新素材への期待
「グルルルル…」
「ヴォン!」
単眼鬼を乱獲しよう、と思って歩き出して数秒後、今度は別の魔物と会敵してしまった。【鑑定】の結果がこれだ。
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種族:緑風魔狼 Lv42
職業:精鋭群長 Lv2
能力:【牙】
【爪】
【筋力強化】
【敏捷強化】
【知力強化】
【暴風魔術】
【嗅覚鋭敏】
【隠密】
【忍び足】
【奇襲】
【暗殺術】
【指揮】
【連携】
【風のオーラ】
【火属性脆弱】
【風属性耐性】
種族:風魔狼 Lv32~36
職業:精鋭群兵 Lv2~6
能力:【牙】
【爪】
【筋力強化】
【敏捷強化】
【知力強化】
【風魔術】
【嗅覚鋭敏】
【隠密】
【忍び足】
【奇襲】
【暗殺術】
【連携】
【火属性脆弱】
【風属性耐性】
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緑風魔狼が一頭と風魔狼が六頭。単眼鬼よりはレベルが低いが、群れの力を侮ってはならない。それに奴等の職業には精鋭との文字がある。高い練度の連携を取ってくるに違いない。
そもそも、ルビーが探知していなければ我々は囲まれていただろう。私を含めた他の全員が接近に気付かなかったからな。流石は生粋の狩人、と言う訳だ。
ルビーのお陰で察知出来た我々は、こちらから敵に向かうことで集団対集団の戦いへと持っていけたのである。森での探索に斥候職は不可欠だと再認識させられたぞ。
どう戦うかだが、【火属性脆弱】を突くのが鍵になるだろう。ジゴロウは炎を纏って戦うことが可能なので、彼をフォローすれば有利に戦いを運べるに違いない。…何だか、いつも通りな気がするぞ?
ただ、緑風魔狼の【風のオーラ】なる能力が非常に気になる所だ。効果は不明だが、だからこそ用心すべきだな。
「ジゴロウは一番大きな奴を狙え!【暴風魔術】と【風のオーラ】という謎の能力に注意しろ!」
「はいよ!」
「源十郎とアイリスは前に出て取り巻きを押さえてくれ!ルビーは二人の援護!付与は掛ける!」
「わかった!」
「はい!」
「うむ!」
「カルは源十郎とアイリスを援護だ。わかったか?」
「キュキュキュ!」
「頼りにしているぞ。では、火属性付与…」
全員に指示をした私は、早速全員へと付与を飛ばす。武器には火属性を与え、他にもステータスを上昇させる付与を重ね掛けしていく。五重付与のお陰で、皆はかなり強化されたハズだ。
私も自分に付与を掛けて己を強化していく。私の場合は魔術強化一択なのだが。
しかし、森の中では火の魔術は使い辛い。外れてその辺の木々に当たれば、現実同様に火事になるからな。そうなると森で採取出来る素材が森が元に戻るまで減ってしまう。実際にファースの北の山でプレイヤーが小火騒ぎを起こしてそうなったと掲示板にあったからな。
しかし、火事になる可能性が低い魔術もある。それを主軸に据えて戦術を練るとしようか。
「ハハッ!やるなァおい!」
「ガルルアアッ!!」
…私が小難しい事を考えている横で、ジゴロウは戦いをとても楽しんでいる。彼のレベルは37。我々、中では一番高い。それでも緑風魔狼よりは格下のハズなのだが、一対一の戦いではむしろ優勢だ。
「えいやっ!」
「オンオン!」
「これこれ、大人しゅうせい」
「バゥッ!」
「行かせないよ!」
「ガルルッ!」
「キュキュー!」
風魔狼達はリーダーの危機を察知して援護に向かおうとするものの、源十郎達がそれを足止めしている。作戦は上手く行っているようだ。なら、今の内に仕込むとするか。
「呪文調整、三重罠設置…」
罠を設置し、機会を待つ。焦る必要は無い。私は落ち着いて好機を逃さず、確実に作戦を実行するだけでいいのだから。
「ここだ!魔法陣展開、暗黒糸!」
そして、好機が到来した。風魔狼の一頭がアイリスの攻撃を避けるべく後ろに跳んだのである。足を地面から離した瞬間を捉えた私は、暗黒糸で拘束した。
そして捕まえた風魔狼を罠の上に放り込む。さぁて、どうなる?
