お礼参り 前編
ログインしました。今日もまた深淵にやって来た私達だが、その目的は千足魔へのお礼参りであった。
千足魔達はマック達から獲物を横取りした。これを放置しておけば、連中は確実に繰り返すことだろう。我々の力を見せ付けておかなければ、これから深淵で活動する全てのプレイヤーにとって害悪となり得るのである。
ただし、彼らを滅ぼすつもりはない。それどころか誰一人として討ち取るつもりもなかった。私達の目的はあくまでも対等な関係の構築であって、絶滅させることではないのだから。
そしてこの千足魔へのお礼参り作戦の総指揮はマックが執ることになっていた。お礼参りするべきだと提案したのは私だが、直接的な被害者はマック達である。その本人が自分が音頭を取ると言ったのだから任せることに異存はなかった。
マックの呼び掛けに応じて集まったプレイヤーは三十人ほど。深淵を探索している各クランから一パーティーずつ参加している。しかもクランリーダーは全員が参加していた。私もそうだが、頼みを快く請け負う者達ばかりであった。
「うっし!そんじゃ、手はずを確認すんぞ」
「確認は大事でござんすからねぇ」
マックが立てた計画は単純明快だ。千足魔との遭遇地点の周辺を各パーティーで徘徊し、遭遇したパーティーが他のパーティーへと一斉に連絡を送る。遭遇したパーティーは逃さないように立ち回りつつ、他のパーティーが合流するのを待つのだ。
他のパーティーが合流すれば、まず間違いなく逃走に移るだろう。そこを追跡が得意な者達が全力で追いかける。そして彼らの拠点を見つけ出して抗議するのだ。
実際に干戈を交えるとなれば遺恨を残すのは必至だが、それよりもナメられないことを優先したのである。関係の改善は後から私が骨を折れば良いだけなのだから。
「…ってな感じで行くぜ」
「ああ、わかった」
「手加減は苦手なんでござんすがねぇ」
「右に同じだが、わかっていて引き受けたんだ。やれるだけやろうじゃないか」
三者三様に返事をしてから、私達は別方向へと移動を開始した。本日の私のパーティーメンバーはジゴロウ、エイジ、兎路、ネナーシ、そしてミケロである。
このメンバーでは仮に私達が遭遇した千足魔に逃走された場合、追跡が難しいように思えるかもしれない。だが、実はこの中に追跡が非常に得意な人物がいた。
「万が一の場合は任せるぞ、ネナーシ」
「お任せあれ。拙者の武技が火を吹きますぞ!」
そう、実はネナーシは追跡のスペシャリストなのだ。追跡だけならば斥候職であるルビーよりも上かもしれない。棘だらけの蔓による妨害拘束、そして独特な格闘術が得意なはずの彼がどうして追跡を得意としているのか。それは彼が持つ『執念の棘』という武技の力であった。
ネナーシは敵に突き刺した自分の棘の場所を感知出来る武技を最近覚えたのだ。この武技によってネナーシの棘が刺さってしまえば、透明になろうが水中に潜ろうがネナーシには居場所がバレバレになるのだ。
感知範囲には限界があり、棘が抜けてしまうと感知が不能になるので万能とは言えない。だが感知範囲に関しては彼を運べば問題はなく、進化したことで彼の棘は複数のかえしがついた極悪仕様である。一度刺さってしまえば抜くのは困難であり、追撃されていて余裕がない相手ならどこまでも追い掛けられそうだ。
「期待している。さて、千足魔と遭遇するまではいつも通りに探索とアイテム収集のために魔物と戦おうか」
こうしてマック達主導の千足魔へのお礼参り作戦は始まった訳だが、私達の期待とは裏腹に千足魔と交戦になったというメッセージは一向に届かなかった。当然、私達も千足魔と遭遇していない。どうなっているのだろうか?
「オラァ!」
「…これで終わりですね」
「全然出てこないわね。なんか拍子抜けだわ」
千足魔以外の敵はどんどん現れ、私達は現れる魔物を危なげなく倒していく。千足魔と遭遇した地点の魔物の平均レベルは60前後であり、私達にとっては油断しなければ決して負けることはない程度でしかなかったのだ。
ただし、それでも深淵の魔物はやはり一癖も二癖もあった。犬ほどの大きさであった深淵蟹は二本の大きな鋏をロケットパンチよろしく飛ばして来たし、ルビーの遠い親戚である深淵粘体は濃度を上げた軽液…深淵の重液を弾丸のように発射してきた。
この周辺は他にも多種多様な魔物がいるようで、様々なアイテムを集めることが出来た。仮に千足魔が現れなかったとしても、私達にとってはとても有意義な時間となっていた。
「その分、アイテムはウハウハですな」
「良い土産になるでしょう」
「アイテムも良いけどよォ、目的が果たせねェのはダメなんじゃねェのかァ?」
色々なアイテムが得られて喜ぶ私達だったが、ジゴロウの言い分ももっともであった。これでは普通に探索したのと変わりないのだから。
かと言って代わりにやることがあるわけでもない。私達に出来ることはこのまま探索を続けながら千足魔に襲われるか、他のパーティーから連絡が来るのを待つかの二択だけ…おっ!
