腐っていた能力と新たな仲間
あの後、不毛なやり取りを経て我々の滞在許可と物件が決まった。結局、我々の滞在する物件は街の中で一番低い場所にある中で最も広い空き家であった。
物件は二階建てで、全員分を越える個室数に二十人位なら余裕で寛げる広いリビング、更に立派なキッチンまでついている。かなり豪勢だな。
リアルと同じく、高い場所に住むことが社会的ステータスになることは暗黙の了解のようだ。しかし、我々は飛べない者が多いので低い場所の方が便利だと言ってここにして貰った。何となくだが、高い場所にいると長老衆やヘイズ氏と何度も偶然に顔を合わせる事になる気がしたからな。
何と言うか、ただただ疲れた。己で暗躍するならともかく、何が悲しくてゲームの中でも利益を求めて揉める奴等の仲裁をせねばならんのか。私は物件を与えられた後、リスポーン地点に登録してからすぐにログアウトした。
そして今日は日曜日。一晩寝たのでモチベーションも回復している。さて、今日から何をするかだが…実はもう決めている。全員に関係のある話なので、皆が集まってから話すとしよう。
私がリビングに向かうと、既にアイリスとルビーがいる。あとはカルがソファーの上で丸くなって寝ているな。柔らかいソファーは気に入ったか?
二人が仲良く談話しているのは普段の光景と同じなのだが、どこかルビーはそわそわしている気がする。どうかしたのだろうか?
「おはよう」
「あ、おはようございます」
「おはよう!ねぇねぇ、イザーム!今日は何の日か覚えてる?」
ルビーはポヨンポヨンと跳ねながら私に問う。はて、今日は何か特別な日だったか…?うーん、全く思い付かない。
「すまん、降参だ」
「ふっふっふ!今日はね、第二陣がやって来る日なんだよ!」
ああ!そう言えばそうだったな!すっかり忘れていたよ!ええと、確か第二陣がログインできるようになるのは正午からだったか?と言うことは…あとリアルで十分、ここでは四十分もしない内に来る訳か。
そして第二陣にはルビーの友人もいると聞く。リアルの友人と遊べるのが楽しみで仕方ないのだろうな。
「そう言えばルビーの友人は鳥人を選ぶつもりなんだったな?」
「そうだよ!拠点も確保したし、ログインしたら迎えに行くんだ!」
「ふむ…。迎えに行く必要は無いかもしれんぞ」
「え?どういうこと?」
実は、前から気になっていた事がある。それは魔物プレイヤーの初期出現地点に関してだ。私は下水道でアイリスは山の中腹、源十郎は土の中だった。しかしジゴロウは小鬼の集落だったし、ルビーは粘体の群生地だった。
ここから言える事は、同じ種族の集落ないし群生地からスタートすることもあり得るということだ。ならばルビーの友人はここ、バーディパーチが初期地点になるのではないか?
可能性は低く無いと思う。その方が自然だしな。しかし、私やアイリス、源十郎がそうではなかった理由がわからない。何か条件があるのだろうか?
もしそれが判明したなら掲示板への書き込み案件だ。確証を得るには第二陣が来るのを待つしかないのが歯痒いがな。
「もしそうなら、今日から遊べるしラッキーだね!」
私の説明を聞いたルビーは、より高く跳ね始めた。確証は無いから、間違っていても文句を言わないでくれよ?