「キャイイイイン!?」
うおっ、予想以上だ。私は呪文調整によって火力を上げつつも範囲を限界まで狭くした火柱を罠に仕込んでいたのだ。直径10cm程まで範囲を絞りつつ、威力はかなり引き上げた三本の火柱は、風魔狼の身体を焼きながら貫通したのである。別の魔術と言われても信じてしまいそうだな。
肉体に拳ほどもある穴が三つも空いた風魔狼は当然のように絶命する。同胞が呆気なく殺られたのを見て、他の風魔狼に動揺が走った。
「余所見なんて!」
「してる余裕が!」
「あるのかのう?」
「キュオー!」
私の方を思わず向いてしまった風魔狼に三人と一匹が襲い掛かる。アイリスの木槌が頭を潰し、ルビーの短剣が動脈を掻き斬り、源十郎の大太刀が首を断つ。カルも喉笛に噛み付いてそのまま押さえ込んだ。このまま力尽きるのは時間の問題だろう。
瞬く間に六頭いた取り巻きの内、五頭がやられたことになる。残った一頭は既に及び腰になっているな。しかし、リーダーである緑風魔狼がジゴロウと戦っている手前、逃げ出すことも出来ない。
「ほれ、迷ってはならんよ」
「…!」
何をどうすれば良いのか分からなくなった風魔狼の隙を見逃すほど、我々は甘くは無い。一息に間合いを詰めた源十郎の脇差しが、喉元を掻き切った。
最後まで残った風魔狼は、断末魔を上げることすら出来ずに地に臥す事となる。あとはリーダーだけだな。
「ガアアアアア!!」
「グルオオオオ!?」
そしてジゴロウと緑風魔狼との戦いも佳境に入ったようだ。浅い切り傷だらけのジゴロウが、毛皮の所々に焦げ跡の目立つ緑風魔狼と取っ組み合いになり、何とその喉笛に噛み付いだのだ。お、お前、それは人間の戦い方ではないだろう!?
噛み付かれた緑風魔狼も必死に暴れる。身体に風を纏ったかと思えば、その風はジゴロウの肌を傷付けて行く。なるほど、あれが【風のオーラ】の効果と言う訳だな。
「グ…ガ…ゴヒュ……」
しかし、その程度ではジゴロウを引き剥がす事など不可能である。彼は全身を切り裂かれながらも噛み付くのを決して止めず、そのまま緑風魔狼を仕留めた。
――――――――――
戦闘に勝利しました。
従魔の種族レベルが上昇しました。
従魔の職業レベルが上昇しました。
――――――――――
お!カルのレベルが上がったか!単眼鬼戦でも活躍していたし、何よりも先程は風魔狼の一頭をほぼ単独で仕留める快挙を成し遂げていた。流石は龍、成長著しいな!
「っあー!楽しかったぜ!」
「…あの戦いの後で、よくその言葉が出てくるな」
全身傷だらけのジゴロウは、これ以上ない程にスッキリとした笑みを浮かべつつそう述べた。私の反応は決して間違ってはいないと思う。現にアイリスとルビーはうんうんとそれぞれ触手と体表を震わせて表現しているのだからな。
「うむむ…。イザーム君!次に強敵が現れた時は、儂を最前線に出してくれんか!?」
「はぁ…いいですよ」
「お、お祖父ちゃん…」
そうだったな。我々五人の内、二人は強者との戦いに喜びを感じる戦闘狂だったな。ジゴロウの苦戦する姿を見て、欲求を抑え切れなくなったのだろう。
全く、世話の焼ける爺さんだ。孫も呆れているぞ?
