1
こんにちは、まいんです。
愉快な気持ちになれる作品ではないかもしれませんが、がんばります。
古都ギルセロの中心、ギルセロ城地下4階、フロア全体があるひとつの目的のために使用されている。
“抗争敗者の拘束”
相互に対人魔法を用いたペナルティは、その技量が劣っている側にのみ一方的に科されるが、その妥当性にうだうだと口を差し挟むつもりはない。いっけん理不尽なギルセロの政策が、かの六大賢人によって公認を受けていると思うと情けない気持ちになるが、マナの運用能力を高める狙いがあるという話を耳にしたこともある。……正直なところ、議論には興味がないし、どちらでもいい。というか、ぶっちゃけどうだっていい。
古都ギルセロに住むのなら、規則がそのように定められている以上、悪法であったとしてもそれはそれとして受け入れねばなるまい。
俺はフロアの構造を注意深く観察した。視界に入ってくるだけでもざっと魔道士が7~80名、直立したまま魔法で眠らされている。今まさに自由刑を受けている彼らの多くは、郊外のスラム出身だ。身なりを見ればすぐに分かる。
-特定の身分を持たない-
彼らは自由だ。気の向くままに、自分のやりたいことだけをしていればそれでよい。移住者である彼らにとっては、息が詰まるような人間関係やミスの許されない仕事などは想像の産物であり、よもやそのような古めかしい慣習がいまだに残っているのだとは思いもよらない。……だが存在するのだ、ここギルセロには。ギルセロは古都なのだ。
その時、シュっという音をとらえた。柔らかい布がざらついた表面をこする音。緊張が限界に達し、俺は反射的に身をかがめていた。誰かいる。敵だろうか。正体不明の敵もまた、瞬時に気配を殺したようだ。過失への対処の早さから熟練者と考えられる。受刑者か、あるいは守護者の生き残りか。いずれにせよ、他の受刑者が目を覚ますともしれないこのような場所での抗争だけは避けたい。
暗がりの中、全身を耳にして待った。受刑者達の寝息が聞こえてきそうなくらい静かな空間の内側で、動くものは何もない。湿度・気圧・照度ともに変化はなく、敵は仕掛けてこない。しばらくの間そのままだった。時間の流れが止まってしまったかのような奇妙な錯覚に慣れ始めた頃、俺は大げさにため息をついた。衣がこすれる音は、気のせいだったのだろう。俺と受刑者以外に、誰かがいると思うなんておかしな考えだ。
俺は、一段高い、明らかに他とは区別された円形の領域に足を踏み入れた。主旨を汲み取ることができない程度に文字が消された半端な陣の中心には、まがまがしさをそのまま形にしたような黒い箱が一つあり、そしてそれは気味が悪いことに脈動している。俺は、その生暖かい箱から噴き出した糸を振り払って封印を解いた。
……重い蓋を開けてすぐに俺は悟った。ザインドーマにはめられた、と。……そこには不死の魔道士などいやしなかった……。分厚い透明の膜で包まれた青い鉱石。いや、人間の手によって作られた結晶だから、鉱石と言っては誤解を招く。
-ディオエメンタシス-
ディオエメンタシスは、使用者と共振する生命体をモナドの単位にまで分解する史上最悪の古代兵器だ。関わりのある者全員に不幸をもたらし、一連の事件は大惨事として史実に記される。ディオエメンタシスは地上から永久に破棄された……はずだ。
俺は、怪しい光を放つそれをまじまじと観察した。こうして目の当たりにしなければ、ディオエメンタシスが現存するなどと説明されても、おそらく信じなかったに違いない。たとえその相手が六大賢人だったとしても、正気を疑ったことだろう。
ディオエメンタシスは人類の再定義と関係がある。かつて、人類が他の生物種よりも優れている証拠をどうにか見つけ出そうと、論理的に探求した者達がいた。
人類より数の多い生物種はごまんといるし、太古より存続しているごきぶりなどは、種として人類よりも繁栄していると言える。あらゆる悪条件の中でも生きていけるマダラクマムシ、適切な環境下なら寿命を終えることのないベニクラゲなどを見てみると、人類よりも個として成功している。
火や言語を使いこなすだけでなく、道具を作ったり呪文を扱う生物種もいる。あまり知られていないが、鶏冠猩々(とさかしょうじょう)が築き上げた呪文体系は、人類に理解が追いつかないほど高度かつ複雑である。また、カクレヒゲイルカは23の感覚器に由来する豊かな感性を活用し、仲間内で楽曲を作る文化がある。
個体としての成功、種族としての繁栄、理性と感性の大小に基準をおくと、人類がもっとも優れているとはみなし得ない。