「うーん、もしそうなら予定がぽっかり空きますね。私達はルビーの友達を迎えに行く事を提案するつもりでしたから」
「ああ、そのことなんだがな。私から一つ、提案があるんだ」
「何ですか?」
アイリスは触手を曲げて疑問に思っていることを表現している。そんな彼女の前に、私は一枚の紙を取り出して見せた。
「それって、前に倒した僵尸の御札ですか?」
「そうだ。これを応用して、皆に試して欲しい事がある」
「それは?」
私は杖で札を叩きながら言った。
「脆弱属性の克服、だ」
◆◇◆◇◆◇
アイリスとルビーに私の計画を語り終わった直後、ジゴロウと源十郎がログインしてきた。私の訓練計画について彼らに語ろうとした時、頭の中に通知音が響いた。
――――――――――
運営インフォメーションが2件届いています。
――――――――――
おやおや、丁度午後0時になったらしい。インフォの一通は第二陣が来訪したという報告だったからな。
そしてもう一通だが、大幅な仕様変更を行ったパッチノートだった。余りプレイヤーに関係無い部分もあるようだが、パッチノートでわざわざ赤字にしてある所は絶対に読め、と書かれているな。今すぐ確認しておこう。
先ずはクランの作成が可能になった事だ。クランは簡単に言えばパーティーよりも大きな組織だな。必ずしも入っておく必要は無いが、同じクランのメンバー同士では様々な面で助け合えるらしい。特に理由の無い限りは入っておくのがベターだろうな。
立ち上げるのにはメニュー画面で新たに加わったクランのタグから申請すればいいそうな。人外にも優しいじゃないか。
次は、能力のレベルアップ通知に関する設定のオプションが追加されるのだとか。5レベルおき10やレベルおきなど、自分が設定したタイミングにしか通知が来ないようにする事が可能らしい。
この機能、ずっと欲しかったんだよ!私の能力は多すぎて通知がしょっちゅう来るのが面倒で面倒で…。これは素晴らしい仕様追加だな!早速、種族と職業レベル以外の通知は5レベルおきにしよう。
そして最後の変更だが、同士討ちの追加だ。我々もやっていた戦法に、前衛を突っ込ませて彼らごと範囲魔術を叩き込む、というものがあった。便利だったのだが、出来なくなったのか。いや、確かに便利過ぎたし残当か。戦術と連携を確認せねばならんな。
しかし、最後の変更は私にとってはそこまで問題にはならない。むしろ、これからやろうと思っていた事を実行するには丁度いい位だ。
「おおっ!イザームの思った通り、あの子はここの十二大神殿にいるって!」
「そうか。それは良かった」
ふむ、鳥人はバーディパーチの十二大神殿からスタートするのか。羨ましい限りだな。アイリスは複雑そうに触手をくねらせている。孤独かつ苦労していたからなぁ…。
「それと、同じ鳥人を選んだプレイヤーは居ないっぽいよ」
「そうなのか?」
空を飛べる種族だから、結構人気が出ると思っていたのだが…
「そりゃ、アレだ。PVで鳥人が映って無かったからじゃね?」
「ボスとして登場する迷宮も無かったらしいしのぅ」
「ああ、そう言うことか…」
我々がボスを務めた無差別迷宮の御披露目イベント。あの時のボスはどれも条件を満たせばプレイヤーが成れる種族にしてあった。
私が演じた骸骨処刑者もそうだった。あれはかなり人気が出たらしいので、目指すプレイヤーは多そうだ。今頃、ファース付近では鎌を担いだ動く骸骨が徘徊しているのではなかろうか?
他にネットで評判になっていたのは騎兵プレイヤーとジゴロウのガチンコバトルや源十郎の大立回り、あとは敗北したものの見た目が格好いい種族が数種類だったはず。そしてその中に鳥人の名は無かった。それが明暗を分けたのかもしれない。
「でも、他のプレイヤーがいないのは私達にとっては好都合ですよね?」
「その通りだ」
もし他にも鳥人のプレイヤーが居たなら、我々は何としてでもそのプレイヤーを仲間に引き入れなければならなかっただろう。
こう言っては自慢に聞こえるかもしれないが、我々は他の誰よりも先に進んでしまっている。我々の存在自体に大き過ぎる価値があるのだ。それを隠蔽するためには仲間にするしかない。それがどんなに嫌な奴だったとしても、だ。
「とりあえず、ボクは迎えに行ってくるね!」
「ああ、任せた」
ルビーは元気よく飛び出して行った。本当に楽しみなのだろうな。
「んで、今日は何処に行くよ?」
「森の南を目指すかの?」
おいおい!森の南って、マーガレットの話に出てきたボスじゃないか。そんな所に初心者を伴って行ける訳がないだろ?
「いや、今日からしばらくは冒険を控えつつ皆で鍛練をしたいと思う。」
「「鍛練?」」
ジゴロウと源十郎の声が重なる。ただ、私の言葉を訝しんではいるが、嫌がっている訳ではなさそうだ。彼らはリアルでも武術か何かをやっているんだろうし、鍛練の大事さを知っているからこその反応だろう。
「ああ。突然だが、一つ問題だ。ここ、バーディパーチは麓の村だけではなくヴェトゥス浮遊島の外にある国と交易しているそうだ」
「へぇ!マジかよ!」
「ああ、マジだ。渡り鳥系の鳥人は重い荷物を抱えた状態でも空を飛べるらしいからな」
因みに、交易しているのはアクアリア諸島の『華』という国だそうだ。聞き覚えがあるよな?
「それで、問題はなんじゃ?」
「そうだったな。私からの問題だが、『交易に用いている特産品は何か?』だ。何だと思う?」
「んー…弓矢とかか?」
「なら儂は木工細工じゃ」
おお、二人とも惜しいな!