「あ、イザーム。剥ぎ取っておきましたよ。いいアイテムばっかりです!」
「ほう?どれどれ…」
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風魔狼の毛皮 品質:良 レア度:R
風魔狼の薄く緑掛かった毛皮。
生前と同じく風属性を持ち、風に耐性を持つ防具の素材となるだろう。
風魔狼の牙 品質:良 レア度:R
風魔狼の鋭い牙。
生前と同じく風属性を持ち、風属性を有する武器の素材となるだろう。
緑風魔狼の毛皮 品質:劣 レア度:S
緑風魔狼の美しい緑色の毛皮。
生前と同じく風属性を持ち、腕の立つ職人の手にかかれば特殊な効果を持った防具の素材となるだろう。
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おお!凄いな!確かに、良いアイテムばかりである。特に耐性を持つ防具の素材とは素晴らしい。倒し方も大体把握したし、此方から探し出して狩るくらいの価値はあるだろう。
しかし、勿体無いのは緑風魔狼の毛皮だな。ジゴロウの炎を纏った拳のせいで、毛皮の一部がダメになっているのだろう。それが影響して品質が落ちている。…次からは特に理由が無くとも源十郎に任せよう。
気になるのは説明文にある『特殊な効果を持った』という部分だ。これは単純な属性耐性という意味では無いのだろう。風魔狼の説明文にはハッキリと風の耐性について記述されているのだから。
ひょっとすると緑風魔狼の毛皮を元に作られた防具には【風のオーラ】を纏えるようになる機能がついてくるのではないか?もしそうなら、完全にジゴロウ向きだな。炎と雷を素で使える上に風まで纏うとか、どんなチートだ?
それは兎も角、真面目な話をすると私達の防具は長い間大幅な更新をしていない。かなり前にアイリスが拵えた防具に、オプションパーツ的なものを加えて魔改造しているだけであった。
防御力に関してはアイリスの技量のお陰で最前線並みの性能をキープしている。しかし、ここはヴェトゥス浮遊島。これまで遭遇した敵の最低レベルが32と言う魔境だ。流石に最初の街付近でのドロップ品をベースにした防具はもう着いていけないだろう。
それに属性持ちの武器にも興味がある。これがあれば私が【付与術】で属性付与をしている分をステータス強化に回せるからな。
落ち着ける場所が見つかり次第、アイリスには本格的な武具作成を頼んでみよう。皆であくせく素材を集め、アイリスが試行錯誤を繰り返しながら武具を作っていく。中々理想的な光景じゃないか。
しかし、今はとにかくこの物騒な森を抜ける事が目的だ。森の外に出れば、何かしらの集落があるだろうからな。では、このまま真っ直ぐに…
「きゃああああ!」
「あん?悲鳴か?」
…進むつもりだったのだがな。どこかから、それも結構近い所から悲鳴が聞こえてきたぞ?
さて、どうするべきか。本当に救助が必要なのか、実はお人好しを誘い込む罠なのか。いや、このゲームならそう言う質の悪い魔物が絶対にいると思うのだ。だって【邪術】の幻聴とか、その最たるものだろ?
「助けに行こうよ!」
「情けは人のためならず、とも言うしのぅ」
おっと、ルビーと源十郎は助けるつもりのようだな。罠の可能性など、微塵も考慮していないと見える。まあ、その方が人間的には素直で正しいのだがね。
「罠なら食い破るまでだぜ?」
ジゴロウも乗り気だな。罠の可能性を考えてはいるようだが、こいつの場合はむしろ騙されていて欲しいとか考えていそうだ。我ながら厄介な思考回路を持つ兄弟を持ったものだ。
「とりあえず、行って見ましょう!」
アイリスは聞かずともそう言う気がした。根が優しい娘だからな。他の全員が行かないと言っても、きっと行くべきだと主張しただろう。
「キュキュー、キュキュー!」
カルは皆の言っている事を真似ているだけだと思うが、私のローブの裾を口で引っ張る辺り、理解しているのかもしれない。もしそうなら聡い子だな。
「では、行くか!」
皆が行く気満々なのだ。私も行くしかあるまいて。何、本当にこれが罠ならばジゴロウ言うように食い破るだけのこと。その方法は私が中身の薄い頭を絞れば良いのだ。
物語ではこういう役割は勇者の卵の特権だ。だが、私という悪役の卵がやるのもまた一興!助けられる側には悪いがね!
本日は七夕ですが、織姫と彦星が会うのは無理そうですね…
天の川が氾濫しそうな勢いの大雨ですし。




