エリステル戦想定訓練
ログインしました。今日からはルビーを含めた各クランの斥候職プレイヤー達の偵察班によってエリステルの調査が開始される。ルビーが見付かったという事実もあり、かなり注意を払って慎重に観察することで一致していた。
索敵ならばより優れたプレイヤーがいるものの、こと隠形に関して彼女を超えるプレイヤーはいない。そして発見されて追い掛けられた場合、まず間違いなく逃げられない。死に戻りしてでも情報を持ち帰ることは可能だが、死亡時に装備や所持アイテムの一部を失うのでなるべく避けたいのがプレイヤーというもの。以上のことから安全マージンをしっかりと取った上で偵察を繰り返すことにしたのだ。
「こちらはこちらでやることがいくらでもあるがな」
ルビー達が偵察を行ってさらなる情報を収集している間、私達は私達で戦力の拡充に乗り出していた。私を始めとする多くのプレイヤーは既に種族のレベルが100になっていてこれ以上の成長は見込めない。条件を満たせば進化は可能だが、進化と同時にグンと強くなる快感は得られないようだ。
だが一方で職業はレベルを最大まで上昇させれば変えられる。能力を鍛えることでも強くなれるし、それ以上に立ち回りや連係を見直せば集団としての戦力が一気に上昇するだろう。強くなるためにやれることはまだまだ沢山あるはずだ。
「そのためにやることが集団戦の訓練ってなァ…実に俺好みじゃねェか、兄弟」
「お気に召してくれて何よりだ、兄弟」
そんな私達は現在、深淵ではなく海上で潮風に吹かれている。その目的はジゴロウの言う通り、水上での集団戦の訓練のためだった。
エリステルとの戦闘は、まず間違いなく深淵の海上で行われる。深淵の海は水ではなく軽液で満たされているので、その練習として海上戦は都合が良いのだ。多少は勝手が異なるだろうが、練習にはうってつけなのである。
「王様〜。そろそろ目的の海域に入るよ」
私達を運んでくれているのは、当然のように『蒼鱗海賊団』の艦隊だ。今回、彼女への注文は『そこそこ強く、好戦的な単体で移動する敵』がいる海域である。エリステル対策ということもあってそんなチョイスになっていた。
細かすぎて該当する魔物などいるのかと自分でも思っていたのだが、アンは少し考えた後に心当たりがあると請け負ってくれた。標的となる魔物については教えてもらっていない。アン曰く、見てのお楽しみとのことだ。
この言い方をされたのは二回目であるから、私は十中八九その魔物の外見がキワモノなのだと思う。心構えが出来ているのできっと私は動揺しないはずだ。
外見は教えてくれないのに、その魔物のレベルは教えてもらっている。レベルは70代で、時折上位種のレベル80代の個体が現れるようだ。注文通り、今の私達にとって弱くもないが強くもない相手である。このまま戦っては連係の訓練にはならないだろう。
「それにしても、職人連中にゃァ頭が上がんねェぜ。こんな便利なモンを作ったんだからよォ」
そんな相手との戦闘を訓練にまで押し上げたのは、隣でジゴロウが触っている首輪である。それはアイリスを含めた生産職達が協力して作り上げ、量産にまで漕ぎ着けたアイテム。名前は『試練の首輪』であった。
以前のイベントで勇者君に敗北したセイや七甲達が受け取った報酬のアイテムに『忍苦の鉄下駄』など、『忍苦の鉄○○』シリーズというモノがあった。それらは種族と職業のレベルが上昇し難くなる代わりに能力のレベルが上昇し易くなるという効果だ。『試練の首輪』はこれを参考にしているのだ。
アイテムとしての名称が違うことからもわかるように、効果が全く同じという訳ではない。こちらの効果は単純に装備時は全てのステータスが大幅に弱体化するというモノだ。
減少の量は調整可能である。私が女王塩獣への切り札として使ったように、ステータスの変動は多大な影響を及ぼす。しかし『試練の首輪』は全てのステータスを同じ割合で減少させるため、意外と普通に動けるのである。
感覚としては外見はそのままにレベルが低い頃のアバターに逆戻りしたようなモノだろうか。能力に影響はないので習得した武技や魔術、能力による攻撃や強化は今のまま使える。その結果、当時の自分よりは数段強くはあった。
