深淵探索 その十
深淵菟葵獣の数は二匹でこちらは七人のフルパーティー。レベル的にも同格で、連係の面ではこちらの方が圧倒的に上。ならば苦戦する要素はなく、時間がかかったとしても決して倒せない相手ではないだろう…そんな予想はすぐに覆された。
「ギシィィィ!」
「アアアッ!うざってェ!」
「ぬぅ。儂の外骨格でも防げぬとは…」
端的に言えば深淵菟葵獣はかなりの強敵であった。その強さはその触手に集約されている。先端に口のある触手は伸縮自在であり、最も後方にいる私にすら届かせることが可能だ。酸が滴る牙は噛み付く力も一級らしく、エイジの盾が一つのオシャカにされてしまった。
触手はほんの一瞬でも地肌に触れられたなら毒や麻痺の状態異常になり、それは外骨格に守られている源十郎であっても同様であった。切断しても一瞬で新しい触手が生えるだけで有効打にはなっていない。ただ、戦いやすくなるのは間違いないので源十郎はこの切断に注力していた。
「ギエェェッ!」
「クソッ!ワイとは相性最悪やんけ!」
「レベルが近い者に効果が薄いのは幸運にござるな!」
そして【死呪言】と【大咆哮】の組み合わせはかなり強力だった。触手の先端にある複数の口から放たれる大声は物理的な圧力までも伴っており、同時に複数の状態異常にしようとしてくるのだ。
幸いにもレベルが近い我々にはほとんど効果はないのだが、この絶叫によって得意戦法を封殺されてしまった者がいる。そう、七甲だ。彼は無数の召喚獣の群れを突撃させて数で押し潰す戦法を得意としているのだが、弱い召喚獣は絶叫によって一瞬で全滅してしまうのだ。
本来ならば突っ込ませるだけでも効果があるし、エイジやジゴロウのような前衛組が一旦後退する時間を稼ぐ時にも役に立つ強力な戦法である。だが、この相性が最悪なこともあって一切機能していなかった。その結果、七甲は前衛としては頼りなく、後衛としても得意の【神聖魔術】が使えずに火力不足という最悪な状態になってしまったのだ。
「今ある手段で対抗するしかないだろう。使える魔術で援護するぞ」
「わぁっとるよ、ボス!」
「状態異常の回復はおまかせ下さい」
七甲は文句を言いながらも魔術で応戦している。【召喚魔術】に特化しているせいで威力は控え目だ。強力な魔物である深淵菟葵獣を相手にするには少し威力不足は否めなかった。
ただ、幸いにも今回のメンバーにはミケロがいる。状態異常対策は彼に任せれば良いので、私は久々に全力で魔術を使うことが出来ていた。
「拘束を試すぞ。双魔陣、起動。黒縄網!」
「ギォ?ギィィィィィ!」
「ギュィィィッ!」
私はオリジナル魔術で作り出した網を投擲したのだが、ほんの一瞬しか動きを止めることが出来なかった。単純な馬鹿力を前に、小手先の拘束など通用しないようだ。
しかしながら、一瞬でも動きを止めたことに意味はあったらしい。ジゴロウと源十郎は素早く踏み込むと、その胴体にそれぞれ拳と大太刀による一撃を叩き込んだ。
「ギャッ!?ギィィ!」
「チィッ!掠っただけでこれかァ!」
「ぬぅ…やりにくいのぅ」
「ジゴロウさん、早く後ろに!」
二人の一撃は確かに痛打を与えていた。だが、深淵菟葵獣はメチャクチャに触手を振り回して二人を追い払う。二人は流石と言うべきか、見事に反応して後ろへと跳躍して回避した。
まともに受けることはなかったものの、げに恐ろしきは奴らの触手であろう。先端が右腕を掠めただけだったのに、ジゴロウは右腕をダラリと下げている。あれだけで腕の自由が利かなくなるのだから、とんでもなく危険だった。
一方で最前線で盾を構えているエイジは、未だに一度も触手の毒に蝕まれたことはない。どうやら触手は非常に強力である代償に、素肌に触れられない限りは通用しないようなのだ。軽装なジゴロウや外骨格という一種の素肌を露出する源十郎とはことなり、素肌が出ている場所を探す方が難しいエイジは相性が良いのである。
「あァ、うるせェ!今だけはマックが羨ましいなァ!」
「不死は状態異常と無縁じゃからのぅ」
二人も言うように、私のような不死も比較的に深淵菟葵獣と相性が良いだろう。私のような動く骸骨系は打撃に弱いから除外するとして、歩く屍系ならば触手の打撃に大しては有利だろう。まあ、先端の牙への対策は難しいのだが。
ここまでの戦闘で、深淵菟葵獣は触手さえどうにか出来ればちょっと固くて絶叫がうるさいだけの相手だとわかった。ならば…ここは私の出番だろうな。
「そろそろ反撃に出るか」