「来たぞ!トロロンからだ!」
「ようやくですか」
作戦が上手くいくのか不安になりつつあったタイミングでトロロンからの連絡があった。どうやら彼女のパーティーが当たりを引いたらしい。お互いの位置情報がわかるアイテムで…?
おい、どうなっている?メッセージがマックからも、ウロコスキーからも来たじゃないか!これは偶然か?いや、三ヶ所もほぼ同時に襲われるなど偶然であるはずがない!
「魔力探知…やはりか!来るぞ!」
「来るって…!?」
私が警告した直後、海中から勢い良く複数の何かが飛び出した。軽液に塗れていて細かなシルエットはわからないが、十中八九これは千足魔による襲撃に違いない。数は五体で、今まさにアイテムを剥ぎ取ろうとしていたエイジに襲い掛かった。
だが、エイジが獲物を奪われることはなかった。何故なら間に割り込んだジゴロウが先頭の一人を蹴り飛ばし、奇襲を完全に防ぎきったからである。
「エイジ、反応が遅ェぞォ!弛んでんじゃねェ!」
「手厳し過ぎるだろう、兄弟。剥ぎ取り中だったんだぞ?」
「それはともかく…あれが千足魔なのね」
「ふむぅ…千の足という種族名に違わぬ姿ですな、上様」
エイジを叱責するジゴロウを窘めつつ、私は千足魔を注意深く観察する。褐色の肌はツルツルしているようで、身体の表面を覆っていたベトベトする軽液が滑るようにして剥がれていく。そのお陰で彼らの姿をはっきりと見えるようになっていた。
当然のように海面に立っている千足魔だったが、意外なことに人間に近いシルエットをしていた。顔の造形や上半身部分など、完全に鍛え上げられた人間のそれであった。
しかしながら、顔と胴体の大まかな形状以外はネナーシの言う通りであった。髪の毛の部分は細い蛸足の束であり、腕にも大きな吸盤が規則正しく並んでいる。腕だけでなく指も蛸足になっていて、一度掴んだモノを絶対に離さないことだろう。
そして完全に人間とかけ離れた形状になっているのは下半身部分である。下半身は極太の蛸足になっていて、その数は六本あった。両腕と合わせて八本なので、彼らの先祖が蛸に関わりがあるのは一目瞭然であろう。
千足魔達は全員が魔物の骨の素材を使ったと思しき槍で武装しており、少なくとも武器を作る文化と技術はあるようだ。
「兄弟、感触は?」
「おう。まあまあヤルみてェだなァ。蹴られる瞬間にちっと仰け反って威力を殺しやがったからよォ」
ジゴロウに蹴り飛ばされた一体は口の端から垂れる青い血を拭いながら、ジゴロウを殺意を込めた目付きで睨んでいる。他の千足魔よりも一回り体格の良い彼が視線に籠めた殺意は睨むだけで相手を殺さんばかりだった。
視線が向く先であるジゴロウは不敵に笑いながら挑発するように手招きをしている。挑発に乗った千足魔は槍を一度回してから海面を滑るようにして一気に距離を縮めてきた。
「そうだァ!やり合おうぜェ!」
「おい、目的を忘れるなよ!?ネナーシ!」
「オラァ!わぁってんよォ!」
「ははっ!」
体格の良い千足魔が突いた槍を肘と膝で挟み込んでへし折りながら返事をするジゴロウだが、お返しとばかりに繰り出された蹴りは全く容赦がない。千足魔はくの字になって吹き飛んでいく。お前、本当にわかっているのか?
ジゴロウはともかく、私を含めた他のメンバーは防御重視で立ち回っている。エイジは盾による鉄壁の防御で受け、兎路は双剣を巧みに使って弾く。ネナーシは蛸足に蔓を絡みつかせ、ミケロは致命傷にならないように威力を調節した魔眼で迎撃する。私は常にエイジが千足魔との間に入るように気を配りながら全員のステータス強化にのみ集中していた。
「よォよォ、こんなモンかァ?」
「ググ……退ケ!退ケェ!」
最も強いのであろう体格の良い千足魔は、ジゴロウに手も足も出なかった。槍は折られ、蛸の軟体と吸盤を活かした格闘術も通用しない。一対一の格闘戦において、私はジゴロウが不覚を取るというイメージすらも抱けない。絶対的な信頼を置いていた。
形成が不利だと理解したのか、千足魔は撤退を決断したらしい。無傷の者が誰一人いない彼らは、一目散に逃げていった。
「ケツまくって逃げる手際だけは悪くねェなァ」
「引き際をわきまえている冷静さを素直に褒められんのか、お前は。ネナーシ、首尾は?」
「完璧でござるよ。ハリネズミめいて棘だらけにしておりますぞ」
よし、ならば追跡は可能だ。私達はネナーシの案内に従って悠々と追跡を開始するのだった。
次回は4月12日に投稿予定です。