エリステルという強敵に挑む練習として同格の強敵に挑んだとしても、全く同じ個体ではないのだから練習にはならない。攻略法が根本的に異なるかもしれず、そのために資源を浪費して本番で足らなくなっては本末転倒であるからだ。
そこで自分達に枷を嵌めて弱体化し、相対的に敵を強くして強敵との戦闘に見立てることにしたのである。エリステルに合った戦術を練るのは偵察班からの情報が揃ってからでも遅くはない。今はとにもかくにも、集団戦の習熟のみに努めるのだ。
自分達への縛りで言えば武装もそうである。普段から使っている強力な武装から数段グレードは落としてある。普段通りの武装だと安全過ぎて緊張感に欠けるからだ。エリステルという未曾有の強敵を前にして、全員が本気になっていた。
ちなみに自身に枷を嵌めるということからカルとリンは不参加である。どうやら二頭とも自分のステータスを自ら下げることが耐えられないらしい。二頭に嫌われたくない私は諦めるしかなかった。
「海域に入ったよ。さあ、さっさと降りな!」
「うーん。大海原のド真ん中で海賊に降りろと言われるのは少し恐ろしいな」
「ギャハハ!確かになァ!まるで処刑みてェだぜェ!」
「バカ言ってないで、さっさと降りなアホ共!さもないとケツを蹴り落とすよ!」
アンに怒鳴られた私達はこれ以上怒らせないためにも甲板から飛び降りた。私は装備のお陰で浮遊可能であるし、ジゴロウも水面を歩ける装備を身に着けている。船から降りても沈むことはなかった。
私達だけでなく、艦隊に乗っていた今日の参加者が次々と海上に降りていく。今日の本番はここからだ。さあ、どんな魔物が相手なのかな?
「今、仲間から連絡があったよ。例の魔物を誘導してるってさ」
「…だそうだ。全員、戦闘準備!本来は格下とは言え、今の我々は自らステータスを引き下げている!決して油断してはならない!エリステル戦の訓練だと言うことを忘れるな!」
「「「ウオオオオオッ!!!」」」
全体の指揮は当たり前のように私に押し付けられている。普段から指揮官役はやっているし、能力のこともあって私が適任だからだ。
一方で盾役や攻撃役などの前線指揮官は、この訓練を通して適性を見ながら決めることになっている。全体を俯瞰する私とは異なり、前線での目まぐるしく変化する状況に適応出来る者はどうしても限られて来るからだ。
軽く鼓舞して士気を上げたところで、水平線から迫り上がってくる影が見えてきた。それは従魔である鯱に跨った『蒼鱗海賊団』のメンバーだ。その背後からは大きな水飛沫が上がっているので、きっとあれが今回の標的なのだろう。どんな見た目なのだろうか?
「…よォ、兄弟ィ」
「…どうした?」
「…ここって海の上だよなァ?」
「…そうだな」
「…でもよォ、走ってねェか?」
「…走ってるな」
水平線の向こうから『蒼鱗海賊団』のメンバーを追い掛けるように上がる水飛沫。その中から薄っすらと敵の姿が見えてきたのだが、その影は水面を走っていたのである。それも陸上選手のように美しいフォームで全力疾走しているのだ。
「あいつは大洋類人猿。海に住む凶暴な哺乳類だよ」
甲板の上からアンはようやくネタバラシをした。海に住む哺乳類と言えば鯨や鯱しかいないと思っていたが、このゲームの世界には猿が住んでいるらしい。それも人間の三倍以上の大きさとは恐れ入った。
近付けば近付くほどその姿が明確に見えてくる。身長は五メートルほどで、手足の長さのバランスは人間に近いが手足そのものが大きく見える。体毛は生えているようには見えず、それこそ同じく海の住人である鯨などの皮膚を思わせる質感であった。
「ええい、狼狽えるな!大きな猿に過ぎん!叩き潰すぞ!」
「「「お、おう!!!」」」
大洋類人猿の衝撃的な登場シーンに驚愕していた仲間達だったが、気を取り直して戦闘に意識を切り替えていた。この辺りは経験が豊かな証拠であろう。相対的に自分達よりも数段格上の敵を討ち果たし、私達の糧としてくれよう!
次回は7月9日に投稿予定です。




