崩天邪衣の力 前編
ログインしました。今日の私はカルとリンだけを連れて空を飛んでいた。その目的は崩天邪衣の性能試験である。少し遅くなったが、試しておきたいとはずっと思っていたのだ。ようやく時間が取れたので、今のうちに性能試験を行うのだ。
向かった先はアンから聞いた洋上の小島である。彼女らが略奪に向かう時の中継地点とすることもある場所らしいのだが、小島に行く度にとある魔物が群れで湧いていると聞いていた。
「素材はあらゆるポーションを強化する材料になるんだったか。そんな魔物であれば率先して狩りそうなモノなのだがなぁ」
その魔物は数こそ多いが決して強くはなく、それでいて素材の効能は高いと聞いている。そんな稼ぎ場とでも言うべき場所を秘匿するどころか紹介してくれたのは何故だろうか?
理由には大体察しがついている。魔物について具体的な外見などについて尋ねたところ、アンはニヤリと笑って楽しみにしておけと言った。この時点で魔物の外見の候補は二択。あまりにもユーモラスか、あまりにも気持ち悪いかである。
「マップ情報ではそろそろ見えてくるはず…あれ…か…」
私は話に聞いていた小島を視界に捉え、そして絶句してしまった。その小島は大きさで言えば小学校のトラックほど。その上には小島の表面が見えないほどビッシリと…黒光りするアレが密集していたのである。
小島は凹凸こそあれ、植物の類などは一切生えていない。本当に黒光りする例の昆虫しか存在していないのだ。遠目で見ているだけでも怖気が走る光景である。私は比較的耐性があるが、仮に苦手な者だったなら卒倒したのではなかろうか。
「おぉっ!?」
私が戦慄していると、一頭の角が生えたアザラシのような魔物が海中から飛び出してくる。その身体には十数匹のアレがくっついており、その痛みから逃れるかのように藻掻き苦しんでいた。
だが、逃げ出した先は魔物にとって地獄でしかない。小島の上に着陸する前に飛び立ったアレ達が群がっていく。真っ黒な状態で数秒の間だけ動いたものの、すぐに動きが止まってしまった。
魔物の体積は見る見るうちに減少していき、一分もしない内に骨も残さず魔物の姿は消え去っている。あっという間にアレ達の胃袋に収まったようだ。
「海中に潜って標的を地上まで誘導し、群れで貪り食うということか。悍ましい生態だな」
「グオォァァ…」
「クルルゥ」
狩りの方法と獲物の末路には身震いすらしてしまいそうな恐怖を感じてしまう。アレが群がってこちらに来るだけでも身構えずにはいられないのに、それに自分の身体を食べられるなど恐怖でしかないからだ。
ただ、私の恐怖をカルとリンは全く共有していないらしい。カルは口を大きく開けて欠伸をしているし、リンは我関せずとばかりにゆっくりと飛んでいた。
二頭の龍は堅牢な鱗に守られている上に魔術も自在に扱える。仮に張り付かれたとしても食べられることはないし、そもそも二頭であれば遠距離から龍息吹などで焼き払えば良い。全く脅威ではないのだから恐れる理由はないにである。
「フゥ〜…さて、では降りてくる。ここで待っていてくれ」
「グオゥ」
「クルッ」
覚悟を決めた私はカルの背中から降りると、二頭に待機を命じて私は小島へと降りていく。理屈の上で私に危険などないとわかっているからか、二頭には心配する素振りなど全くなかった。
正直、心情的には90レベルの魔物の群れに突っ込むよりも腰が引けそうなのだが…性能試験のことを考えれば行かないという選択肢はない。やるなら、早く終わらせよう。私は小島に向かって落ちる速度を上げた。
「ヒェッ!?」
小島に接近する私に気付いたのだろう。黒いアレはこちらに向かって飛翔してくる。思わず子供のような悲鳴を上げてしまった私だったが、恐怖に耐えながら【深淵のオーラ】を使用した。
使用した瞬間、私の身体から爆発的な勢いで黒いオーラが放たれる。そのオーラは明らかに効果範囲が広がっていて、飛翔してきたアレ達はオーラに正面から突っ込む形となった。
崩天邪衣によって強化されたオーラの効果は劇的であった。アレ達はオーラを浴びた瞬間に即死しているらしく、勢いを失ってボトボトと落ちていく。オーラの使用以外に何もしていないというのに、アレ達は私に近付くことすら出来ずに死んでいった。
「うげっ…!?所詮は虫か」
ただ、群れの一部が死んだからと言ってアレ達が止まることはない。どうやら食欲という一点だけで動いているらしく、小島の上に残っている個体は一切の躊躇を見せずに飛び掛かって来た。
安全だとわかれば気にすることはなく、余裕を取り戻した私は冷静さを取り戻す。だが、そのことをすぐに後悔することになった。何故なら、アレ達は私のオーラによって死亡した仲間の死骸を共食いしていたからだ。
死骸になってしまえば仲間も何も関係ないらしい。虫ケラだと見下すようなことを口に出しているものの、そのリアルな無機質さはやはり恐怖せずにはいられなかった。
高度を落とせば落とすほど、私を目掛けてアレが群がってくる。だがオーラを垂れ流す私の身体に届くことはなく、その全てが例外なく死んでいった。