「反撃言うたかて…何や考えがあるんやな、ボス」
「ああ、一応な。源十郎、奴の触手の硬さはどうだ?」
「ゼリーみたいなものじゃ。初期装備の剣でも斬れそうじゃわい」
やはりそうか。深淵菟葵獣の触手は尋常ではない回復力を誇る。だが、その代わりに非常に脆いのだ。盾に噛み付かれたエイジが盾を軽く振っただけでアッサリと千切れているのを見て予想していた。
ならばいくらでもやりようはある。私は様々な魔術に通じており、それ故に無数のオリジナル魔術を用意している。その中には突破口を開く魔術があった。
「エイジ、ネナーシ。二人で片方を抑えておいてくれ」
「任せて下さい!ブガアアアアアアッ!!」
「お任せあれぃ!触手勝負で負ける訳には行きませぬ!」
「頼んだ。よし…星魔陣、起動。呪文調整、風魔手裏剣」
私が魔術を発動すると、空中に五つの手裏剣が浮かび上がる。四つの湾曲した刃を持つこの手裏剣は、当然ながら魔術で作り出したモノだ。ただの手裏剣と思うなかれ、これは【暴風魔術】や【虚無魔術】、それに【邪術】と【呪術】を組み合わせたかなり魔力を使う強力な魔術だった。
私はこの風魔手裏剣をエイジが抑えていない方の個体へと殺到させる。鋭い刃は容易く触手を切り裂き、深淵菟葵獣は最大の武器である触手を完全に丸裸にした。
「ギギッ…ギュバッ!?」
「無駄だ。この手裏剣は私の思うままに動かせるからな」
触手を切断された深淵菟葵獣は、傷口から即座に新しい触手を生やす。だが、風魔手裏剣は空中で軌道を変え、再び深淵菟葵獣の触手を斬り落とした。
これが風魔手裏剣の最大の特徴であった。効果時間が切れるまでの間、風魔手裏剣は私の思うがままに動かすことが可能なのだ。ずっと頭部付近に手裏剣を張り付けておくことで、ずっと触手を斬り落とし続けるのである。
ちなみに風魔手裏剣は強力ではあれど、個人的にはあまり使うことはないと思っていた魔術だった。何故なら風魔手裏剣を操作するのは非常に難しく、操作している間はかかりきりになってしまって他のことが出来ないからだ。
操作に集中している間に狙われれば反応出来る自信はなく、実戦ではいくら後衛と言えども全く動けない状態は避けたい。それ故にほぼお蔵入りだと思っていたのだが…作っておいて損はないということか。
「オイオイ!触手がなけりゃァ木偶の坊じゃねェかよォ!」
「全くじゃの。こうなれば哀れですらあるわい」
「触手に口があったんが運の尽きやで!」
深淵菟葵獣にとって不幸だったのは、奴が最も頼りにしているのが視覚だったことだろう。私は全ての触手を区別なく切断しており、その中には当然ながら眼球付きの触手も含まれている。そちらもすぐに再生しているようだが、断続的に視界を奪われるせいでジゴロウと源十郎の動きに全くついて行けていなかった。
しかも厄介な絶叫を放つための口も触手の先端にあったことで、七甲の得意戦法も使用可能になっていた。ジゴロウ鉄拳が、源十郎の大太刀が、そして七甲の召喚獣が深淵菟葵獣に襲いかかる。
体力が膨大だったせいで少し時間こそかかったが、最大の武器である触手を徹底的に封じた深淵菟葵獣に逆転の方法はない。一匹は為すすべもなく我々に倒された。
「終わったぞ。このままもう片方を…」
「ブガアアアアッ!?」
「エイジ殿!?」
一匹を片付けたところで、もう一匹を抑えていたはずのエイジが絶叫を上げた。慌てて振り返るとエイジの全身に触手が絡み付いており、鎧の上から噛み付かれているではないか!
ネナーシは蔓で深淵菟葵獣の首から下を縛り上げて拘束している。手足がメチャクチャな方向に曲がっているが、全く動じていないらしい。骨などはなく、関節技の類は意味がないようだ。
ただし、ネナーシの拘束にも意味がない訳ではなかった。彼は蔓に生えている鋭い棘を深々と突き刺しており、持続的なダメージを与えているのだ。エイジが力尽きるのが先か、深淵菟葵獣が力尽きるのが先かの勝負となりつつあった。
「今助ける!」
「ほいよ!」
「良く持ちこたえたのぅ!」
「蔓外せェ、ネナーシィィッ!」
私の風魔手裏剣が触手を斬り裂き、七甲の召喚獣が傷口へ殺到してから自爆し、ネナーシの蔓が解かれた直後にジゴロウの蹴りと源十郎の大太刀が深淵菟葵獣を捉える。噛み付かれながらも鈍器で殴り続けていたエイジと棘で刺し続けていたネナーシが体力を削っていたこともあり、もう一匹も速やかに仕留めるのだった。
次回は3月15日に投稿予定です。




