。心を強く保てよ」
「肝に銘じておく」
ハニートラップを言っているのだろう。おせっかいな忠告だ。“そんな罠に引っかかるバカなんぞ本当にいるのか?” と言いそうになったが、“そういう、自分だけは騙されないと思っているやつほど騙されやすい” などと正論を返されるに違いない。
ハリソンとわかれた後も俺は街路を歩き続けた。やがてバクーストリートに合流し、革靴越しの足裏の感覚が石レンガから玉砂利に変わった。
その時とつぜん、重低音と突風による攻撃を受けた。長い鼻が頭上を通過し、未知なる攻撃の正体が唸り声と鼻息だと判明した。俺は急いでバクーの股下から逃れ、安全な場所へと避難する。
次の投稿は早いと思います。
1dM = 28日