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もっと投稿ペースを早くしたいなー。
ツクツクボウシのやかましい鳴き声が響く残暑の講堂で、訓練生は講義を受けていた。長机に着席した35人はみな一様に、白地に黒のぶちの入った服装をしている。古都ギルセロの外観に似せられた作業服だ。しかしこれ、あり得ないことに長袖長ズボンのため、汗を吸って重くなったぶ厚い生地に、不快感はマックスだ。
「私は君達が羨ましい」
法都スピリトールから招かれた講師は、涼しげな格好をした髪の薄い中年。あいさつ代わりの雑談を終えると、抗争における戦術の講義をはじめた。
まじめに耳を傾けているのは最前列の数人だけで、それ以外の訓練生は、体を講堂に残したまま意識をどこかへやってしまった。上級者ともなると、怪しまれない程度に前傾した姿勢で、前髪や手で目元を隠すことによって、“睡眠”と“講義内容を理解しようとつとめる雰囲気を醸し出すこと”を両立している。
一番うしろの席には指導教官がひとり、訓練生に目を光らせていた。客人の講義を遮らないようにしつつ、眠っている者を起こして回るという業務である。あからさまに突っ伏していたり、分かりやすく船を漕いでいると起こしにくる、というわけだ。
講義を妨害しては講師に失礼なので、寝ているかどうかがきわどい場合は起こしにこない。俺達訓練生は教官の心理をふまえて妥協ラインをすばやく推し量り、そのギリギリを攻める。牽制の咳払いでビクともしなくなった訓練生でさえ、足音や気配で接近を感じ取ることはできるので、教官が自分の元へ到達する前には現実世界に戻ってくる。そのため、教官の試みは多くの場合不発に終わる。よって、教官は、さっきからなんども立ち上がっては座り、立ち上がっては座りを繰り返しているわけだが、だからといって、延々(えんえん)と続く不毛な駆け引きに気を緩めることは全くない。さすがだ。
「君達は対魔道士特化の魔導師として訓練を繰り返してきたが、ギルセロの一番の強みは暗中での機動力だ。君達はギルセロが誇る最強の部隊のひとつ。魔導師の持つ役割は大きいのだから、もっと誇りを持ちなさい」
終業の時刻を知らせるラッパが鳴ると、客人講師はどこかへいき、訓練生達は異世界から戻ってきた。ガチャガチャとアタッシュケースに教科書を詰める音に負けじと、指導教官が声を張り上げる。
「黒曜は暗中機動の訓練だ! いわば、集中訓練期間の最後の仕上げ。3stの余暇を与える! 必要と思った物品はおのおので準備すること! あと、徽章を作業着に縫い付けておけよ、ざっと見るだけでもちぎれかかっている奴が何人もいる! 出発前にチェックするからな!」
やっと羽を伸ばせると、訓練生達は与えられた短い休暇に喜んだ。指導教官が告げ終えると同時に出て行った者もいる。ただ、それは数人の話であり、残った者達は訓練に必要な物品について意見を交わし合っている。
「ひどい講義だった。テーマには関心があったのに、中身はおもしろいと思えなかった。どうしてだろう」
重量のあるアタッシュケースを机に置いて話しかけてきたのはハリソン。課業の合間にはかならず話しかけてくる。あたかも、自分の恋人が誰かに取られはしないだろうかと心配する恋愛初心者のようだ。
「一見、座学に見えたかもしれないが、それは違う。催眠呪文に抗う実習だったのさ」
「ははっ。もしそうだとしたら、あの講師は無声詠唱の使い手だったわけか。しかも眠りを扱う闇魔道士。……でも、闇魔道士にしては陽気な性格だったな、肌つやもよかったし」
ハリソンはめちゃくちゃ太っている。しかし、考察は常に鋭く、フットワークも軽い。要領がよくて器用であるため、たいていのことはそつなくこなす。太っている人はのんびりしていると考えるのは偏見かもしれないが、このアンバランスははっきり言って、第一印象詐欺である。
訓練学校における魔導師課程は、心身ともにそうとうハードである。したがって、ふつうはみんな、均質な体型になってゆくものだ。痩せていたら鍛えられてマッチョに近づくし、太っていてもしぼりこまれ、やはりマッチョに近づく。それなのにハリソンだけは太ったままだ。俺にはこのことが不思議でならない。錬成に励む寮生活を営みながら体型を維持するだなんて、どこかでうまく手を抜いているとしか思えない。
1st → 1日
魔導師: 魔道士の上級職