「惜しい。その二つは特産品の二位と三位を争っているものだ。一位とは取引される量が比較にならん」
バーディパーチ付近には多くの鳥が生息しており、その羽と宿り木の端材を用いた矢は弓使いに高い人気があるそうだ。また、同じく宿り木の端材を削り出した木工細工も富裕層に人気だ。
数を売り上げる矢弾と高値で取引される木工細工、という訳だな。
「あー、わかんねぇ!」
「儂もじゃ。教えてくれるか?」
「正解はな、こいつなんだよ」
私はアイリスに見せた時と同じく僵尸の札を杖で叩く。
「御札ァ?」
「いや。違うぞ、ジゴロウよ」
おっ?源十郎は察したみたいだな。
「なるほどのぅ。ここは樹上の街。植物にはこと欠かんというわけじゃな?」
「植物…?ああ!紙か!」
「正解だ」
そう。このバーディパーチの特産品にして交易に用いられているのは紙なのだ。どうやら『華』という国家では紙幣が用いられているらしく、その為に仕入れているのだとか。
それなら鳥人は対価として金属製品を求めればいいじゃないか、と思ったのだがそう上手くは行かない。相手は金属製品を鳥人が喉から手が出るほど欲しがっている事を知っているので、足元を見てくるのだ。
なら取引する他の相手を探したいのだが、比較的安全に行き来可能でしかも魔物と交易してくれる国など他には無かったらしい。なのでぼったくられていると知りながらも、交易を続けていたんだとか。
「そこに儂らが鉄と加工が出来る職人を引っ提げて現れたわけじゃな?」
「そういう事だ」
「私用の工房を街の外に造ってくれたくらいですしね…」
アイリスがそう言いつつ苦笑いをする。流石に樹上に鍛冶場を造るのは危険なので、宿り木から近いが火事になっても直ぐに問題にならない程の場所に鳥人は工房を造ったのである。
昨日の時点で完成しており、すぐにでも使える状態だ。鳥人の本気が伺えるというものである。
「けどよ、その紙と鍛練がどう繋がるってんだ?」
「それはな、私がまだ一度も使えていなかった【符術】を使うのだよ」
【符術】とは紙に特定の術を意味する紋様を描き、魔力を込めるとそれが発動する基本的には使い捨ての札を作成する能力だ。札さえあれば、魔術系の能力を持たない者でも術を使える優れものである。
ただし、書ける紋様は使える魔術のものに限られるし、魔術の威力は作成者の込めた魔術の能力レベルに依存する。更に札にすると携帯性と汎用性が上がる反面、普通に魔術を使った時より威力が減衰するのだが、その減衰率は【符術】レベルに依存するのだ。
具体例を上げよう。【符術】を使えるAさんとBさんがいたとする。Aさんが普通に火玉を使った時の威力が100で、Bさんが80だとしよう。これは二人の【火魔術】レベルの違いなので、これが基準になる。【火魔術】に関してはAさんの方が優秀な訳だな。
しかし、【符術】レベルの差によってAさんは30%、Bさんは10%の威力減衰が起こるとすると話は変わる。Aさんの作った札の威力は70、Bさんの作った符の威力は72となってしまい、微量だがBさんの札の方が効果が高くなるのだ。
「これを使って、皆には脆弱属性の克服を狙って欲しいんだ」
本当は脆弱属性を【付与術】で付与するとダメージを受ける事を利用しようかとも思ったのだが、紙が特産品であることと同士討ちの追加によって事情が変わった。
【符術】レベルが低い私が造る札によって脆弱属性の攻撃を皆が受ければ、作成によって私の【符術】レベルは上がるしダメージ的にも丁度よく脆弱属性を緩和させていけるだろう。全員が損をしない計画である。
「いいねェ!上手く行きゃあ水属性マシマシの相手を殴りに行けるワケだろ?やるぜ!」
「儂もじゃ。飛んで火に入っても平気な虫になってみせよう」
アイリスとルビーも賛成していたし、決まりだな。
「これからしばらくの間はルビーの友人を鍛えつつ、脆弱属性の克服を目指そ…」
バァン!
「連れて来たよ!」
私が今後の方針を言って締めようとしていた時に、ルビーが元気良く扉を開けて戻ってきた。うむむ、締まらん終わり方だ!
「ここにいるのがボクの仲間達だよ!自己紹介して、しーちゃん!」
「はじめまして!自分、シオって言うっす!宜しくお願いするっす!」
な、何と言うか…元気な娘が来たみたいだな!