「あぁ…もう二度とやりたくない…」
たっぷり十分ほどの間、私は小島の上に浮かび続けていた。それだけで小島を覆っていた全てのアレは一匹残らず死んでいる。オーラ以外には本当に何もしていないのに、である。
思っていた通り、私はオーラに耐えられない相手であれば数の暴力が一切通用しない存在になったらしい。能力や職業、称号などによるブーストもあったのだろうが、十分に強力だろう。後はこのオーラによる蹂躙がどの程度のレベルにまで通用するのか調べなければなるまい。
「だが、その前に…嫌だなぁ」
レベルについて調べる前に、私にはやるべきことが残っている。もの凄く嫌だが、やらなければ勿体ないからだ。意を決して私はアレの剥ぎ取りを開始した。
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海蜚蠊の体液 品質:優 レア度:C
海岸に住み、海中を泳ぐことも出来る海蜚蠊の体液。
大きさに高い見合わぬ高い生命力を支える体液には各種ポーションを強化する効果がある。
外傷がなく、毒を使わずに倒されているので不純物が混ざっていない。
海蜚蠊の卵鞘 品質:優 レア度:R
海岸に住み、海中を泳ぐことも出来る海蜚蠊の卵鞘。
一つの卵鞘からは三十匹から四十匹の幼体が孵る。
毒性を持つものの、卵の栄養価は非常に高い。
高級食材であると同時にポーションの素材としても広く用いることが可能。
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えぇ…?他の魔物からも得られる魔石を除いて得られるアイテムはこの二種類だけだった。小島を覆うほどの数を討伐して剥ぎ取ってこれなので、きっとこれだけなのだろう。
それにしても、これは…どうしようか?ポーションの強化は素晴らしいが、アレの体液を混ぜるというのは…あの…ちょっとキツくないだろうか?いくらここがゲームとは言え…なぁ?
いや、待てよ?ひょっとしたら既にアン達が研究所に卸している可能性もあるのか。もしそうだとしたら、知らず知らずの内に皆が使っているのかもしれない。よし、これ以上は考えないようにしよう!黙っていれば持っていることは誰にも知られないのだから!
ある意味でもっとヤバいのが卵鞘である。毒があるけど、栄養価が高くて食べられると来た。どんなに美味しいとしても私は食べたくないぞ。これほどまでに食べられるアバターでなかったことを嬉しく思ったことはなかった。
「これはアン達が暴れた跡か?何にせよ、島自体に見るべきところはないか」
黒いアレを処理した後、小島はその全容を露わにする。地上には草の一本すら生えておらず、何かが焼け焦げた跡がそこら中に残っていた。きっと遠くから小島の上を焼き払っていたのだろうな。泳いで噛み付いてくる習性のせいで、海中から接近するのは危険極まりないのだから。
小島には焦げ跡以外に何もなく、アイテムの類が隠されているようなこともなさそうだ。あったとしてもとっくにアン達が回収しているだろう。
「うん…?うおぉっ!?」
そうして小島の上ばかりに注意を払っていたせいで、私は海上に起きていた異変に気付かなかった。小島の周辺には多種多様な海洋生物の死骸が浮かんでいることに。
オーラの範囲は小島の面積を超えていたらしい。きっと私の顔に皮膚があれば盛大に引きつっていたに違いない。その程度には衝撃的な光景であった。
ただ、この予想外の範囲は思わぬ利点もあった。というのも、一部の魔物にはまだ息があったからである。弱ってはいるようだが、生きている個体がいるのならば調べて…あ。
「死んだ…?もしかして近付けば近付くほど効果が強まるのか?」
まだ生きている魔物にオーラを垂れ流したまま接近すると、その個体が息を引き取ってしまったのだ。そしてこれまでは影響が出ていなかった範囲の海に新たな死体が浮かび上がる。私との距離によって効果が変わるのは間違いないようだ。
このままだと調べるどころではないので、私はオーラの発動を止める。そうして調べたところ、どうやらレベル50までの魔物は触れただけで問答無用で即死、レベル70までの魔物は複数の状態異常に罹るらしい。これだけでも十分に強力と言えた。
さらに接近された場合、レベル79までは即死してしまうらしい。つまりレベル80を超えていなければ、私に接近戦を挑む権利すら持たないということになる。
いや、普通にもの凄く強いぞこれ。レベル80以上の魔物はいきなり状態異常になったからか逃げてしまったが、逆に言えばレベル80以上でも近付けば状態異常に罹るのだ。ひょっとしたら同格相手でも効果があるのではないか?
「要検証か…カル、食べたければ食べて良いぞ」
「グオオッ!」
「クアァ…」
同格相手にどうなるのかも調べることを決めた私は、オーラの放出が止まったことを確認したカルに海に浮かぶ海洋生物達を食べる許可を出した。カルは嬉しそうに吠えると海洋生物達を頬張り、リンは呆れたように息を吐いてから私が剥ぎ取り易いように集めてくれるのだった。
次回は2月6日に投稿予定です。