……では何をもって人類優位とみなすのか。彼らは執念深く取り組んだ末に、ある恐ろしい結論を導き出した。
-そう望めば、ある生物種を絶滅させる能力を持つ-
自己保存と種族維持を妨害し、その種にとって究極の事態へと滞りなく追いやる力量をもってして、その種よりも優れている証拠だと考えたのだ。つまりこの石は、人類が人類であることを実行証明する手段として、人類の再定義とともに開発された。
くだらない! 実にくだらない。くだらなさすぎて反吐が出る。思い上がった一部の人間による歪んだ思想は、エコシステム全体に厄災をもたらす。悲惨な力の所有を知性と呼び、つまらない虚栄心のために過ちが繰り返される。
幸いにして、俺は石の解体法を知っている。つながった管に触れないようにしつつ右側面を上方向にひねり、今度は冠状断で時計回りに直角にまわす。手順を知らない者がまっとうするのはおよそ不可能だが、操作そのものはきわめてシンプルだ。この方法で無害化できれば、設計図すらも内部で自己組織化されているこれが再び結晶となることはもはやない。
……これは使命なのかもしれない。
その力のわずか一部であっても作動させてしまえば多くの犠牲が出る、そのような危なっかしい兵器を放っておくわけにはいかない。アトランティアの叙事詩に記されている通り、本来なら遠い過去に葬り去られてしかるべき遺物である。
俺は解体してやろうと意を決し、石を包み込む透明の膜を剥いだ。
俺と石を隔てる物がなくなると、石の鋭い輝きを直接身に受け、思いがけないまぶしさに目を細めた。しかし怯まずに調べていると、石が呼吸していると分かった。この物質は生き物なのか! まったくの想定外である。ただ、あの寒い書庫のどこかで、“ディオエメンタシスは意思を有する石である”という一節を目にした気がする。
俺は石を前にして、放心したように立ち尽くしていた。
もつれた難解な問題群に、超然と一つの方針を打ち出す象徴 -ディオエメンタシス-。人類が英知を集結させた結果であり、欲求の純然たる姿である。生み出された動機の醜悪さとは対照的に、洗練された造形の備える美は完璧だった。人類の誰をも魅了して、種を次のステージへ導くに違いないと確信に至る。
-いつでも壊せる物を、わざわざ壊す必要が本当にあるのか?-
ディオエメンタシスはそれ自体が貴重な生物種であると認めざるを得ない。そして、箱の中で熱を帯びる小さな石は、現存する最後の個体である。解体の意味するところはまさに、ディオエメンタシスという一つの生物種を絶滅に追いやるということだ。俺はついさっき、ある生物種を滅ぼすという発想に激しく憎悪したはずだったが、いきなり矛盾にぶつかってしまった。その思想を排斥するためにはその思想に頼らざるを得ないというジレンマに陥ったのだ。
-いつでも壊せる物を、わざわざ壊す必要が本当にあるのか?-
愚かな問いに決意が揺らぐ。
はぁ。つくづく嫌になる。厄介な国難に巻き込まれてしまったものだ。騒動の規模は今後も膨らみ続け、引き返せない局面へと突き進んでいくだろう。
避けようと思えば避けられた。だから、どう考えてみても俺が悪い。呵責を呼び覚まそうとする内なる声に、どこかの段階で耳を傾けていたのなら、こうはならなかっただろうから。
スラムでの気晴らし、訓練中の喧嘩、温泉での悪夢……道を正すチャンスはいくらでもあったし、やりようはいくらでもあった。それなのに、俺はことごとく判断を誤った。ここに至るまでに俺が自主的に選び取ってきた数々の選択肢、それ以外でありさえすれば、なんだってよかったはずだ。
俺は常に間違いを選んだ。
ここしばらく何をやってもうまくいかず、自暴自棄になっていたというのもあるかもしれない。ただ、先に言っておくが、ザインドーマに出会って歯車が狂い始めたとか、洗脳されておかしくなったとか、そういうことだけはないと断言しておく。たしかにあいつは俺を利用した気になっているが、俺があいつを利用したんだ。
信じてもられないかもしれないが、ついOne Quarter前までは、守護の任を担うために訓練に励む、俺は平凡な魔道士だった。
現在進行形で手がけている作品ですので、更新は不定期ですが、なるべく早く投稿していきたいと思っております。
プロットはできあがっているので、エタることはありません。
短編のつもりですが、もしかしたら長編になるかもしれません。
万人受けは目指しておりませんが、おもしろいと思っていただければうれしく思います。